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31話 目が覚めてから
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「サイラス様……。あの、お仕事はよろしいのですか?」
「問題ない。自宅で出来るような仕事しか振らないよう、調整してきたからな」
アルデバイン公爵家の私の部屋で、サイラス様は優雅にお茶をしながら書類を確認している。
現在、私は約二週間、ベッドから降りることを禁じられている。
あの夜、私はテラスで意識を失ってしまったらしい。サイラス様とテラスに出るまでは覚えているんだけど……。
その話をしたら、サイラス様が落ち込んでいたわ。何かあったのかしら?
テラスで倒れてから約2日間、私は寝ていたそうだ。医師からは『過労』と『睡眠不足』と診断された。
建国記念祭に向けての準備や、自然エネルギーの研究成果をまとめたり、マチルダの負担軽減の為に代行した業務や、書類の要点を押さえたメモの作成やそれに紐付ける資料集めなど、寝る間も惜しんで働いていたわ……。
ヘンリー王とダンスをする苦行のあと、サイラスと合流したので、張り詰めていた緊張が一気に切れて、熱が急上昇し、倒れたんだろう。
で、向こう見ずな私に怒った……いえ、心配したサイラス様から『回復するまでベッドから出てはいけない』と、強制療養を命じられてしまったわけだ。
お見舞いに来たマチルダとスーザン様に「過保護」と言われてしまった。
そして「この機会にゆっくり休みなさい。仕事はスーザンとロクサーヌで分担するから、心配しないで」と、マチルダの命令も加わり、ゆったりした時間を過ごしている。
そうそう、ロクサーヌちゃんは15歳の『成人の儀』を迎えたので、建国記念祭が終わってすぐマチルダの侍女見習いとして仕える事になった。
イエルゴート王国の貴族学院に在席しながらのお勤めなので、両立は大変だろうに「やり甲斐があります!」と意欲的だ。
将来が楽しみである。
そう言えば、オルトハット国王から賓客として来たあの二人は、あの夜、強制帰国させられたらしい。ブラントは永久にイエルゴート王国に来ないことを誓約書に書かされたそうだ。
あの人は何をしたのかしら?
それから、ブラントは王宮勤めを辞退し、次期公爵の地位を従兄弟に譲り、地方の男爵位を賜って田舎に移り住むことになったと、昨日お見舞いに来たマチルダから教えてもらった。
『生ぬるい……。やっぱり影を』
『やり過ぎよ』
サイラス様が何か呟いたが、マチルダが彼の後頭部を叩いたので、よく聞こえなかった。
あの人の事など、どうでも良いので、深くは聞かなかった。
×××
建国記念祭から20日経って、私はようやく日常生活を送ることが出来るようになった。
明日からマチルダの侍女として、バリバリ働くつもりだ。
「まだ休んでいても……」
「ご心配ありがとうございます。でも、これ以上休むと、仕事のことが気になって、逆に体に良くないです」
サイラス様と気分転換に庭を散歩している。
一人で大丈夫だと言っても、心配だからと付き添ってくれている。見かけはスラッとした体型なのに、エスコートしてくれる腕は服の上でも鍛えられている事がわかる。
「君の真面目なところは素敵だし、尊敬している。だが、根を詰めすぎるのは良くない。とくに、相手の為にと行動しすぎて睡眠時間を削ったり、仕事を請け負い過ぎるのは止めてくれ。君が倒れたとき、本当に心臓が止まるかと思うくらい驚いたし、手を繋いでいないと消えてしまうんじゃないかと、気が気じゃなかった」
「心配をお掛けして申し訳ありません」
仕事を再開すると宣言してから、彼は不満げに小言を言ってくる。
この小言も何度目かしら……。
でも、それだけ心配をさせてしまったのだから、悪いのは私だ。小言はしっかりと受け止めなければ。
不意に彼が足を止めた。
「違うんだ……謝って欲しいんじゃない」
彼の腕に添えていた手に、彼は手を被せてきた。軽くギュッと握られる。
「すまない……君を失うと思ったとき、本当に怖かったんだ」
握られた手から、彼の不安が感じられた。
「ごめんなさい。不安にさせて」
私の手に触れる彼の手に、私も手を添えた。
「あんな無茶はもうしません。サイラス様が心配されるような働き方は二度と致しません。食事、睡眠、休憩は必ず取るとお約束します。だから、許して下さいますか?」
サイラス様の顔がクシャっと辛そうに歪んだ。
「……ダメ。許さない。ちゃんと私のところに帰ってくること。あと、そろそろ敬語をやめること。私の事を『サイラス』と呼び捨てにすること。それから……」
サイラス様は、急にボソボソ言うようになった。でも、私の耳にはちゃんと届いた。
「好きって言ったら、許してやる」
あぁ、どうしよう。
すごい好きだわ。
照れながら、少し不機嫌な顔が、とても愛しい。拗ねてる顔って言えば良いのかしら?
とにかく、可愛らしい……。
「はい。いえ、わかったわ。サイラ、ス……」
自分でもわかった。
名前を呼び捨てにしただけなのに、顔がものすごく熱い。
言葉が途切れそう……。
でも、言うのよ!
「大好きです……」
私を見てたサイラスさ、いえ、サイラスが顔を真っ赤にしている。
私たちはしばらく、二人で顔を真っ赤にしてモジモジ固まっていた。
お義母様が使用人と共に、生暖かい笑顔をしながら声をかけてくれるまで……。
×××
イエルゴート王国で貴族が婚姻する場合、まず王宮に二人の婚約を報告する。国王陛下から祝辞を賜り、家族や親戚、近しい友人を集めて婚約パーティーを開き、国王陛下の祝辞を発表したり、同じデザインの指輪をお互いの薬指に着け合ったり、婚約を皆に宣言する。
婚約指輪はプロポーズの時に準備する人が多く、パーティーが始まる前から装着している人がだいたいだ。
婚約パーティーから3ヶ月~1年以内に結婚式を執り行うのが一般的だ。
結婚式は教会で行い、神の前で永遠の愛を誓い、結婚誓約書にお互いの名前を書いて終了だ。
余談だが、式後は教会の横にある広場で立食パーティーを楽しみ、参列した人々に挨拶や祝福を受けるのだ。
私たちの婚約パーティーは、アルデバイン公爵家の家族と、マチルダやレオン様だけの小規模になった。
私は詳しく聞かされていないが、アルデバイン公爵家の親戚達から『参加したい』と熱烈な問い合わせがあったらしいが、サイラスが丁寧に断ったらしい。
まぁ、王太子と王太女が出席するとなれば、繋がりを求めて参加したい輩は多かっただろう。
とくにマチルダはまだ相手を定めていないので、王配の椅子は魅力的だからな。
建国記念祭が終わって半年後に婚約パーティーを開いた。
まぁ、パーティーと言うよりは会食だったけど、気心の知れた人達だけなので、とても楽しい会食が出来た。
結婚式は、婚約パーティーから4ヶ月後に王都の教会で行うことになった。
その時に実の両親・マルマーダ伯爵夫妻と弟・ダッセルも参加してくれることになった。
祖国を出て初めて対面するので、嬉しくて仕方がない。
「問題ない。自宅で出来るような仕事しか振らないよう、調整してきたからな」
アルデバイン公爵家の私の部屋で、サイラス様は優雅にお茶をしながら書類を確認している。
現在、私は約二週間、ベッドから降りることを禁じられている。
あの夜、私はテラスで意識を失ってしまったらしい。サイラス様とテラスに出るまでは覚えているんだけど……。
その話をしたら、サイラス様が落ち込んでいたわ。何かあったのかしら?
テラスで倒れてから約2日間、私は寝ていたそうだ。医師からは『過労』と『睡眠不足』と診断された。
建国記念祭に向けての準備や、自然エネルギーの研究成果をまとめたり、マチルダの負担軽減の為に代行した業務や、書類の要点を押さえたメモの作成やそれに紐付ける資料集めなど、寝る間も惜しんで働いていたわ……。
ヘンリー王とダンスをする苦行のあと、サイラスと合流したので、張り詰めていた緊張が一気に切れて、熱が急上昇し、倒れたんだろう。
で、向こう見ずな私に怒った……いえ、心配したサイラス様から『回復するまでベッドから出てはいけない』と、強制療養を命じられてしまったわけだ。
お見舞いに来たマチルダとスーザン様に「過保護」と言われてしまった。
そして「この機会にゆっくり休みなさい。仕事はスーザンとロクサーヌで分担するから、心配しないで」と、マチルダの命令も加わり、ゆったりした時間を過ごしている。
そうそう、ロクサーヌちゃんは15歳の『成人の儀』を迎えたので、建国記念祭が終わってすぐマチルダの侍女見習いとして仕える事になった。
イエルゴート王国の貴族学院に在席しながらのお勤めなので、両立は大変だろうに「やり甲斐があります!」と意欲的だ。
将来が楽しみである。
そう言えば、オルトハット国王から賓客として来たあの二人は、あの夜、強制帰国させられたらしい。ブラントは永久にイエルゴート王国に来ないことを誓約書に書かされたそうだ。
あの人は何をしたのかしら?
それから、ブラントは王宮勤めを辞退し、次期公爵の地位を従兄弟に譲り、地方の男爵位を賜って田舎に移り住むことになったと、昨日お見舞いに来たマチルダから教えてもらった。
『生ぬるい……。やっぱり影を』
『やり過ぎよ』
サイラス様が何か呟いたが、マチルダが彼の後頭部を叩いたので、よく聞こえなかった。
あの人の事など、どうでも良いので、深くは聞かなかった。
×××
建国記念祭から20日経って、私はようやく日常生活を送ることが出来るようになった。
明日からマチルダの侍女として、バリバリ働くつもりだ。
「まだ休んでいても……」
「ご心配ありがとうございます。でも、これ以上休むと、仕事のことが気になって、逆に体に良くないです」
サイラス様と気分転換に庭を散歩している。
一人で大丈夫だと言っても、心配だからと付き添ってくれている。見かけはスラッとした体型なのに、エスコートしてくれる腕は服の上でも鍛えられている事がわかる。
「君の真面目なところは素敵だし、尊敬している。だが、根を詰めすぎるのは良くない。とくに、相手の為にと行動しすぎて睡眠時間を削ったり、仕事を請け負い過ぎるのは止めてくれ。君が倒れたとき、本当に心臓が止まるかと思うくらい驚いたし、手を繋いでいないと消えてしまうんじゃないかと、気が気じゃなかった」
「心配をお掛けして申し訳ありません」
仕事を再開すると宣言してから、彼は不満げに小言を言ってくる。
この小言も何度目かしら……。
でも、それだけ心配をさせてしまったのだから、悪いのは私だ。小言はしっかりと受け止めなければ。
不意に彼が足を止めた。
「違うんだ……謝って欲しいんじゃない」
彼の腕に添えていた手に、彼は手を被せてきた。軽くギュッと握られる。
「すまない……君を失うと思ったとき、本当に怖かったんだ」
握られた手から、彼の不安が感じられた。
「ごめんなさい。不安にさせて」
私の手に触れる彼の手に、私も手を添えた。
「あんな無茶はもうしません。サイラス様が心配されるような働き方は二度と致しません。食事、睡眠、休憩は必ず取るとお約束します。だから、許して下さいますか?」
サイラス様の顔がクシャっと辛そうに歪んだ。
「……ダメ。許さない。ちゃんと私のところに帰ってくること。あと、そろそろ敬語をやめること。私の事を『サイラス』と呼び捨てにすること。それから……」
サイラス様は、急にボソボソ言うようになった。でも、私の耳にはちゃんと届いた。
「好きって言ったら、許してやる」
あぁ、どうしよう。
すごい好きだわ。
照れながら、少し不機嫌な顔が、とても愛しい。拗ねてる顔って言えば良いのかしら?
とにかく、可愛らしい……。
「はい。いえ、わかったわ。サイラ、ス……」
自分でもわかった。
名前を呼び捨てにしただけなのに、顔がものすごく熱い。
言葉が途切れそう……。
でも、言うのよ!
「大好きです……」
私を見てたサイラスさ、いえ、サイラスが顔を真っ赤にしている。
私たちはしばらく、二人で顔を真っ赤にしてモジモジ固まっていた。
お義母様が使用人と共に、生暖かい笑顔をしながら声をかけてくれるまで……。
×××
イエルゴート王国で貴族が婚姻する場合、まず王宮に二人の婚約を報告する。国王陛下から祝辞を賜り、家族や親戚、近しい友人を集めて婚約パーティーを開き、国王陛下の祝辞を発表したり、同じデザインの指輪をお互いの薬指に着け合ったり、婚約を皆に宣言する。
婚約指輪はプロポーズの時に準備する人が多く、パーティーが始まる前から装着している人がだいたいだ。
婚約パーティーから3ヶ月~1年以内に結婚式を執り行うのが一般的だ。
結婚式は教会で行い、神の前で永遠の愛を誓い、結婚誓約書にお互いの名前を書いて終了だ。
余談だが、式後は教会の横にある広場で立食パーティーを楽しみ、参列した人々に挨拶や祝福を受けるのだ。
私たちの婚約パーティーは、アルデバイン公爵家の家族と、マチルダやレオン様だけの小規模になった。
私は詳しく聞かされていないが、アルデバイン公爵家の親戚達から『参加したい』と熱烈な問い合わせがあったらしいが、サイラスが丁寧に断ったらしい。
まぁ、王太子と王太女が出席するとなれば、繋がりを求めて参加したい輩は多かっただろう。
とくにマチルダはまだ相手を定めていないので、王配の椅子は魅力的だからな。
建国記念祭が終わって半年後に婚約パーティーを開いた。
まぁ、パーティーと言うよりは会食だったけど、気心の知れた人達だけなので、とても楽しい会食が出来た。
結婚式は、婚約パーティーから4ヶ月後に王都の教会で行うことになった。
その時に実の両親・マルマーダ伯爵夫妻と弟・ダッセルも参加してくれることになった。
祖国を出て初めて対面するので、嬉しくて仕方がない。
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