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8話 決別

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「あの中庭、木が乱立していて、死角が多いですよね。秘め事をするにはうってつけ。実際、私の見た場所からでしか、貴方達の姿を見ることは出来なかったでしょう」

 さっきまで威圧的に立っていた男は、アホみたいに口をパクパクさせて、顔色を悪くしている。

「よく計算された場所ですね。貴方の他にも、そこで逢瀬をする学生を見たことがあるので、男子生徒には有名なのかしら?」

「ちっ……違うんだ……違っ……」

「良いのですよ。学院では私なんかより、美しいご令嬢は数多くいらっしゃいますから。羽目を外してしまうのでしょう。美しい華を渡り歩き、楽しんだあとは、盲目的に貴方を愛し、従順な奴隷女を娶り、自分の家を守らせる。自由に夜の華を遊び回りたいと思うのは、男性の性なのでしょうから」

「違うよ。奴隷女だなんて、そんな酷いこと――」

「お黙り下さい。汚らわしい」
 私は立ち上がり、美しい笑顔を作った。

「卒業パーティーのエスコートは、私がもっとも尊敬している方とお約束しておりますの。ドレスもその方と決めましたから、貴方のドレスもエスコートも必要ありません。持ち帰って下さい」

 私よりも背が高く、体つきもしっかりしているのに、まるで子鹿のように震えているわ。

「愛するお二人を邪魔する気は、毛頭ありませんので、私はいつでも婚約解消に同意致しますわ。あぁ、ですが、婚約解消するなら卒業パーティー前に申し込んでいただけると助かりますわ。煩わしい気持ちを持ったまま、尊敬する方の手を取りたくないですから」

「誰なんだ!!」
 突然ブラントは駆け寄ってきて、私の手首を掴んだ。

「俺の女に手を出したヤツは!言え!」
 なんて醜い顔でしょう。

「私は貴方の女じゃありません」
「俺の婚約者だ!俺が、最も愛する人だ」

 不快。

「貴方が愛しているのはデリカ公女様です」
「違う!あれは!……あれは……」

 言い訳を考えているのでしょう。
 瞳が小刻みに揺れているわ。

「エスメローラ!俺を……僕を……信じてくれ」
 彼は弱々しく跪いた。
「本当に、愛しているのは君だけなんだ。デリカ嬢や他の令嬢との噂は、時が来たら全てわかるはずだ。彼女達に対して恋愛感情はない」

 ずっと違和感があった。
 私は伯爵家の娘だ。
 ブラントが一方的に婚約解消を求めてきても、我が家は大人しく従うしかない。しかも、恋仲になったのが公爵令嬢なら、家の家格も釣り合って、むしろそちらに乗り換えるのが普通だろう。

 なのに、彼は違うと否定する。
 卒業パーティーで私をエスコートする誰かに、激しく嫉妬して見せた。
 彼の行動は矛盾している。

 何か理由がある。

 しかし――
「お引き取りください」
――私には関係ないことだ。

「エスメローラ!」

 彼の手から自分の手を引き抜いた。

「待って、エスメローラ。待ってくれ!」
「3年間……。ずっと待ってましたよ」
「っ!」

 あっ……。
 涙が溢れてしまった。
 こんなヤツの為に、泣きたくなんてないのに。
 涙は私の意思を無視して流れてしまう。

「ごめん、エスメローラ。ごめん……。僕が悪かった。君はどんなことがあっても、僕を好きでいてくれると、僕を待っていてくれると……。こんな、泣かせるなんて思わなかったんだ。本当にごめん」

「もう……終わりにしましょう」

「やだ!絶対やだ!」
 彼はなりふり構わず、私を胸に抱き込んだ。

「お嬢様!」
「エヴァンス公子様!」
 部屋で待機している護衛やメリッサが慌てる声がする。

「僕に触るな!」
 頭上で彼が怒鳴り、周りを威嚇した。
「これ以上は何もしない。下がれ」

 部屋に緊張感が漂う。
 ゆっくりと足音が遠ざかるのが聞こえる。

「エスメローラ。本当にごめん。時が来れば全て説明する。何も君に言わなかったことも謝罪する。僕の残りの人生全てをかけて償う。だから、僕を捨てないで」
 掠れる小さな声が頭に降り注ぐ。
 でも……私の心には響かない。
 ただただ、面倒だと疲労感が胸を占めた。

「信じられません」
 彼の抱き締める力が強くなった。
「好きだ。君を愛してる」
「もう、愛していません」
「あと少しなんだ。卒業パーティーが終われば、ずっと一緒に居られる。寂しい思いをさせた分埋め合わせをする。償うから。……お願いだ」
「苦しいので離して下さい」
「君が許してくれるなら……」
「……許してますよ」

 私の言葉に希望を感じたのだろう。彼は抱き締める腕の力を緩め、愛しそうに私の顔を覗き込んできた。
 でも、私の顔を見た瞬間、顔を強張らせた。
 
「何とも思っていませんから」
「エスメローラ……」

「だだ、不快なので離して下さい」
 彼から離れ、私は部屋のドアを開けた。

「卒業パーティーの為にご準備頂いたドレスは受け取れません。また、エスコートも必要ありません。私達の信頼関係はもうありません。このまま婚約を継続するのは、お互いの為になりませんので、次期公爵閣下として懸命な判断をお願い致します」

「……僕は婚約解消に同意しない。絶対にだ!」
「左様ですか」
「婚約破棄だってさせない!君を縛り付ける方法はいくらでもあるんだ。僕の噂や、君が見たキスの話を破棄理由にするつもりだろうが、その理由では受理されない。させない。君は僕と結婚するしかないんだ!」
「左様ですか」

 感情のこもらない返答に、彼が焦っているのがわかる。

「お話は以上で宜しいですか?エヴァンス公子様がお帰りです。メリッサ、お見送りして差し上げて」
「はい」
 メリッサの返答を聞き、私は部屋を出た。

「エスメローラ!」
 彼が追いかけてこようとしたが、護衛の者とメリッサが道をふさいでくれた。お陰で私はそのまま自室へと向かった。

 遠くの方で「エスメローラ!」と呼ぶ声がやかましかったが、私は振り向かなかった。

 余談だが、彼が持ってきたドレスは、両親からエヴァンス公爵家に返却した。
 
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