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67.この世界で生きていく
(もう……すごく、だるい)
昨日のお披露目パーティーは、あちこちに気を遣っていたせいか、精神力がガリガリと削られていた自覚はある。何しろ、各国の代表の前でスピーチをしたり、個別に話をしたりで、ずっと隣に付き添ってくれていたフィルが、こういったパーティーに場慣れしていなかったらと思うとぞっとした。
そうして一山乗り越えた後に待っていたのは、お披露目が終わるまでは、と王妃に「待て」を厳命されていたフィルとの夜だった。
(別にこういうことが初めてだとか、そんな初心なことは言わないけどね……)
だからこそ、疲れてはいるけれど、竜人の番特典なのか体力は随分と底上げされていたので、大丈夫だろうと思っていた。翌日は休養日にして予定を一切入れていなかったし。
(体力が底上げされているっていうことは、それだけ竜人の体力が半端ないってことなのに、すっかり忘れていたわ)
番の誓約を結ぶ前にこういった行為に及んでいなくて良かったと、ユーリはベッドから起き上がる気力もないままに思った。もし、人間の体力のままで……と考えたら、ぞっとする。
「ユーリ? 起きたのか?」
「……まだ、寝かせてください」
ちらりと隣を見れば、心なしか肌に浮かぶ鱗をつやっつやにしたフィルが、ユーリの長い黒髪を弄ぶように撫でていた。どうやらまだ体力も性欲も有り余っているらしく、もう片方の手は先程から不埒な手つきでユーリの肌を撫でている。
「……しばらくは、こういうことはなしでお願いします」
「え!?」
突然の宣言に、フィルは慌てたようすで、何か至らないことがあったのか、気持ち良くなかったのか、などと質問を次々に投げてくる。そんな彼の困惑に少しばかり溜飲を下げながら、ユーリはもそもそと毛布を被った。
・‥…━━━☆
午後になって、ようやく体力が回復したユーリは、片時たりとも離れようとしないフィルと一緒に中庭を歩いていた。
「あ、……ひまわりっぽいお花だ」
「ユーリの世界にも、これと似た花があるのか?」
「そうなの。懐かしいな、学校で一人一人、種を植えて育てたの。ちょっとした日当たりで成長度合いが違くて、今考えると、面白かったなぁ……」
種が食用にもなって、お酒のつまみになることや、両親もこの花が好きで、だからこそ太陽に形容される花から連想して「日向」の名前をつけたんだと、とりとめもなく話す。それをフィルはいちいち頷いて、ちゃんと聞いてくれていた。
「もう、会えないんだよね」
「あぁ」
「せめて、家族にだけでも、私がちゃんと幸せに暮らしてるって、教えたかったなぁ……」
ユーリは空を見上げた。青い空は元の世界と変わらないように見えるのに、同じ空の下に会いたい人はいない。じんわりと滲む景色を映しながら、ユーリはいくつかの面影を思い浮かべては消していく。
「……調べて、みるか?」
「フィルさん?」
ごしごしと乱暴に涙を拭ったユーリの隣では、フィルが真剣な顔で太陽を睨んでいた。
「過去の彷徨い人が、元の世界に向けて手紙を送った……かもしれない、という話を聞いた」
「え!? 本当ですか!」
「昨日の来賓の中に、そういう話を持ちかけてきた者がいる。単にユーリの気を引くためなのかもしれないが、真偽を確かめてみる価値はあるだろう」
「……もし、違ったら」
「そのときは、一からその方法がないか、考えてみるか?」
ユーリはまじまじとフィルの顔を見上げた。出会った当初のフィルを思えば、予想外過ぎる意見だったのだ。
「えっと、フィルさん。なんか悪いものでも食べました?」
「俺が食べたのはユーリぐらいだが」
「そういうことじゃありません!」
ユーリはぽこん、とフィルの胸板を叩く。その手をそっと包むように両手で取ったフィルは、ユーリをじっと見つめる。その顔は、冗談は一欠片も感じられない真剣なものだ。
「そんなことが可能かどうかも分からない。だが、調べてみる価値はあるだろう。ユーリの憂いが少しでも晴れるのなら、色々と試してみてもいいはずだ。――――何しろ、先は長いのだから」
「調べるために、色々な文献を当たらなくちゃいけないかもしれませんよ?」
「ぐ。……だが、それが必要なら、頑張れる……と思う」
書類仕事が苦手なフィルが、そこまで言ってくれるのが嬉しくて茶化してしまったが、ユーリは彼との出会いを本当にありがたいと思うことができるようになっていた。それは、この世界への転移も含めて。
ユーリはそっと自分の胸に手を置いた。スマホの電源は入らないし、プリントした写真は一枚もない。けれど、家族の顔も声も、親友のそれも、ちゃんと思い出すことはできた。
「ユーリ?」
隣には、黙り込んでしまった彼女を心配するフィルがいる。この世界に意図せず紛れ込んでしまったときは、何もかもが恐ろしくて、それこそ一瞬後に地面が崩れ去ってもおかしくないぐらいに不安で仕方がなかったのに、今はちゃんと地に足をつけて立っていられる。そう考えられるようになったのは、フィルの存在が少なからずあるけれど、素直にそれを告げると暴走してしまいそうな気がして口にはしなかった。
その代わり、いつか本当に愛する人ができて結婚することがあれば、言ってみたいと思っていた言葉を思い出す。
「フィルさん」
「どうした?」
「ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いしますね?」
「勿論だ。ユーリに愛想を尽かされないように、俺も精進する」
そのフィルの言葉と同時に、ふわりとユーリの胸に温かいものが湧いてくる。番の誓約を結んだ後からだろうか、相手の強い感情が直接届くようになったのは。
(愛情が重くて邪険にしてしまいそうな未来は考えられるけど、愛想を尽かす未来はなさそう……って感じている時点で、私ももう囚われてるのね)
チヤ王女あたりなら「脳筋兄上に絆され過ぎ!」とツッコミを入れてくれそうだが、今は二人きりで邪魔は入らない。
ユーリはフィルに少し屈んでくれるようお願いすると、その唇に自分の唇を重ねた。
いつか、この人と一緒に、この世界で生きていくのだと、そんな決意表明をしたためた手紙を送れたらいいな、と思いながら。
昨日のお披露目パーティーは、あちこちに気を遣っていたせいか、精神力がガリガリと削られていた自覚はある。何しろ、各国の代表の前でスピーチをしたり、個別に話をしたりで、ずっと隣に付き添ってくれていたフィルが、こういったパーティーに場慣れしていなかったらと思うとぞっとした。
そうして一山乗り越えた後に待っていたのは、お披露目が終わるまでは、と王妃に「待て」を厳命されていたフィルとの夜だった。
(別にこういうことが初めてだとか、そんな初心なことは言わないけどね……)
だからこそ、疲れてはいるけれど、竜人の番特典なのか体力は随分と底上げされていたので、大丈夫だろうと思っていた。翌日は休養日にして予定を一切入れていなかったし。
(体力が底上げされているっていうことは、それだけ竜人の体力が半端ないってことなのに、すっかり忘れていたわ)
番の誓約を結ぶ前にこういった行為に及んでいなくて良かったと、ユーリはベッドから起き上がる気力もないままに思った。もし、人間の体力のままで……と考えたら、ぞっとする。
「ユーリ? 起きたのか?」
「……まだ、寝かせてください」
ちらりと隣を見れば、心なしか肌に浮かぶ鱗をつやっつやにしたフィルが、ユーリの長い黒髪を弄ぶように撫でていた。どうやらまだ体力も性欲も有り余っているらしく、もう片方の手は先程から不埒な手つきでユーリの肌を撫でている。
「……しばらくは、こういうことはなしでお願いします」
「え!?」
突然の宣言に、フィルは慌てたようすで、何か至らないことがあったのか、気持ち良くなかったのか、などと質問を次々に投げてくる。そんな彼の困惑に少しばかり溜飲を下げながら、ユーリはもそもそと毛布を被った。
・‥…━━━☆
午後になって、ようやく体力が回復したユーリは、片時たりとも離れようとしないフィルと一緒に中庭を歩いていた。
「あ、……ひまわりっぽいお花だ」
「ユーリの世界にも、これと似た花があるのか?」
「そうなの。懐かしいな、学校で一人一人、種を植えて育てたの。ちょっとした日当たりで成長度合いが違くて、今考えると、面白かったなぁ……」
種が食用にもなって、お酒のつまみになることや、両親もこの花が好きで、だからこそ太陽に形容される花から連想して「日向」の名前をつけたんだと、とりとめもなく話す。それをフィルはいちいち頷いて、ちゃんと聞いてくれていた。
「もう、会えないんだよね」
「あぁ」
「せめて、家族にだけでも、私がちゃんと幸せに暮らしてるって、教えたかったなぁ……」
ユーリは空を見上げた。青い空は元の世界と変わらないように見えるのに、同じ空の下に会いたい人はいない。じんわりと滲む景色を映しながら、ユーリはいくつかの面影を思い浮かべては消していく。
「……調べて、みるか?」
「フィルさん?」
ごしごしと乱暴に涙を拭ったユーリの隣では、フィルが真剣な顔で太陽を睨んでいた。
「過去の彷徨い人が、元の世界に向けて手紙を送った……かもしれない、という話を聞いた」
「え!? 本当ですか!」
「昨日の来賓の中に、そういう話を持ちかけてきた者がいる。単にユーリの気を引くためなのかもしれないが、真偽を確かめてみる価値はあるだろう」
「……もし、違ったら」
「そのときは、一からその方法がないか、考えてみるか?」
ユーリはまじまじとフィルの顔を見上げた。出会った当初のフィルを思えば、予想外過ぎる意見だったのだ。
「えっと、フィルさん。なんか悪いものでも食べました?」
「俺が食べたのはユーリぐらいだが」
「そういうことじゃありません!」
ユーリはぽこん、とフィルの胸板を叩く。その手をそっと包むように両手で取ったフィルは、ユーリをじっと見つめる。その顔は、冗談は一欠片も感じられない真剣なものだ。
「そんなことが可能かどうかも分からない。だが、調べてみる価値はあるだろう。ユーリの憂いが少しでも晴れるのなら、色々と試してみてもいいはずだ。――――何しろ、先は長いのだから」
「調べるために、色々な文献を当たらなくちゃいけないかもしれませんよ?」
「ぐ。……だが、それが必要なら、頑張れる……と思う」
書類仕事が苦手なフィルが、そこまで言ってくれるのが嬉しくて茶化してしまったが、ユーリは彼との出会いを本当にありがたいと思うことができるようになっていた。それは、この世界への転移も含めて。
ユーリはそっと自分の胸に手を置いた。スマホの電源は入らないし、プリントした写真は一枚もない。けれど、家族の顔も声も、親友のそれも、ちゃんと思い出すことはできた。
「ユーリ?」
隣には、黙り込んでしまった彼女を心配するフィルがいる。この世界に意図せず紛れ込んでしまったときは、何もかもが恐ろしくて、それこそ一瞬後に地面が崩れ去ってもおかしくないぐらいに不安で仕方がなかったのに、今はちゃんと地に足をつけて立っていられる。そう考えられるようになったのは、フィルの存在が少なからずあるけれど、素直にそれを告げると暴走してしまいそうな気がして口にはしなかった。
その代わり、いつか本当に愛する人ができて結婚することがあれば、言ってみたいと思っていた言葉を思い出す。
「フィルさん」
「どうした?」
「ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いしますね?」
「勿論だ。ユーリに愛想を尽かされないように、俺も精進する」
そのフィルの言葉と同時に、ふわりとユーリの胸に温かいものが湧いてくる。番の誓約を結んだ後からだろうか、相手の強い感情が直接届くようになったのは。
(愛情が重くて邪険にしてしまいそうな未来は考えられるけど、愛想を尽かす未来はなさそう……って感じている時点で、私ももう囚われてるのね)
チヤ王女あたりなら「脳筋兄上に絆され過ぎ!」とツッコミを入れてくれそうだが、今は二人きりで邪魔は入らない。
ユーリはフィルに少し屈んでくれるようお願いすると、その唇に自分の唇を重ねた。
いつか、この人と一緒に、この世界で生きていくのだと、そんな決意表明をしたためた手紙を送れたらいいな、と思いながら。
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