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7話 前伯爵婦人マイヤーの独白(前編)
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~ 前伯爵婦人マイヤー視点 ~
私はマイヤー・ベイリー。伯爵家の一人娘として生を受けた。母は生まれつき体が弱く、私が八歳の時に亡くなった。
父は母を溺愛していたので、その憔悴ぶりは幼い私でも心配になる程だった。そして、そこまで愛された母を誇りに思い、羨ましくもあった。
いつか私も、父と母の様に愛に溢れた、どちらかが亡くなったとき、涙して送り出してくれる人と添い遂げたいと思った。
成長し、私も貴族学園に通う年になった。
その頃には父も立ち直り、母の命日に母との思い出を懐かしそうに、嬉しそうに語ってくれるようになっていた。
父は再婚しなかった。
周りからは『幼い娘には母親が必要だ』と散々言われていたようだが、『私の妻はたった一人だけだ。娘には妻の分まで愛を伝えると、彼女と約束している』と毅然とした、それでいて妻を今でも愛している男の顔で話しているのを、こっそりと見たことがあった。
父と母は私の誇りだった。
貴族学園はとても刺激的で楽しかった。そこで運命の出会いを果たした。
ダリス・バンバリー男爵令息様と懇意になったのだ。彼は下級貴族ではあるが、努力家で勉学に長けていた。
また、貴族学園の生徒会に属していた。
生徒会に入るには、能力はもちろん家柄も重要視されている。下級貴族が属するなんて奇跡に等しい事だった。
彼はよくも悪くも注目の的だった。
一介の伯爵令嬢に彼と縁があるはずなかったが、私は本が好きでよく図書室を利用していた。図書室のある一角に人があまり来ない隠れた読書スペースがあり、ある時彼とそこで出会ったのだ。
学園内で気の休まる場所が無い彼の唯一の隠れ場所だったようだ。
それから何度も彼とそこで会い、他愛ない話で盛り上がった。そして卒業と同時に婚約し、一年後に結婚した。
「生涯君だけを愛し、守ると誓うよ。どうか僕を信じて、貴女の愛を与えてくれないか。マイヤー、愛してるよ」
「ダリス様。私も生涯を貴方に捧げます。二人で幸せな家庭を作りましょ」
とても幸せだった。
結婚して直ぐに娘マリアーナを授かり、父はそれはそれは喜んでくれた。
父が娘を朗らかな顔で抱き上げる姿は、何故か悲しくなるほど美しく感じた。
全てが順調だった。
誇らしい父。
愛する旦那様。
愛しい我が娘。
ずっとこの幸せが続くと信じていた。しかし、幸せは突然壊れた。
娘が6歳の時に父が視察で領地に帰る途中、落盤事故で他界したのだ。
私は悲しみに打ちひしがれた。
食事も喉を通らず、マリアーナに心配されてしまった。母親として不甲斐ないわ。
そして、ふと気がついたのだ。
旦那様がいない事に…。
父の喪が開けた頃から、旦那様は仕事を言い訳にあまり家に帰らなくなった。
嫌な予感がした。
旦那様を信じていない訳ではない。
本当に仕事が忙しいのだと…。
友人の紹介で探偵を雇い、旦那様を探らせたらすぐに報告が上がった。
『ダリス様の幼馴染みで平民の女タバサと同棲している。さらに六歳になる娘がいる』
ショックだった。
マリアーナは今七歳だ。
私の妊娠中。もしくは出産してすぐに浮気をして子供を設けたと言うの?
平民の女?
幼馴染みって…。彼はいつからその女と通じていたの?
え?
結婚前から?
信じられない情報が多すぎて、思考が追い付かない。
私…。私は何年も騙されていたの?
愛してるって…。
これは問い詰めるべき?
でも問い詰めてどうするの?
離婚するの?
嫌よ!出来ない…。
裏切られているのに、彼を失うと思うと胸が締め付けられる。
悲しい…。
恋しい…。
それに、領地経営は父と旦那様がずっと行っていた。離婚して私が引き継ぐなんて出来ない。
経営が傾いたら、領民の生死に関わるわ。旦那様の領地経営の手腕は素晴らしいと父も言っていた…。
彼の心を取り戻す。
これしかない。
×××
浮気の事は何も問い詰めなかった。ただ、伯爵家の財産や権限は、自分が死んだら娘マリアーナに託すこと。またマリアーナに何かあれば全て王家に返還することを裁判所に申し込んだ。
ささやかな仕返しである。
また、疑うわけではないが、私たち親子を殺して伯爵家を乗っ取るのではないかと心配に思ったからだ。
私は旦那様を追い回したり、愛を囁くようにしたが、ますます旦那様との距離ができてしまう。
今までの人生で、誰かにアプローチをするなどしたことがなかった。自分はいつも受け身だったと痛感した。
まったく上手くいかない日々を無意味に過ごしているとき、露店商に『願いを叶える魔法の本』を発見した。
怪しげなローブを着たお婆さんだったが『世界に偶然はないよ。あるのは必然。今日、この時間に貴女がこの店の前を通ったのも必然さ。きっと神様が頑張る貴女を応援しているのだよ』柔らかな声に誘われるようにその本を購入していた。
その本には
『あなたの願いを叶えます。願い事は何ですか。下記に名前と願い事を書きましょう』
と記載があった。他には何も書かれていない。
半信半疑で指示通りに
『マイヤー・ベイリー。ダリス・ベイリーの愛が欲しい』
と記載した。
すると、翌朝ページに変化があった。
『マイヤー様の願いを承りました。本日夜10時、玄関に行きましょう。ダリス様にお帰りの挨拶と、仕事への感謝や体を気遣いましょう』
夜10時。
玄関に行ってみた。
旦那様の帰宅は不定期だ。もし旦那様が帰宅しなかったら、こんな怪しげな本は燃やそうと思っていた。
ガチャ。
玄関ドアが開いた。
旦那様の帰宅だ。
「おや?どうしたんだい?」
「おっ、お帰りなさいませ。こんな遅くまでお疲れ様です。最近お痩せになったんじゃありませんか?あまりご無理をなさらないで下さいね」
旦那様は少し驚いた顔をした後、あの頃の優しい笑顔を浮かべていた。
「ありがとう。マイヤーは優しいね」
私は愚かだ。
笑顔一つで幸せを感じてしまうなんて…。この笑顔をいつまでも見ていたいなんて…。
私はマイヤー・ベイリー。伯爵家の一人娘として生を受けた。母は生まれつき体が弱く、私が八歳の時に亡くなった。
父は母を溺愛していたので、その憔悴ぶりは幼い私でも心配になる程だった。そして、そこまで愛された母を誇りに思い、羨ましくもあった。
いつか私も、父と母の様に愛に溢れた、どちらかが亡くなったとき、涙して送り出してくれる人と添い遂げたいと思った。
成長し、私も貴族学園に通う年になった。
その頃には父も立ち直り、母の命日に母との思い出を懐かしそうに、嬉しそうに語ってくれるようになっていた。
父は再婚しなかった。
周りからは『幼い娘には母親が必要だ』と散々言われていたようだが、『私の妻はたった一人だけだ。娘には妻の分まで愛を伝えると、彼女と約束している』と毅然とした、それでいて妻を今でも愛している男の顔で話しているのを、こっそりと見たことがあった。
父と母は私の誇りだった。
貴族学園はとても刺激的で楽しかった。そこで運命の出会いを果たした。
ダリス・バンバリー男爵令息様と懇意になったのだ。彼は下級貴族ではあるが、努力家で勉学に長けていた。
また、貴族学園の生徒会に属していた。
生徒会に入るには、能力はもちろん家柄も重要視されている。下級貴族が属するなんて奇跡に等しい事だった。
彼はよくも悪くも注目の的だった。
一介の伯爵令嬢に彼と縁があるはずなかったが、私は本が好きでよく図書室を利用していた。図書室のある一角に人があまり来ない隠れた読書スペースがあり、ある時彼とそこで出会ったのだ。
学園内で気の休まる場所が無い彼の唯一の隠れ場所だったようだ。
それから何度も彼とそこで会い、他愛ない話で盛り上がった。そして卒業と同時に婚約し、一年後に結婚した。
「生涯君だけを愛し、守ると誓うよ。どうか僕を信じて、貴女の愛を与えてくれないか。マイヤー、愛してるよ」
「ダリス様。私も生涯を貴方に捧げます。二人で幸せな家庭を作りましょ」
とても幸せだった。
結婚して直ぐに娘マリアーナを授かり、父はそれはそれは喜んでくれた。
父が娘を朗らかな顔で抱き上げる姿は、何故か悲しくなるほど美しく感じた。
全てが順調だった。
誇らしい父。
愛する旦那様。
愛しい我が娘。
ずっとこの幸せが続くと信じていた。しかし、幸せは突然壊れた。
娘が6歳の時に父が視察で領地に帰る途中、落盤事故で他界したのだ。
私は悲しみに打ちひしがれた。
食事も喉を通らず、マリアーナに心配されてしまった。母親として不甲斐ないわ。
そして、ふと気がついたのだ。
旦那様がいない事に…。
父の喪が開けた頃から、旦那様は仕事を言い訳にあまり家に帰らなくなった。
嫌な予感がした。
旦那様を信じていない訳ではない。
本当に仕事が忙しいのだと…。
友人の紹介で探偵を雇い、旦那様を探らせたらすぐに報告が上がった。
『ダリス様の幼馴染みで平民の女タバサと同棲している。さらに六歳になる娘がいる』
ショックだった。
マリアーナは今七歳だ。
私の妊娠中。もしくは出産してすぐに浮気をして子供を設けたと言うの?
平民の女?
幼馴染みって…。彼はいつからその女と通じていたの?
え?
結婚前から?
信じられない情報が多すぎて、思考が追い付かない。
私…。私は何年も騙されていたの?
愛してるって…。
これは問い詰めるべき?
でも問い詰めてどうするの?
離婚するの?
嫌よ!出来ない…。
裏切られているのに、彼を失うと思うと胸が締め付けられる。
悲しい…。
恋しい…。
それに、領地経営は父と旦那様がずっと行っていた。離婚して私が引き継ぐなんて出来ない。
経営が傾いたら、領民の生死に関わるわ。旦那様の領地経営の手腕は素晴らしいと父も言っていた…。
彼の心を取り戻す。
これしかない。
×××
浮気の事は何も問い詰めなかった。ただ、伯爵家の財産や権限は、自分が死んだら娘マリアーナに託すこと。またマリアーナに何かあれば全て王家に返還することを裁判所に申し込んだ。
ささやかな仕返しである。
また、疑うわけではないが、私たち親子を殺して伯爵家を乗っ取るのではないかと心配に思ったからだ。
私は旦那様を追い回したり、愛を囁くようにしたが、ますます旦那様との距離ができてしまう。
今までの人生で、誰かにアプローチをするなどしたことがなかった。自分はいつも受け身だったと痛感した。
まったく上手くいかない日々を無意味に過ごしているとき、露店商に『願いを叶える魔法の本』を発見した。
怪しげなローブを着たお婆さんだったが『世界に偶然はないよ。あるのは必然。今日、この時間に貴女がこの店の前を通ったのも必然さ。きっと神様が頑張る貴女を応援しているのだよ』柔らかな声に誘われるようにその本を購入していた。
その本には
『あなたの願いを叶えます。願い事は何ですか。下記に名前と願い事を書きましょう』
と記載があった。他には何も書かれていない。
半信半疑で指示通りに
『マイヤー・ベイリー。ダリス・ベイリーの愛が欲しい』
と記載した。
すると、翌朝ページに変化があった。
『マイヤー様の願いを承りました。本日夜10時、玄関に行きましょう。ダリス様にお帰りの挨拶と、仕事への感謝や体を気遣いましょう』
夜10時。
玄関に行ってみた。
旦那様の帰宅は不定期だ。もし旦那様が帰宅しなかったら、こんな怪しげな本は燃やそうと思っていた。
ガチャ。
玄関ドアが開いた。
旦那様の帰宅だ。
「おや?どうしたんだい?」
「おっ、お帰りなさいませ。こんな遅くまでお疲れ様です。最近お痩せになったんじゃありませんか?あまりご無理をなさらないで下さいね」
旦那様は少し驚いた顔をした後、あの頃の優しい笑顔を浮かべていた。
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