ノンフィクション

犀川稔

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10話 素直になれない恋人

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 自分でも狡いと思う。あの時は怖い思いをしたからきっとそばにいた俺を好きになっただけ。言わば「吊り橋効果」であって、きっと今の千隼くんからしたら今の俺は単なる兄貴の友達にすぎない。でもそれを本人にはっきり聞いてしまったら、そのままこの関係が終わってしまう気がして必死になって関係を取り持とうと思っている自分が情けないし女々しくて仕方ない。
 置いていった紙切れだって千隼くんが聞いたからと言うのは建前で本当は、ただ俺のことをもっと知って欲しかった。千隼くんがおれのバイトのことを聞いてくれた時も正直にやけが止まらなかったし、あっちは全然そんなつもりじゃないんだろうけど俺のこと意識してくれてるとか勝手に舞い上がって調子に乗りそうになる。ただ今の俺らの丁度いい距離感はこのくらいなんだろう。今日最後の千隼くんの態度でそれがはっきりわかった。きっとあっちはこれ以上の恋人らしいことは望んでないんだろうしならそれに俺が合わせればいい。......ちょっとと言うか大分俺にとっては物足りないけどここでガツガツして嫌われるくらいなら耐える方がマシだ。

 連絡のない千隼くんのL◯NEのトークを開いては閉じてを繰り返し気づいたら俺は家に着いていた。
「秋冬、おかえり。今日は飯田いいださんが肉じゃがを作ってくださったみたいなの。誰かと一緒に食べたくて連絡したんだけど迷惑だったかしら?」
 家政婦が作っていった料理に火を入れながら話しかける母親に「大丈夫だよ。」と新山は返すと、自分に部屋に荷物を置きにいった。
 そしてカバンを置いてリビングに戻りと明るい表情を取り繕って母親と何食わぬ顔で会話を弾ませた。
 食べ終え風呂に入りにいこうと新山は携帯を手に取ると、千隼からの不在着信を目にし慌てて電話をかけ直した。
「もしもし!千隼くん?ごめんね、電話取れなくて。何かあった?」
 焦ったように早口で話をする新山の声を聞いて千隼が笑った。新山が千隼の意図を掴めずにいると一呼吸置いた後千隼が話をした。
「新山さんって見た目の割に結構真面目だよね、ギャップありすぎて面白いからいいけど...。メモ見たよありがと。あとバイトの日も把握しておきたいからわかったら教えてほしい。」
 千隼の言葉を聞いた新山は無意識に笑みが溢れた。
「うん...うん、わかった。週末には来月のシフト出るからそしたら送るね。」
 また千隼も優しい新山の声を聞いて悩んだ末、あの話も持ち出した。
「......あとおれたちもう付き合ったんだから今後他の女と二人で会うとかもやめてね。」
 そう言い放った千隼の言葉に「もちろん。」と新山が返すと千隼はその後何も言い返さなかった。
「ごめん、今からお風呂入るから電話切っちゃうけどまたなんかあったらL◯NEして。できるだけ早めに返すから。」
「うん、おれももう今日は早く寝るから。おやすみ。」
「そっかそっか、うん。ゆっくり休んでねおやすみ。」
 最後まで明るく話をする新山に流されるように電話を切ると千隼はベットに倒れ込んだ。
「......あー、なんであんな優しんだろ。でもなんか...うーん、なんとなく......新山さんってたまに本心が見えない時あるんだよな......気のせいかな。」
 そう独り言のように呟くと「おれもお風呂入ろ。」と千隼は一階に向かった。

 電話が切れた後、暗い顔を携帯に向けると千隼からきたクマの可愛いスタンプを見て新山はまた笑顔を取り戻した。
「......大丈夫、今日もちゃんと俺は俺でいられてる。」
 両頬を叩き、顔を上げると急いでシャワーを浴びた。

「お前さ、弟に必死すぎじゃね?俺らの前と全然別人じゃん。」
 昼休みに周りが席を外している時に佐々木が俺に言った。
「うるせぇな。可愛い子には甘くなるのが俺の愛し方なんだよ。」
「いや普通にキショいしないわ。」
「...ほっとけ。」
 俺が佐々木の足を蹴ると佐々木は小馬鹿にしたように笑って周りが帰ってきたらのを境に話は逸れていった。
 ぼーっとしてると話題は巡りに巡ってまた恋愛の話に帰ってきていた。
「......赤城もそう思うべ?」
 この手の話題を毛嫌いする赤城にわざと話を振ると佐々木はニヤニヤと笑みを浮かべた。なんとなく俺も赤城に目をやると赤城は呆れたようにため息を吐いた後口を開いた。
「...結局は好きな相手がどうして欲しいかじゃない?そいつが自分だけに優しくして欲しいならそうするし、みんなに優しくって望むならそうするよ。」
 赤城の回答に俺含め誰もが目を丸くした。普段は「怠い」とか「めんどくさい」とか言って流す赤城が意外と真面目にしかも筋の通ったことを言うから俺は黙っていられなくなった。
「お前なにがあった?もしかして恋人でもできた?」
「まあ、好きなのかもな。」
 一同が一斉に声を上げる中、赤城はその反応に満足そうな顔をしてその場を去っていった。
 俺は驚いたと同時に赤城の言っていた言葉が頭から離れなかった。
 ......相手がどうしてほしいか、...か。
 俺は騒がしくする一同を置いて、急いで赤城の後を追った。

「な、なぁ...赤城。」
 追いついた俺が後ろから声をかけると鬱陶しそうに赤城は振り向いた。
「さっきの話なんだけどさ...。」
「......悪いけど誰かって聞きたいなら言わないよ。もしその相手とどうにかなっても俺は周りに言う気ないしね。」
「いや、そう言うことじゃなくてさ...。」
 話を躊躇する新山に「いや、はっきり言ってくれんとわからんて。」と赤城が言うと新山は腹を括ったように口を開いた。
「お前ならさ、もし自分の嫌いな自分の方が素だとしたらそっちの自分を相手に見せようと思うか?...やっぱ今、上手くいってんなら本当の自分隠して付き合ってる方がいいんかね。」
 パッとしない言い方をする新山の質問に少し考え込んだ後何かを察したように赤城は顔を上げ新山の方を見た。
「それは俺に聞くことじゃないくない?...いやわからんけどさ、そういうのって阿吽の呼吸というか相手との温度で決めることであって第三者が口出しできるもんじゃないでしょ。そもそも結局は自分の中だけで決めたことなんてただのエゴでしかないしそんなの相手からしたら知らんがな案件でしかないよ。まぁ手取り早いのははっきり相手に聞いちゃうことなんじゃない?ぶっちゃけそのまま偽って一緒にいたところで自分で自分の首絞めんのは変わりないけどね...ってえ、何これ。めっちゃ寒い話すぎじゃね。今のなし、馬鹿みたいに語った俺めっちゃ恥ずいからあいつらに言わないでね。」
 そう言い残すと「じゃーね。」と言って赤城は去っていった。
 悔しいけどめちゃくちゃ腑に落ちた。聞いててあいつに惚れかけたし、あいつがモテる理由が2割くらいわかった気がした。
 ......話そう、ちゃんと。それでありのままの俺を好きになって、もっと知ってほしい。上手くいくかなんてわからないけどそれでも俺は千隼くんにわかってほしい。
 新山は深く息を吐くと携帯を開き、千隼に連絡を入れた。

「今度話したいことがある。」
 その文面に全ての気持ちを込めて俺は送信ボタンを押した。
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