チョコレートがつなぐ二つの世界

一ノ瀬麻紀

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1 渡せなかったチョコレート

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「さようなら……か」

 僕は、渡せなかった小さな紙袋をじっと見つめ、ため息をついた。

 今日はバレンタイン。憧れの先輩に渡そうと思って準備したチョコレートも、手元に残ったままだ。
 先輩の最後の言葉は『海外に引っ越すから……ごめんね、ありがとう。さようなら』だった。
 先輩はやっぱり最後まで優しかった。
 もっと早く告白していたら、結果は違ったのかな。

 深く息を吸い込むと、いつもと違う風の匂いが鼻をかすめ、顔を上げた。

「……ここ、どこ……?」

 辺りを見回すと、木々に囲まれた見知らぬ森の中だった。上を見上げると、隙間からわずかに空が見える。そんな中に、僕はポツンと一人で立っていた。

 どういうこと? だって僕はさっきまで学校にいたはずだ。
 入学式の時に一目惚れした先輩に、勇気を出してチョコレートを渡そうとしたけどできなかった。
 失意の中、とぼとぼと家に帰る途中だったんだ。
 ……なのに、なぜ? ここはどこ?

 戸惑いながらしばらく歩いてみたものの、やっぱり何の情報も得られなかった。

「こんなところで何やってんだ!」

 途方に暮れてその場に立ち尽くしていると、突然怒鳴り声が聞こえてきた。
 静けさの中に響く声はすごく大きく感じ、思わずビクッと肩を振るわせた。

 え? 何……?

 僕が確認するようにゆっくり振り返ると、そこには異世界アニメに出てくる冒険者のような格好をした男が立っていた。

「この辺りは夜になるとモンスターが出る。気温も一気に下がるのにそんな格好でうろついていたら、あっという間にやられるぞ」

 見たことのないような格好をした、僕より一回り大きな男からの圧に、僕は一瞬怯んでしまった。
 けど、自分の置かれた状況を少しでも知りたくて、少し怖いけど、思い切って男に問いかけた。

「……それは僕が聞きたいよ。……ここはどこなの? なんで僕はこんなところにいるの? 教えてよ!」

 一度言葉にしたら、もう止まらなかった。怒鳴り返されるかもしれないけど、今聞けるのはこの人しかいない。
 半分涙目になって問いかける僕を見て、ただごとではないと察してくれたのかもしれない。

「お前、迷子か?……それとも記憶を失っているのか……?」

 男は近づいてきて、腰を屈めて僕の顔を覗き込んだ。

 迷子だって? そんなことあるわけないじゃないか。学校の近くにも、僕の家の近くにも、こんな場所はない。
 記憶喪失? それもあり得ない。ちゃんと自分の名前も家族のことも、通っている学校だってわかっている。

「家に帰ろうとしていたんだよ。そしたらこんな知らないところにいて……何もわかんないんだ」

 僕はそう言いながら急に心細くなって、頭を抱えて座り込んだ。

「……わかった。ここは危ないから、俺の家に行こう。話はそれからだ」

 さっきまであんなに怒鳴っていたのに、心細そうな僕に気づいたのか、男の人は優しく声のトーンを落としてくれた。
 この人を信じてついていっていいのかなんて考える余裕もなく、僕はただ黙って小さく頷いた。

 男の人はアランと名乗った。彼は冒険者で、この街に長期で滞在しているらしい。だから一軒家を借りているのだと言った。

 ……いや、冒険者って何? そう言えばさっき、モンスターとか言ってたよね?
 アランから聞く話は、僕が生きてきた中で、遭遇することのない話だった。
 だからここは、僕の知っている世界ではなく、異世界なんだと思う。
 何の解決にもなっていなかったけど、これから起きる出来事は、僕の常識の中では収まらないことだけはわかった。

 森から出てしばらく歩くと、小さな街にたどり着いた。まるで異世界アニメに出てくるような街並みだった。
 建物も、すれ違う人たちも、全てが僕の生まれ育った場所とは違う。やっぱりここは異世界なんだと考える他なかった。
 キョロキョロしながらアランについていくと、街の片隅に建つ屋敷に案内された。

「俺以外は住んでいないから、気兼ねなくゆっくりしてくれ」

 アランは、屋敷の二階の部屋を僕に用意してくれた。
 完全に安全だと決まったわけではないけど、しばらく滞在できる場所が決まったのは本当に良かった。

 きっとこの人になら話しても大丈夫。僕はそう思って、アランに全てを話した。アランは僕の信じ難い話をじっくり聞いてくれた。
 アランは疑うこともなく、嘲笑うこともなく、僕の話を信じると言ってくれた。

「こんな嘘みたいな話を、信じてくれてありがとう」
「ああ……。見たこともない格好をしているし、この世界のことを知らなすぎるし、到底嘘をついているとは思えないからな」

 そう。僕は制服のまま、異世界に転生してしまったらしい。
 僕から見たら、アランの格好が不思議に思えるのと同じで、アランからしたら僕の着ている制服は全く見慣れないものだろう。

「これは、学校の制服なんだ。色々と学ぶ場所。その帰り道に、こっちの世界に迷い込んでしまったみたくて……」

 僕は自分の格好を改めて眺めた。
 あれ? そういえば……。
 僕は、帰り道に持っていたはずのカバンがないことに気づいた。転移の際に落としてしまったのか、異空間に消えてしまったのかわからないけど、僕の手元には小さな袋しか残されていなかった。
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