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10 危機一髪
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俺は階段を降り、村長さんと一緒に玄関に向かった。そこには、慌てた様子の一人の女性が、落ち着かずにウロウロと歩き回っていた。
「あ! 村長さん!」
女性は村長さんを見つけると、目に涙を浮かべながらやってきて、必死に訴えた。
話を聞くと、村の入り口にあるお店に用事があって来たのだけど、息子さんは外で遊んで待っていることになった。動かないでと言ったのに、お店から出たら姿が見えなくなっていたらしい。
状況的に、村の外に出てしまった可能性が高いそうだ。
「お母さん、落ち着いてください。さ、中に入って」
村長さんは女性を連れて、再び客間へと戻っていった。
俺は、協力したいと言いかけたところで言葉を飲み込んだ。だめだ、もう帰らないと。双子も帰ってくる時間になるし、父さんとも無理はしないって約束したんだ。
お手伝いさんに挨拶をすると、俺は村長さんの屋敷を後にし、宿屋へ戻った。
宿の部屋で着替えようと、クローゼットを開けたところで、手が止まる。
あの女性の泣きそうな顔が目に浮かんできては、消し去るように首を横にブンブンと振った。
俺一人じゃ、凶暴化した動物に出会ってしまったら、対処することはできない。三人揃わないと厳しいのはわかってるじゃないか。
けど、幼い子どもが凶暴化した動物に追いかけられてしまったら? 大人の足なら逃げられるかもしれないけど、子どもの足だったらどうだ? もし転んでしまったら? ……俺は、次々と悪い方へ思考が働いてしまう。
クローゼットに手をかけたままの状態で、しばらく動きを止めていた俺は、ぎゅっと目を瞑った後、クローゼットの扉をバタンと閉めた。
行方不明の子どもがいることを、見過ごすわけにはいかない。
俺は、村人たちも森の動物たちも、守るためにこの世界に呼ばれたんじゃないのか?
大学の頃、「お前は思ってるより強いよ」と励ましてくれた、理人の笑顔が脳裏に浮かんだ。その言葉が、今になって背中を押してくる。
「大丈夫、少し森の中に探しに行くだけだから。無理だと判断したら、すぐ戻ってくるから」
俺は、誰に言うわけでもなく、決意のように口に出すと、宿を飛び出して村の外に向かって走り出した。
「……お兄ちゃん?」
「え?」
宿屋を飛び出し、村長さんたちに声をかけた後、俺は森の中に子どもを探しに来た。
入り口付近にはいなかったので、奥まで入ってしまったのかと慎重に探していたら、大きな木の横を通りかかろうとしたところで、声がかけられた。
「リオ……?」
村を出る時に教えてもらった名前を呼ぶと、大樹の横の小さな窪みから、幼稚園くらいの男の子が顔を出した。
そのまま俺の元へ飛び込んでくると、ずっと我慢していたんだろう、シクシクと俺の胸で泣き始めた。
「よしよし、もう大丈夫だよ。村に帰ろうか」
俺は気持ちが落ち着くように、ゆっくりと背中をポンポンと叩いた。
こういう時は、理由を聞いたりして問い詰めたらダメだ。村に帰って落ち着いてから、ゆっくりと話を聞く方がいい。
「歩ける?」
俺がそっと問いかけると、リオは小さく首を横に振った。離れるのが不安なんだろう。俺はリオを抱き上げると、そのまま村に帰ることにした。
見渡す限り同じような木々で、これじゃあ慣れている村人でも迷子になってしまってもおかしくない。
俺は歩いてきた道に目印をつけてきたから、それを辿って戻ればいい。時々リオに話しかけながら、森の中を進んでいった。
「よし、あと少しで森を抜けられるはずだ」
あと少しで森を抜けると思った時、森の奥の方でガサガサっと音がした。
まさか凶暴化した動物か? そう思って身構えたけど、前方に走り抜けて行ったのは野うさぎだった。
びっくりした……。そう胸を撫で下ろした瞬間、俺の視界の端には、目が赤く光っている鹿が立っていた。
「えっ……」
目が真っ赤に光るシカなんて見たことがない。でもここは絵本の中だ、きっとあのシカは凶暴化しているに違いない。今すぐ逃げないと!
俺の心臓はバクバクとうるさいほど音を立てていたが、リオを不安にさせまいと、なるべく冷静を装う。大丈夫だ、幸いにもあのシカは、こちらに気づいていないようだ。
気づかれないように、そっと歩き出した。……その時だった。
パキッ。
足元の枝が乾いた音を立てた。
シカの耳がぴくりと動き、ゆっくりとこちらを向いた。
「まずい、走るよ!」
俺はリオを抱え直すと、一気に走り出した。
あと少しで森を抜けられる。村の近くまで行けば、結界の効力が発揮されるはずだ。だからそこまで頑張るんだ!
俺は自分を鼓舞するように、リオを抱えている手の力をわずかに強めた。
つけておいた目印なんて、確認している余裕なんてない。ただ向かう方向が合っていることだけを祈って、ひたすら走り続ける。
けど相手はシカだ。普通に考えて追いつかれるのなんて時間の問題のはずだ。それなのになぜまだ追いつかれないのか。
疑問を残しつつも走り続けたその先は、森の出口だった。
「村が見えた!」
森を抜け、遠くに見える村に向かって、最後の力を振り絞る。大丈夫だ、追いつかれない。村に入れば結界が守ってくれる。
村の入り口で待つ、村長さんとリオのお母さん、村人たちが見えてきた。
けど俺たちのすぐ後ろまで、地面を蹴る重い音が迫ってきていた。見えなくても、追いつかれそうな距離にいることは感じられた。
「グォォ……」
すぐ後ろで聞こえる低い唸り声に、もうだめだ! ――そう思った直後、俺たちは間一髪で結界の中へ飛び込んだ。
「間に合った……?」
自分たちがしっかりと結界の中にいることを確認したあと、リオを下ろしてから後ろを振り返った。すぐそこまで迫っていたシカを確認した俺は、ぶるっと身震いをした。
結界のおかげで落ち着きを取り戻したシカは、戸惑いながらも森の中に戻って行った。
「あ! 村長さん!」
女性は村長さんを見つけると、目に涙を浮かべながらやってきて、必死に訴えた。
話を聞くと、村の入り口にあるお店に用事があって来たのだけど、息子さんは外で遊んで待っていることになった。動かないでと言ったのに、お店から出たら姿が見えなくなっていたらしい。
状況的に、村の外に出てしまった可能性が高いそうだ。
「お母さん、落ち着いてください。さ、中に入って」
村長さんは女性を連れて、再び客間へと戻っていった。
俺は、協力したいと言いかけたところで言葉を飲み込んだ。だめだ、もう帰らないと。双子も帰ってくる時間になるし、父さんとも無理はしないって約束したんだ。
お手伝いさんに挨拶をすると、俺は村長さんの屋敷を後にし、宿屋へ戻った。
宿の部屋で着替えようと、クローゼットを開けたところで、手が止まる。
あの女性の泣きそうな顔が目に浮かんできては、消し去るように首を横にブンブンと振った。
俺一人じゃ、凶暴化した動物に出会ってしまったら、対処することはできない。三人揃わないと厳しいのはわかってるじゃないか。
けど、幼い子どもが凶暴化した動物に追いかけられてしまったら? 大人の足なら逃げられるかもしれないけど、子どもの足だったらどうだ? もし転んでしまったら? ……俺は、次々と悪い方へ思考が働いてしまう。
クローゼットに手をかけたままの状態で、しばらく動きを止めていた俺は、ぎゅっと目を瞑った後、クローゼットの扉をバタンと閉めた。
行方不明の子どもがいることを、見過ごすわけにはいかない。
俺は、村人たちも森の動物たちも、守るためにこの世界に呼ばれたんじゃないのか?
大学の頃、「お前は思ってるより強いよ」と励ましてくれた、理人の笑顔が脳裏に浮かんだ。その言葉が、今になって背中を押してくる。
「大丈夫、少し森の中に探しに行くだけだから。無理だと判断したら、すぐ戻ってくるから」
俺は、誰に言うわけでもなく、決意のように口に出すと、宿を飛び出して村の外に向かって走り出した。
「……お兄ちゃん?」
「え?」
宿屋を飛び出し、村長さんたちに声をかけた後、俺は森の中に子どもを探しに来た。
入り口付近にはいなかったので、奥まで入ってしまったのかと慎重に探していたら、大きな木の横を通りかかろうとしたところで、声がかけられた。
「リオ……?」
村を出る時に教えてもらった名前を呼ぶと、大樹の横の小さな窪みから、幼稚園くらいの男の子が顔を出した。
そのまま俺の元へ飛び込んでくると、ずっと我慢していたんだろう、シクシクと俺の胸で泣き始めた。
「よしよし、もう大丈夫だよ。村に帰ろうか」
俺は気持ちが落ち着くように、ゆっくりと背中をポンポンと叩いた。
こういう時は、理由を聞いたりして問い詰めたらダメだ。村に帰って落ち着いてから、ゆっくりと話を聞く方がいい。
「歩ける?」
俺がそっと問いかけると、リオは小さく首を横に振った。離れるのが不安なんだろう。俺はリオを抱き上げると、そのまま村に帰ることにした。
見渡す限り同じような木々で、これじゃあ慣れている村人でも迷子になってしまってもおかしくない。
俺は歩いてきた道に目印をつけてきたから、それを辿って戻ればいい。時々リオに話しかけながら、森の中を進んでいった。
「よし、あと少しで森を抜けられるはずだ」
あと少しで森を抜けると思った時、森の奥の方でガサガサっと音がした。
まさか凶暴化した動物か? そう思って身構えたけど、前方に走り抜けて行ったのは野うさぎだった。
びっくりした……。そう胸を撫で下ろした瞬間、俺の視界の端には、目が赤く光っている鹿が立っていた。
「えっ……」
目が真っ赤に光るシカなんて見たことがない。でもここは絵本の中だ、きっとあのシカは凶暴化しているに違いない。今すぐ逃げないと!
俺の心臓はバクバクとうるさいほど音を立てていたが、リオを不安にさせまいと、なるべく冷静を装う。大丈夫だ、幸いにもあのシカは、こちらに気づいていないようだ。
気づかれないように、そっと歩き出した。……その時だった。
パキッ。
足元の枝が乾いた音を立てた。
シカの耳がぴくりと動き、ゆっくりとこちらを向いた。
「まずい、走るよ!」
俺はリオを抱え直すと、一気に走り出した。
あと少しで森を抜けられる。村の近くまで行けば、結界の効力が発揮されるはずだ。だからそこまで頑張るんだ!
俺は自分を鼓舞するように、リオを抱えている手の力をわずかに強めた。
つけておいた目印なんて、確認している余裕なんてない。ただ向かう方向が合っていることだけを祈って、ひたすら走り続ける。
けど相手はシカだ。普通に考えて追いつかれるのなんて時間の問題のはずだ。それなのになぜまだ追いつかれないのか。
疑問を残しつつも走り続けたその先は、森の出口だった。
「村が見えた!」
森を抜け、遠くに見える村に向かって、最後の力を振り絞る。大丈夫だ、追いつかれない。村に入れば結界が守ってくれる。
村の入り口で待つ、村長さんとリオのお母さん、村人たちが見えてきた。
けど俺たちのすぐ後ろまで、地面を蹴る重い音が迫ってきていた。見えなくても、追いつかれそうな距離にいることは感じられた。
「グォォ……」
すぐ後ろで聞こえる低い唸り声に、もうだめだ! ――そう思った直後、俺たちは間一髪で結界の中へ飛び込んだ。
「間に合った……?」
自分たちがしっかりと結界の中にいることを確認したあと、リオを下ろしてから後ろを振り返った。すぐそこまで迫っていたシカを確認した俺は、ぶるっと身震いをした。
結界のおかげで落ち着きを取り戻したシカは、戸惑いながらも森の中に戻って行った。
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✤金浦桃多さん
今日も感想ありがとう☺️
ね。明らかに怪しい匂いがプンプンするよね🤣
それも含め、どうなるか続きを待っていてくれると嬉しいです。
✤金浦桃多さん
いつも感想どうもありがとう💕
ダチ◎ウ倶楽部じゃあるまいしー😂
って返信するけど、やっぱりこれは、完全に振りだよねー🤣
期待通りになっちゃいますねw
✤金浦桃多さん
感想ありがとうございます💕
奏多は、中学生。そういうお年頃なのよね。
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