9 / 34
8話 決別
しおりを挟む
「あの中庭、木が乱立していて、死角が多いですよね。秘め事をするにはうってつけ。実際、私の見た場所からでしか、貴方達の姿を見ることは出来なかったでしょう」
さっきまで威圧的に立っていた男は、アホみたいに口をパクパクさせて、顔色を悪くしている。
「よく計算された場所ですね。貴方の他にも、そこで逢瀬をする学生を見たことがあるので、男子生徒には有名なのかしら?」
「ちっ……違うんだ……違っ……」
「良いのですよ。学院では私なんかより、美しいご令嬢は数多くいらっしゃいますから。羽目を外してしまうのでしょう。美しい華を渡り歩き、楽しんだあとは、盲目的に貴方を愛し、従順な奴隷女を娶り、自分の家を守らせる。自由に夜の華を遊び回りたいと思うのは、男性の性なのでしょうから」
「違うよ。奴隷女だなんて、そんな酷いこと――」
「お黙り下さい。汚らわしい」
私は立ち上がり、美しい笑顔を作った。
「卒業パーティーのエスコートは、私がもっとも尊敬している方とお約束しておりますの。ドレスもその方と決めましたから、貴方のドレスもエスコートも必要ありません。持ち帰って下さい」
私よりも背が高く、体つきもしっかりしているのに、まるで子鹿のように震えているわ。
「愛するお二人を邪魔する気は、毛頭ありませんので、私はいつでも婚約解消に同意致しますわ。あぁ、ですが、婚約解消するなら卒業パーティー前に申し込んでいただけると助かりますわ。煩わしい気持ちを持ったまま、尊敬する方の手を取りたくないですから」
「誰なんだ!!」
突然ブラントは駆け寄ってきて、私の手首を掴んだ。
「俺の女に手を出したヤツは!言え!」
なんて醜い顔でしょう。
「私は貴方の女じゃありません」
「俺の婚約者だ!俺が、最も愛する人だ」
不快。
「貴方が愛しているのはデリカ公女様です」
「違う!あれは!……あれは……」
言い訳を考えているのでしょう。
瞳が小刻みに揺れているわ。
「エスメローラ!俺を……僕を……信じてくれ」
彼は弱々しく跪いた。
「本当に、愛しているのは君だけなんだ。デリカ嬢や他の令嬢との噂は、時が来たら全てわかるはずだ。彼女達に対して恋愛感情はない」
ずっと違和感があった。
私は伯爵家の娘だ。
ブラントが一方的に婚約解消を求めてきても、我が家は大人しく従うしかない。しかも、恋仲になったのが公爵令嬢なら、家の家格も釣り合って、むしろそちらに乗り換えるのが普通だろう。
なのに、彼は違うと否定する。
卒業パーティーで私をエスコートする誰かに、激しく嫉妬して見せた。
彼の行動は矛盾している。
何か理由がある。
しかし――
「お引き取りください」
――私には関係ないことだ。
「エスメローラ!」
彼の手から自分の手を引き抜いた。
「待って、エスメローラ。待ってくれ!」
「3年間……。ずっと待ってましたよ」
「っ!」
あっ……。
涙が溢れてしまった。
こんなヤツの為に、泣きたくなんてないのに。
涙は私の意思を無視して流れてしまう。
「ごめん、エスメローラ。ごめん……。僕が悪かった。君はどんなことがあっても、僕を好きでいてくれると、僕を待っていてくれると……。こんな、泣かせるなんて思わなかったんだ。本当にごめん」
「もう……終わりにしましょう」
「やだ!絶対やだ!」
彼はなりふり構わず、私を胸に抱き込んだ。
「お嬢様!」
「エヴァンス公子様!」
部屋で待機している護衛やメリッサが慌てる声がする。
「僕に触るな!」
頭上で彼が怒鳴り、周りを威嚇した。
「これ以上は何もしない。下がれ」
部屋に緊張感が漂う。
ゆっくりと足音が遠ざかるのが聞こえる。
「エスメローラ。本当にごめん。時が来れば全て説明する。何も君に言わなかったことも謝罪する。僕の残りの人生全てをかけて償う。だから、僕を捨てないで」
掠れる小さな声が頭に降り注ぐ。
でも……私の心には響かない。
ただただ、面倒だと疲労感が胸を占めた。
「信じられません」
彼の抱き締める力が強くなった。
「好きだ。君を愛してる」
「もう、愛していません」
「あと少しなんだ。卒業パーティーが終われば、ずっと一緒に居られる。寂しい思いをさせた分埋め合わせをする。償うから。……お願いだ」
「苦しいので離して下さい」
「君が許してくれるなら……」
「……許してますよ」
私の言葉に希望を感じたのだろう。彼は抱き締める腕の力を緩め、愛しそうに私の顔を覗き込んできた。
でも、私の顔を見た瞬間、顔を強張らせた。
「何とも思っていませんから」
「エスメローラ……」
「だだ、不快なので離して下さい」
彼から離れ、私は部屋のドアを開けた。
「卒業パーティーの為にご準備頂いたドレスは受け取れません。また、エスコートも必要ありません。私達の信頼関係はもうありません。このまま婚約を継続するのは、お互いの為になりませんので、次期公爵閣下として懸命な判断をお願い致します」
「……僕は婚約解消に同意しない。絶対にだ!」
「左様ですか」
「婚約破棄だってさせない!君を縛り付ける方法はいくらでもあるんだ。僕の噂や、君が見たキスの話を破棄理由にするつもりだろうが、その理由では受理されない。させない。君は僕と結婚するしかないんだ!」
「左様ですか」
感情のこもらない返答に、彼が焦っているのがわかる。
「お話は以上で宜しいですか?エヴァンス公子様がお帰りです。メリッサ、お見送りして差し上げて」
「はい」
メリッサの返答を聞き、私は部屋を出た。
「エスメローラ!」
彼が追いかけてこようとしたが、護衛の者とメリッサが道をふさいでくれた。お陰で私はそのまま自室へと向かった。
遠くの方で「エスメローラ!」と呼ぶ声がやかましかったが、私は振り向かなかった。
余談だが、彼が持ってきたドレスは、両親からエヴァンス公爵家に返却した。
さっきまで威圧的に立っていた男は、アホみたいに口をパクパクさせて、顔色を悪くしている。
「よく計算された場所ですね。貴方の他にも、そこで逢瀬をする学生を見たことがあるので、男子生徒には有名なのかしら?」
「ちっ……違うんだ……違っ……」
「良いのですよ。学院では私なんかより、美しいご令嬢は数多くいらっしゃいますから。羽目を外してしまうのでしょう。美しい華を渡り歩き、楽しんだあとは、盲目的に貴方を愛し、従順な奴隷女を娶り、自分の家を守らせる。自由に夜の華を遊び回りたいと思うのは、男性の性なのでしょうから」
「違うよ。奴隷女だなんて、そんな酷いこと――」
「お黙り下さい。汚らわしい」
私は立ち上がり、美しい笑顔を作った。
「卒業パーティーのエスコートは、私がもっとも尊敬している方とお約束しておりますの。ドレスもその方と決めましたから、貴方のドレスもエスコートも必要ありません。持ち帰って下さい」
私よりも背が高く、体つきもしっかりしているのに、まるで子鹿のように震えているわ。
「愛するお二人を邪魔する気は、毛頭ありませんので、私はいつでも婚約解消に同意致しますわ。あぁ、ですが、婚約解消するなら卒業パーティー前に申し込んでいただけると助かりますわ。煩わしい気持ちを持ったまま、尊敬する方の手を取りたくないですから」
「誰なんだ!!」
突然ブラントは駆け寄ってきて、私の手首を掴んだ。
「俺の女に手を出したヤツは!言え!」
なんて醜い顔でしょう。
「私は貴方の女じゃありません」
「俺の婚約者だ!俺が、最も愛する人だ」
不快。
「貴方が愛しているのはデリカ公女様です」
「違う!あれは!……あれは……」
言い訳を考えているのでしょう。
瞳が小刻みに揺れているわ。
「エスメローラ!俺を……僕を……信じてくれ」
彼は弱々しく跪いた。
「本当に、愛しているのは君だけなんだ。デリカ嬢や他の令嬢との噂は、時が来たら全てわかるはずだ。彼女達に対して恋愛感情はない」
ずっと違和感があった。
私は伯爵家の娘だ。
ブラントが一方的に婚約解消を求めてきても、我が家は大人しく従うしかない。しかも、恋仲になったのが公爵令嬢なら、家の家格も釣り合って、むしろそちらに乗り換えるのが普通だろう。
なのに、彼は違うと否定する。
卒業パーティーで私をエスコートする誰かに、激しく嫉妬して見せた。
彼の行動は矛盾している。
何か理由がある。
しかし――
「お引き取りください」
――私には関係ないことだ。
「エスメローラ!」
彼の手から自分の手を引き抜いた。
「待って、エスメローラ。待ってくれ!」
「3年間……。ずっと待ってましたよ」
「っ!」
あっ……。
涙が溢れてしまった。
こんなヤツの為に、泣きたくなんてないのに。
涙は私の意思を無視して流れてしまう。
「ごめん、エスメローラ。ごめん……。僕が悪かった。君はどんなことがあっても、僕を好きでいてくれると、僕を待っていてくれると……。こんな、泣かせるなんて思わなかったんだ。本当にごめん」
「もう……終わりにしましょう」
「やだ!絶対やだ!」
彼はなりふり構わず、私を胸に抱き込んだ。
「お嬢様!」
「エヴァンス公子様!」
部屋で待機している護衛やメリッサが慌てる声がする。
「僕に触るな!」
頭上で彼が怒鳴り、周りを威嚇した。
「これ以上は何もしない。下がれ」
部屋に緊張感が漂う。
ゆっくりと足音が遠ざかるのが聞こえる。
「エスメローラ。本当にごめん。時が来れば全て説明する。何も君に言わなかったことも謝罪する。僕の残りの人生全てをかけて償う。だから、僕を捨てないで」
掠れる小さな声が頭に降り注ぐ。
でも……私の心には響かない。
ただただ、面倒だと疲労感が胸を占めた。
「信じられません」
彼の抱き締める力が強くなった。
「好きだ。君を愛してる」
「もう、愛していません」
「あと少しなんだ。卒業パーティーが終われば、ずっと一緒に居られる。寂しい思いをさせた分埋め合わせをする。償うから。……お願いだ」
「苦しいので離して下さい」
「君が許してくれるなら……」
「……許してますよ」
私の言葉に希望を感じたのだろう。彼は抱き締める腕の力を緩め、愛しそうに私の顔を覗き込んできた。
でも、私の顔を見た瞬間、顔を強張らせた。
「何とも思っていませんから」
「エスメローラ……」
「だだ、不快なので離して下さい」
彼から離れ、私は部屋のドアを開けた。
「卒業パーティーの為にご準備頂いたドレスは受け取れません。また、エスコートも必要ありません。私達の信頼関係はもうありません。このまま婚約を継続するのは、お互いの為になりませんので、次期公爵閣下として懸命な判断をお願い致します」
「……僕は婚約解消に同意しない。絶対にだ!」
「左様ですか」
「婚約破棄だってさせない!君を縛り付ける方法はいくらでもあるんだ。僕の噂や、君が見たキスの話を破棄理由にするつもりだろうが、その理由では受理されない。させない。君は僕と結婚するしかないんだ!」
「左様ですか」
感情のこもらない返答に、彼が焦っているのがわかる。
「お話は以上で宜しいですか?エヴァンス公子様がお帰りです。メリッサ、お見送りして差し上げて」
「はい」
メリッサの返答を聞き、私は部屋を出た。
「エスメローラ!」
彼が追いかけてこようとしたが、護衛の者とメリッサが道をふさいでくれた。お陰で私はそのまま自室へと向かった。
遠くの方で「エスメローラ!」と呼ぶ声がやかましかったが、私は振り向かなかった。
余談だが、彼が持ってきたドレスは、両親からエヴァンス公爵家に返却した。
応援ありがとうございます!
90
お気に入りに追加
7,145
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる