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8話 前伯爵婦人マイヤーの独白(後編)
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~ 前伯爵婦人マイヤー視点 ~
不思議な本を手に入れてから、少しずつ旦那様との関係も改善しつつあった。以前より笑顔が増えたし、私をちゃんと見てくれるようになった。
しかし最終ページに近づくに連れて、私の体調は悪化していった。
まるで命を吸われているような、そんな感覚だった。
娘が13歳になる頃には、ベッドから起き上がれなくなってしまった。マリアーナが毎日お見舞いに来てくれるのが、とても申し訳なく思ってしまう。
あの本を捨ててしまえばいいのだろうか。そうすればこの体調不良もなくなるのだろうか…。
しかし捨てられなかった。
あの本を捨てる事は、旦那様の愛を捨てるのと同義のように思えてならなかった。
旦那様は毎夜寝室を訪れて、優しい笑顔で私の髪を撫でてくれた。
「とても辛そうだね。君が眠るまで手を握っているから、安心しておやすみ」
優しい旦那様。
私はなんて幸せなんでしょう。
愛する旦那様の側で死ねるなんて、これ以上の幸福はないわ。
今日が最終ページの日。
マリアーナを遺して逝くのは心苦しいが、私はこの幸せを手放すことができなかった。
「旦那様。愛しております。ずっと貴方だけをお慕いしておりました」
涙が溢れて止まらない。
一秒でも長く旦那様の顔を見ていたいのに、涙が邪魔でぼやけてしまう。
「ありがとう、マイヤー」
その言葉を最後に、私の意識は途絶えた。
×××
~ バール視点 ~
哀れな女マイヤーが死んだ。
俺を愛する旦那と錯覚して、徐々に生命力を奪われているとも知らずに…。
時折、暇潰しに下界に干渉して、人間の願いを叶えつつ、対価として生命エネルギーをもらっている。そして、最後には魂を喰らっていた。
この女の魂は悲しみと絶望、そして嫉妬が渦巻く旨そうな色をしている。
俺は舌なめずりをして、取れ立ての魂を食べようとした。
「あなたは誰ですか」
不意に話し掛けられて驚いた。
高位の存在である俺を認識できるほど力を持つ人間はそういない。
ゆっくりと声のする方に目線を向けた。そこにはマイヤーの娘マリアーナがドアを開けてこちらを見ていた。
「お母様に何をしたの?」
愛らしい少女がこちらを睨んでいる。本人は凄んでいるつもりなのだろうが、子猫が威嚇するように可愛いものだ。
さて、どうしよう。
マイヤーの魂を持って立ち去れば良いだけなのに、マリアーナはとても興味深い存在だった。このまま放置していくのはもったいない。
「マイヤーの願い事を叶えたから、その対価をもらいに来たんだよ」
「対価?」
「この魂だ」
マリアーナは目を見開いたのち、俺のもとに駆け寄り、魂を奪おうと手を伸ばした。
「返して!それはお母様のものよ」
俺の体にしがみつき、必死に手を伸ばしてくる。
これは驚きだ。
見えるだけでなく触れるとは…。
「いいや、俺のものさ。願いを叶えてやったんだ。対価を支払うのは当然じゃないか。人間の世界でもそうだろう?」
「返して!」
小娘には話が通じないか…。
ならーーー。
「賭けをしよう」
「賭け?」
マリアーナの動きが止まる。
「嫌よ!今すぐお母様を生き返らせなさいよ」
「魂と体を繋ぐ糸はすでに切れている。生き返ることはない。どうしてもと言うなら、人間の生き血をすする魔物として動かしてやる事はできるぞ。愛する母親を冒涜したいならな」
マリアーナはうつむき、手の拳を握りしめた。
「無理にとは言わない。マイヤーの魂だけ頂いて行くだけだ。愚かな母親が悠久の時を苦しみ続ける事になるがな」
「…わかったわ。賭けに乗る」
思わず口元が歪む。
マイヤーの魂も惜しいが、マリアーナの魂はそれ以上に興味深い。
「なに、大した賭けじゃない。『真実の愛』を見つけるゲームさ」
マリアーナの容姿を『白髪・赤目』に変えて、それでも彼女を心から愛してくれる人を見つけるゲームだ。
条件は2つ。
①二十歳までに見つけること。
②誰にも賭けの事は言わないこと。
「お前が勝ったら、母親の魂は解放して輪廻天性の輪に戻してやるし、変化した容姿も戻してやる。お前が負ければ母親の魂は俺の腹の中に入り、未来永劫苦しみ続け、お前の魂も俺の物になる」
「…真実の愛とは何?どう判断するの?」
フフフ、バカじゃないな。
真実の愛など、実態の無いものを見つけるなど愚かな事だ。
そんなもの当人の主観でしかないのだから。
「そうだな。二十歳の誕生日にお前だけを事故に見せかけて殺しに行く。その時相手がお前を助けたら真実の愛と認めよう」
「…わかった。その賭けに乗るわ」
所詮は13歳の小娘。
真綿にくるまれて育った、真っ白な魂を持つ少女。
不吉な悪魔の容姿に変わった少女に世間は冷たいだろう。今までの仲の良かった友人、恋人でさえ逃げ出すはずだ。
その時君の魂はどうなるんだろう。どう変わって行くのだろう。
楽しみだよ。
悲しみと絶望に染まるのか。怒りと憎しみに染まるのか…。
全ての色が混ぜ合い、その魂を漆黒に染め上げたのなら、なんて美しいのだろ。
不思議な本を手に入れてから、少しずつ旦那様との関係も改善しつつあった。以前より笑顔が増えたし、私をちゃんと見てくれるようになった。
しかし最終ページに近づくに連れて、私の体調は悪化していった。
まるで命を吸われているような、そんな感覚だった。
娘が13歳になる頃には、ベッドから起き上がれなくなってしまった。マリアーナが毎日お見舞いに来てくれるのが、とても申し訳なく思ってしまう。
あの本を捨ててしまえばいいのだろうか。そうすればこの体調不良もなくなるのだろうか…。
しかし捨てられなかった。
あの本を捨てる事は、旦那様の愛を捨てるのと同義のように思えてならなかった。
旦那様は毎夜寝室を訪れて、優しい笑顔で私の髪を撫でてくれた。
「とても辛そうだね。君が眠るまで手を握っているから、安心しておやすみ」
優しい旦那様。
私はなんて幸せなんでしょう。
愛する旦那様の側で死ねるなんて、これ以上の幸福はないわ。
今日が最終ページの日。
マリアーナを遺して逝くのは心苦しいが、私はこの幸せを手放すことができなかった。
「旦那様。愛しております。ずっと貴方だけをお慕いしておりました」
涙が溢れて止まらない。
一秒でも長く旦那様の顔を見ていたいのに、涙が邪魔でぼやけてしまう。
「ありがとう、マイヤー」
その言葉を最後に、私の意識は途絶えた。
×××
~ バール視点 ~
哀れな女マイヤーが死んだ。
俺を愛する旦那と錯覚して、徐々に生命力を奪われているとも知らずに…。
時折、暇潰しに下界に干渉して、人間の願いを叶えつつ、対価として生命エネルギーをもらっている。そして、最後には魂を喰らっていた。
この女の魂は悲しみと絶望、そして嫉妬が渦巻く旨そうな色をしている。
俺は舌なめずりをして、取れ立ての魂を食べようとした。
「あなたは誰ですか」
不意に話し掛けられて驚いた。
高位の存在である俺を認識できるほど力を持つ人間はそういない。
ゆっくりと声のする方に目線を向けた。そこにはマイヤーの娘マリアーナがドアを開けてこちらを見ていた。
「お母様に何をしたの?」
愛らしい少女がこちらを睨んでいる。本人は凄んでいるつもりなのだろうが、子猫が威嚇するように可愛いものだ。
さて、どうしよう。
マイヤーの魂を持って立ち去れば良いだけなのに、マリアーナはとても興味深い存在だった。このまま放置していくのはもったいない。
「マイヤーの願い事を叶えたから、その対価をもらいに来たんだよ」
「対価?」
「この魂だ」
マリアーナは目を見開いたのち、俺のもとに駆け寄り、魂を奪おうと手を伸ばした。
「返して!それはお母様のものよ」
俺の体にしがみつき、必死に手を伸ばしてくる。
これは驚きだ。
見えるだけでなく触れるとは…。
「いいや、俺のものさ。願いを叶えてやったんだ。対価を支払うのは当然じゃないか。人間の世界でもそうだろう?」
「返して!」
小娘には話が通じないか…。
ならーーー。
「賭けをしよう」
「賭け?」
マリアーナの動きが止まる。
「嫌よ!今すぐお母様を生き返らせなさいよ」
「魂と体を繋ぐ糸はすでに切れている。生き返ることはない。どうしてもと言うなら、人間の生き血をすする魔物として動かしてやる事はできるぞ。愛する母親を冒涜したいならな」
マリアーナはうつむき、手の拳を握りしめた。
「無理にとは言わない。マイヤーの魂だけ頂いて行くだけだ。愚かな母親が悠久の時を苦しみ続ける事になるがな」
「…わかったわ。賭けに乗る」
思わず口元が歪む。
マイヤーの魂も惜しいが、マリアーナの魂はそれ以上に興味深い。
「なに、大した賭けじゃない。『真実の愛』を見つけるゲームさ」
マリアーナの容姿を『白髪・赤目』に変えて、それでも彼女を心から愛してくれる人を見つけるゲームだ。
条件は2つ。
①二十歳までに見つけること。
②誰にも賭けの事は言わないこと。
「お前が勝ったら、母親の魂は解放して輪廻天性の輪に戻してやるし、変化した容姿も戻してやる。お前が負ければ母親の魂は俺の腹の中に入り、未来永劫苦しみ続け、お前の魂も俺の物になる」
「…真実の愛とは何?どう判断するの?」
フフフ、バカじゃないな。
真実の愛など、実態の無いものを見つけるなど愚かな事だ。
そんなもの当人の主観でしかないのだから。
「そうだな。二十歳の誕生日にお前だけを事故に見せかけて殺しに行く。その時相手がお前を助けたら真実の愛と認めよう」
「…わかった。その賭けに乗るわ」
所詮は13歳の小娘。
真綿にくるまれて育った、真っ白な魂を持つ少女。
不吉な悪魔の容姿に変わった少女に世間は冷たいだろう。今までの仲の良かった友人、恋人でさえ逃げ出すはずだ。
その時君の魂はどうなるんだろう。どう変わって行くのだろう。
楽しみだよ。
悲しみと絶望に染まるのか。怒りと憎しみに染まるのか…。
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