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三十八話 イザベラの自供 後編
「私の手紙を読まなかったのだな」
アドリエンヌお姉様を呼ぶように言って、一時間も経たずに来てくれた。わたくしを心配して早く来てくれたのかと期待したが、お姉様も事情聴取されていたからだと説明された。
ただ、こんな鉄格子の部屋ではなく、王宮の客室で自由に過ごしていたと聞かされたときは、苛立ちを覚えた。
お姉様が取り調べている騎士や、書記官に軽く声をかけると二人は「手短にお願いします」と、わたくしとは違い、明らかに優しい雰囲気で会話をして退室していった。
「……」
「……」
お姉様は取り調べの騎士が座っていた向かいのソファー近くに来たが、座らずこちらを見下している。態度から『早くしろ』と命令されていると感じる。
「……助けてください」
「断る」
いつもの冷徹な声だ。
お姉様はいつもそう。
常に自分が正しいと傲っている。
傲慢な性格が大嫌いだった。
だから、クズ男のダヴィットと結婚したときは、腹を抱えて笑ったわ。女癖が悪くて、小物のくせに野心は大きい、顔だけの男にお姉様が騙されたのが、可笑しくて仕方がなかった。
末長くクズと一緒にいてほしかった。
だから……あいつがお姉様と別れないように手を貸してあげたのよ。
「……フフ。いくら高潔を売りにしているお姉様でも、ダヴィットお義兄様が公爵家の名前を使って犯罪を犯していたとなっては、困るのではないかしら?」
「……」
お姉様の眉がひそめられた。
「ダヴィットお義兄様はクズよ。人を食い物にして甘い汁を啜るクズ。公爵家の名前を使って土地や店を買って、違法な商売をしているわ。違法カジノ。誘拐した人間の人身売買。殺すこともできる娼館。その場所が摘発されたら、ベルジュ公爵家はおしまいよ」
「ほう……あのクズは私に隠れてそんなことをしていたのか。普段から目を光らせていたんだが、やられたな。だが、なぜお前が知っている。私でも知らないことを」
「そんなことはどうでもいいでしょ。重要なのは、その場所を王宮騎士団に伝えたら、公爵家の名声は地に落ちるし、お姉様だってただではすまないわよ。だから──」
「だから自分を助けろ、と言うことか。話はわかった。だが、助けるにしても条件がある。お前の罪をすべて話せ。まず、なぜお前が知ってる」
お姉様が向かいのソファーに座った。
わたくしの話を聞く気になってくれた。
「ダヴィットお義兄様の事業の収益を、少しもらってるからよ。あの人の悪事を公表しないって口止め料ってこと。あの人が抱える愛人たちの監禁場所も近くにあるわ」
「……」
お姉様が腕を組んだ。
涼しい顔をしているが、きっと内心では穏やかではいられないだろう。
口もとが弛みそうになるのをこらえる。
結婚の条件で『浮気をしない』ことをダヴィットに約束させていた。それほど自分は嫉妬深いと公言したようなものだ。なのに、愛人が何人もいると突き付けられれば、動揺するに決まっている。
「金の受け渡しはどうしてた。銀行口座でやり取りしていたなんてことはないだろう」
「人伝に受け取ってたわ……」
「誰からだ」
ダヴィットの悪事を、知っている限り話した。ダヴィットの実家トレトン伯爵家の関与や、事業協力していた貴族家、商会など洗いざらい話した。
「リリーシア伯爵夫人の殺害計画は?」
「マリアンヌが殺すと決めて、わたくしが最適な方法を教えてあげただけよ。ダヴィットお義兄様が何度か使った手だから、確実だと思ったし、馬車の販売元もダヴィットお義兄様の口添えで早く、安く手に入ったわ」
リリーシア・ブロリーンの件も、こと細かく話をさせられた。
あの女との結婚を阻止するために、ブロリーン男爵家の弱味を握ろうとしたり、事業に圧力をかけようとしたが、エドワードに阻止され、わたくしは領地に追いやられた。
頭に来たので結婚式に参加してやらなかった。母親が参加しない結婚式は惨めだろうと思ったのに、人伝に聞いた限りでは幸せそうにしていたと……
許せない!!
また男爵家、下位の家のくせに、わたくしを差し置いて幸せになるなんて許せない!
リリーシア・ブロリーンは、わたくしが破滅させたフローラ・サンハル男爵令嬢ではないのに、記憶の中でダブって出てくる。
能天気に笑う顔が憎い。
エドワードはナイジェル様の若い頃に似ている。体格は全く違うが、あの女と笑う顔が同じなのだ。心から気を許す、自然な笑顔。
貴族然とした顔ではない、一人の恋人を愛しく思う男性の……
許せない……
許せない!!
ナイジェル様は貴族学院卒業後、破竹の勢いで王宮騎士として名声を上げていった。美しい顔に、男らしい体格。剣技の腕は剣術大会で優勝するほどで、『王国最強の騎士』と称されるほどだった。
ただ、伯爵領は近年山火事がおこり、領地の約半分が焦土となってしまった。復興するのに莫大な費用が必要で、経済が切迫していると聞いた。
没落するのは秒読みだとも言われている彼に、婚約者はいなかった。
だが、同じクラスメイトのフローラ・サンハル男爵令嬢は、ナイジェル様の幼馴染みの妹で、婚約はしていないが、情勢が落ち着いたら彼と結婚すると話していた。
貧乏生活なんて、何の問題もない。少しでも彼を支えられるように頑張るだけよと笑っていた。
サンハル男爵家だって裕福な家ではない。彼女の兄は文官として王宮勤めし、その給料でなんとか生活できていると聞いた。
美しいわけでも、勉学ができる才女でもない。なのに、彼女の周りに人が集まり、皆楽しそうにする。居心地のよい人……
大嫌いだった。
彼女の笑う顔が憎らしくて、ぐちゃぐちゃにしてやりたいと思った。だから、ナイジェル様を奪おうと思ったのだ。
文官の兄は、ときどき王宮のお使いで学院に来ていた。ダヴィットも、理由は知らないが学院で見かけることがあった。そして、クラスメイトの女子が、公爵家に赤子を連れて乗り込んできた事件が起こった。
結婚して二年しか経ってないのに、やらかすのが早いとダヴィットを軽蔑したが、不意にひらめいた。親子鑑定を偽造して、サンハル男爵子息を父親にすればどうなるだろうか。
婚約者でもない、学院に通う未成年の学生を妊娠させたことは、ずいぶんな醜聞だ。サンハル男爵家を貶めてから、ダヴィットに二人を駆け落ちと見せかけて殺させれば、どうなるかしら。
サンハル男爵家の評判はガタ落ち。しかも生活を成り立たせた兄の給料がなくなれば、男爵家なんてすぐに没落するわ。
伯爵家にも圧力をかけて財政難にし、没落寸前に追い込んだあと、経済支援を婚約条件で迫れば……
ことは面白いほど、思惑通りに進んだ。
なのに、ナイジェル様はフローラと密会し、子供まで作っていた。しかもエドワードと同じ歳の男の子で、フローラによく似ている。
こっそり見に行けば、見たこともない幸せそうな顔で、その子供と剣術の稽古をし、フローラと笑いあっていた。
フローラを殺すしかない。
そう思うと、初めから殺しておけばよかったのにと笑えた。
手口は、ダヴィットがやっていた馬車に乗せて失踪したと見せかけて殺すことを採用した。
没落した令嬢。ナイジェル様に囲われていたとしても、誘拐するのなんか簡単だった。
あの日は雨が降っていた。
突き落とす川は増水しているから、馬車もフローラも押し流して、すべてなかったことになるわ。フローラはもともといなかった。跡形もなく消えてくれる。いいえ、消してやるわ。
なのに……
計画は不本意な結果で終わった。
フローラが誘拐されたことに気づいたナイジェル様が、馬車を見つけて彼女を助けようとしたのだ。そして、助ける寸前、土砂崩れが偶然発生し、ナイジェル様もろとも馬車は崖から落ちた。
発見されたとき、彼の頭と足はなく、見つかった頭は顔もわからないぐらい潰され、無惨なものだった。なのに、彼の腕はフローラとその子供を抱き締めていた。もちろん二人は死んでいたが、死体は綺麗な状態だった。
この感情を何て言えばいいのかわからない。
絶望?喜び?失望?喪失?
わからない。
頭が混乱して、何も考えられなかった。
ただ、『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』と叫んでいた自分がいた。
「それで全部か?」
お姉様の声で、現実に戻ってきた。
わたくしは小さく頷いた。
その姿に、お姉様が静かに息を吐いた。
「……リリーシア・ローゼンタール殺害未遂。ナイジェル・ローゼンタールとフローラ・サンハル、その子供の殺害。……残念だよ」
ナイジェル様を殺害したと言われ、胸が締め付けられた。いまだに、この気持ちが何か、わたくしにもわからない。
「……助けてください」
我ながら頼りない声だ。
「……」
お姉様は何も言わない。
視線を上げて、お姉様の顔を見た。
感情がわからない顔だ。そして──
「断る」
と、いい放った。
「お前は罪を償うべきだ」
「やっ、約束が違うわ!助けると言ったじゃない!卑怯よ!」
「助けるとは言ってない『話はわかった』と言ったんだ。情状酌量があればと思ったが、無駄だったな」
お姉様が立ち上がった。
「わっ、わたくしを見捨てれば、公爵家がただではすまないわよ!!」
「望むところだ。罪に問われるなら、潔く受け入れる。夫の監督ができなかった私にも罪はある」
「お姉様!?」
「すべては陛下の判断に委ねる。お前もそのつもりでいろ」
「お姉様!お願い、助けて。助けてください!死にたくない。死にたくありません!」
実の妹を見捨てるのかと、わたくしはお姉様の足にしがみついた。見放されれば、処刑台送りにされる。
「……他に言うことがあるだろう……」
感情をあまり出さないお姉様の、静かな怒りを感じた。
「命乞いの前に、己の罪に対する後悔や、被害者への謝罪が先だろう!」
乱暴に振り払われた。
「お前は……お前の身勝手な嫉妬心、劣等感、自己愛が、多くの人を不幸にしたと、わからないのか?!人の足を引っ張り、人の幸せを、尊い子供の命を奪ったんだ。公開処刑でも生ぬるい!!……もう、死んでくれ……」
怒り?憎しみ?……哀れみ?
複雑な顔で見下された。
そんな顔で見るな……
怒りが体を巡る。
「全部あんたのせいよ!!」
わたくしは叫んだ。
「あんたがわたくしの姉だったから悪いのよ!両親から期待されて、公爵家の後継者ともてはやされて!さも当然な顔をして、わたくしを見下してきたあんたが悪いのよ!あんなクズ男と結婚しなかったら、わたくしは悪事に手を染めることもなかった!そうよ!あの男を公爵家に引き込んだ、あんたが全部悪いのよ!!」
「……」
お姉様はゆっくりとわたくしに近づき、耳元で囁かれた。
「取り調べしていた騎士、見覚えがあるだろう?彼は私の護衛騎士だったんだ。ようやく王宮騎士団の隊長に出世してね。今回ダヴィットの悪事を摘発すれば、更なる昇進ができるだろう。私たちは愛し合っているんだ」
「っ!?」
どういうこと?!
「ダヴィットとの結婚はカモフラージュだ。彼が出世して、私の伴侶になるための権力を手にいれるための時間稼ぎだったんだよ。ダヴィットの女癖が悪いこと、小心者なのに野心家で、腹黒いやつだとわかっていて結婚したんだ。時期を見て離婚するために。知ってるか?初婚は相手の家柄を重要視されるが、再婚は案外緩いんだ。そうそう、娘のマリアンヌは私の子供ではない。私が産んだ子は彼の息子として、立派に成長している。彼と結婚すれば、本当の家族が揃うんだ」
あまりの告白に、言葉が出ない。
辛うじて「マリアンヌは……」と発せた。
「ダヴィットの手つきになったメイドの子だ。私の出産時期と同じだったから、命の保証と金でマリアンヌを譲り受けた。私の子供をあのクズに触られたくなかったからな」
「なっ……なっ……」
「ある意味、『全部私のせい』といったお前は、間違ってないよ」
「こっ、これを公表すれば──」
「誰もお前の言葉など信じないさ。そうそう、化粧台の鏡。あれは透過鏡になっていてな。こちらからは見えず、あちらからは丸見えだ。隣の部屋でこの部屋を監視している。元々は取調室で自殺しないように見張る目的だったそうだが、良い自白が取れただろう」
お姉様がわたくしを抱き締めた。
「お前が私を嫌っていたのは知っていたよ。私もお前が嫌いだった。勝手に破滅してくれてありがとう」
カッとなりお姉様の首を絞めて、押し倒した。
すると、すぐに騎士数人が部屋に入ってきて、わたくしを取り押さえた。
あの騎士がわたくしの口に布を噛ませる。
「犯罪者の妹を思う姉の首を絞めるとは!」
「ベルジュ公爵様。面会は以上でお願いします。自白は十分取れました。陛下も聞いておられましたので、このまま地下牢に連行しろと命令が下りました」
国王陛下も聞いていた?!
「公爵様。大丈夫ですか?」
「ゲホッゲホッ……問題ない。ありがとう」
あの騎士とお姉様が互いを見つめて笑いあった。チラリとお姉様がこちらを見て、うっすらと笑う。
「っ!!!!!」
動物のような唸り声を出すと、首に衝撃を受けて意識が途切れた。
アドリエンヌお姉様を呼ぶように言って、一時間も経たずに来てくれた。わたくしを心配して早く来てくれたのかと期待したが、お姉様も事情聴取されていたからだと説明された。
ただ、こんな鉄格子の部屋ではなく、王宮の客室で自由に過ごしていたと聞かされたときは、苛立ちを覚えた。
お姉様が取り調べている騎士や、書記官に軽く声をかけると二人は「手短にお願いします」と、わたくしとは違い、明らかに優しい雰囲気で会話をして退室していった。
「……」
「……」
お姉様は取り調べの騎士が座っていた向かいのソファー近くに来たが、座らずこちらを見下している。態度から『早くしろ』と命令されていると感じる。
「……助けてください」
「断る」
いつもの冷徹な声だ。
お姉様はいつもそう。
常に自分が正しいと傲っている。
傲慢な性格が大嫌いだった。
だから、クズ男のダヴィットと結婚したときは、腹を抱えて笑ったわ。女癖が悪くて、小物のくせに野心は大きい、顔だけの男にお姉様が騙されたのが、可笑しくて仕方がなかった。
末長くクズと一緒にいてほしかった。
だから……あいつがお姉様と別れないように手を貸してあげたのよ。
「……フフ。いくら高潔を売りにしているお姉様でも、ダヴィットお義兄様が公爵家の名前を使って犯罪を犯していたとなっては、困るのではないかしら?」
「……」
お姉様の眉がひそめられた。
「ダヴィットお義兄様はクズよ。人を食い物にして甘い汁を啜るクズ。公爵家の名前を使って土地や店を買って、違法な商売をしているわ。違法カジノ。誘拐した人間の人身売買。殺すこともできる娼館。その場所が摘発されたら、ベルジュ公爵家はおしまいよ」
「ほう……あのクズは私に隠れてそんなことをしていたのか。普段から目を光らせていたんだが、やられたな。だが、なぜお前が知っている。私でも知らないことを」
「そんなことはどうでもいいでしょ。重要なのは、その場所を王宮騎士団に伝えたら、公爵家の名声は地に落ちるし、お姉様だってただではすまないわよ。だから──」
「だから自分を助けろ、と言うことか。話はわかった。だが、助けるにしても条件がある。お前の罪をすべて話せ。まず、なぜお前が知ってる」
お姉様が向かいのソファーに座った。
わたくしの話を聞く気になってくれた。
「ダヴィットお義兄様の事業の収益を、少しもらってるからよ。あの人の悪事を公表しないって口止め料ってこと。あの人が抱える愛人たちの監禁場所も近くにあるわ」
「……」
お姉様が腕を組んだ。
涼しい顔をしているが、きっと内心では穏やかではいられないだろう。
口もとが弛みそうになるのをこらえる。
結婚の条件で『浮気をしない』ことをダヴィットに約束させていた。それほど自分は嫉妬深いと公言したようなものだ。なのに、愛人が何人もいると突き付けられれば、動揺するに決まっている。
「金の受け渡しはどうしてた。銀行口座でやり取りしていたなんてことはないだろう」
「人伝に受け取ってたわ……」
「誰からだ」
ダヴィットの悪事を、知っている限り話した。ダヴィットの実家トレトン伯爵家の関与や、事業協力していた貴族家、商会など洗いざらい話した。
「リリーシア伯爵夫人の殺害計画は?」
「マリアンヌが殺すと決めて、わたくしが最適な方法を教えてあげただけよ。ダヴィットお義兄様が何度か使った手だから、確実だと思ったし、馬車の販売元もダヴィットお義兄様の口添えで早く、安く手に入ったわ」
リリーシア・ブロリーンの件も、こと細かく話をさせられた。
あの女との結婚を阻止するために、ブロリーン男爵家の弱味を握ろうとしたり、事業に圧力をかけようとしたが、エドワードに阻止され、わたくしは領地に追いやられた。
頭に来たので結婚式に参加してやらなかった。母親が参加しない結婚式は惨めだろうと思ったのに、人伝に聞いた限りでは幸せそうにしていたと……
許せない!!
また男爵家、下位の家のくせに、わたくしを差し置いて幸せになるなんて許せない!
リリーシア・ブロリーンは、わたくしが破滅させたフローラ・サンハル男爵令嬢ではないのに、記憶の中でダブって出てくる。
能天気に笑う顔が憎い。
エドワードはナイジェル様の若い頃に似ている。体格は全く違うが、あの女と笑う顔が同じなのだ。心から気を許す、自然な笑顔。
貴族然とした顔ではない、一人の恋人を愛しく思う男性の……
許せない……
許せない!!
ナイジェル様は貴族学院卒業後、破竹の勢いで王宮騎士として名声を上げていった。美しい顔に、男らしい体格。剣技の腕は剣術大会で優勝するほどで、『王国最強の騎士』と称されるほどだった。
ただ、伯爵領は近年山火事がおこり、領地の約半分が焦土となってしまった。復興するのに莫大な費用が必要で、経済が切迫していると聞いた。
没落するのは秒読みだとも言われている彼に、婚約者はいなかった。
だが、同じクラスメイトのフローラ・サンハル男爵令嬢は、ナイジェル様の幼馴染みの妹で、婚約はしていないが、情勢が落ち着いたら彼と結婚すると話していた。
貧乏生活なんて、何の問題もない。少しでも彼を支えられるように頑張るだけよと笑っていた。
サンハル男爵家だって裕福な家ではない。彼女の兄は文官として王宮勤めし、その給料でなんとか生活できていると聞いた。
美しいわけでも、勉学ができる才女でもない。なのに、彼女の周りに人が集まり、皆楽しそうにする。居心地のよい人……
大嫌いだった。
彼女の笑う顔が憎らしくて、ぐちゃぐちゃにしてやりたいと思った。だから、ナイジェル様を奪おうと思ったのだ。
文官の兄は、ときどき王宮のお使いで学院に来ていた。ダヴィットも、理由は知らないが学院で見かけることがあった。そして、クラスメイトの女子が、公爵家に赤子を連れて乗り込んできた事件が起こった。
結婚して二年しか経ってないのに、やらかすのが早いとダヴィットを軽蔑したが、不意にひらめいた。親子鑑定を偽造して、サンハル男爵子息を父親にすればどうなるだろうか。
婚約者でもない、学院に通う未成年の学生を妊娠させたことは、ずいぶんな醜聞だ。サンハル男爵家を貶めてから、ダヴィットに二人を駆け落ちと見せかけて殺させれば、どうなるかしら。
サンハル男爵家の評判はガタ落ち。しかも生活を成り立たせた兄の給料がなくなれば、男爵家なんてすぐに没落するわ。
伯爵家にも圧力をかけて財政難にし、没落寸前に追い込んだあと、経済支援を婚約条件で迫れば……
ことは面白いほど、思惑通りに進んだ。
なのに、ナイジェル様はフローラと密会し、子供まで作っていた。しかもエドワードと同じ歳の男の子で、フローラによく似ている。
こっそり見に行けば、見たこともない幸せそうな顔で、その子供と剣術の稽古をし、フローラと笑いあっていた。
フローラを殺すしかない。
そう思うと、初めから殺しておけばよかったのにと笑えた。
手口は、ダヴィットがやっていた馬車に乗せて失踪したと見せかけて殺すことを採用した。
没落した令嬢。ナイジェル様に囲われていたとしても、誘拐するのなんか簡単だった。
あの日は雨が降っていた。
突き落とす川は増水しているから、馬車もフローラも押し流して、すべてなかったことになるわ。フローラはもともといなかった。跡形もなく消えてくれる。いいえ、消してやるわ。
なのに……
計画は不本意な結果で終わった。
フローラが誘拐されたことに気づいたナイジェル様が、馬車を見つけて彼女を助けようとしたのだ。そして、助ける寸前、土砂崩れが偶然発生し、ナイジェル様もろとも馬車は崖から落ちた。
発見されたとき、彼の頭と足はなく、見つかった頭は顔もわからないぐらい潰され、無惨なものだった。なのに、彼の腕はフローラとその子供を抱き締めていた。もちろん二人は死んでいたが、死体は綺麗な状態だった。
この感情を何て言えばいいのかわからない。
絶望?喜び?失望?喪失?
わからない。
頭が混乱して、何も考えられなかった。
ただ、『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』と叫んでいた自分がいた。
「それで全部か?」
お姉様の声で、現実に戻ってきた。
わたくしは小さく頷いた。
その姿に、お姉様が静かに息を吐いた。
「……リリーシア・ローゼンタール殺害未遂。ナイジェル・ローゼンタールとフローラ・サンハル、その子供の殺害。……残念だよ」
ナイジェル様を殺害したと言われ、胸が締め付けられた。いまだに、この気持ちが何か、わたくしにもわからない。
「……助けてください」
我ながら頼りない声だ。
「……」
お姉様は何も言わない。
視線を上げて、お姉様の顔を見た。
感情がわからない顔だ。そして──
「断る」
と、いい放った。
「お前は罪を償うべきだ」
「やっ、約束が違うわ!助けると言ったじゃない!卑怯よ!」
「助けるとは言ってない『話はわかった』と言ったんだ。情状酌量があればと思ったが、無駄だったな」
お姉様が立ち上がった。
「わっ、わたくしを見捨てれば、公爵家がただではすまないわよ!!」
「望むところだ。罪に問われるなら、潔く受け入れる。夫の監督ができなかった私にも罪はある」
「お姉様!?」
「すべては陛下の判断に委ねる。お前もそのつもりでいろ」
「お姉様!お願い、助けて。助けてください!死にたくない。死にたくありません!」
実の妹を見捨てるのかと、わたくしはお姉様の足にしがみついた。見放されれば、処刑台送りにされる。
「……他に言うことがあるだろう……」
感情をあまり出さないお姉様の、静かな怒りを感じた。
「命乞いの前に、己の罪に対する後悔や、被害者への謝罪が先だろう!」
乱暴に振り払われた。
「お前は……お前の身勝手な嫉妬心、劣等感、自己愛が、多くの人を不幸にしたと、わからないのか?!人の足を引っ張り、人の幸せを、尊い子供の命を奪ったんだ。公開処刑でも生ぬるい!!……もう、死んでくれ……」
怒り?憎しみ?……哀れみ?
複雑な顔で見下された。
そんな顔で見るな……
怒りが体を巡る。
「全部あんたのせいよ!!」
わたくしは叫んだ。
「あんたがわたくしの姉だったから悪いのよ!両親から期待されて、公爵家の後継者ともてはやされて!さも当然な顔をして、わたくしを見下してきたあんたが悪いのよ!あんなクズ男と結婚しなかったら、わたくしは悪事に手を染めることもなかった!そうよ!あの男を公爵家に引き込んだ、あんたが全部悪いのよ!!」
「……」
お姉様はゆっくりとわたくしに近づき、耳元で囁かれた。
「取り調べしていた騎士、見覚えがあるだろう?彼は私の護衛騎士だったんだ。ようやく王宮騎士団の隊長に出世してね。今回ダヴィットの悪事を摘発すれば、更なる昇進ができるだろう。私たちは愛し合っているんだ」
「っ!?」
どういうこと?!
「ダヴィットとの結婚はカモフラージュだ。彼が出世して、私の伴侶になるための権力を手にいれるための時間稼ぎだったんだよ。ダヴィットの女癖が悪いこと、小心者なのに野心家で、腹黒いやつだとわかっていて結婚したんだ。時期を見て離婚するために。知ってるか?初婚は相手の家柄を重要視されるが、再婚は案外緩いんだ。そうそう、娘のマリアンヌは私の子供ではない。私が産んだ子は彼の息子として、立派に成長している。彼と結婚すれば、本当の家族が揃うんだ」
あまりの告白に、言葉が出ない。
辛うじて「マリアンヌは……」と発せた。
「ダヴィットの手つきになったメイドの子だ。私の出産時期と同じだったから、命の保証と金でマリアンヌを譲り受けた。私の子供をあのクズに触られたくなかったからな」
「なっ……なっ……」
「ある意味、『全部私のせい』といったお前は、間違ってないよ」
「こっ、これを公表すれば──」
「誰もお前の言葉など信じないさ。そうそう、化粧台の鏡。あれは透過鏡になっていてな。こちらからは見えず、あちらからは丸見えだ。隣の部屋でこの部屋を監視している。元々は取調室で自殺しないように見張る目的だったそうだが、良い自白が取れただろう」
お姉様がわたくしを抱き締めた。
「お前が私を嫌っていたのは知っていたよ。私もお前が嫌いだった。勝手に破滅してくれてありがとう」
カッとなりお姉様の首を絞めて、押し倒した。
すると、すぐに騎士数人が部屋に入ってきて、わたくしを取り押さえた。
あの騎士がわたくしの口に布を噛ませる。
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国王陛下も聞いていた?!
「公爵様。大丈夫ですか?」
「ゲホッゲホッ……問題ない。ありがとう」
あの騎士とお姉様が互いを見つめて笑いあった。チラリとお姉様がこちらを見て、うっすらと笑う。
「っ!!!!!」
動物のような唸り声を出すと、首に衝撃を受けて意識が途切れた。
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