【完結】フィクション

犀川稔

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1話 恋side

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 桜咲く季節。新しい教室で芦野恋あしのれんは不機嫌な顔で外を眺めていた。
「新学期始まって初日だって言うのにしけた顔してるなよ。」
 恋の背中をポンと叩くと仲川雄大なかがわゆうだいは窓の縁に腰掛けた。
「君の友が花粉症で辛がってるんだよ。優しく労わってついでに目を交換してあげてよ。」
 恋はため息をついて顔を机に突っ伏して頭を掻いた。
「あーお前目が痒くなるタイプの人だったな。小学生の頃も花粉症のせいで痛くて泣いてたのに、周りが本当に泣いてるのかと思って寄って集って慰めてたのガチでオモロかったもんな。」
「思い出すなよ~。結構本気で辛いんだよ。薬切れてるの忘れる痛恨のミ...ス。」
 話ながらふと廊下に目を向けると一瞬時が止まった気がした。綺麗な金髪に整った横顔。桃色の桜が相まってまるで被写体になっているようだった。彼は今年同じクラスになった赤城尊あかしみことだ。1年の頃からその目立つ容姿と顔立ちということもあり、彼の周りには人が集まっていた。だから嫌でも彼のことは知っていたし、自然と周りの人の会話の中でも上がっていた。
 しかしクラスも違った彼とは交わることもなく、顔を合わせることもなかった。そんな人間を実際に目に入れた時、こんなにもなんとも言えない気持ちになる自分に1番驚いた。
「え、何?突然の無言はやめろよ。」
 ぼーっと廊下を見つめる恋に仲川は声をかける。しかし恋の耳には何も入ってこずただ静かに見つめていた。
 そしてこの気持ちが恋だと自覚するのに時間はそうかからなかった。ただこうして見ているだけで、この気持ちを表に出すことはきっとないのだと思っていた。6月の梅雨入りに訪れたあの激しい雨の日までは。

「なかなか止みそうにないよな。」
 自分の心を見透かしたように背後から声をかけられた。振り返るとそこには赤城が立っていた。
「あ。えっと、そうですね。こんな天気じゃ、てるてる坊主も効果なしって言うか。もはや水で溶けて輪ゴムだけになる的な...。いやそもそもそんな子供じゃあるまいし作らないですよねそうですよねハハハ...。」
 いきなり声をかけられ戸惑い、訳の分からないことを言ってしまった。終わった。絶対何言ってんだこいつって思われた。続いた沈黙の時間にただただ消えてしまいたいとも思っていた恋に赤城が歩み寄る。
「芦野ってよく喋るんね。クラスでは聞き役に徹してるの見かけるからびっくりしたわ。つか、てるてる坊主は久しく作ってないわな。あとどうでもいいけどなんで敬語なの?」
 赤城の口はマスクで見えないが目もとだけで笑っているのがわかる。赤城が笑ってくれたおかげか恋は落ち着きを取り戻してゆっくりと口を開いた。
「あ、赤城はまだ帰ってなかったの?」
「うーん。帰る気ではいたんだけどね。渡り廊下歩いてる時ここの理科室見えて芦野残ってるの見えたから来て見たって感じ。」
 正直驚いた。確かに同じクラスではあるけど、遅刻欠席常習犯で陽キャ代表みたいな赤城が自分のことを認知してくれていて、しかもその自分を見つけてわざわざここに来てくれた。そんな夢みたいなことあっていいものなんだろうか。
「イケメンは言うこともやることもかっこいいんだな。ただの雑用だよ、特に予定もなかったし先生の手伝いしてた。雨で憂鬱だったし...。少しでもこの間に弱まって帰る頃小雨になるの期待してた。」
「あー。そう言う感じね。また誰かに仕事押し付けられたのかと思って様子見に来ちゃったよ。」
「...え。」
 静まり返った理科室に外の雨の音だけが響き渡る。いつも見ててくれてた...?そんなこと聞けるはずもなく、なんと言っていいのか分からず口をモゴモゴさせている恋に赤城はこう続けた。
「あんな熱い視線向けられて気づかない方がどうかしてるよ。俺になんか言いたいことあるんでしょ?俺芦野の前の席だから黒板見えづらいとか?あー、もしくは休み時間俺の席に人集まってくるのうざいとか。気を遣って言わないでいてくれてるかもだけど言ってくれないとわからな...。」
「違う。」
 咄嗟に赤城の声を遮ってしまった。突然の大きな声にびっくりしながらも赤城は恋の頭を撫で優しく微笑みかける。
「落ち着いたらでいいよ。いつでも大丈夫だから。教えてくれるとうれしいかな。」
 まるで自分を包み込むかのような優しい声で彼は話した。その声で僕は一気に力が抜けた。
「あー、好きだ。」
 心の中で何回も言った言葉。
「え。」
 赤城が手を止めて恋を見つめた。
「...ん。え...あ。いや今のは違くて。」
 ぽろっと出た言葉に自分でもびっくりして必死に取り繕う。引かれた。馬鹿にされる。気持ち悪いと思われたかもしれない。机の上に置いていたカバンを手に取ると慌てて理科室を出ようとした。入口のドアまで来た時に赤城に手を引かれ壁に押し付けられた。
「どう言う意味。」
 さっきとは違った冷たく低い声で投げかけられた言葉に息が詰まりそうになる。
「違くて。さっきのはほんの冗談で。」
 必死に絞り出した言い訳をした後顔をあげると軽蔑じゃない。忌み嫌うわけでもない、この顔は僕も知っている。校内で赤城が彼女だ思われる人と言い合いをしている時にしていた顔だ。
 違う。僕はそんな顔を赤城にさせたいわけじゃない。嫌われるかもしれない。明日からもう視界に入ることもないかもしれない。それでも僕は彼にこの気持ちを伝えたい。きっと長々と言っても薄っぺらく聞こえてしまうから一言で。
「赤城、好き。」
 壁に抑えられた手が震えて、それが赤城にも伝わってしまうんじゃないかと思った。今だけは彼の瞳の中には僕だけが映っている。もうその事実だけで十分すぎるくらい幸せで嬉しくてなんの後悔もなかった。
「付き合おうか。」
 少し時間が空いたあと赤城から出た言葉。
 僕は無言で首を縦に振っていた。雨の音が遠く聞こえてくる。きっと僕はそんな音なんてどうでもいいと思えてしまうくらいこの恋に必死だったんだと思う。
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