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06.ツガイとは
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「あの……、フィルさん」
「なんだろうか?」
名前を呼ばれただけで昇天しそうになるのをぐっと堪え、フィルは優しく聞き返した。
「さっきから、何度か耳にしている『ツガイ』という単語なんですけど、どういうものなのか聞いてもいいでしょうか?」
分からないことの尋ね方一つとっても控えめで、そこがまた可愛い、とやっぱり悶絶しそうになりながら、フィルはゆっくりと口を開いた。
「人間には馴染みのない言葉だから、知らないのも当然だ。俺のような竜人や獣人は、自分にとって最高のパートナーとなる異性を『番』として認識する特性がある。勿論、一生を終える間に番に会えないことも珍しくはない」
そう簡単に説明をしたフィルだが、現実にはそれほど軽いものではない。獣人の番についてはどうだか知らないが、竜人にとっての番は、もっと重たいものだ。
そもそも竜人とは、その名の通り、竜の特徴を引き継ぐ者たちの総称だ。祖先には古代竜がいたというが、それもあくまで口伝なので定かではない。今回、フィルが魔物の大侵攻という苦難において英傑と呼ばれる程の働きをしたように、戦闘能力という面では竜人は非常に優秀だ。その一方、その戦闘能力が暴走しやすいという弱点を持つ。自らの力に酔い、理性を失いひたすらに破壊衝動のままに動く――竜人は『血狂い』と呼んでいる――そういう状況に陥った竜人は処分される定めだ。事実、フィルも何度か危ないと感じる瞬間があった。
それを引き留めるのが番なのだ。逆に言えば、番がいれば、どれだけ戦いを繰り返しても、人として戻る場所がある以上、必ず踏みとどまれる。そういう存在のせいだろうか、竜人は番を見つけると、いわゆる一目惚れの状態になり、そのまま溺愛コースまっしぐらになってしまうのだ。
「竜人や獣人……」
「あぁ、エルフやドワーフにも、そういった特性はないと聞いている」
「エルフやドワーフ……」
目をキラキラさせて呟くユーリに、フィルは違和感を覚える。この反応は、まるで、人間以外の種族を知らなかったような。
(いや、まさかな)
自分以外の種族を蔑視し排除する傾向がある集落は存在する。もしかしたらユーリも人間至上主義の中で多種族について教えられることなく育ったのかもしれない。だが、それにしては、竜人のフィルに対して忌避している様子が見えないのがおかしい。
「とりあえず、番については分かったか?」
「はい、教えていただいてありがとうございました」
丁寧に頭を下げられてしまうと、なんだか他人行儀で寂しく思える。だが、それもこれから距離を縮めていけばいいだけのこと、と頭を切り替えたフィルは、再び不在中のことについて尋ねた。
「王からは何を言われた?」
「あの人、確かに偉そうでしたけど、王様だったんですね。……王様からは、えーと、ゴエイケツ?の番だから、色々準備がいるんじゃないか、とか、不足しているものがあれば用意する、とか言われました」
王の発言を思い出しながら告げると、突然フィルがガッと彼女の両肩を掴んできた。
「王に言うぐらいなら俺に言え! 欲しいものぐらいいくらでも用意してやる!」
「あ、はい」
突然、眼前に迫ったフィルの顔に、ユーリは目をぱちくりさせながら、こっくりと頷いた。そして、じっと彼の顔――にある鱗を見つめる。肌は人間のものとは違う質感だが、その中でも特に目の近くにいくつか硬質な鱗が浮き出ているのが不思議なようだった。
(まるで、イングリッドみたいに純粋な好奇心しか感じないな)
熱心に見つめられていることを嬉しく感じるものの、少しだけ複雑だ。ただ、異人種に馴染みがないことは間違いないという確信だけが、より強まった。
「気になるのなら、触ってみるか?」
「え? あ、ごめんなさい。結構です」
うっかり不躾に見つめてしまったことを恥じたのか、心持ち頬を赤くしたユーリを食べてしまいたい、と不埒なことを考えながら、フィルは彼女を見つめた。
「あの……、ご迷惑でなければ、なんですが」
「ユーリのことで迷惑に感じるようなことはない」
「はぁ、その、ですね。私、自分の荷物を取りに行きたくて」
ユーリは、自身に住まいのないこと、店主に自身を売り込みに行く前に荷物を隠すようにおいてきたことなどを話した。その話の中に、手元に金銭もなく、飲まず食わずの状態で路地裏の影で仮眠をとったことも含まれており、聞き終わったフィルは、思わず彼女を抱きしめた。
「すまない……っ! 俺がもっと早くユーリを見つけ出していれば、そんな苦労をかけさせなかったのに!」
「えっと、フィルさんのせいでは、ありませんし……」
回された腕をそっと外しながら、控えめに告げたユーリだったが、その瞳から不意にぽろりと涙がこぼれる。
「すまない! 突然抱きつかれて迷惑だったのだろう?」
「ちがっ、違います。あれ、なんで止まらないんだろう。ごめんなさい……」
自身の涙を拭う指がみっともなく震えているのに気付いたユーリだが、震えも涙も止まらず、ごめんなさい、と繰り返した。
女性に、しかも自分の番に泣かれてしまって、どうすればいいのかフィルは狼狽する。どちらかというと武を磨くことにばかりかまけてきて、女性の扱いなど知らないに等しかった。
混乱したまま、とりあえず泣いているところは見られたくないだろうという結論に達し、自分の上着を脱いで彼女の頭から被せる。
「な、泣きたいときもあるだろう。それで涙を拭いても構わない」
「ありがとうございます……」
すん、と鼻をすすり上げる音に、フィルの心臓がぎゅうぎゅうと締め付けられた。何が理由かはまだ分からないが、こうして彼女に涙を流させる原因となったものを、決して許しはしない、と。
「なんだろうか?」
名前を呼ばれただけで昇天しそうになるのをぐっと堪え、フィルは優しく聞き返した。
「さっきから、何度か耳にしている『ツガイ』という単語なんですけど、どういうものなのか聞いてもいいでしょうか?」
分からないことの尋ね方一つとっても控えめで、そこがまた可愛い、とやっぱり悶絶しそうになりながら、フィルはゆっくりと口を開いた。
「人間には馴染みのない言葉だから、知らないのも当然だ。俺のような竜人や獣人は、自分にとって最高のパートナーとなる異性を『番』として認識する特性がある。勿論、一生を終える間に番に会えないことも珍しくはない」
そう簡単に説明をしたフィルだが、現実にはそれほど軽いものではない。獣人の番についてはどうだか知らないが、竜人にとっての番は、もっと重たいものだ。
そもそも竜人とは、その名の通り、竜の特徴を引き継ぐ者たちの総称だ。祖先には古代竜がいたというが、それもあくまで口伝なので定かではない。今回、フィルが魔物の大侵攻という苦難において英傑と呼ばれる程の働きをしたように、戦闘能力という面では竜人は非常に優秀だ。その一方、その戦闘能力が暴走しやすいという弱点を持つ。自らの力に酔い、理性を失いひたすらに破壊衝動のままに動く――竜人は『血狂い』と呼んでいる――そういう状況に陥った竜人は処分される定めだ。事実、フィルも何度か危ないと感じる瞬間があった。
それを引き留めるのが番なのだ。逆に言えば、番がいれば、どれだけ戦いを繰り返しても、人として戻る場所がある以上、必ず踏みとどまれる。そういう存在のせいだろうか、竜人は番を見つけると、いわゆる一目惚れの状態になり、そのまま溺愛コースまっしぐらになってしまうのだ。
「竜人や獣人……」
「あぁ、エルフやドワーフにも、そういった特性はないと聞いている」
「エルフやドワーフ……」
目をキラキラさせて呟くユーリに、フィルは違和感を覚える。この反応は、まるで、人間以外の種族を知らなかったような。
(いや、まさかな)
自分以外の種族を蔑視し排除する傾向がある集落は存在する。もしかしたらユーリも人間至上主義の中で多種族について教えられることなく育ったのかもしれない。だが、それにしては、竜人のフィルに対して忌避している様子が見えないのがおかしい。
「とりあえず、番については分かったか?」
「はい、教えていただいてありがとうございました」
丁寧に頭を下げられてしまうと、なんだか他人行儀で寂しく思える。だが、それもこれから距離を縮めていけばいいだけのこと、と頭を切り替えたフィルは、再び不在中のことについて尋ねた。
「王からは何を言われた?」
「あの人、確かに偉そうでしたけど、王様だったんですね。……王様からは、えーと、ゴエイケツ?の番だから、色々準備がいるんじゃないか、とか、不足しているものがあれば用意する、とか言われました」
王の発言を思い出しながら告げると、突然フィルがガッと彼女の両肩を掴んできた。
「王に言うぐらいなら俺に言え! 欲しいものぐらいいくらでも用意してやる!」
「あ、はい」
突然、眼前に迫ったフィルの顔に、ユーリは目をぱちくりさせながら、こっくりと頷いた。そして、じっと彼の顔――にある鱗を見つめる。肌は人間のものとは違う質感だが、その中でも特に目の近くにいくつか硬質な鱗が浮き出ているのが不思議なようだった。
(まるで、イングリッドみたいに純粋な好奇心しか感じないな)
熱心に見つめられていることを嬉しく感じるものの、少しだけ複雑だ。ただ、異人種に馴染みがないことは間違いないという確信だけが、より強まった。
「気になるのなら、触ってみるか?」
「え? あ、ごめんなさい。結構です」
うっかり不躾に見つめてしまったことを恥じたのか、心持ち頬を赤くしたユーリを食べてしまいたい、と不埒なことを考えながら、フィルは彼女を見つめた。
「あの……、ご迷惑でなければ、なんですが」
「ユーリのことで迷惑に感じるようなことはない」
「はぁ、その、ですね。私、自分の荷物を取りに行きたくて」
ユーリは、自身に住まいのないこと、店主に自身を売り込みに行く前に荷物を隠すようにおいてきたことなどを話した。その話の中に、手元に金銭もなく、飲まず食わずの状態で路地裏の影で仮眠をとったことも含まれており、聞き終わったフィルは、思わず彼女を抱きしめた。
「すまない……っ! 俺がもっと早くユーリを見つけ出していれば、そんな苦労をかけさせなかったのに!」
「えっと、フィルさんのせいでは、ありませんし……」
回された腕をそっと外しながら、控えめに告げたユーリだったが、その瞳から不意にぽろりと涙がこぼれる。
「すまない! 突然抱きつかれて迷惑だったのだろう?」
「ちがっ、違います。あれ、なんで止まらないんだろう。ごめんなさい……」
自身の涙を拭う指がみっともなく震えているのに気付いたユーリだが、震えも涙も止まらず、ごめんなさい、と繰り返した。
女性に、しかも自分の番に泣かれてしまって、どうすればいいのかフィルは狼狽する。どちらかというと武を磨くことにばかりかまけてきて、女性の扱いなど知らないに等しかった。
混乱したまま、とりあえず泣いているところは見られたくないだろうという結論に達し、自分の上着を脱いで彼女の頭から被せる。
「な、泣きたいときもあるだろう。それで涙を拭いても構わない」
「ありがとうございます……」
すん、と鼻をすすり上げる音に、フィルの心臓がぎゅうぎゅうと締め付けられた。何が理由かはまだ分からないが、こうして彼女に涙を流させる原因となったものを、決して許しはしない、と。
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