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19話 一歩前へ
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「サイラス……お義兄様」
「部屋に行ったら、控えの侍女が教えてくれた。……その……久しぶり」
きっと帰ってきてすぐに私を訪ねて来てくれたのだろう。
外出着のままだった。
「サイラスお義兄様!」
はしたないと思うより早く、私はサイラスお義兄様に向かって走り寄った。
すると、お義兄様が珍しく慌てている。
「あわわわっ。嬉しいけど、帰ってきたばかりで汚れているんだ。すまない、着替えてから尋ねれば良かったんだが、我慢できなくて、その……」
「お義兄様、お帰りなさい」
「……ただいま」
×××
どうしよう……。
まさかこんなことに……。
私は今、サイラスお義兄様の部屋のソファーに座って、固まっています。
庭で話すには冷えてきたし、サイラスお義兄様は帰ってきたばかりでお風呂にも入っていない。でも、話をしたいのはお互いの総意で……。
庭から一番近いサイラスお義兄様の部屋で話すことになったのだが……。冷静に考えると、この状況はかなり危ない。
年頃の男女が、夜、同じ部屋にいる。
だからと言って、こんな夜中に侍女や護衛を呼びつけるのは申し訳ない。
書類上ではあるが、私は義妹だし……。
言い訳を頭の中でモンモンと考える。
「すまない、待たせた」
「いえ、大丈夫で……っ!!!」
お義兄様の姿を見て、思わず顔を背けてしまった。
濡れた髪。
慌てて着たであろう、はだけたシャツ。
長い足にフィットする黒いズボン。
襟元を閉めている姿しか見たことがなかったので、こんなに着崩した装いは初めてだし、髪が濡れているせいか、とにかく色っぽい!
顔が赤くなってしまう。
固かった体が、更に固くなった。
「エスメローラ?」
お義兄様が隣に座って、私の髪に触れた。
「寒くない?暖かい飲み物を準備しようか?それともワインの方がいいかな?」
甘い声だ。
「だっ、大丈夫です。お気遣いなく……」
まともに顔を見れないよ~。
「……会いたかったよ」
耳元で囁かれる言葉がとにかく甘いです……。
「……ぷっ」
突然お義兄様が笑い出した。
「くくっ……すまない。あんまりにも、可愛いから……あははは!」
「お義兄様!」
もう、マチルダといい、お義兄様といい!
からかうんだから!
「すまん。こんなに意識してもらえるとは思っていなかったんだ。嬉しい誤算だよ」
「……ヒドイです」
「ごめんよ」
また甘い顔で、優しく笑われた。
さっきから心臓が早鐘のように鳴いて、自分でも制御できなくて困ってしまう。
「お仕事、お疲れ様です」
「ありがとう。そっちこそ、忙しくしているって聞いてるよ。体は大丈夫か?」
「陛下や王妃様のご助力もあるので、王都や近辺の方には、根回しは済みました。明日からは遠方を回り、辺境伯様にご挨拶して、こちらの仕事は終わりです」
「さすがだな。そういう手腕がレオンでは荷が重いから、マチルダ様の提案は画期的だったよ。長年の困った案件も片付きそうで、私も嬉しいよ」
「では」
「うん。この前のマチルダ様の助言で、うまく運びそうだ。あとはレオンの男気だけだよ」
とても晴れやかな顔をされた。
どうやら見通しは良いようだ。
「エスメローラ」
隣に座るお義兄様の雰囲気が変わった。
「……」
「……」
「……考えてくれた?」
「……はい。ずっと…考えてます」
「うん……」
「……」
「……」
「心を預けるのが……怖いです……」
部屋がとても静かだ。
「ずっと……義妹で居たかった。お義兄様が大切だから……失いたくない」
「うん……」
「もし…お義兄様が他の女性と結婚することになったら……素直に喜べない自分がいます」
「うん……」
「……私……お義兄様を……失いたくない、です」
素直に『好き』と言えれば良いのに、臆病な自分が嫌になる。
「ありがとう」
突然頭を撫でられた。
「エスメローラの気持ちが聞けて嬉しいよ」
お義兄様は優しく笑ってくれた。
それが、無性に気持ちをぐちゃぐちゃにかき混ぜてきた。
こんな自分は大嫌いだ。
涙が……止まらない。
お義兄様は浮気なんてしない。
誠実な人だ。
でも、ブラントだってそうだと、信じていた。
それなのに……。
「ごめんなさい。お義兄様、ごめんなさい。臆病な私でごめんなさい。お義兄様を信じたいのに、私……」
「いいんだ。私を大切だと言ってくれただけで、十分だよ。今は答えを出せなくても、それが聞けただけで、私は嬉しい」
こんなに優しい人に、私はなんて不誠実なんだろう。彼にこんな悲しい顔をさせて、なんて……。
「お義兄様……。そんな……私でも……いいですか?」
「え?」
「恋愛事は怖いです。真に心を開くことは……まだ無理だと思います。私は臆病者です。そして卑怯者です。お義兄様の伸ばしてくださった手を取らず、裾を引っ張ってしまう浅ましい者です。でも……向き合いたい。サイラス……様と、この先も一緒に居たいから……」
泣くなんて卑怯よ。
泣き止まなきゃ。
「抱き締めても……いいかな?」
声がつっかえて出ない。
情けないけど、子供っぽいけど、私は頭を縦に振って答えた。
ゆっくりと、私の許可を取るように、サイラス様はその胸に私を抱き込んでくれた。
とても……温かい。
体の力が抜けてしまうくらい、安堵する自分が不思議だった。
「ゆっくりでいいんだ。ゆっくりと二人で頑張っていこう。臆病な君も、卑怯だと卑下する君も、全て受け止める。君が向き合ってくれるなら、私も一緒に向き合うよ。一人で頑張らなくて良いんだ。もがきながら、前を向こうとする、君の気高さを尊敬する。好きだよ、エスメローラ」
「はい…。ありがとう…ございます」
今はまだ言えない『好き』を、いつか、貴方に伝えたい。
「部屋に行ったら、控えの侍女が教えてくれた。……その……久しぶり」
きっと帰ってきてすぐに私を訪ねて来てくれたのだろう。
外出着のままだった。
「サイラスお義兄様!」
はしたないと思うより早く、私はサイラスお義兄様に向かって走り寄った。
すると、お義兄様が珍しく慌てている。
「あわわわっ。嬉しいけど、帰ってきたばかりで汚れているんだ。すまない、着替えてから尋ねれば良かったんだが、我慢できなくて、その……」
「お義兄様、お帰りなさい」
「……ただいま」
×××
どうしよう……。
まさかこんなことに……。
私は今、サイラスお義兄様の部屋のソファーに座って、固まっています。
庭で話すには冷えてきたし、サイラスお義兄様は帰ってきたばかりでお風呂にも入っていない。でも、話をしたいのはお互いの総意で……。
庭から一番近いサイラスお義兄様の部屋で話すことになったのだが……。冷静に考えると、この状況はかなり危ない。
年頃の男女が、夜、同じ部屋にいる。
だからと言って、こんな夜中に侍女や護衛を呼びつけるのは申し訳ない。
書類上ではあるが、私は義妹だし……。
言い訳を頭の中でモンモンと考える。
「すまない、待たせた」
「いえ、大丈夫で……っ!!!」
お義兄様の姿を見て、思わず顔を背けてしまった。
濡れた髪。
慌てて着たであろう、はだけたシャツ。
長い足にフィットする黒いズボン。
襟元を閉めている姿しか見たことがなかったので、こんなに着崩した装いは初めてだし、髪が濡れているせいか、とにかく色っぽい!
顔が赤くなってしまう。
固かった体が、更に固くなった。
「エスメローラ?」
お義兄様が隣に座って、私の髪に触れた。
「寒くない?暖かい飲み物を準備しようか?それともワインの方がいいかな?」
甘い声だ。
「だっ、大丈夫です。お気遣いなく……」
まともに顔を見れないよ~。
「……会いたかったよ」
耳元で囁かれる言葉がとにかく甘いです……。
「……ぷっ」
突然お義兄様が笑い出した。
「くくっ……すまない。あんまりにも、可愛いから……あははは!」
「お義兄様!」
もう、マチルダといい、お義兄様といい!
からかうんだから!
「すまん。こんなに意識してもらえるとは思っていなかったんだ。嬉しい誤算だよ」
「……ヒドイです」
「ごめんよ」
また甘い顔で、優しく笑われた。
さっきから心臓が早鐘のように鳴いて、自分でも制御できなくて困ってしまう。
「お仕事、お疲れ様です」
「ありがとう。そっちこそ、忙しくしているって聞いてるよ。体は大丈夫か?」
「陛下や王妃様のご助力もあるので、王都や近辺の方には、根回しは済みました。明日からは遠方を回り、辺境伯様にご挨拶して、こちらの仕事は終わりです」
「さすがだな。そういう手腕がレオンでは荷が重いから、マチルダ様の提案は画期的だったよ。長年の困った案件も片付きそうで、私も嬉しいよ」
「では」
「うん。この前のマチルダ様の助言で、うまく運びそうだ。あとはレオンの男気だけだよ」
とても晴れやかな顔をされた。
どうやら見通しは良いようだ。
「エスメローラ」
隣に座るお義兄様の雰囲気が変わった。
「……」
「……」
「……考えてくれた?」
「……はい。ずっと…考えてます」
「うん……」
「……」
「……」
「心を預けるのが……怖いです……」
部屋がとても静かだ。
「ずっと……義妹で居たかった。お義兄様が大切だから……失いたくない」
「うん……」
「もし…お義兄様が他の女性と結婚することになったら……素直に喜べない自分がいます」
「うん……」
「……私……お義兄様を……失いたくない、です」
素直に『好き』と言えれば良いのに、臆病な自分が嫌になる。
「ありがとう」
突然頭を撫でられた。
「エスメローラの気持ちが聞けて嬉しいよ」
お義兄様は優しく笑ってくれた。
それが、無性に気持ちをぐちゃぐちゃにかき混ぜてきた。
こんな自分は大嫌いだ。
涙が……止まらない。
お義兄様は浮気なんてしない。
誠実な人だ。
でも、ブラントだってそうだと、信じていた。
それなのに……。
「ごめんなさい。お義兄様、ごめんなさい。臆病な私でごめんなさい。お義兄様を信じたいのに、私……」
「いいんだ。私を大切だと言ってくれただけで、十分だよ。今は答えを出せなくても、それが聞けただけで、私は嬉しい」
こんなに優しい人に、私はなんて不誠実なんだろう。彼にこんな悲しい顔をさせて、なんて……。
「お義兄様……。そんな……私でも……いいですか?」
「え?」
「恋愛事は怖いです。真に心を開くことは……まだ無理だと思います。私は臆病者です。そして卑怯者です。お義兄様の伸ばしてくださった手を取らず、裾を引っ張ってしまう浅ましい者です。でも……向き合いたい。サイラス……様と、この先も一緒に居たいから……」
泣くなんて卑怯よ。
泣き止まなきゃ。
「抱き締めても……いいかな?」
声がつっかえて出ない。
情けないけど、子供っぽいけど、私は頭を縦に振って答えた。
ゆっくりと、私の許可を取るように、サイラス様はその胸に私を抱き込んでくれた。
とても……温かい。
体の力が抜けてしまうくらい、安堵する自分が不思議だった。
「ゆっくりでいいんだ。ゆっくりと二人で頑張っていこう。臆病な君も、卑怯だと卑下する君も、全て受け止める。君が向き合ってくれるなら、私も一緒に向き合うよ。一人で頑張らなくて良いんだ。もがきながら、前を向こうとする、君の気高さを尊敬する。好きだよ、エスメローラ」
「はい…。ありがとう…ございます」
今はまだ言えない『好き』を、いつか、貴方に伝えたい。
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