座して見よ、我が慈悲の極星を

末野みのり

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本編

第十二話 愛よ地獄で踊れ(1)

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 二時間。
 シアンの人生に置いて、最も恐ろしく長く感じられた二時間であった。
 ユリウスが先に行く、と言い残して空間転移してからすぐに、王は騎兵隊を先行させ、そこにシアンも組み込んだ。
 曰く、お前の弓矢が一番早い、と。
 その自負はあった。十二歳の年、ロベルトの翡翠に魅了されて、それから十年。師には、最高潮の集中力さえ常に発揮出来ればロベルトを凌ぐとまで言われた腕前である。それが出来ればのう、と百回は言われたというおまけ付きではあるが。
 騎兵隊の早駆けの名手に騎馬の扱いを任せて、シアンは両目に魔力を集中させる。ロベルトも使う超視力の『騎士の退魔法』である。
 道程の半分ほどを進み、すでに遺跡を覆う巨大な結界術は視認の範囲であった。だが、シアンが確認したいのは、戦局ではなかった。
 ただ一つ、その場にあるはずの、翡翠を。
 もはや竜とも呼べぬ姿の黒き災厄の狭間に、焦がれた光を探して視線を走らせる。
 そうして見つけたのは、美しさは変わらぬ、だが不規則に明滅する翡翠だった。
 その明滅はまるで、星が砕ける前兆のような不吉さで、シアンの焦燥を煽った。

「ロベルト」

 思わず普段は呼ばない兄弟子の名を呼ぶ。
 普段ならば一寸の乱れも迷いもなく、真っ直ぐに空を駆ける翡翠が、揺れている。
 時間からして、疲労には間違いなかった。だが、それだけで済んでいなかったら?命にかかわる負傷であったなら?
 悪い想定が頭をよぎって、だがシアンはすぐに切り替えた。
 なぜなら、ここから届くからだ。最高潮の集中力さえ発揮できれば。
 だから弓矢を番えて、若い騎手に告げた。

「速度少し落として、一定にしてくれ!ここから撃つ!」
「ここからですか!?」
「直線なら届かない距離じゃない。一撃撃ったら状況説明する、集中させてくれ」
「はい!!」

 騎手の答えを、シアンはほとんど聞いていなかった。深い深い、集中に入る。超視力で見えているものに没入して、指、腕、肩、背、その一つ一つに神経を研ぎ澄ませる。
 今までだって、手を抜いていたつもりはない。手を抜けば即座に死に繋がる戦場も多かった。
 しかし今。自分だけがそこに届くのだ、という孤独が、自然とシアンを集中の極致に導いた。
 明滅する翡翠に、黒い厄災の視線が集まる。
 見ちまうよな。こんな綺麗なもん。シアンは奇妙な共感をして、笑った。その時にはもう、彼の会心の一矢は、空を駆けていた。





 ロベルトは、その金の稲穂をよく知っていた。

「…っ、シアン」

 目の前で、魔性の魔力が四散して弾ける。足か腕か、一本ぐらいは持っていかれるだろうと思った、その覚悟も宙に浮く。

「アッハハ、どっから撃ってんの、シアンちゃん。遠くて位置特定出来ないんだけど」
「ユリウス、もう少し下がれ。シアンが来てんなら、こんな前まで出なくていい」
「あは。じゃあお言葉に甘えて。さすがにちょっと、オレもね~キッツいな……はは……」

 そこでロベルトは、交戦が本格化してからユリウスの顔を初めて見返した。
 目から涙のように血が溢れて、いつから出ていたのかも分からぬ鼻血が、胸元を濡らしていた。

「ユリウス、俺のサポート全部やめろ。お前が気絶したら全部台無しになる」
「いや~、シアンちゃんが来てんなら、陛下とクロード殿ももう少しでしょ、なら」
「ユリウス」

 笑うユリウスの息が荒い。わかっているからロベルトは話を遮った。

「俺は最初からここで命賭けるつもりで生きてきてんだよ。生きるか死ぬかの俺の博打、お前みたいな規格外噛ませるつもりねーんだ。黙ってろ」

 そう言い切って、ロベルトは弓を大きく引き、空に向かってその翡翠の矢を放った。
 途端。黒い厄災の多数の目が、一斉にロベルトの方を向く。

「扇動術で全部の攻撃の焦点を俺に向けさせた。前に出るから、本当に手をだすなよ」
「……正気!?」

 ユリウスの叫びを後ろに、ロベルトは剣を抜いて駆け出した。その剣が、翡翠の光を帯びる。

「もう対空迎撃射法で集中保てるほどの体力ねえんだよ。なら反射で動ける剣の方がまだ目がある!」
「出たよ馬鹿の根性論!!」

 ユリウスは心底信じられない、という声で叫んだ。だが、ロベルトはそれがユリウスがそうありたい人格として告げた言葉だと言うのを知っている。
 だから、ユリウスの加護が身近から全て消え去ったことに何の不思議も抱かずに、荒地を駆ける。
 ユリウスが優しい男になりたいと願っているのを知っている。けれど、その優れた頭脳がその欲求を無視して、すでに最善を弾き出しているのも知っているから、ロベルトは自分で選択をするのだ。
 使える駒は全部使って、使い捨ててでも、稀代の魔術師を生かし、活かすのだと。

「ロベルト!心臓の位置だけ順番に共有するから!死ぬなよ!」
「運が良けりゃな!…つか順番にってなんだよ!」
「まだ場所割り出せてないけど、複数あんの!」
「はー…クソ…っバケモンがよ。お前がわざわざこの時代に産まれた意味もあるってもんだな、大天才?」

 翡翠の光が、魔性の魔力を弾き飛ばす。
 『騎手の退魔法』の反射術法を剣に乗せたロベルトは、得意の防御一貫の剣術で次々光線を叩き落として、軽口を叩く。命の危険と紙一重のそれの狭間に、金の稲穂の如き矢が駆けて、いくつかの目玉を撃ち抜いた。

「それを言うならロベルトとシアンが兄弟弟子やってたのも運命なんじゃないの」
「運命なもんかよ」

 身体を反転させて、半月の軌跡を描いた剣筋は、迫りくる光線を地に叩き落とした。そして、その間隙を縫って、シアンの会心の矢が走る。

「あいつは俺が見つけて目利きしたんだ。あいつは、本物だからな」

 そう言うロベルトの言葉を、ユリウスは最後まで聞くことが出来なかった。
 ロベルトの背後で、黒き災厄の一部分が内側から破裂して、その黒い血をまき散らしたからである。

「ユリウス、これが一つ目か?」
「た、ぶん……え、何、シアンちゃん見えてんの」
「行動パターンから見てんだよ、あいつ。魔術的解析じゃないからお前はお前で解析続けてくれ」
「……ロベルト、あのさ、自分の命でシアンの本気を釣った?」
「釣れるか?あいつが俺で。いいからそろそろ本当に下がれ。シアンの射線塞いでんだよお前」

 ロベルトの言葉に言い返したいことは山程あったものの、それは今言うことでもなく、ユリウスは大人しく鼻血を拭いて、距離を取ることにした。
 どちらにせよ、彼の主君が到着した暁には、確保せねばならぬ空白だったので。





 ロベルトとユリウスが二手に別れる。
 それを遠く超視力で見ていたシアンの内心の、今だ晴れぬ不安はより深まる。
 魔竜がもはや竜の枠に収まらぬ、黒き災厄そのものの怪物に成り果てている、という未知の脅威故でもあるし、ロベルトが単独で最も死線に近い場所に立ったが故でもある。

「騎兵隊!現着前に情報共有だ!魔竜はもう、竜の形をしていないバケモンになってる。ウチの隊長とあの道化の魔術師が竜の化けの皮をはがしたんだろう」

 超視力の魔術を解いて、シアンは肉眼で狙いを定めながら声を張り上げて告げる。

「黒い血には触るな。あれが多分伝承の『死毒の川』だ。あとはあの道化の魔術師の解析次第だけどな……おそらく核になる心臓のような重要器官があるはずだ。そこ潰して討つ。……が、戦況の安定のために攻撃の始点になる目玉と黒い血を制圧すんのが第一陣の役目だろうな」
「わかりました。同行した魔術師隊と治癒術師隊をフォロー位置につかせます」
「ああ。まずはうちの隊長を退かせて理想の陣形に持っていく、その頃には陛下も到着するはずだ。指揮統率は騎兵隊でやってくれ。俺はここで降りる」
「はい。ご武運を!」
「武運を」

 騎兵隊の早駆けの名手が快活に言って、シアンも弓騎士隊副隊長として答えた。その目はすでに向かうべき翡翠を追っている。
 自分の足で駆けるのは久方ぶりで、ずしんと重力が足裏にかかる。だが、構っている暇はなかった。
 駆けて、撃って、そしてまた駆けて。
 ロベルトの剣戟が激しい音を立てている。弾いた光線の出元を辿って、シアンは弓を引き絞った。その先で異形の目玉が弾ける。
 ロベルトが見込んだシアンの目は、それが攻撃を撃った後、ひどく弱るのをもう見つけていた。
 だが、だからこそ焦っていた。相手の性質故に、シアンの力は攻防一体とはなり得ない。ロベルトが盾として受けているから成り立つ戦術なのである。
 そして、ようやくロベルトの腕の振りを視認出来る距離になって、シアンはサッと顔を青くした。
 なんで左手で。
 左手で剣を振るうロベルトに、咄嗟にシアンはその右腕を見る。血の色はない。ただただ、奇妙に硬直して、僅かに震えている。二時間近くもの間、未知の化け物相手に戦い続けた疲労が、そうさせているのは明らかだった。
 だが、それは左手とて同じはずだった。
 だから一歩でも早く。思うのに、ロベルトに降り注ぐ光線がそれを阻む。次弾を一つでも減らすために、矢を撃てども撃てども、黒い血の中から異形の眼球が湧き出てくる。
 名前を呼んで、最も死線に近い場所から退かせたいのに、それがほとんど限界のロベルトの集中を欠くとわかっているから、それも出来ない。
 翡翠の光が明滅している。出力をコントロール出来ていない証しだ。繰り返される光線と、剣戟と、明滅が、シアンの目に映る。
 最初に音を乱したのは、剣戟。鈍い音を立てて、その鉛色がロベルトの手からすり抜けて離れていく。握力の限界だったのだ。
 光線が迫る。ロベルトの左手の手甲が翡翠の光を帯びた。それは無手の最終手段である。それを知っているから、シアンは叫んだ。

「ロベルト!!もう扇動術解けッ!!あんたの全部、囮に使い潰すとか許さねぇからな!!」

 ロベルトは振り返らなかった。左手を武器のように振って、光線を弾き飛ばす。だがその左手は焼け焦げて、二度目はない、と一目でわかる負傷。けれど、次のロベルトの言葉は、奇妙なほどに静かだった。

「ーー撃てよ、見えてんだろ」

 その声に、シアンは逆らえなかった。
 弓を、引く。
 眼球の動き、その攻撃方向、黒い血の蠢き方。到底自然の生物でないそれにも規則性はあり、そこからシアンは重要器官を見つけていた。
 この状況で攻撃を選べば、それは、この兄弟子を見捨てるのも同然とわかっていて。
 シアンの矢の、着弾地点が内部から破裂する。だが、黒い血も、異形の眼球も勢いを失っていない。
 黒い血が、硬質化して、槍のような形を作る。それがいくつもロベルトに向かうのと、シアンが駆け出すのは同時だった。
 足元に、魔力を集中させる。『騎士の退魔法』による筋力増強術。矢を番えて放つのは間に合わなくとも、身一つならば。

「っ!来るな!」

 本当に焦った顔で、ロベルトが右腕に翡翠の光を灯しながら言う。その顔を黒い槍が掠る。まるで肉を焼くように、そこから煙が立ち上がる。

「うるせぇよ!」

 我慢ならなかった。その翡翠が、黒に塗りつぶされるなど。だから、シアンはロベルトを突き飛ばして、最前線の死線に出た。
 ギョロリ。異形の眼球の視線を一斉に受ける。怖れで気がおかしくなりそうだった。こんなものを一人で。気圧されたシアンの動きが、止まった。
 その腹に、黒の槍が突き刺さる。

「ごッ、は………」

 その途端、ロベルトの退魔法が性質を変えた。扇動の反転、潜伏に。屠るべき相手を見失った眼球は、ギョロギョロと視線を散逸させる。

「はッ…、は……、がっ……」 

 死ぬ。
 シアンは強くそう予感した。一気に焦点を失った視界で、腹は熱くて熱くて仕方がないのに、全身が寒くて震えて、指先など、もともとなかったかのように感覚がない。

「シアン!!」

 その中で、ロベルトの声だけがはっきりとしていた。
 はは、こんな時でも俺は。
 欲しくて欲しくて仕方がない男に、自分の名を呼ばれる最期なら、悪くないかと思った。

「ロベ、ルト」

 滅多に呼ばない名前で、男の名前を呼ぶ。
 きれいだ。
 焦がれ続けた翡翠がそこにあって、もうほとんど感覚のない腕を伸ばす。握り込まれた、という微かな感覚がある。翡翠に、顔を寄せる。

「喋るな、今…っ」

 震えて言葉を口にするそこに、唇を確かに重ねた感覚があった。
 この男が、この血の味のキスを覚えていてくれるなら、もういいか、と思った。





「シアン」

 唇どころか、顔のほとんどをシアンの血で染めたロベルトは、ただただシアンの名を呼んだ。
 こんな風に庇われることも、口付けを受けることも、何もかも想像もしていなかったことだった。
 頭の中は何もかもぐちゃぐちゃだった。どうしてと、どういうつもりだと、問いたいのに問いたい相手は目を閉じた。だから、身についた戦場の習慣で、ただただ解毒と止血の術式を向けて。

「い、ま……連れてく、治癒術師、がいれば、間に…」

 間に合うだろうか。
 ロベルトの冷静な部分がそう囁く。自分のこのボロボロの体で、よたよたと縺れた足で連れていける範囲に、果たしてそのような高位の治癒術師がいるだろうか。
 俺が癒炎剣の使い手なら。ロベルトは、しても仕方のない夢想をした。それはおそらく彼の人生で初めての、祈る先のない切実な祈りだった。

「動かないで」

 シアンを背負って歩き出そうとしたロベルトを制す男の声があった。退こうとしたロベルトの眼前に立ったひょろりと高い長身の男が、シアンに手をかざす。

「【創世神の慈悲よ、人の理において、忌むべき災禍を遠ざけよ。其は我が友、秩序の信徒にして、その永遠を守らんとする戦士。ならばここに我が生命の源泉をもって慈悲と祝福を】」

 長い詠唱と共に、男の手から柔らかな白い光が溢れ出る。それはシアンの腹の傷に吸い込まれるようにして、失った肉を補った。まるで時を逆回ししているように。
 男は、銀色の髪に赤い目をしていた。
 ロベルトはその治癒術師を知っている。

「お久しぶりです、ロベルト殿。相変わらず無茶をなされますね」
「どう、してこっちに。ユリウスは」

 ロベルトが問えば、治癒術師の男は奇妙に落ち着いた心外そうな顔をした。

「あちらに俺が必要な事態であれば、これほど戦況が安定している訳がありません。どうせシアンがあなたのために無茶をするのも分かっていましたので」

 シアンを呼び捨てて男は言った。旧知の年近い二人特有の距離感に、ロベルトはようやく平静を取り戻しつつあった。

「シアンには高位の治癒魔法を、お二人に戦意向上の強化魔法を掛けました」
「ああ……」
「シアンの方は……かなり無茶を通しましまので、戦意向上の方が切れれば魔力負荷限界で立つことも出来なくなる可能性が高いです。ロベルト殿ならば退魔法で視れますね」

 男の淡々とした物言いに、ロベルトは動悸が静まっていくのを感じる。
 右手の掌を握りしめ、再び開いた。疲労が嘘のように指先まで力が満ちているのを感じる。
 そして何より、背に担いだシアンの鼓動が強く脈打っている。

「……ああ。陛下が来るまでは気合で保たせる」
「陛下は……軍都が魔物に囲まれていましたので、予定よりは出発にかかっていますが、もう少々かと」
「わかった。俺もここから距離を取る。今かなりユリウスの方に負担行ってるだろうから、早く行ってやってくれ」

 今だ意識の戻らないシアンを抱え上げて、ロベルトは男にそう促した。
 だが、男は心底おかしそうに笑った。

「はは。ロベルト殿」

 その視線が、後ろの黒き災厄に向く。ユリウスの拘束魔術が具現化した鎖が、いまだジャリジャリ、と音を立てて暴れている。

「当家の怪物が、この程度で音を上げるとでも?」

 男は、ユリウスがこの世で最も信頼を寄せる一人であった。
 ラドウィン家の次男坊。ユリウスの弟にして、ユリウスも治癒術では弟に負けると言うほどの専門家であった。





 二つ目の心臓が破裂したのとほぼ同時、ロベルトの扇動術が急速に途絶えて、ユリウスはひやりとした。
 急いで探索の魔術を発動しようとした途端に、強烈な胸悪さを感じて、膝をついて、そのまま腹の奥から吐き出す。吐瀉物と血が混じり合ったものが吐き出されて、ユリウスは人体の脆さを呪った。
 そもそも人間の体は、魔術を使うのに向いている媒体ではない。神話生物や魔法石が魔力を通した時の整然とした美しさに比べて、この肉袋の不便さ、汚らしさときたら。天性の魔術師たるユリウスの思考は、人間の肉体を憎んでさえいた。
 だが、美しいものだけが、人の魂を惹きつけるのではないのだと、ユリウスはもう知っている。
 その醜くて汚くて、みっともなく人が求める心の力学の名に、もう気付いている。

「……もっと、研究してたかったけどな。仕方、ないか」

 ぼた、ぼたた、と鼻血が垂れる。ユリウスの展開する魔術式の情報量に、脳が耐えきれていない。治癒魔法を循環させて補ってはいたが、人の肉体は魔力への耐性が低い。治癒魔法が齎す魔力に肉体が耐えきれずに、全身が痛みを訴えていた。
 絶え間なく続く激しい頭痛の狭間、いま黒き厄災に向けている魔術を脳内で整理する。戦場に、いくらかの魔術師が到着したのは把握済みだった。
 いくつかの魔術を引き継いで、いま得ている情報を手渡すことができれば、戦況を維持できるだろう、と判断して、戦場の魔術師に念話通信で接触しようとする。その手が止まる。
 ユリウスは、かつん、と場にそぐわぬヒールの音が、その場に落ちるのを、聞いた。

「あら!お兄様、今までみたことがないぐらいにズタボロだわ!」
「でもズタボロなお兄様もそれはそれで素敵じゃなくって?」

 クスクス、と二重に笑う女たちの声と共に、ユリウスの魔術に合流する魔力があった。
 は、と詰めていた息がもれる。ユリウスが、魔術において、絶対的に信頼する者たちの、到着だった。

「……お前たちねぇ、心配しなさいよ、心配を」

 銀髪に赤い目。
 真っ直ぐの髪と波打つ髪で印象を異にした、ユリウスのすぐ下の双子の妹である。滑空術の余韻でその長い髪を揺蕩わせながら、二人の優雅な魔女は、兄の背に労るように手を置いた。

「そう仰るなら、はやくお兄様の魔術をお渡しくださいな。わたくしは拘束のものがいいわ」
「それではわたくしには、解析の魔術をくださいな。……あら、すでに発動と継続の術式を分けてくださってますね?」
「まあ……死にそうだったからさぁ……。継続だけ引き継いで。あとは少しずつ振り分けるから……」

 大きく息を吐き出して、ユリウスは二人の妹の魔力に自分の魔術の主導権を渡す。
 途端、魔女たちは高らかに笑い始めた。その妖しげな美貌にどっと汗が噴き出す。

「あら、あらあらあら!お兄様ってば、本当に素敵だわ!継続だけで分けてこんなに重たい魔術だなんて!」
「うふふ、ふふ、燃えますわ、ねえ、燃えますわね?早く兄弟みんな体験して欲しいわ!」

 引き継いだ魔術をそれぞれ保ちながら、双子の姉妹は高揚していた。ユリウスは呆れて、そうして安心した。安心して、急に実感として訪れた疲労に襲われて、瞼が俄に重くなる。

「あーもう、楽しそうでよかったよお前たち……」
「お兄様、次男ちゃんが来るまでは意識を失わないことよ」
「まあ、お姉様。でも、もう大丈夫ではなくて?」
「ふふ、そうね」

 双子の姉妹の含みのある言い方に、ユリウスは疲れを乗せた視線で問いかけた。

「あの方の轟雷の前では、誰も眠ることなど出来ないものね」
「ふふ、死の眠りも、あの癒炎は起こしてしまうでしょうから」

 轟雷と癒炎。
 そう言った双子の姉妹の顔を、天を引き裂く雷光が、照らした。

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