英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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58.会話だけでも疲れる

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「ちょっと! アンタいい加減にしなさいよね!」

 ユーリを指差したイングリッドは、怒りに目をつり上げる。

『ユーリよ、汝、我が意に従いイスに座れ!』

 聞き覚えのある言葉だな、と思った直後、ユーリの足がぴくりと動く。だが、それだけだった。籠められた魔力の違いなのか、少しだけ足が勝手に動きそうな気はしたが、相変わらずユーリは棚を漁ることができている。

「ちょっと、なんで効かないのよ! フィルが何かするにしても、あたしの方が上の筈でしょ!?」

 金切り声をあげたイングリッドは、懐から細長い棒――魔術師の杖を取り出した。どうやら本気で魔術を行使するつもりらしいと、ユーリの身体が強ばった。

『魔力よ、その流れを示せ』
「――って、やっぱりフィルがめちゃくちゃ守護を付けてるんじゃない。……はァ? 何これきしょいし!」

 何が見えているのか、イングリッドはユーリを凝視したまま、ぶつぶつと小さな声で呟き始めた。

「守護は足首が起点、でもこれしきの守護であたしの魔術が防げるはずもないし、それなら名前を隠してる? フィルのくせにずる賢い真似するじゃない。それにしたって、この魔力の色はおかしくない? 加護も生来のものじゃないわね、もう少し後天的な……」

 何かを見られて分析されていることは分かったが、ユーリにはそれを防ぐ手も思いつかないし、静かならそれでいいと割り切ることにした。
 棚から蝋燭を見つけたけれど、マッチもライターも見つからない。火種がないことにはどうしようもないなぁ、とユーリが考えていると、ふいに手首を掴まれた。

「アンタ、いったいどこの人間なの? 魔力の色が気持ち悪すぎるんだけど!」

 思わず振り向くと、イングリッドの薄墨色の瞳が、まっすぐにユーリを捉えていた。その表情に研究心というより狂気めいたものを感じ、思わず後退ったユーリだが、掴まれた手首はその華奢な外見からは信じられないぐらい強い力で握られていた。

(どうして『気持ち悪い』とか形容しておいて、快く答えてもらえると思っているんだろう。理解できないし、理解したくもないわ)

 無言のまま振り払おうとしたが、さすがにそうさせては貰えない。魔術の腕だけで『英雄』とされているのではないらしく、ユーリが振り払おうとするたびに、その力を別の方向に逸らされてしまう。

「ねぇねぇねぇ! その加護もどこから来ているの? 後天的にそれだけの加護がつくって考えられないんだけど! もしかして西の果てに隠れ里でもあったのかな? いい加減に答えてくれないと、そろそろアタシも穏便じゃない手を使わなきゃいけないんだけど?」

 とうとう脅迫めいたことを口にし始めたイングリッドに、ユーリは諦めのため息をついた。無視を決められるのは、どうやらここまでのようだ、と。

「他人を騙した時点で、既に穏便ではないと思いますが?」
「は? 誰も傷つけてないじゃん」
「少なくともここでフィルさんとお茶ができると思っていた私の心は傷つきました」
「うっそ、あのフィルのこと好きなわけ?」

 理性がちゃんと仕事していなければ、とっさに頬を引っぱたいていたかもしれない。バカにしたような口調で言われれば、きっとどんな聖人でも腹が立つだろう。それだけムカつく言葉だった。

「あんな脳筋のこと好きだなんて、変人なんだね。かわいそーに」
「……」
「そうだよ。戦闘のことになると考えるより先に身体が動く人種。脳みそまで筋肉でできてるから、そんなことができるんじゃん」
「――あなたも同じでは?」
「はァ?」

 ユーリは、それが怒らせる言い回しだと分かって反論した。単なる時間稼ぎをしたいのなら、もっと他に言うことがあったはずだった。

(――――それでも、自分の恋人をバカにされてへらへらできるほど、できた人間じゃないのよ)
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