あの店に彼がいるそうです

片桐瑠衣

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体を売るなら僕に売れ

体を売るなら僕に売れ07

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 車に乗る。
 もう車内の香りには慣れた。
 類沢からも同じ匂いがするし。
 シートベルトを引く。
「痛みは?」
「え?」
 トンと自分の鎖骨を叩く。
「傷だよ」
「ああ。大丈夫ですよ、ほ……」
 ほら、と触った瞬間激痛が走った。
 体を曲げて堪える背中をさする。
「……バカなの?」
「痛い、ん、ですよっ」
 だが、否定できない。
 バカだ。
 まだかさぶたにもなってない。
 皮膚が焼けるって大変なことなんだな。
 発進する。
 真夜中の歌舞伎町。
 テーマパークかってくらいに明るい。
 まだまだ眠らない。
「類沢さん、アフターはないん」
「断ったに決まってるだろう」
 絶句してしまう。
 え、いいのか、と。
 ハンドルを切りながら、類沢は続ける。
「客より仲間が大事だからね」
 うわ。
 惚れそうになった。
 俺は顔を押さえる。
「ナニしてんの」
「いや……カッコイいなって」
 類沢は口の端だけで笑った。

 三十分くらいか。
 小さな診療所に着いた。
 訂正する。
 見かけは全く診療所じゃない。
 大学生が借りそうなアパート。
 小さなアパート。
「ここ……ですか」
 コートを引き寄せ、尋ねる。
「そうだよ。シエラお抱えの闇医者ってところかな。栗鷹診療所」
「へぇ……」
 玄関を開けて、目を見開いた。
 廊下には担架や医療器具が整然と並んでいる。
 パタンとドアが閉まる。
 靴を脱ぎ、二人は一番近くの扉の中に入った。
「ドクター、いる?」
 奥から足音がやってくる。
「……その声は雅だな」
 さっき確認した。
 栗鷹悠。
 三十後半位の男。
 細い。
「今来客中だよ」
「患者?」
「いや……家内の友人だ」
 類沢が顔をしかめる。
 その頬に美しい指がかかる。
 突然背後に現れた女性。
 バッと振り返る。
 指の主が爪を噛みながら悪戯っぽく笑う。
「やだわ。そんなに警戒しちゃって。固いわよ、み・や・び」
「酔ってますね、鏡子さん」
 えへへと首を傾ける。
 悠の妻だ。
 若い。
 長い黒髪を弄りながら、俺を見つけて近づく。
「ん~、この可愛い子はだれ?」
「新入りです。怪我をしましてね」
 鏡子があっと口を開いて、類沢を流し見る。
「ちゃんと守んなきゃダメじゃん。新入りは苛められるのよ」
 凄い。
 類沢が圧されている。
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