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01 森の散策
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「初音の言うように、まずは、ここがどこなのか把握しよう」
俺は、辺りを見回し、声をひそめながら言った。
さっきはびっくりして大きな声をあげてしまったけど、もしかしたら何者かに襲われることもあるかもしれない。なるべく音を立てずに、静かに行動した方がいいだろう。
「見た感じ、普通の森だよねぇ」
「変わった匂いもしない……」
「おかしな音も聞こえないよな」
俺たちは、五感をフル活用して、周りの気配を懸命に感じ取ろうとした。
見た感じが普通の森でも、家にいたはずの俺たちが、突然知らない森に移動していたんだ。もうすでにその時点で普通ではないんだ。
「移動してみるか。俺は先頭を歩くから、奏音は後ろをついてきてくれ」
「わかった」
俺と奏音は、初音を守るように前後に分かれ、慎重に歩き出した。
けもの道をゆっくりと進んでいく。太陽の光が木々の隙間を縫い、まっすぐ上から差し込んでいる。ちょうどお昼頃ということか。
しばらく歩き続けたが、風景は変わらず同じような木が同じように生えた場所を歩くだけだった。だんだん感覚が麻痺してきそうだ。
警戒心が徐々に薄れかけた頃、ガサガサッと草むらで何か物音が聞こえた。
双子も気づいたようで、一斉に音のした方を見た。でも何もいない……気のせいか?
再び歩き出そうとすると、少し遅れてドシドシと重そうな足音が聞こえてきた。
――と同時に、目の前に何かが飛び出し、こちらに向かって飛んできた。
えっ?
咄嗟にその何かをキャッチすると、ふわっとした感触がした。腕の中に飛び込んできたものを確認すると、それは茶色のうさぎだった。
「お兄ちゃん! クマ!」
「はっ?」
初音の叫び声に顔を上げると、木々の間から巨大な影が迫ってきていた。
さっきまで何もなかったのに、突然事態が動き出した。うさぎは飛び込んでくるし、今度はクマだって? なんでクマが?
「奏音!」
初音が奏音の名を呼ぶと、奏音は全てわかっているとでもいうように、大きくうなずいた。そして向かってくるクマの前に立ちはだかった。
「おい、逃げろ!」
俺は奏音の行動にびっくりして叫んだ。捕まえて逃げろと引っ張りたかったが、うさぎを抱えていたからワンテンポ遅れてしまった。気づいた時には、奏音の目の前にクマが迫っていた。
奏音は両手をクマの方にかざして、静かに目を瞑った。その隣に初音が並ぶと、同じように両手をかざした。
「やめろ、やめてくれー‼︎」
俺は力の限り叫んだ。二人を失うなんて耐えられない。やめてくれ、お願いだ……っ!
もう間に合わないかもしれない、けど、祈らずにはいられなかった。誰でもいい、あのクマを二人から離してくれ!
俺は、うさぎを抱えたまま、祈るように手を組んだ。
母さんを亡くし、双子たちまで失ってしまうかと思うと怖かった。耐えられなかった。
ほんの一瞬の出来事だったと思う。でも俺にはとても長い時間のように感じた。
「お兄ちゃん、クマ向こうに行ったよ」
「もう大丈夫」
不安に包まれていた俺の耳に、明るい妹の声が飛び込んできた。
驚いて無意識に閉じていた目を開けると、目の前にはニコニコと微笑む初音の顔があった。
「はつ、ね……かなと……」
「なぁに、お兄ちゃん。……あれ? そのうさぎさんは?」
俺は不安と、安堵と、ごちゃごちゃに混ざった感情に飲み込まれそうになっていたのに、初音は何事もなかったように、俺の抱えているうさぎを指差した。
「あ、ああ。よく分からないんだ。急に飛び出してきて、俺の胸に飛び込んできて……」
「あれっ? この子怪我してる?」
初音に言われて、初めてうさぎが足を怪我していることに気付いた。
野生のうさぎなら、すぐさま腕から逃げるだろうに、このうさぎはずっと腕の中にいる。もしかして怪我をしているのだろうか?
まずは血を拭き取ってやろうと、ハンカチを取り出した。「ちょっとごめんな」そう声をかけて軽く押さえると、うさぎはビクッと足を震わせた。
血は拭き取れたかな? そう思ってハンカチを外すと、足の傷もハンカチについたはずの血も見当たらなかった。
「あれ? 怪我していたと思ったのは、気のせいなのか?」
「そんなことないでしょ。私も見たもん」
「だよなー?」
俺と初音が首を傾げていると、腕の中にいたうさぎが急に飛び降りた。そしてそのまま、一目散に森の中を駆け抜けて行った。
「あ、行っちゃった」
「うーん、よくわからなかったけど、元気に走って行ったから大丈夫なんじゃないか?」
俺と初音は、もう一度首を傾げた。
「そうだ! さっきのクマどうしたんだよ?」
二人の無事を確認できたから、こんなにのんびりしているけど、さっきは本当にどうしていいかわからなくて、取り乱してしまったんだ。
今にも襲いかかりそうな勢いだったクマに、襲われることなく無事だったのは何があったんだ?
「あの時ね、声がした気がしたんだ」
「声?」
「小さくてよく聞き取れなかったけど……まるで、お母さんの声みたいだったよ」
「え? 母さん……?」
初音の思いがけない言葉に、俺は動きを止めた。
俺は、辺りを見回し、声をひそめながら言った。
さっきはびっくりして大きな声をあげてしまったけど、もしかしたら何者かに襲われることもあるかもしれない。なるべく音を立てずに、静かに行動した方がいいだろう。
「見た感じ、普通の森だよねぇ」
「変わった匂いもしない……」
「おかしな音も聞こえないよな」
俺たちは、五感をフル活用して、周りの気配を懸命に感じ取ろうとした。
見た感じが普通の森でも、家にいたはずの俺たちが、突然知らない森に移動していたんだ。もうすでにその時点で普通ではないんだ。
「移動してみるか。俺は先頭を歩くから、奏音は後ろをついてきてくれ」
「わかった」
俺と奏音は、初音を守るように前後に分かれ、慎重に歩き出した。
けもの道をゆっくりと進んでいく。太陽の光が木々の隙間を縫い、まっすぐ上から差し込んでいる。ちょうどお昼頃ということか。
しばらく歩き続けたが、風景は変わらず同じような木が同じように生えた場所を歩くだけだった。だんだん感覚が麻痺してきそうだ。
警戒心が徐々に薄れかけた頃、ガサガサッと草むらで何か物音が聞こえた。
双子も気づいたようで、一斉に音のした方を見た。でも何もいない……気のせいか?
再び歩き出そうとすると、少し遅れてドシドシと重そうな足音が聞こえてきた。
――と同時に、目の前に何かが飛び出し、こちらに向かって飛んできた。
えっ?
咄嗟にその何かをキャッチすると、ふわっとした感触がした。腕の中に飛び込んできたものを確認すると、それは茶色のうさぎだった。
「お兄ちゃん! クマ!」
「はっ?」
初音の叫び声に顔を上げると、木々の間から巨大な影が迫ってきていた。
さっきまで何もなかったのに、突然事態が動き出した。うさぎは飛び込んでくるし、今度はクマだって? なんでクマが?
「奏音!」
初音が奏音の名を呼ぶと、奏音は全てわかっているとでもいうように、大きくうなずいた。そして向かってくるクマの前に立ちはだかった。
「おい、逃げろ!」
俺は奏音の行動にびっくりして叫んだ。捕まえて逃げろと引っ張りたかったが、うさぎを抱えていたからワンテンポ遅れてしまった。気づいた時には、奏音の目の前にクマが迫っていた。
奏音は両手をクマの方にかざして、静かに目を瞑った。その隣に初音が並ぶと、同じように両手をかざした。
「やめろ、やめてくれー‼︎」
俺は力の限り叫んだ。二人を失うなんて耐えられない。やめてくれ、お願いだ……っ!
もう間に合わないかもしれない、けど、祈らずにはいられなかった。誰でもいい、あのクマを二人から離してくれ!
俺は、うさぎを抱えたまま、祈るように手を組んだ。
母さんを亡くし、双子たちまで失ってしまうかと思うと怖かった。耐えられなかった。
ほんの一瞬の出来事だったと思う。でも俺にはとても長い時間のように感じた。
「お兄ちゃん、クマ向こうに行ったよ」
「もう大丈夫」
不安に包まれていた俺の耳に、明るい妹の声が飛び込んできた。
驚いて無意識に閉じていた目を開けると、目の前にはニコニコと微笑む初音の顔があった。
「はつ、ね……かなと……」
「なぁに、お兄ちゃん。……あれ? そのうさぎさんは?」
俺は不安と、安堵と、ごちゃごちゃに混ざった感情に飲み込まれそうになっていたのに、初音は何事もなかったように、俺の抱えているうさぎを指差した。
「あ、ああ。よく分からないんだ。急に飛び出してきて、俺の胸に飛び込んできて……」
「あれっ? この子怪我してる?」
初音に言われて、初めてうさぎが足を怪我していることに気付いた。
野生のうさぎなら、すぐさま腕から逃げるだろうに、このうさぎはずっと腕の中にいる。もしかして怪我をしているのだろうか?
まずは血を拭き取ってやろうと、ハンカチを取り出した。「ちょっとごめんな」そう声をかけて軽く押さえると、うさぎはビクッと足を震わせた。
血は拭き取れたかな? そう思ってハンカチを外すと、足の傷もハンカチについたはずの血も見当たらなかった。
「あれ? 怪我していたと思ったのは、気のせいなのか?」
「そんなことないでしょ。私も見たもん」
「だよなー?」
俺と初音が首を傾げていると、腕の中にいたうさぎが急に飛び降りた。そしてそのまま、一目散に森の中を駆け抜けて行った。
「あ、行っちゃった」
「うーん、よくわからなかったけど、元気に走って行ったから大丈夫なんじゃないか?」
俺と初音は、もう一度首を傾げた。
「そうだ! さっきのクマどうしたんだよ?」
二人の無事を確認できたから、こんなにのんびりしているけど、さっきは本当にどうしていいかわからなくて、取り乱してしまったんだ。
今にも襲いかかりそうな勢いだったクマに、襲われることなく無事だったのは何があったんだ?
「あの時ね、声がした気がしたんだ」
「声?」
「小さくてよく聞き取れなかったけど……まるで、お母さんの声みたいだったよ」
「え? 母さん……?」
初音の思いがけない言葉に、俺は動きを止めた。
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