英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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38.城下デート?

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 最初のお給料をもらったとき、ユーリはその額の多さに何かの手違いかとクレットに確認してしまった。

「いや、それで間違いないよ。最初の雇用契約のときに説明したでしょ? 出来高制だって」
「明細は確認しましたけど、でも、1冊あたりの単価がおかしくありませんか? それに技術提供料っていう項目も……」
「契約書に記載されてた単価は最低金額だからね。翻訳してもらった本は、もう誰も読める者がいないレベルの本だから、もちろん単価も高額ってわけだよ」

 他に発注できるアテもなく、歴史的にも貴重な史料と言われてしまえば、ユーリとしてはそういうものなのか、と頷くしかできない。

「それじゃ、技術提供料というのは……?」
「それは君がいた世界の知識を披露してくれた対価だね」
「え? でも、あのぐらい誰でも――――」
「君のいた世界ならそうかもね。でもこちらとしては、貴重な情報なんだよ。現に最初に教えてくれた活版印刷については既にプロジェクトが立ち上がっているし」

 彷徨い人がもたらす知識の価値について説明されると、ユーリは口の中でもごもごと「まさかの知識チート……」と呟いた。小説などで何度か目にしていたが、まさか自分がその当事者になるなんて、と唖然とする。

 そんなわけで、思わぬ大金を手にしてしまったユーリは、あっさりとフィルに借りを返す算段がついてしまった。

「本当は貯蓄に回しておいた方がいいんだろうけど、でも、せっかくだから買い物に行きたいなぁ……。動きやすい服をもう少し買い足したいし、どんな雑貨があるかも知りたいし」

 次の休みに城下に出てみたいと言ったら、やっぱり反対されるだろうか、と悩む。

「ユーリ? 何か悩み事か?」
「あ、ごめんなさい。フィルさん。えっと、何の話でしたっけ?」

 ユーリは慌ててフィルに向き直った。夕食の席を囲んでいるのに、つい考え事に耽ってしまったと慌てて謝る。

「あぁ、ロシュが当てつけのようにクレットの執務室に向かって拝むようになった話だったが、……何か心配事があって、俺が力になれるなら」
「心配事というほど大袈裟なものではないんです。ただ、お給料も出たので、城下に買い物に出てみたいなぁ、と。でも、まだお城の外に出るのは安全上問題があるんですよね?」
「あぁ、次の休みは……三日後だったな」

 フィルが考え込む姿勢を見せたので、やっぱりまだお預けなんだとひっそりため息をついたユーリだったが、続く彼のセリフに目をぱちくりとさせた。

「おそらく大丈夫だ。その日なら俺の仕事の調整がきく」
「え……? フィルさんの、ですか?」
「俺が一緒に行けば安全上の問題はない」
「で、でも、フィルさんのお仕事は」
「番とデートに行けるんだ。意地でも調整するさ」
「デー……!」

 ユーリには勿論そんなつもりはなかった。というか、どんなものがあるのかチェックしたい物のリストに下着もあるのだ。それに彼氏を付き合わせる? いやいやいや、と内心で首を振る。

「あの、私はそういうつもりではなくて――――」
「大丈夫だ。問題ない」

 キリッと断言されてしまったが、どう断ればいいのかとユーリは頭を悩ませた。こうまで自信たっぷりに断言されてしまうと、それを撤回させるのは難しいと、この一ヶ月あまりの生活の中で学んでいるのだ。

「あの買い物の内容がちょっと……なので、誰かに同行してもらうにしても、同性の方の方が都合が良いんですけど。たとえばロシュさんみたいな。ロシュさんが護衛にならないのはもちろん分かっていますけど」
「ロシュか? ……あぁ、別にあいつは弱くはないぞ? 確かに俺が軍部のやつらを纏めてはいるが、ロシュだって十分に強いからな」
「え? ロシュさんが?」

 ユーリはロシュの姿を思い浮かべる。いかにもがっしりした体格のフィルと並んでいるところをよく見るせいか、細身だし、女性だし、なんとなく補佐とか書類仕事に特化している人のように思っていたのだ。

「確かにロシュなら護衛を任せてもいいかもしれないが、ユーリが初めて城下に出るんだ。俺がユーリを案内したい」

 真っ直ぐな目、真っ直ぐな言葉でそう言われてしまうと、ユーリはなんとなく恥ずかしくなって頬に熱を帯びるのを感じる。そして、こうなってしまえば、もうユーリの負けだった。

「わ、かりました。案内、お願いしてもいいですか?」
「あぁ、任せておけ!」

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