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4.紛れ込む悪

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 走り、走り、目的の場所までもう少しというところで。

「これ何かしら?」
「コーヒー豆とは違うみたいだけれど……」

 小さく白い袋を2つ持ちながら、朝の散歩を楽しんでいるらしきマダム達が話す声がアークの耳に届いた。それを聞いて、アークの頭にある一つの考えがよぎる。

「……まさか……」

 ここはコーヒー通り。観光客の来る街。人通りの多い場所。商売をするにはもってこい__だからこそ、コーヒーや紅茶の試供品を配っている者達が多くいる。そしてその試供品と共に、店の広告や他のオススメの商品などを配っている者達もいる__。

 平静を装ってマダム達に近付くと、アークは綺麗な微笑を浮かべて告げた。

「すみません、少しお話を伺っても?」
「あら!あなたのような人になら喜んで。何かしら?」
「そちらの袋はどなたから戴いたものかお聞かせ願えれば、と」
「あぁ、これね。帽子を被った男の方から戴いたの。最近できたお店のバイトだとおっしゃっていたわ」

 女性は先程何か気になって触っていた袋の封を開け、中に入っているものを取り出しながらアークの言葉に答える。そして中のものを取り出した瞬間目を少し見開いて、もう1人の女性も一緒に驚いた。

「綺麗……」
「まぁ……」

 __入っていたのは、透き通り光り輝く綺麗な石の粒。それを見た途端、アークは若干顔を強張らせる。普通の石ならば何の問題もないが、もし、もし違うのならば……。

「申し訳ないのですが、お一つ戴いてもよろしいでしょうか……?」
「ええ、いいわよ。なんなら全部差し上げるわ」
「え、いやしかし……」
「気にしないで。あなたのような綺麗な人を見れたのだから、もう十分主人へのお土産話はできたわ」
「……有難う御座います」

 さすがマダム。アークの要求に応えつつ、自分達側にもメリットはあるのだから大丈夫だと、此方に気を遣わせないような配慮までしてくれる。……いや、たくさんの経験をしてきたであろうマダム達だ。もしかしたら、アークが政府に属する者だとなんとなくわかってしまったのかもしれない……。

「本当に、年上というのは……尊敬せずにはいられない」

 優雅に笑って去っていったマダム達を見送り、アークは苦笑して独りごちた。

 そして譲ってもらった袋を開け、先程マダムがやっていたように一つ摘んで太陽の光に当ててみる。やはりそれはとても綺麗で、それでいてとても……儚く、美しかった。アークはそう思った瞬間、走り出す。

 喜び、怒り、悲しみ、憎しみ、鉱石を扱える者だけにほのかに伝わってくるこれは、この石の持ち主の“生前の感情”。__そう、アークの考えた通りこれはただの鉱石ではない。これは人の、心の石だ。

「それを……!ばらばらに砕いて配り回るだと……?」

 ばらまいた鉱石に惹かれる人は、鉱石を扱えない人でも何故か一定数いる。そんな人達はまた大通りでそれを配っている人を探し出し、今度は砕かれた鉱石だけでなく、元の大きさの心の鉱石までにも手を伸ばし、買い求めてしまうようになる。例えそれがどんなに高価であろうとも、法律で禁じられていようとも。

 人が遺した鉱石の魅力に取り憑かれてしまう人は多い。__だから、刑特の仕事は決してなくならない。

 静かな怒りが、アークの綺麗な碧色の瞳をドス黒い沼のような色に変えてしまう。……許せない、こんなことは絶対に許してはならない。政府に属する者として、鉱石刑吏特務官として、ただ一人の人間として。

 だが、こんな目をしていては今から話しにいく者に怖がられてしまう。すっと怒りの感情を胸にしまい込み、いつもの自分を捨て……“演じる”。そうしてアークは路地に入っていった。
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