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プロローグ

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 心臓の音って、こんなに大きいのね。
 目の前の光景が残酷過ぎて、涙も出ないわ。

 図書室の一番奥の窓から、物陰に隠れて抱き合う男女が見える。
 人目を忍ぶように、二人は抱き合い、視線を交わし、ゆっくりと唇を押し付けあっている。
 恋愛小説のワンシーンであれば、心踊る光景なのだろう。いや、私と関係ない人の逢瀬なら『羨ましい』と思うだけだったろう。

 女性の事は知らない。
 燃えるような赤い髪。きらめく青い瞳。
 とても美しく華やかな女性だ。

 男性の事はよく知っている。
 少しクセっ毛の金髪。グレーの瞳。
 ブラント・エヴァンス(18)
 エヴァンス公爵家の嫡男。
 文武両道、眉目秀麗。
 将来は王太子殿下の側近になるだろうと噂されるパーフェクト超人だ。世の女性には『優良物件』と呼ばれる時の人だ。

 彼は私の婚約者だ。

 私はエスメローラ・マルマーダ(18)
 マルマーダ伯爵家の娘だ。

 七歳のとき、私達はお見合いし婚約をした。
『綺麗な金髪だね。触ってもいい?』
 彼に微笑まれて、私は一瞬で虜になった。
 あの頃、ブラントはとても優しかった。
 一緒にピクニックにいったり、湖を散歩したり、バラ園で抱えきれない赤いバラをプレゼントされた。

 貴族学院に通うまで私達の関係は良好だった。
 
 オルトハット王国の王都にある、オルトハット貴族学院は、15歳から18歳の子息子女が通う学院で、この学院を卒業することが王国貴族の嗜みとされている。
 よほどのことがない限り、辞めることは出来ない。家の面子もあるが、大人の社交界に入る前の試験場のような場所と言われている。

 学院に入ってからすぐに、ブラントは私の家に来てこう告げた。
『勉学を優先させたいから、私達の婚約を表に出さないで欲しい。エスメローラを愛しているから、余計な攻撃を回避したい』

 婚約を公にしないで学院に通う人は多い。
 特に、気の弱い女子生徒は虐められやすい。
 婚約者として助けられる部分もあるが、女性しか立ち入れない場所や、四六時中一緒に居ることは不可能だ。
 下手に嫉妬されて、愛する婚約者を傷つけらないように、このような処置をこうじる人は少なくないのだ。

『エスメローラを愛してる』
 その言葉を信じていた。

 学院で――
『エヴァンス公子と◯◯嬢が手を握っていた。見つめ会う二人は恋人のようだった』
『エヴァンス公子と◯◯嬢が王都でデートしていた。高価な宝石をプレゼントしていた』
『エヴァンス公子と◯◯嬢が茂みの中に消えていった。◯◯嬢の衣類が乱れていた』
――色々な噂を聞いた。
 不安だったが、ブラントは私を裏切らない。
 彼を信じるのよ。
 そう……言い聞かせていたのにな……。

 窓の下の男女は、ずいぶん長くキスをするのだな。あ……女性の手に自分の手を絡めて、壁に女性を縫い付けて、もう片方の手が胸を触り、その後スカートを触っているわ。破廉恥ね。

 あら……?
 頬に何かがつたった。
 私……泣いてるわ。
 そうよね。こんなシーンを見たら泣いちゃうわよね。愛していた、信じていた人に裏切られたのだから。
 
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