5 / 22
4話 愛の壊れる音【性的雰囲気有り】
しおりを挟む
私は朝から晩まで下働きメイドとして働いている。
困窮時には毎日やっていた作業だ。
それなりにやっている。
他の使用人達も、仲良くはしてくれないが、蔑んだりはしない。
仕事を手伝ったりしないが、出来ない量を任されることはなかった。
執事長や、侍女長が調整してくれていたのだろう。
助けられない分、無理のないように調整してくれた事に、喜びと心配が募った。
どうか、二人に罰が下りませんように。
彼の誤解を解くには真犯人を見つけるしかないと思うが、屋敷の外に出ることはできず、情報収集も出来ないまま時間だけが過ぎていった。
そんな生活を半月続けた。
ある日、彼は女性を連れて帰ってきた。
胸元が大きく開いた深紅のドレスを身にまとい、妖艶な雰囲気を出す美女だった。
「エリーゼを隣の部屋に待機させろ」
彼は執事長に命令し、夫婦の寝室の隣の部屋に私を押し込めた。
嫌な予感がした。
しばらく、男女の談笑する声が聞こえたが、そのうち女の淫らな声が聞こえてきた。
私は隣の部屋で、愛する旦那様が別の女に愛を注ぐ音を聞かされたのだ。
なんて恐ろしく、残酷なのか…。
他の女性を愛する事で「お前など愛していない」と彼に言われているようだ。
私が彼を愛しているとわかった上で、その愛を土足で踏みにじる。
復讐にはうってつけだ。
「その顔が愛らしいな」
ーーー『君は愛らしいな』
優しかった時の彼の言葉と、知らない女に愛を囁く声が重なる。
結婚式の前に『閨の作法』を教わったが『ベッドに横になり、殿方の愛を受け取りなさい』とよくわからなかった。
でも、今隣の部屋で行われている行為は、私が受けとるはずたった愛だ。
「声をもっと聞かせろ」
ーーー『君の声が好きだよ』
「いいぞ!」
ーーー『愛してるよ』
やめて、壊さないで。
私の愛を壊さないで。
「激しい~」
「それが好きなんだろ」
『好きだよ』
聞こえないように耳を塞ぐが、音は容赦なく響いてくる。
「あーーー!」
「いやーーーー!!」
女の声と、自分の悲鳴がリンクする。
私が受け取るはずだった愛が。
貴方に捧げる愛が。
汚れていく。
私は呆然と涙を流した。この地獄が早く終わるように願った。
やめて、聞きたくない。
聞きたくないの!
よくわからない音と、男女の声が部屋に木霊して聞こえて来る。
のろのろと部屋を出ようとするが、鍵は外から閉められており、出れない。
乱暴にドアノブを回しても、びくともしなかった。最後は力尽きて、扉を背に身を丸め耳を塞ぎ続けた。
どれくらいそうしていたのだろう…。
部屋に押し込められたときは、まだ明るかったが、外はすっかり暗くなっていた。
隣の部屋から人が出ていく音が、微かにわかった。
しかし、顔をあげることもできなかった。
女の笑い声がする。
「奥様が隣の部屋に居るのに、あんなに激しくなさるなんて、罪な方ですね」
「そっちこそ。聞かれてるとわかってて、あんな大声を出していたんだろ?性悪だな。それとも、聞かれているのに興奮してたのか?」
「フフフ、それは旦那様でしょ?あんなに激しいんですもの」
「ハハハ、この後の事を考えると、つい激しくしてしまったんだ」
「あら。あんなにしたのに、今度は奥様とですか?」
「まさか。汚らわしい女に触るわけないだろう。惨めなあいつの顔を見るのが楽しみなだけさ」
「あら酷い。フフ、おかわいそうな奥様。また、ご入り用の際は声をかけてくださいな」
「あぁ、その時はよろしく」
リップ音がした。
私は一度もキスしたことが無いのに。
私の心はズタズタだ。
足音が遠ざかり、また近づいてきた。
鍵の開く音がする。
扉が背を押す。
その拍子に床に倒れ込んだ。
「ククク、無様だな」
彼の声だ。
恐る恐る扉の方を見ると、彼の姿は逆光で黒く見えないが、口元だけはかろうじて見えた。
笑っていた。
「酷い顔だ。このやり方は正解だったな」
なんて残酷なの。
「メイドをさせても、なかなか根をあげないからどうしようかと思っていた。やっと、お前の『その顔』が見れた」
絶望に染まる顔が見たかったのね。
本当、悪趣味。
愛してる心を踏みにじるのが、そんなに嬉しいなんて…。
「明日、やっとあのワイン工房に行ける。そこの購入者履歴にお前の名前があれば、全ての証拠が揃う。ハロルドを殺した、お前の罪を暴いてやる」
彼は笑いながら部屋を後にした。
私は声も出せずに、ただただ涙を流し続けた。
胸が苦しい…。
こんな非道な事をされているのに、この胸に込み上げるのは憎しみや恨みではなく、悲しみだった。
彼の事など切り捨てて、憎んでしまいたい。そうすれば、こんな悲しみなんて感じずに済むのに…。
彼を愛する気持ちが胸を締め付ける。
この愛を消してしまいたい…。
憎しみが愛を塗り替えてしまえばいいのに…。
どうしてこんなに彼を愛しく思ってしまうのだろう。
×××
その後、フラフラになりながらも、自力で部屋に戻った。
だが、着替える気力もなく、そのままベッドに倒れこんだ。
激しい頭痛に倦怠感。
このまま死ぬかもしれない。
いや、死ねたら幸せなのかしれない。
私の脳裏に浮かんだのは、孤児院で子供達と楽しく遊んだ記憶と、愛する旦那様が子供達と遊んでいた光景だった。
困窮時には毎日やっていた作業だ。
それなりにやっている。
他の使用人達も、仲良くはしてくれないが、蔑んだりはしない。
仕事を手伝ったりしないが、出来ない量を任されることはなかった。
執事長や、侍女長が調整してくれていたのだろう。
助けられない分、無理のないように調整してくれた事に、喜びと心配が募った。
どうか、二人に罰が下りませんように。
彼の誤解を解くには真犯人を見つけるしかないと思うが、屋敷の外に出ることはできず、情報収集も出来ないまま時間だけが過ぎていった。
そんな生活を半月続けた。
ある日、彼は女性を連れて帰ってきた。
胸元が大きく開いた深紅のドレスを身にまとい、妖艶な雰囲気を出す美女だった。
「エリーゼを隣の部屋に待機させろ」
彼は執事長に命令し、夫婦の寝室の隣の部屋に私を押し込めた。
嫌な予感がした。
しばらく、男女の談笑する声が聞こえたが、そのうち女の淫らな声が聞こえてきた。
私は隣の部屋で、愛する旦那様が別の女に愛を注ぐ音を聞かされたのだ。
なんて恐ろしく、残酷なのか…。
他の女性を愛する事で「お前など愛していない」と彼に言われているようだ。
私が彼を愛しているとわかった上で、その愛を土足で踏みにじる。
復讐にはうってつけだ。
「その顔が愛らしいな」
ーーー『君は愛らしいな』
優しかった時の彼の言葉と、知らない女に愛を囁く声が重なる。
結婚式の前に『閨の作法』を教わったが『ベッドに横になり、殿方の愛を受け取りなさい』とよくわからなかった。
でも、今隣の部屋で行われている行為は、私が受けとるはずたった愛だ。
「声をもっと聞かせろ」
ーーー『君の声が好きだよ』
「いいぞ!」
ーーー『愛してるよ』
やめて、壊さないで。
私の愛を壊さないで。
「激しい~」
「それが好きなんだろ」
『好きだよ』
聞こえないように耳を塞ぐが、音は容赦なく響いてくる。
「あーーー!」
「いやーーーー!!」
女の声と、自分の悲鳴がリンクする。
私が受け取るはずだった愛が。
貴方に捧げる愛が。
汚れていく。
私は呆然と涙を流した。この地獄が早く終わるように願った。
やめて、聞きたくない。
聞きたくないの!
よくわからない音と、男女の声が部屋に木霊して聞こえて来る。
のろのろと部屋を出ようとするが、鍵は外から閉められており、出れない。
乱暴にドアノブを回しても、びくともしなかった。最後は力尽きて、扉を背に身を丸め耳を塞ぎ続けた。
どれくらいそうしていたのだろう…。
部屋に押し込められたときは、まだ明るかったが、外はすっかり暗くなっていた。
隣の部屋から人が出ていく音が、微かにわかった。
しかし、顔をあげることもできなかった。
女の笑い声がする。
「奥様が隣の部屋に居るのに、あんなに激しくなさるなんて、罪な方ですね」
「そっちこそ。聞かれてるとわかってて、あんな大声を出していたんだろ?性悪だな。それとも、聞かれているのに興奮してたのか?」
「フフフ、それは旦那様でしょ?あんなに激しいんですもの」
「ハハハ、この後の事を考えると、つい激しくしてしまったんだ」
「あら。あんなにしたのに、今度は奥様とですか?」
「まさか。汚らわしい女に触るわけないだろう。惨めなあいつの顔を見るのが楽しみなだけさ」
「あら酷い。フフ、おかわいそうな奥様。また、ご入り用の際は声をかけてくださいな」
「あぁ、その時はよろしく」
リップ音がした。
私は一度もキスしたことが無いのに。
私の心はズタズタだ。
足音が遠ざかり、また近づいてきた。
鍵の開く音がする。
扉が背を押す。
その拍子に床に倒れ込んだ。
「ククク、無様だな」
彼の声だ。
恐る恐る扉の方を見ると、彼の姿は逆光で黒く見えないが、口元だけはかろうじて見えた。
笑っていた。
「酷い顔だ。このやり方は正解だったな」
なんて残酷なの。
「メイドをさせても、なかなか根をあげないからどうしようかと思っていた。やっと、お前の『その顔』が見れた」
絶望に染まる顔が見たかったのね。
本当、悪趣味。
愛してる心を踏みにじるのが、そんなに嬉しいなんて…。
「明日、やっとあのワイン工房に行ける。そこの購入者履歴にお前の名前があれば、全ての証拠が揃う。ハロルドを殺した、お前の罪を暴いてやる」
彼は笑いながら部屋を後にした。
私は声も出せずに、ただただ涙を流し続けた。
胸が苦しい…。
こんな非道な事をされているのに、この胸に込み上げるのは憎しみや恨みではなく、悲しみだった。
彼の事など切り捨てて、憎んでしまいたい。そうすれば、こんな悲しみなんて感じずに済むのに…。
彼を愛する気持ちが胸を締め付ける。
この愛を消してしまいたい…。
憎しみが愛を塗り替えてしまえばいいのに…。
どうしてこんなに彼を愛しく思ってしまうのだろう。
×××
その後、フラフラになりながらも、自力で部屋に戻った。
だが、着替える気力もなく、そのままベッドに倒れこんだ。
激しい頭痛に倦怠感。
このまま死ぬかもしれない。
いや、死ねたら幸せなのかしれない。
私の脳裏に浮かんだのは、孤児院で子供達と楽しく遊んだ記憶と、愛する旦那様が子供達と遊んでいた光景だった。
221
あなたにおすすめの小説
幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。
喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。
学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。
しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。
挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。
パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。
そうしてついに恐れていた事態が起きた。
レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。
【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
【完結】そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして
Rohdea
恋愛
──婚約者の王太子殿下に暴言?を吐いた後、彼から逃げ出す事にしたのですが。
公爵令嬢のリスティは、幼い頃からこの国の王子、ルフェルウス殿下の婚約者となるに違いない。
周囲にそう期待されて育って来た。
だけど、当のリスティは王族に関するとある不満からそんなのは嫌だ! と常々思っていた。
そんなある日、
殿下の婚約者候補となる令嬢達を集めたお茶会で初めてルフェルウス殿下と出会うリスティ。
決して良い出会いでは無かったのに、リスティはそのまま婚約者に選ばれてしまう──
婚約後、殿下から向けられる態度や行動の意味が分からず困惑する日々を送っていたリスティは、どうにか殿下と婚約破棄は出来ないかと模索するも、気づけば婚約して1年が経っていた。
しかし、ちょうどその頃に入学した学園で、ピンク色の髪の毛が特徴の男爵令嬢が現れた事で、
リスティの気持ちも運命も大きく変わる事に……
※先日、完結した、
『そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして』
に出て来た王太子殿下と、その婚約者のお話です。
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜
h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」
二人は再び手を取り合うことができるのか……。
全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。
そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。
死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……
私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。
全部私が悪いのです
久留茶
恋愛
ある出来事が原因でオーディール男爵家の長女ジュディス(20歳)の婚約者を横取りする形となってしまったオーディール男爵家の次女オフィーリア(18歳)。
姉の元婚約者である王国騎士団所属の色男エドガー・アーバン伯爵子息(22歳)は姉への気持ちが断ち切れず、彼女と別れる原因となったオフィーリアを結婚後も恨み続け、妻となったオフィーリアに対して辛く当たる日々が続いていた。
世間からも姉の婚約者を奪った『欲深いオフィーリア』と悪名を轟かせるオフィーリアに果たして幸せは訪れるのだろうか……。
*全18話完結となっています。
*大分イライラする場面が多いと思われますので苦手な方はご注意下さい。
*後半まで読んで頂ければ救いはあります(多分)。
*この作品は他誌にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる