チョコレートがつなぐ二つの世界

一ノ瀬麻紀

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2 知らない世界で

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「……あの、これ、もしよかったらどうぞ」

 助けてもらったお礼をしたいけど、渡せるものはこれしかない。先輩に渡すはずだったチョコレートを、アランに差し出した。

「これは?」
「バレンタインのチョコレートです」
「バレンタイン? チョコレート?」

 不思議そうに首をかしげるアランを見て、やはり文化の違いも色々とあるんだろうなと思った。
 アランの話によると、この世界にはバレンタインという風習もなければ、チョコレートそのものもないらしい。
 僕の説明を聞きながら、アランは箱の中から個包装になっているチョコレートをひとつだけ取り出し、口に含んだ。

「これはとても良い香りだな。……うん、甘くてうまい」

 アランはゆっくりと味わうようにチョコレートを堪能した後、幸せそうに表情を崩した。異世界の食べ物なのに、僕を信じてくれたのかと思うと、嬉しくなった。

 それから僕は、アランの家に住まわせてもらいながら、元の世界に戻る方法を一生懸命探した。
 突然異世界に転移してしまったから、家族も友達も心配しているだろうし、学校のことも気になる。ゆっくり異世界ライフを満喫している暇はないんだ。

 それなのに、何もわからないまま時間だけが過ぎていった。
 初めは必死になっていたのに、いつの間にか帰る方法を探す時間より、アランの帰りを待つ時間のほうが長くなっていた。
 僕はアランと過ごす時間が楽しくて、このままこの世界にいるのも悪くないな……そう思い始めていた。

 けど、いつかは帰らなければいけない時は来ると思う。その時のために、僕はアランに手紙を残すことにした。
 知らない世界で不安な僕に、優しくしてくれたことへの感謝の気持ち。気づいたら、アランとの時間がかけがえのないものになっていたということ。

 書いては消し、書いては消し……。でも結局最後に残った言葉は『今までありがとう。さようなら』それだけだった。
 いつかはこの世界からいなくなる僕が、アランに本当の気持ちを伝えるのは、ただの僕のわがままでしかない。だから僕は、本当の気持ちにそっと蓋をし、心の中に仕舞い込んだ。

 僕がこっちの世界に来てから、どのくらいが過ぎただろう。
 帰る方法を探してはいるけど、何の糸口も掴めず、半ば諦めムードになっていた。
 それなら、こっちの世界で不自由なく暮らすことを考えた方がいいのではないか。そう考えるようになっていた。

 アランに剣術を教わろうとしてみたものの、運動が得意ではない僕にとっては、無謀としかいえない状態だった。かといって、この世界の人間ではないので、魔法が使えるわけではない。

 こちらの世界に住むなら、何か僕にもできる仕事を探したいとアランに相談したら、危険の少ない場所の薬草採取から始めてみてはどうかと提案された。
 なので僕はアランについてきてもらい、ギルドに登録した。最低ランクの簡単なクエストなら、僕にも受けられそうだった。

 昨日クエストを受注してきたから、今日はアランと一緒に森へ薬草採取に行くことになっている。約束の時間よりちょっと早かったけど、身支度を整えた僕は、アランの部屋に迎えに行くことにした。

 部屋まで行くと、ちょうどアランも支度が終わったようだった。僕はアランの部屋に入り、この前借りた本を本棚に戻した。

「本ありがとう。僕もだいぶこちらの世界のことがわかるようになったよ」
「そうだな。来たばかりの頃に比べると、だいぶ馴染んだな」

 僕が身につけているのは、冒険者の着る服の中でも軽装のものだ。魔力が込められているらしく、薬草採取くらいならこれで十分らしい。
 言語については、転移者補正なのだろうか。不思議と言葉は理解できたし、話すこともできた。
 アランに初めて会った時は混乱してて気づかなかったけど、今思えばもうあの時から会話ができていた。

「街に近い場所とはいえ、街から出るのだから完全に安全なわけではない。俺から離れるんじゃないぞ」
「わかった。僕も気をつけつつ薬草採取するよ」

 初めての薬草採取に向かう僕の心は、ドキドキとワクワクが入り混じっていた。
 この世界に来て完全にパニックにならなかったのは、アランのおかげ。それに加えて、好きでよく見ていたアニメのおかげかもしれない。
 大好きなアニメの世界の中に入れたんだと考えたら、不安が少しずつ薄れていったんだ。

 僕はギルドで完了報告をできるのを楽しみにしながら、アランの部屋を出ようとした。

 ……その瞬間、眩しい光が突然目の前に現れた。

 まさかこの光は!?

 僕は気づいたらこの世界に来ていたから、光なんて覚えていない。けどきっとこれは、僕を元の世界に導く光だ。

 僕は決意を固めるように、ギュッと胸のあたりで拳を握った。そして、急いでアラン宛の手紙を取り出し振り返った。

「――アラン、今までありがとう。さようなら、元気で!」
「行くな!」

 アランもこの光の意味を、感じ取ったのだろう。目を大きく見開いたあと、僕に向かって走ってきた。
 そしてアランは、僕の手を掴もうと思い切り手を伸ばした。けど、僕の体はあっという間に光に包まれていく。
 アランは光に包まれていく僕の手を一瞬掴んだけれど、するりとその手は抜け落ちた。

 ありがとう。……アラン、大好きだよ――。
 僕は言葉にならない声で、アランに最後の言葉を送った。

 遮られていく視界の中でわずかに見えたのは、アランの手に渡った一通の手紙だった。
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