「俺の子じゃない」と言われました

ともどーも

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四十三話 真犯人は (ソフィア視点)

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 一目散に駆け出していったオーウェンを、カインと二人で見送った。
 本当、世話が焼けるわ。

 オーウェンは昔からお人好しだった。
 幼い頃、父親を殺すために冒険者ギルドの無料剣術教室に通っていたときに彼と出会った。そういえば、あの頃から力だけはバカみたいに強かったわ。力加減を間違えて、カインとか他の練習生を吹っ飛ばしてたわね。
『悪い!すぐに医務室に連れていくよ!』
 そう言ってお姫様抱っこをするから、男の子たちは『やめろー!』って真っ赤になっていたわ。
 ふふっ。
 本当、可笑しかった。バカでアホだけど、優しくて、良いヤツで、すぐに仲良くなったわ。

 あの日、オーウェンやカインがいなかったら、私は父親に殺されていただろう。
 家に入ると、頭から血を流した母さんが倒れていて、あいつは部屋を家捜ししていた。おそらく、母さんがこっそり貯めている金を奪おうと争いになったんだろう。
 母さんの姿を目にしたとき、目の前が真っ赤に染まったようになり、あいつへの殺意が体を支配していた。
 だけど、冒険者ギルドで剣術を習っていても、八歳の子供だ。練習用の木剣ではあいつを倒すこともできず、あっという間に捕まり、馬乗り状態で首を絞められた。
 そんなとき――
『やめろ!!』
――と、オーウェンがあいつの股間を蹴りあげたのだ。バカ力のオーウェンの蹴りだ。玉が潰れてもおかしくない。案の定、あいつは白目を剥いて私の上に倒れてきた。
  
 その後、オーウェンとカインが下敷きになった私を助け出してくれた。
 それから、カインは医者を呼んでくると駆け出し、オーウェンは先日習ったロープによる捕縛術であいつを縛り上げてくれた。

『大丈夫だ。カインがすぐに医者を連れてくる。俺たちを信じろ!』
 母さんの止血をしながらガタガタ震える私に、オーウェンは力強く『大丈夫だ』と何度も励ましてくれたのだった。

 オーウェンには本当に感謝している。
 恥ずかしながら、私の初恋はオーウェンだった。告白はしなかったけど……。
 だって、バカでお人好しなあいつは、誰にだって同じ様にお節介をしていたのだ。あいつの『特別』になることはできないと、早々に理解をしたのよね。
 
「うまくいくといいな」
「そうね」

 隣に立つカインは優しい目で、オーウェンが向かった先を見ている。
 出会った当初は陰険で、世界中が敵だって警戒心剥き出しの嫌なヤツだったのに、いつの間にかオーウェンのお節介に感化されて、今では頼れる旦那様になった。

 そっとカインの手を握る。
「ん?どうした?」
 驚きながらはにかむ顔がかわいいのよね。
「なんとなく、手を繋ぎたかったの」
「なんとなくって。たくっ……かわいいやつ……」
 最後はボソボソ言っているから聞こえなかったが、耳を真っ赤にしてるから、何かキザな言葉でも呟いたのだろう。

「この後はどうするんだ?事務所に帰るのか?」
「いいえ。行くところがあるのよ。カインは?少しは付き合える?」
「別にかまわないが、どこに行くんだ?」
「最後のお礼参りよ」


 ◇◇◇


「おはようございます」
 喪服を着た女性に話しかけた。
 ここは平民の共同墓地で、墓標代わりに植えられた木の下には、数十人が一緒に弔われている。木は均等に並べられ、美しい並木道になっている。
 木の品種は『サクラ』と言うらしく、東方の国から輸入しているらしい。春になるとピンクの花が咲き、それは見事な光景だと有名な場所だ。

「テイラーさん」
 伯爵家で掃除婦をし、リリーシアの兄ブライアンが伯爵家に潜り込ませたスパイだ。今回の審議会での証拠集めを積極的に行ってくれた、いわば戦友のような人だ。
 彼女はチラリとこちらを見たが、またサクラに視線を戻した。
 時期ではないから、サクラは咲いていない。

「……よくわかりましたね。私がここにいると」
「まぁ、探偵ですから」
「さすがね。それで、私にご用ですか?」
「王都を離れられると聞いたので挨拶に」
「それはご丁寧に」
 彼女はこちらを向き、軽く微笑んだ。
「教会に入られたとか」
「えぇ。もう歳ですし、家族もおりませんので。残りの人生は女神様にお仕えしたく思いまして」
「配属先は、北の孤島の修道院を希望していると聞きました。とても厳しい所で、行けば戻れない所だと聞いていますが、何故そんな所を?」
「人手不足と聞いたので、私で力になれるならと志願しただけですよ」
「そうですか。素晴らしいことですね。だけど、寂しくなりますね。フローラ様が」
「……」
 にこやかに話していたテイラーさんの表情が固まった。
 
 彼女の名前は『テイラー』ではない。
「ディーラ・サンハル前男爵夫人。フローラ様のお母様ですね」
「……」
「北の孤島の修道院は、イザベラが行く監獄。貴女の復讐はまだ終わらないのですね」
 彼女は何も答えず、サクラの方を向いた。
「イモージェン・ウエストに計画の手紙を書き、魔法スクロールを準備したのは、貴女ですね」
「……」
「安心してください。別に貴女を捕まえに来たわけではありません。まぁ、捕まえるに足る犯罪を貴女は犯していないのだから、当然ですが」

 そう。彼女がことの発端であっても、罪に問うほどの証拠がない。
 イモージェンが証言した『計画』が記された手紙は見つかっていない。おそらく、テイラー、いや、ディーラが処分したのだろう。冒険者ギルドに預けられた魔法スクロールの出所も、王宮騎士団が全力で探したが、誰が作ったのかもわかっていない。ただ、わかっているのはかなり古い魔法スクロールで、紙質から20年以上前に作られたことぐらいだ。
 証拠がなければ、今の王国の法で彼女を裁くことができない。
 彼女は一石を投じるだけで、三人の女性を手玉に取り、その手中で転がしたのだ。
 とんだ策士ね。

「これは私の憶測で、証拠もなければ、確かめるすべもない。魔法スクロールの製作者は二十三年前に行方不明、いえ、亡くなった貴女のご子息、マイルス様ですね。当時、魔法の素養があると確認された貴族学院の生徒は、授業の一環で魔法スクロールを作っていた。魔法局に鑑定依頼したら、素人作品で、描かれた魔法陣が粗いから書いたのは子供の可能があると言われました。そして『髪を染める』術式には、本来『白髪を』と指定する設定があった形跡がありましたが、うまく作用していなかったので全体が指定した髪色に染まったそうです。マイルス様はお優しい方だったんですね。貴女か、サンハル前男爵様を思って書いたのでしょう」
 マイルス様の話をすると、ディーラは悲しそうに微笑んだ。

「……主人は若白髪が多くて、よく老けて見えていたわ。定期的に髪を染めるから、髪の量も減ってきて『いっそ、スキンヘッドにしてしまうか』と笑っていたけど、あの子が自慢げに『父上の髪は俺が守る』って……。そんな主人もあの子が行方不明になってすぐ病に倒れ、サンハル男爵家は没落。フローラと二人で必死に生きてきた。そして……九年前にフローラも……。ナイジェル様は残酷な方よ……マイルスの行方不明がイザベラの謀略で、あの子は亡くなっていると……教えてくれたの。そしてイザベラの罪を暴き、あの女に鉄槌を下すと。それなのに結局はフローラと共に……」
 彼女はサクラを見上げる。

「……貴女に同情はします。イザベラに復讐することを私は止めません。だけど、リリーシアは関係なかったでしょう」
 ディーラの肩が震えた。そして、ゆっくりとうつむいた。
「それこそ、娘のアリアは祝福されるはずだったのに、愛し合う夫婦の間に生まれ、幸せに暮らせるはずだった。それを貴女が奪ったのよ」
「……申し訳なかったと思っているわ。イザベラがリリーシア様にフローラを重ねているとわかって……あの女の罪を白日のもとにさらし、心の支えにしている『高位貴族の品格』を貶め破滅させる絶好の機会が来たと……。復讐心を優先させた。弁明はしないわ。ダヴィット・ベルジュ。イザベラ・ベルジュの死を見届けたら、どんな罰でも受ける覚悟よ。リリーシア様が私の死を望むなら喜んで死ぬわ」
 真剣な瞳に、彼女の言葉は嘘ではないと思えた。ただ、彼女は勘違いをしている。いや、現実を見ていないとわかった。

「リリーシアは誰かの死を望みませんよ。もう過去のことと、前を向いているんです。貴女がリリーシアに悪いと思うなら、二度と彼女に関わらないでください。謝罪もしないでください。それが貴女の贖罪です」
「……わかったわ」
 彼女は目を伏せて答えた。
「では、失礼します」
 私は踵を返して歩き出し、墓地を出た。

「ソフィア。大丈夫か?」
 墓地を出たところでカインが話しかけてきた。心配しているようだ。
「大丈夫よ。腹が立ったけど、いろいろな意味で可哀想な人だと思って、言葉を呑み込んだだけ」
 ディーラは自分を誤魔化している。
 イザベラの死を見届けたら死んでもいいと言ったが、それは逆だ。イザベラが死んだら彼女は生きていけない。復讐を成し遂げたら彼女に生きる気力は残らない。『裁かれて死にたい』が本音だろう。

「彼女は、これから一生イザベラを追うことになるわ。毒杯になったことは一部の関係者しか知らないし、イザベラが死んだと正式に書面になるのは、きっと人々の記憶から消える十数年後でしょう。彼女は修道院に来ないイザベラを待ち続け、最悪、死んだことを知らないで亡くなるでしょうね」
「そうだな……。確かに、可哀想かもな」
「だからといって、イザベラの刑罰が毒杯になったなんて教えないわ。王妃様からリリーシア以外他言無用と言われてるし、教える義理もない。せいぜい、一生をかけて償えばいいのよ。じゃないとリリーシアもアリアも、死んだ三人も浮かばれないわ」
「……産婆、見つかったのか?」
「先日、冒険者ギルドから連絡があったわ。森の中で獣に食い荒らされた産婆の死体があったそうよ。体の一部は見つかってないって……。本当、誰も幸せにならない最低な事件だったわ……」
 やるせない思いが胸を占める。
 不意にカインが頭を撫でた。
「ソフィアは最善を尽くしたよ。それに、遅かれ早かれリリーシアさんはイザベラたちに陥れられていただろう。最悪、死んでいた。人の命や幸せな家庭が奪われ、最低な事件だったが助かった命もある。そうだろう?」
「そうね……」
「なんだ?弁護士、辞めたくなったか?ソフィアにとっては人生初の大事件だから、ビビったか?」
 からかうような声色だ。
 彼が慰めよう、元気付けようと言っているのがわかる。
 本当、不器用ね!

「な~に言ってんのよ!」
 カインの背中を思いっきり叩いた。
「いっ!」
 ちょっと力が強かったみたい。
 てへっ!
「そんなわけないでしょ。私は弁護士よ。一人でも多く、弱い立場の人を助けるのがお仕事なの。さっ、事務所帰って、殺到してる案件を片付けますか」
「それでこそ、ソフィアだな」
 彼は自身の背中をさすりながら、優しい顔をした。
 本当、素敵な旦那様ね!
 私は力強く歩き出した。
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