間章 その閨の秘め事について

末野みのり

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本編間話

EX:第15.5話 青春リベンジさせよと第二夜(シアロベ)

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 きっと、シアンの恋人になる人間は、幸せだろうな、と思ったのだ。
 それだけだった。そこにロベルトの自我はなかった。シアンの丁寧で柔らかいセックスが、あまりにも愛し愛されるためのもので、ただただロベルトは感動めいた感想を抱いたのだった。
 具体的な想像の形は結ばないまま、なぜだか今は自分がシアンに抱かれているという現実があって、不思議だな、と思うまま。
 こんなセックスをすることはないだろう、と思って生きてきたというのに。

「愛、わかんなさすぎ!!」

 翌朝。
 意味不明なことを叫んで去って行ったユリウスに、意味分からん、と朝の支度をしながら、ロベルトは考え込む。
 シアンに対して愛着があることなど、当然自覚している。だが、王とクロードのような愛や恋かと言われると、はっきりしなかった。
 これまでずっと、三十二歳で死ぬ人間だと思って生きてきた。
 だから、他人との情で溺れぬよう、溺れさせぬように生きてきた。元々それほど他人に深入りさせたい性質でもなかったが、他人と争いたい性質でもなかったから、からりと乾いた関係でそれなりに、そこそこ、楽しく上手く生きてきた。
 シアンに対しても、そうしてきたつもりだった。ムカつく兄弟子でいてやって、教えることは教えて。だから昨日のセックスだって、ロベルトにとっては苦労して得た技を教えてやるのと同じことだった。
 同じことにしていることが、もはや愛なのだと気づかぬまま。





 その日、弓騎士隊は騒然となった。
 隊長であるロベルトの姿が、訓練所にないのである。いつもなら誰より早く起きてそこにあるはずの姿が、ない。

「おい、なんかあったのか?」
「……あ~、まあ……」

 中堅騎士が珍しく早くに来ていたシアンに尋ねる。シアンの顔が緩んで、言葉ははっきりと出ないのに、口がムズムズと動いていた。
 歴の長い中堅騎士は、シアンがロベルトに向ける恋慕をよく知っていた。
 だから、声を潜めた。

「おい……まさかとうとうヤッたのか……!?」
「無理矢理やったみたいな言い方すんな。合意だから」

 誰とも何とも言わなかった。が、もう周囲にバレきっているとわかっているシアンは開き直っている。
 そこにもう一人の中堅騎士が耳聡く話題を聞き取り、加わる。涙目であった。

「ウッ…!よかったなぁ……!長かったなぁ……!!」
「ほんとキモイぐらいの長さだったよな……」
「キモイ言うな」

 言いながら、シアンは全く喜色を隠せていない。仕方のないことだった。
 結局あの後、シアンの腹が空腹で鳴るまで絡み合うことをロベルトは許した。
 結局、中だけで極めることはなかったが、突かれる度に善がって嬌声を上げて、シアンの背に回した指先で、爪を立てて跡を残しもした。シアンも、ロベルトの首筋に、胸に、太腿に唇で跡をつけて、夕焼けに照らされた体は、どこを見てもシアンに抱かれたのが明らかだった。
 部屋で遅めの夕食を取って、それぞれの部屋に戻ってからも、シアンの興奮はすぐに落ち着くことはなかった。
 どうにか眠って朝起きて、恋しい男の残り香に興奮して、昨日あれほど交わったというのに、朝から自分の手に欲望を吐き出した。
 魔竜討伐直後より、よほどシアンは上機嫌であった。昨日にはあれほど思ったロベルトがどういうつもりで抱かれているのか、という疑問も頭の隅に追いやられるほど。

「悪い、遅れた。全員揃ってるか」 

 気怠さを隠しきれぬロベルトが訓練所に入って、隊員たちはざわついた。
 隊長が定時ギリギリに来た…………。
 兄貴、声ガッサガサすぎる…………。
 泣……っ泣いた跡ねえか………?
 そこここで声が上がるが、ロベルトはいつも通りの平静の表情で聞き流した。
 ロベルトは一通り隊員を確認すると、今日の日課についてと、自分のスケジュールを隊員に共有して、いつも通りの朝礼となった。
 シアンに対してもいつも通りに接して、いつも通り、他部隊との情報共有で訓練所を後にするロベルトを、シアンは見送った。
 あまりにいつも通りで、シアンは一瞬夢を疑った。だが、ロベルトの項に、自分がつけた痕があるのをはっきり見つけて、にやつくのを抑えきれなかった。
 だからこの後のことは、シアンにとって大分ショックだったのだ。あまりの落差で。





 昼食を終えて訓練所に戻れば、隅の休憩所でロベルトが帳簿をつけているので、シアンは隣に座ってその筆致を見ていた。
 少し癖のある、だが読みやすいその字は、シアンにとっても慣れ親しんだもの。弓騎士隊の備品について、帳簿に使用状況を書き連ねていたロベルトの手が、不意にぴたりと止まった。

「シアン」
「おう」

 いつもと代わりのない静かな呼びかけに、シアンはいつも通りに返事をする、つもりが、やや声が弾んだ。次の言葉を予測しないまま。

「金貸すか?」
「は?」

 唐突な申し出に、シアンは戸惑いを隠せなかった。今のシアンは特別裕福なわけではないが、金銭的に困っているわけでもない。それに、先日王から魔竜討伐の褒賞の一部として、まとまった給与が出たばかりである。
 それをわかっているロベルトが、なぜ金の話を出すのか。シアンは嫌な予感がした。

「いやお前、金なくて俺に頼んだのかと思って」
「は……?」
「違うのか?」

 揶揄われているならまだよかった。ふざけているのでも。
 だというのに、本気で問う顔をしているロベルトに、シアンの頭にカッと血が昇る。

「おい!あんた……俺がどんな気持ちで……っ!!」
「お……おお……?」

 口を半開きにしてロベルトは気圧されている。そこまで言われる思い当たりが、本当にない顔で。

「ちょっと待ったあんた……まさか……」

 突発的に昇った血が、今度はザーッと引いていく気がした。
 これまで考えもしなかった可能性が、頭をよぎる。いや、あの戦いの後の一言。
 『お前がそんなに俺のことばっかり意識してるの知ってりゃ、』
 言葉は最後まで聞けぬまま気絶したその一言が、武芸のことだけでなく、もし本当に全部についてなのだったら。
 世慣れたこの男が、まさか、少しも、自分の気持ちに気づいていないのかも、しれない。この、周囲の人間にもバレバレの、粘着じみた初恋に。

「まさか、まさか本当に少しも何も気付いてねぇのか……?」
「何が……?」
「何がっておい………だから、俺の気持ちだよ」
「は?」

 だとしたら本当にどういうつもりだったんだよ昨日の全部。
 あんな奥まで許されて、あんなキスまで交わして優しくされて、少しでもこの初恋が報われたつもりだった、俺の気持ちは。

「だから……っ!俺があんたに惚れてるって話だよ!!」
「…はぁ?えぇ?」
「おい……」

 しあわせだな、とおもって。
 あの言葉、本当になんだったんだよ。
 シアンは目眩がしてきた。まさかまさかまさか。

「……お前、そうなのか?」
「クソ!!!!マジかよ!!!!」

 シアンが両腕を振り落として、机がダン!と唸る。ロベルトが少し身を仰け反らせた。
 くそくそくそ!シアンが脳内でつく悪態に、被せるように背後からバタバタ、と人の気配が近づいてくる。

「隊長!!あの流し目なんだったんすか!!??」
「シアンが惚れてるのわかってて無茶振りしまくってたんじゃないんですか!?」
「お色気チラつかせてシアンを釣ってましたよね!?」

 古株の弓騎士たちが次々となだれ込んでくる。そこには朝にシアンを祝福した中堅騎士たちもいる。
 次々とロベルトが気づいていたはず、という論拠を出してくる隊員たちに、ロベルトは考え込む仕草を見せる。
 あ、だめだこいつ。シアンは言葉を聞く前に答えが分かってしまった。

「いや、全部覚えねぇけど……」

 だよな。完全にポーズだけの時の仕草だったもんな。
 シアンは頭を抱えた。まさか一回抱いたぐらいで恋人面出来るとは思っていなかったが、それ以前の問題すぎた。

「マ……っマジかこの人……」
「ええ……無意識で……あれを……?」
「いや、気付いてたなら、誰か俺に言ってくれても良くないか?」

 挙句の果てに、逆に文句を言う始末である。
 ロベルトにしてみれば、思いもしなかった感情を向けられていて、自分以外がそれを分かっていた状況に、文句の一つも言いたいというのは、心情としては理解できた。
 理解は出来た。が、シアンは自分の十年を振り返って虚しさを覚えずにいられなかった。あれもこれも、分かっていて躱されたと思っていた。その全てが全部自分の思い込みだった。

「気付いてたと思ってたんで……」
「いやあれで気付いてないとかある?」
「最近なんか露骨なセクハラ発言してましたよシアン」
「シアンの下品発言はいつものことだろ」
「嘘だろ……」

 隊員たちとロベルトの会話を聞きながら、シアンは余計に落ち込んだ。
 そして後悔した。
 こんなことなら昨日、抱く前にちゃんと告白しておけばよかった。好きで、好きだから、あんな風に抱くのだと、伝えておけばよかった。
 後悔先に立たず。シアンは体から力が全て抜けていくのを感じた。

「つーかお前ら首突っ込んでくんな。訓練やれ」
「ウッ…ス……」
「シアン……ドンマイ……」

 馴染みの中堅騎士たちの励ましも、ろくに耳に入らなかった。

「……あ~っ……クソ……クソ……ッ、マジかよ………」
「あー…なんだ、その……悪かったな。ていうかほんとに誰か言ってくれてもよくないか……?」

 ボソボソと悪態をつくシアンに、ロベルトは心底すまなそうに言った。シアンは余計傷ついた。

「あんたが全部わかってるみたいなツラしてっからだろ……ッ!!」
「してねぇよ……。いや、処世術としてしてなくはないんだけど、お前に関しては別にわざとしてはないから」

 結局してんじゃねえか。
 じっとりとロベルトを睨むと、さすがのロベルトも思うところがあるのか、ただただ苦笑するばかりだった。

「俺の浮かれた心返してくんねぇか……?」
「浮かれたの、お前。俺がケツ貸したぐらいで?」
「好きな相手抱かせてもらって浮かれねー奴いねえだろ……」
「ああまあ、そりゃそうか。じゃあまあ、貸した甲斐はあったな」

 はは、と大雑把にロベルトが笑う。本当に良いことをしたとでも言いたげな態度に、シアンは重く深く溜息をついた。

「あんたのそう言う言い方、ほんとにちんこイライラすんだけど……」
「知らねぇよ……」
「無意識なのかよそれふざけんな」
「普通に言っただけだろ」

 ずっと、からかわれてるのだと思っていた。だというのに、シアンが喜ぶことを、本当に良いことだと自然と思って言っているだけだった。
 馬鹿にされてる方が扱いやすかったかもしれねぇ。
 シアンは頭を抱えた。頭を抱えることが多すぎる。

「あんた変なとこで俺に優しくするから、俺がおかしくなるんだろうが……」
「……?」
「マ~ジで思い当たりない顔じゃん。気ィおかしくなるんだけど……」
「俺が悪いのかこれ?」

 例えば昨日のキスだとか。
 シアンの望みを叶えるだけならば、ただ体を受け渡せば良かったというのに、キスをして、与えられた快楽に応えようと身を捩らせて。
 それが全部、ただのロベルトの自然な善意というのだから、シアンは息苦しくなった。
 これ以上好きにさせんな。俺の好みすぎて都合が良すぎる。
 完全に自分勝手な理屈で、シアンはロベルトを胸中で罵った。

「まあ……なんだ、真面目に前向きに考えとくから、とりあえず仕事はしてくれ」

 言い方は相変わらずいつもの大雑把なもの。
 だが、これまでのことが本当にただ気づいてなかった故のことだというのなら、言葉にしたなら本当に真面目に前向きに考えておくつもりなのだろう。
 だから、シアンは虚脱の代償に、一つだけ、甘えて見せることにした。これまでの振る舞いに、からかいがないなら、もしかしたら、と期待して。

「……真面目に考えんなら、キスぐらいしてくれてもよくねぇか?」
「わかったから。仕事しろ」

 溜め息をついたロベルトが、流れるように自然と額にキスを落とす。シアンは目を白黒させた。
 期待通りの展開だった。だが、期待通り過ぎて、これまで十年、追いかけるばかりの片思いを続けていたシアンには刺激が強すぎた。

「お……おかしくなんだけど!!」
「なるな。お前が言い出したんだろ」

 ぱしり、とロベルトが帳簿でシアンの頭をはたく。それがあまりにいつも通りすぎて、余計にシアンの心はめちゃくちゃになった。





 ロベルトが王に呼び出されて訓練所を後にした後のことである。

「結局また隊長におかしくされてんのかよ」
「めちゃくちゃ脈あるからまあいいんじゃねーか?」
「つか、ヤらせてもらえただけで万々歳だろ」

 好き勝手に言う古馴染みたちを、シアンはギッと睨みつけた。

「うるせ~~~~~~~~ッッッッ!!人の初恋で面白がってんじゃね~~~~~~~ッッッッ!!!」





 シアンが俺の事を好きらしい。
 嫌われているとは思っていなかったが、それは本当にロベルトにとって予想だにしないことだった。
 特定の恋人を作らないシアンのことを、不思議に思っていた。その答えがまさか自分に向いた恋情だとは。ロベルトはただただ驚いた。
 だが、その可能性を思考の内に入れていなかっただけで、よくよく考えればそうと察せられる材料はあった。
 なるほど。ひとまずその事実を納得に落として、ロベルトはこれからの身の振り方を考えた。セックスは、まあ出来た。だが、自分がシアンと世の恋人のように振る舞う像が浮かばず、ロベルトの思考はそこで止まった。
 そうして数日。

「デート行こうぜ、隊長」
「あ?あ~、おお?」

 訓練終わり、シアンが急に誘ってくるので、ロベルトはまごついた。デートってお前急に。

「ビビんなよ。何もしねぇって」
「俺とお前で出掛けた場合、それはデートっていうか哨戒なんだよな……」
「言い方に引っ掛かってんのかよ。じゃあそれでいいから。逃げんなよ」

 まるで怯えているように言われて、ロベルトはうっすら腹を立てた。
 シアンのことを可愛がっている自覚はあるが、兄弟子の矜持であるとか、年上の見栄だとか、それらを捻じ伏せるほどの盲目ではないのである。

「逃げねぇよ。陛下の用事あるから、ちょっと待ってろ」
「ちょっとで済む話なのかよそれ。別に今日にこだわってるわけじゃねーから今度でも」
「俺が明日休みだから誘ったんじゃねーの、お前」
「あー……まあ……」

 今度はシアンがまごつく番だった。下心を見抜かれて狼狽した弟弟子を鼻で笑って、ロベルトはばしりとその背中を叩く。

「大人しく待ってろ。早めに切り上げるから」
「早めに切り上げていい話なのかそれ?」
「知らん。どうにかなるだろ」

 あやふやな答えに、シアンは怪訝な顔をしたが、その顔に期待の色があるのを見抜いて、ロベルトは笑った。



 

 近すぎるだろ。
 ゼファーとクロードの距離感の変化に、ロベルトは顔に出さないながら慄いた。ただ、納得ではあった。戦いの中での、あの熱烈な応酬を知っていたからだ。
 王の私室。そのバルコニーで言葉を交わしていたかと思えば、クロードの額にゼファーの唇が落ちる。そうして頬を染めたクロードが、ゼファーに一礼して踵を返した。
 ただ、ロベルトの存在に気がついて顔を上げた時には、まだ赤みは残るものの、クロードの表情は温厚で理知的なユーノヴェルト辺境伯の顔となっていた。

「ロベルト殿、お体はもういいのですか」
「ああ、まあ……どっちのこと言ってる?」
「はい?」
「いや、なんでもない。クロード殿こそ大丈夫か」

 正直、魔竜討伐直後よりシアンに抱かれた翌朝の方が表に見えて消耗している自覚があったので、ロベルトは問うた。
 だが、きょとんとした顔のクロードが後者の事情を知らないとわかって、心配で返して曖昧に誤魔化す。

「ええまあ……癒炎剣アレストはまだ使うな、とは言われましたが」
「使おうとしたのかよ。俺から見ても魔力導線ぐちゃぐちゃになってんのに」
「ですが、治癒魔術より癒炎剣アレストの方が患者の負担は少ないでしょう」

 打算も下心もない顔でクロードが言うので、ロベルトは感心したらいいのやら呆れたらいいのやら、迷うこととなった。クロードが根っからこうなせいで、すっかり幼馴染で主君の魂は心底灼かれている。
 まあお似合いなんだよな。数度目の感慨と共に、それはそれとして、ロベルトは釘を刺すことにした。

「あのなクロード殿、ほどほどにしといてくれ。陛下が臣下に求める忠誠心の標準値が壊れる」
「……ふふ、そういうことでしたら、ほどほどに」
「頼んだ」

 癒炎剣を振るうばかりが自分の務めではないとわかっているのだろうクロードは、眉を下げて笑って素直に頷いた。
 そうしてではまた、と別れて、ロベルトはクロードに続いてバルコニーより室内に戻ったゼファーに視線を向ける。
 そしてぱたん、とクロードが扉を閉じたのを見計らって口を開く。

「陛下」
「何だ」
「もしかしてクロード殿のこと抱きました?」
「そんな暇があるか」

 暇があったら抱くのかよ。ロベルトは少し前までクロードとの仲を邪推するな、と不機嫌をあらわにしていた王の態度を思い返す。

「お前たちほど、それに時間を捻出する余力はない」
「ああ、どうもすいませんね。お騒がせしましたか」

 迂遠な表現でシアンとのことを指摘され、ロベルトは軽薄に認めつつ謝罪した。
 もしかして、こういうのが良くないのか。
 シアンから言われた『何でもわかってるみたいな顔』の話に合点がいって、だが今回においては手遅れなので開き直った。

「ユリウスが騒いでいるなど、いつものことだろう」
「確かに。で、相談なんですけど、今日の話って急ぎですか?」
「急用ができたか」
「いえ、シアンがデート行こうとか変なこと言ってるんで、哨戒がてら城下に出ようかと」

 ロベルトの答えに、王の表情が渋い顔になった。そして呆れの溜息が深く深く吐き出される。

「急ぎではない。が……相変わらずだな、お前は」
「何がです?」
「シアンの事となれば、私の用事に平気で上書きする」

 そうだったか?そうだったかもな。
 ロベルトは考え込むまでもなく思い当たりを複数思い出し、真正面からの反論を諦めた。代わりに、少なくとも筋は通している、との主張だけはしかとしておくことにした。

「そもそも陛下の用事で、絶対に俺でなければいけない用事、魔導弓のことと実家関係以外であります?」
「ないが。少しは王族に媚びてみようという気もおきないものかと思ってな」

 媚びられることを何よりも嫌う男がおかしなことを言う。だが、それに対するロベルトの答えは決まっているのだ。

「天賦の才に目を掛ける以上に、この世にやるべきことがありますか?」
「……お前のそれは本当に手の施しようもないな。もういい、行け。シアンに恨まれても面倒だ」
「それじゃ遠慮なく」

 本当に急用ではないのだろう。王は心底面倒そうに言い放って、ロベルトを追い払うように視線に邪険の色を乗せた。

「ああ、そうだ。お詫びにじゃないですけど、クロード殿呼び戻してきます?」

 暇ならば今ではないか、と思いついて、ロベルトは提案した。王はつまらなさそうな顔をしたまま、寸分も迷わず口を開いた

「いい。私から行く」
「うわ」
「なんだ」
「指摘していいやつですか?」
「……早く行け」

 いよいよ王の顔が鬱陶しそうなものになったので、ロベルトは苦笑して初恋の渦中にいる王を置き去りにした。
 そうして、やはり王やクロードの恋と、自分の愛着は違う、と思ったのだった。





 哨戒、と言うロベルトの言葉を重視したのか、シアンは隊服のまま待ち合わせ場所にいた。
 いつもの隊服にいつもの酒場、いつもの料理にいつもの酒。あまりにいつも通りすぎて、ロベルトはすっかり、デートなどという名目も忘れていた。
 忘れていたのだが、本題をずらさなかったのはシアンであった。
 珍しく、一杯だけで酒を終わらせたシアンが、急に真剣な眼差しになって、ロベルトに問いかける。

「で、真面目に前向きに考えてくれたのかよ」
「うん?あ~……まあ、うん……」
「考えてっけど結論出てないやつだなそれ。どこで突っかかってんだよ」

 あやふやな返事に、シアンはその不定形に指向性を与えた。どこで。ロベルトは思考する。

「そもそもお前それ本当に恋愛感情か?」

 恋愛ならばもっとこう、王とクロードのものほどではなくとも、ああいう甘さや必死さがあっていいのではないか。
 シアンから自分に向けられるものに、必死さはともかく、甘さなど感じたことのないロベルトはそこからまず疑問だった。

「ほんとあんた何も気付いてなかったのかよ……。俺をからかってんじゃなくて?」
「いやだって……お前、昔から俺に対して『そう』だろ。だからいつなんだよ。抱きたいとかそういうの思い始めたの」

 昔から。最初から。ロベルトがシアンの天性の観察眼を見込んで同門に誘った時から。
 いや、もっと言うなら、その前、出会いの時。
 貧困故に仕方なくやろうとしたシアンのつまらぬ盗みを、ロベルトの手が止めた時から。

「……最初からだよ」
「は?」
「そもそもジジイに弟子入りしたのもあんた目当てだし」
「お…おお?」
「あんたで精通したし」
「は?」
「気の迷いかと思って風俗街行っても、結局あんたに似てる女ばっか抱いてるしよ……」
「あ~…あの、もしかしてなんだけど、お前の好みが黒髪の気の強そうな美人なの……」
「あんただよ」
「お……おお……」

 立板に水。ものすごい早さでまくし立てられて、ロベルトは気圧された。
 そして、思い出す。成人と共に風俗街に出入りし始めたシアンが、一年もしないうちにピタリとそれをやめたことを。そこからぐんぐんと弓の腕を上げ始めたことを。

「ほんとあんた何も気付いてなかったのかよ!?」
「すげー無遠慮に見てくるなとは最初から思ってたけど、それがそうとか思わねぇだろ」
「……そうかよ」

 ふー、と長い溜息をついたシアンの目が、狙いを定めるものになる。その視線が、ロベルトの顔を真っ直ぐに見た。

「じゃあ今日からあんたのこと口説くわ」
「は」
「全部わかっててからかってんだと思ってたから、言わないつもりだったけどよ。……わかってねーなら、恥とか言ってる場合じゃねーし」

 テーブルの下で、するり、とシアンの手がロベルトの手を掴む。捕まった、と思った。それなりに酒の進んでいるロベルトより、シアンの指先の方がよほど熱かった。

「ロベルト、好きだ。ガキの頃からずっと」

 いきなり投げ込まれた真っ直ぐな言葉に、ロベルトの背にどっと汗が浮いた。
 普段名前で呼んで来ないシアンの、名をなぞる声があまりに甘くて。王とクロードが互いを呼ぶ時と同じものだ。そう気付いてロベルトは思わず手を引こうとした。シアンは逃さなかった。

「あんたの目が好きだ。真っ直ぐ先を見る視線が綺麗で、ずっと俺だけのもんにしたかった」
「…お前、」
「他のことは大雑把なくせに、弓のことになると神経質で真面目に変わるのが好きだ。あんたの立場なら全部雑に生きても楽しくやってけるくせに、あんな最前線で、死線の上で命賭けて、それでも折れない真っ直ぐな背中が好きだ」

 じっとりと、シアンの手のひらが汗ばむのが分かって、ロベルトは掴まれたのと逆の方の手で、自分の顔を覆った。

「待っ……た、これ、セックスより恥ず、かし、くないか」
「ムラムラする顔すんな。まだ口説いてんだから」
「してねぇし、もうわかったって……」

 本当に言い足りない顔をしたシアンに、それでもロベルトは待ったをかけた。ここまで、こんな風にまで、想われていたなどと、本当に今まで思っていなかったのだ。

「わかってねーから言ってんだろ。俺の十年分、全部聞けよ」
「いや、いいって」
「いいってじゃねぇ。聞けよ」
「今はやめろって……」

 十年。正確に言えば十二年。
 本当に、あの時から、なのか。
 弓術を本格的に始めたばかりのロベルトが、つまらぬスリをしようとしたシアンの、優れた観察眼と指先の器用さに目をつけて、半ば強引に師のもとへ連れて行った日から。

「デートで口説かなくていつ口説くんだよ」
「え、本当にデートなのかこれ」
「いやだからデートっつったろ」

 いじけた顔をしたシアンが、ロベルトの手をゆるりと離して、残った肉料理の皿をロベルトの方へと寄せる。
 その何でもない仕草に、ロベルトは実感を、してしまった。

「……お前ってそんなに俺のこと好きなのか?」
「……あんたな」
「いや……うん、うーん」
「なんだその言い、方……」

 表情を作り損ねた顔のロベルトが、目元を赤くしている。それに気付いたのだろうシアンの言葉が途切れて、はは、とそれはそれは本当に愉快そうに笑った。

「ようやく分かってきたのかあんた、それ」
「まあ、うん……うーん、そうだな……」

 まるで愛おしいものを見るような目つきでシアンが見てくることに耐えられず、ロベルトは目線を下に下げて、差し出された料理を口に押し込んだ。
 いつもの店のいつもの料理、のはずなのに、どこか知らない味がした。
 シアンが、じっとロベルトが咀嚼するのを見ている。その視線が、どんどん熱を帯びていくのを、ロベルトは肌で感じていた。

「……そそる顔するなよ。今日はちゃんと紳士的にするって決めてんだから」

 そのシアンの顔は、とてもではないが紳士の顔ではなかった。性的な色を帯びた、今にも食いつきそうな獣の顔。
 この流れを十分に予測していたロベルトは、ふ、と表情を緩めた。ロベルトのことを抱きたがっているシアンは、もうすでに知っているシアンだったので。

「……ここまで来て手ェ出さないのも甲斐性なしだぞ、シアン」
「手ェ出されたいみたいな言い方すんなよ。乗り気になるだろうが」
「なればいいだろ」

 身を乗り出して、シアンの耳元にロベルトは顔を寄せた。心のことはどうにもならなくても、体のことならば、いくらでも何でもしてやれる。

「お前がしたがると思って、こっちはケツの準備までしてきてんだぞ」

 しばらく考え込む仕草をしたあと、シアンが財布を出すので、ロベルトは笑って、もう払った、と席を立った。





 店を出て、しばらくは軽口の応酬をしていたのだ。
 だが、宿舎に戻る頃には、互いに無言だった。シアンはただただ劣情を燻らせて、前を歩くロベルトの項を見つめていた。
 もうそこに、あの日つけた跡はない。けれどまた、跡をつける機会がすぐそこにある。
 眩暈がする。恋情への答えはないのに、ただただ体を許されている。

「入れよ」
「……あんたの部屋でいいのか?」
「さすがに今日のお前の部屋でやったら隣に迷惑だろ」

 ロベルトは何でもないことのように笑って、シアンを自室に招いた。カシャン。普段は鍵などかかっていない扉に鍵がかけられる。
 相変わらず整頓された部屋だった。生活のための部屋というよりは、訓練所の休憩所のような。
 王が即位してから二年。即位直後から弓兵隊隊長としてこの部屋を使っているにしては、生活の匂いがあまりに希薄すぎた。
 それでも、そこここに生活の残り香がある。書きかけの手紙。本に挟まったしおり。戸棚におかれた酒瓶の中身は、半分ほど減っている。
 それら全て、ロベルトがこの場所で生活を送ってきた証だった。

「ロベルト」

 堪らなくなって、シアンはロベルトの肩を掴んでキスをした。ロベルトの方が頭半分ほど身長が高く、シアンは背筋を伸ばせねばならなかった。
 嫌がられればすぐにも離れてしまうキスは、それでもロベルトがやや頭を預けるような形で、しばらく続いた。
 じわじわ熱を持ち始めた舌が我慢出来なくて、ロベルトの唇をなぞって伺いを立てる。ロベルトはふは、と笑って、距離を取った。

「せっかちだな。脱ぐから待てって」

 あまりに無邪気にロベルトが笑うので、シアンは倒錯的な気分になる。まるで昔の、あの十二歳の時のロベルトを目の前にしているようだった。

「だから自分で脱ぐなよ」
「じゃあ脱がされんのは?」
「それは……まあ……」
「満更でもない顔だ」

 からかっているような笑顔だったが、シアンはそれをからかいと捉えるのをやめた。
 途端ロベルトの手が背に回る。抱き合うような姿勢になって、わずかに汗ばんだロベルトの指先がシアンの背筋を滑った。

「ほら腕上げろ」
「……介助なんだよな、流れが」

 文句を言いつつ腕を上げれば、ロベルトの指先が器用にシアンの服を脱がせる。

「仕方ないだろ。俺とお前だぞ」
「まあな」

 今度はシアンがロベルトの背に手をやれば、ロベルトは大人しく腕を上げた。均整の取れた胸筋が露わになって、呼気に合わせて上下する。
 ほんの数日前、つけた跡の記憶を辿ってシアンはロベルトの肌を指先でなぞった。

「……なんも跡残ってねぇな」
「また付ければいいだろ。ほら」

 声色に幼稚に拗ねた色が乗ってしまって、シアンはしまったと思ったが、ロベルトは気にしなかった。そうして、シアンの腰を掴んで、ロベルトは後ろに倒れ込む。ぼすん、とベッドが跳ねて、二人分の重さでシーツが沈み込む。

「クソ、一回で慣れちまって」

 ロベルトが許すので、シアンは遠慮なく首筋から胸元へ、キスを落としていく。
 ちゅう、と強く吸い付けば、ロベルトの体が震えて、熱い吐息が漏れる。

「お前のセックスが丁寧だったからな」
「……俺のこと、そうやってすぐ喜ばすしよ」
「お前こそ、素直に喜ぶようになっちまって、まあ」

 くすくすとロベルトの笑いが漏れる。そんな余裕が憎たらしくて、シアンは甘噛みでロベルトの乳首に噛み付く。途端息の詰まった呻き声があがる。

「こら」
「煽ってんのか?」
「ねぇよ。さすがにそこに歯型はヤンチャすぎるだろ」
「……噛んでって、ねだらせてぇな」
「このすけべ」

 こん、と軽くシアンの頭に拳骨が落とされる。ロベルトは緩く笑っている。
 変になんだけど。シアンはあまりにも優しく受け入れるロベルトに、これまでのやり取りを思い返す。よくよく考えればあれもこれも、自分が意固地にならなければ、この兄弟子は優しく受け入れてくれたのかもしれない。
 そう思えば、自分の思い込みがこの十年を無駄な片想いで潰したようなものである。

「……ロベルト。今日も挿れさしてくれんの」
「そのつもりで準備はしたけどな。さすがに慣らすのはあんまり進まなかったんだよな」
「……慣らすとこまでやったんかい……」
「あんまり出来てねぇって」
「興奮で頭の血管はち切れそうだから、それ以上言うなや……」

 あまり、というからには少しはやっているわけである。つまりほんの数時間前。この兄弟子が。自分とのセックスのために、自分の尻穴に指を入れて。
 頭が沸騰しそうだった。これでなんで付き合うことにまだなってねぇんだよ。そう思いながらも、シアンはその場の劣情を優先した。





 好き勝手に跡をつけて、拓かれた穴の中を指で擦って嬲って善がらせて。
 シアンがあの一日で変えた体は、物覚えよく抱かれる快感を拾う術を身につけていて、唇と指先だけでも存分に乱れた。
 ロベルトが唇を引き結ぶ力を失った頃、ぐぽぐぽと下品な音を立てて後ろを攻め立てながら前を擦ってやれば、嬌声は止まらずに部屋中に響き渡った。

「…っあ、あ、あーッ!あっ!イく、もうイく……っ!ッア、ああっ!!」

 喘ぎ声が一層大きくなって、ロベルトは震える度に背を反らしていく。シアンは後ろを攻め立てる手を激しく動かし、一方で陰茎に触れる手を緩めた。
 少しずつ快楽の中心を動かしていく。いずれは陰茎よりも、拓かれた穴の方が快楽の軸となるように。
 指三本咥えさせた穴を、シアンは丁寧に、だが容赦なく責め立てた。ロベルトの足先がぴん、と伸びる。

「シア、シアン……ッ、あッ、…っァ!」

 ロベルトの腕が伸びて、シアンの頭を引き寄せる。
 だから何のキスなんだよこれは。思考の隅でそんな疑問が浮かび上がって、だがすぐに熱情で沈む。
 喘ぐことしか出来なくなった唇を食み、舌で腔内を犯せば頭の中まで湿った音が響いて、目の前の体を快楽で屈服させることしか考えられなくなる。

「…ーっふ、ぁ、あ!」

 ガクガクと体を震わせたロベルトの体が熱く熟れて、緩く撫でていた陰茎から精液が飛び出す。

「……っは、ぁ……、はっ……」

 乱れた息を繰り返すロベルトを見ながら、シアンはその顔にキスを繰り返した。ゆらりとロベルトの視線が揺れて、シアンの動きを追う。
 ばちり、と視線が合えば、一呼吸したロベルトからのキスでシアンは虚を突かれた。意図はまあ、後で聞くか。そんな風に思っていれば、次第にロベルトのキスは押し付けるようなものになり、自然と任せていれば、体勢は上下逆転する。

「ロベルト」
「寝てていいぞ」

 すっかり息を整えたロベルトが、馬乗りになりながらシアンの胸筋を撫でる。

「いや、あんた」
「騎乗位初めてか?」
「って訳じゃねぇけど‥……おい、ちょっと」

 恥ずかしげもなく言ったロベルトに、シアンは妙に焦って制止の声をかける。が、遅かった。
 ぬぷ、と湿った音がして、すっかり固くなったシアンの陰茎が、中側に導かれて。
 まだ快感の余波で細かに揺れるそこが心地よくて、すぐにでも快楽を解放しそうになるのを堪えて、ゆっくり腰を下ろすロベルトに問いかける。

「おい、あんた、そんな、ど、どうした」
「いや……お前の…十年、のこと思ったら、なんか……、…………」

 ふ、と吐息を吐き出しながら、ロベルトは熱っぽく語る。言葉は途切れ途切れになりながら、ゆっくりシアンの陰茎を招いて、そうして、最後には言葉を控えてぐっと目を閉じて。
 全てをその身に収めれば、ロベルトは汗の浮かぶ額を、照明の微かな光で艶めかせていた。

「……っ、ちゃんと返してやらなきゃ、浮かばれねぇだろ、お前の青春が」
「そりゃ、ありがたい、こっ、て…っ」

 ずるりと一度引き抜かれて、とちゅん、と軽い水音を立ててまた飲み込まれて。
 一度ならず何度も妄想したシチュエーションではあった。だがこんな、二回目のセックスでもう。しかも付き合うとも何とも言っていない状況で。
 シアンの頭は混乱でいっぱいだった。
 けれど、ただただ体は正直に、恋しい男に種を撒きたいと、熱くぬかるんだ場所で固く熱く高まるばかり。

「クソ……ッ、おい、ロベ、ロベルト」
「い、くらでも、イカしてやる、から、我慢するなよ」

 本当に、ただの善意の声でそれを言うのだから、この男は本当に手に負えない。
 そう思ってそれきり、思考を全て後回しにして、シアンはロベルトが自分の上でいやらしく揺れるのを、ただただ目に焼き付けていた。
 




 呆気ないほどすぐに搾り取られて、シアンは不本意な気分になった。ロベルトが穏やかに笑って頭を撫でてくるのが、余計に不本意だった。

「好きな体位じゃなかったか?」

 そうしてそんな風に聞いてくるのだから余計たちが悪い。
 嫌なわけがなかった。いやらしく導いてくれる年上が嫌いな好色家がいるわけがない。
 まあまあ性欲の強い方という自覚のあるシアンが、それでも不本意にならざるを得なかったのは、肉体のことより精神的なことである。

「すげー良かったけどよ………なぁ、あんた。別に俺の勝手な片想いに義理で責任取らなくていいんだぞ。」

 義理で抱かせてもらっているのなら、惨めになるだけだ。
 触れられれば体は悦ぶし、否応なしに欲情する。けれども心が伴ってこない。疑問ばかりが頭に浮かび、熱情がそれを沈めての繰り返し。
 はっきりさせなければ、ズルズルと肉体関係は続けていけるだろう、と思いながらも、納得できない恋情が、黙っていられなかった。
 シアンの言葉に、ロベルトはむっとした顔をした。

「別に義理じゃない。俺がお前にしてやりたくてやってる」

 シアンはぎょっとした。してやりたいって。まるで恋人の悪戯のようなセックスを?
 
「あんた、それは、それはさぁ……」

 にやつく顔を抑えきれず、シアンは眉間に皺を寄せた、顔の上半分だけが真面目くさった表情になった。

「俺のこと……だいぶ好きじゃねえか……?」

 核心の言葉を言うのに躊躇ったものの、耐えきれずにシアンは告げた。そうであればいい、と願ったそれが、おそらく、すぐ前にある。

「……?それはそうだろ」
「それはそうだろって。おい」

 呆気ないほどあっさり認められたそれに、シアンはざわめく鼓動で、次の一言を探す。体と、心が得られたのなら、次は。

「……なら、あんたの彼氏になりてーんだけど」
「それは違うだろ」
「は?」

 一刀両断。
 言い方に迷ったシアンの提案は、好意を認めたのと同じぐらい呆気なくあっさりと却下を返された。
 信じられない目で目の前の恋しい男を見れば、険しい顔をしている。確信して拒否している顔だ。
 シアンの浮かれそうになった気持ちが、ズドンと地に落ちた。

「ちが……違くないか?それは。恋人だぞ?俺と、お前が?」
「いいだろ別に……。俺は結構妄想したぞ。同じ家に住んで、同じ飯食ってセックスして、任務先でさっさと仕事片付けてセックスして」
「いやそれセックス以外ほぼ今の状況なんだよな。ならセックスだけすりゃ、なんも変わんないだろ」

 地に落ちた気分を、劣情で揺すられて、シアンは眩暈がした。澄ました顔でとんでもないことを言っている。まだ熱がくゆるベッドの上、快感で滲んだ汗も乾かぬ内とは言え、熱狂は過ぎ去り、穏やかに体温と鼓動を分け合っている中で。
 恋人になるより、よほど背徳的で淫猥な提案をされている。
 シアンは一度は満足して柔らかくなった陰茎がぐんと上向くのに気づきながら、思考を手放すな、と自らを叱咤した。

「いや恋人にはなんねーのに、セックスはさせてくれるんかい」
「セックスぐらいは、まあ……?したかったら、すればいいんじゃねーの」
「ぐらいの意味がわからん。大体今日のだって何のセックスなんだよこれ」

 ようやく、シアンはその問いを口にした。
 同情や義理でないのなら、どうして。

「うーん………お前の青春リベンジ?俺の手で叶えてやりたくて」
「……やっぱあんた俺のことめちゃくちゃ好きじゃねえか?」

 俺がお前にしてやりたくてやってる。その言葉が頭の中でリフレインする。
 どう受け取っても、ロベルトからシアンに向いているものは深い深い愛情で、シアンが心底から、欲していたものだった。

「だからそれはそうだろ。何度も言うな恥ずかしい」
「言うに決まってんだろ。俺はあんたのこと恋人にしてぇんだ。ちょっとでも付け入る隙があるなら見逃すわけねぇだろ」
「だからこそ、お前はちゃんと、お前を恋で好きになってくれるやつと付き合った方がいいだろ」

 なんだそりゃ。シアンは呆れた。
 好きに恋も愛もあるかよ、そう思って、シアンはロベルトにキスをする。
 最初は親愛の、唇の端が触れるだけのもので。それから、唇と唇が触れる情愛のもので。
 そこが許されれば、舌で求めて。唇が開かれれば、劣情のものでキスを深めて。
 全部全部、許されている。それが紛れもない真実なら、この初恋を諦める理由などなかった。

「……あんた以外、欲しくねぇんだよ」

 じっとりとした執着を、隠しもせずにシアンは言った。そうしてまた、劣情のキスを。
 口の中を捏ねて、舌を絡ませて。ロベルトはそれも受け入れて、シアンの望むままに舌と唇を明け渡した。確かに熱に浮かされているというのに、その目には困惑の色がある。

「お前、それは……無駄にした青春に執着してるだけだ」
「そうかもな。なんでもいいや。あんたが俺のことを好きでいてくれんなら、俺が口説き落として……ちゃんと恋として?惚れさせりゃいい話だし」

 愛があるともうわかったのなら、いつまでも待てる、と思った。
 ロベルトの納得を待ちながら、言葉で、態度で、いくらでも口説いて、ずっと側に居続けられたのなら、もう本望だった。

「ロベルト、好きだ。ガキの頃からずっと」
「……さっき聞いた」
「はは、悪いな。気の利いた口説き文句なんて知らねえからさ」

 ゆっくりと体を起こして、ロベルトに覆いかぶさってキスをして体中まさぐって。じわ、とロベルトの肌が熱を上げて汗が浮く。

「……で、結局セックスなのかよ」

 しょうがないな、とでも言いたげな笑みがキスの合間に溢れて、シアンはぐつぐつと下半身に欲を溜めた。
 そうやってまた俺を許す。
 もう深読みして怒るのはやめることにした。言葉そのままに甘えて、甘やかされることを当たり前にして、例えそれが恋でなくとも、それを日常にしてやろうと思った。
 言葉や形式で結びつくよりも、先に生活を恋人同士のものにしてしまった方が、ロベルトの納得は恐らく早い、という予感があったから。

「体からオトすのも手かなと思って?あんたにサービスしてもらうのも、めちゃくちゃ良かったんだけどさ」

 脚を開かせる手を、ロベルトは止めなかった。他の人間には絶対にさせないことを、シアンには許しておいて、自分の愛の深さに気付いていない。
 その愛を知ってしまえば、もうそれはこの隙のなさそうな男の可愛げだった。

「……やっぱ、俺のチンコであんたを善がらせてーんだよな。痛くしねーから、いいか?」

 すっかり勃ちあがった陰茎を、濡れた尻穴に擦り付けて、持ち上げたふくらはぎに何度もキスをして跡を付けて、許されるのを分かりきった甘えた態度で問えば、ロベルトは苦笑した。 

「もう処女じゃねーから優しくしなくてもいいんだぞ」

 ほらそうやって、許す。
 シアンは笑って、ヌチヌチと陰茎の先端を押し引きして、ゆっくりロベルトの穴を拓いていく。

「あんただから優しくしてんだよ。俺とのセックスにハマっちまうように」
「あー……そう、いう、こと……」

 初夜の時には誤魔化したそれを、今度は誤魔化さずに言えば、ロベルトの顔に驚愕と納得が同時にきた表情が浮かぶ。

「あんたマジで何もわかってねーで抱かれてたんだな。幸せだなとか、何だったんだよあれは」
「お前があんまり丁寧なセックスするから、お前と恋人になるやつは幸せだ、と、思って……っ、……!」

 亀頭を押し込めば、ロベルトの息が詰まる。
 ゆるく揺らしてやりながら、シアンはロベルトの陰茎が快感に煽られて大きくなっていくのを目の端で確認する。

「あんたのこと、恋人にして気持ち良くして頭幸せにしてぶっ壊してやりてぇもん」
「……好きって言うには暴力的すぎないか?」

 深く思案しているような声が、常にない熱で揺れている。もっともっとこの声を揺らして、恥ずかしい格好を互いに曝け出して絡み合いたい。
 この兄弟子の理性のある内にはきっと無理だろうと分かっているから、幸せに壊してやりたくて仕方がなかった。ただ一人に向いた恋が、性欲と混じり合って下劣な欲望を抱いたなら、一晩の夜などではきっと満足しないだろう。
 そうして壊れた翌朝には、うんと優しく睦み合って、この男が側にいる幸せを噛み締めて一日を始めるのだ。
 何度だって、それをしたかった。

「恋なんて、そんなもんだろ。嫌なら今のうちにちゃんとフっとけ」
「うーん、いや……うん……」
「どっちだよ」

 そう笑いながら、シアンはもうわかっていた。答えを出さないことが、もう答えなのだ。
 ゆっくりとロベルトの中に侵入して、体を沈ませる。

「頭、めちゃくちゃに、なって…んだよ。お前がそんなに……そんな感じなんて、思ってなかったんだぞ、こっちは」
「俺のせいでめちゃくちゃになってるあんた、すんげぇ唆る」
「お前、すげぇ口説き方してくるしよ……」

 じわじわとロベルトの息が荒くなっていく。繋がった場所が肌と肌でぴったりくっついて、すっかり招かれきった陰茎が気持ちいい。

「はは、ちゃんと口説かれてくれてどうも。……体もめちゃくちゃにしてやろ」

 意味ある言葉はこれぐらいでいいだろう、とシアンはもう、膨らみきった欲望を、ロベルトの中で暴れさせることにした。





 言葉の通り、シアンはロベルトの体をめちゃくちゃにした。
 向かい合っての体勢で、気持ちいい場所ばかり突かれて、ロベルトは散々に喘ぎ声を上げて、出口のない快感を解放しようと身を捩らせた。
 シアンはわかっているだろうに、ロベルトの陰茎には触れず、優しい突き方で同じ場所を突き続けて、快楽に身悶えるロベルトの姿を獣の目つきでずっと見ていた。
 このやろう。憎らしい気持ちが出てきて、だが言葉は形にならず、名前ばかりを呼んで善がって、過ぎた快楽が苦しくて、泣きたくもないのに涙が溢れて、ようやく。
 指先でするりと撫で上げられただけで、呆気なくロベルトは絶頂に押し上げられて、しばらく帰ってこれなかった。長い長い絶頂は射精が終わってもしばらくロベルトを苛み、喘ぎ声も出せずにロベルトははくはくと口を戦慄かせた。
 そのロベルトに、シアンは何度も短く口付けした。長く唇を塞げば苦しいとわかっているからか、ちゅう、ちゅ、と戯れのようにするキスが甘くて、ロベルトは縋るようにそのキスに応えた。
 そうして、ゆっくりシアンはロベルトの体を引っくり返した。敏感な場所にシーツが擦れて震えるロベルトの、露わになった背にキスを次々と落としながら、シアンはロベルトの尻たぶをゆるりと揉んで撫でた。
 ああ今日はこれくらいで終わりか。どこか残念にロベルトが思い、後ろから一気に貫かれて悲鳴めいた喘ぎ声を上げさせられたのが、何分前だったか。

「…っふ、ふぅ、ふ、ふ…っく、あーっ、あ、あっ!」

 逃げられなく、されている。
 ベッドとシアンの間に挟まれて、ロベルトは体を震わせて快楽に喘いだ。

「あっ、あ!シア、シアン……っ、ァ、あッ!」
「うん、気持ちいいな、ロベルト……っ」

 手はシアンに絡め取られて、シーツに皺を作るしかできない。指の節を愛撫するように撫でられて、それにも感じてしまい、ロベルトは息を荒くする。
 体が、受け入れるセックスに、シアンとのセックスに慣れようとしている。

「あっ、あ、…っぁ……!!」

 ぱちゅん、ぱちゅん、と下品な水音が鳴っている。シアンが腰を振っている。真剣に、ロベルトを気持ち良くさせようと。なら本当に、気持ちよくなっていい。そうなりたい、応えたい、報いたい。
 欲求の根源もわからぬままロベルトの体はどんどん順応して、きゅうきゅうと腹の奥が快感で収縮する。掴めそうで掴めないその快感を、どうにか手繰り寄せたくて、けれどまだその道筋は見えぬまま。

「シアン、シアン…ッ!っぁ、あ!……っ手ぇ、はなす、な……っ」
「っく、ぅ、悪ぃ……っ、俺、そろそろ限界……っ」
「……っぁ、あ!いい、いい、俺ん中、出して、いい、から……っ!」

 もう何を言っているのだか、自分でもわかっていなかった。言ってから音だけで理解して、何言ってんだ、と冷静な部分で思って。
 それでも、シアンが望むなら、理性の切れ端もなくなるぐらい壊れてもいい、と思った。
 シアンが精を吐き出すと同時、強くベッドに体を押さえつけられたロベルトはその刺激で射精して、また、長い長い絶頂に追いやられた。
 何回も何回も、喘いで善がって、シアンの手に顔を擦り付けて縋って、名前を呼べば、ロベルトのクソ可愛い弟弟子は、本当に本当に幸せそうな顔をするのだから、なら全部全部、いいかと思ったのだ。





「でも恋人にはなってくれねぇんだよな」
「体の相性がめちゃくちゃいいのは認める」
「そうだな。だからなればいいだろ、恋人」
「口説き方がゴリ押しすぎだろ」

 朝のベッドの中、まだ始業には早い時間。
 漫然とした空気の中、毛布を分け合いながら横になっていれば、シアンがロベルトの髪を梳く。

「お前、そういう触り方するのか」
「したいと思ってた。あんたに馬鹿にされるかと思ってたから、今までしなかったけどな」
「……お前の中の俺、性格悪すぎないか?」
「まあまあ悪かったな。でもそれでも好きなんだから、もっと好きになってくからな。覚悟しろよ」

 ちゅう、と音を立てて、シアンの唇がロベルトのこめかみに吸い付く。まるで円満な恋人同士の後朝。

「こわ……」
「口説くっつったろ」
「仕事中はやめろよ。びっくりするから」
「あんた、びっくりするだけなんだよな」
「は?」
「いや。好きだなと思って?」
「だから急に口説くな。ビビる」

 屈託なく笑うシアンに、ロベルトは呆れつつも、まあいいか、と触れるだけのキスを返して、この朝をシアンの理想の朝に、変えてしまった。
 愛の自覚もないまま。
 シアンが、そういうロベルトを全部愛すと決めたのなど、知らぬまま。




    
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