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しおりを挟む「千早さんの、見た目より真面目なところ…好き。我慢して…頑張って」
「なん、えらい自信持ってんね…珍しい」
知佳のことだから「期待しないでください」とか「大層なものは持ってませんから」などと自虐でも言うのかと思っていたのにその台詞、千早はなかなかに驚いている。
「ふふっ…腰が当たらないようにしてくれてた…男の人って大変ですね…」
「バレてたか」
「こんなのでも女性だと認識して下さって…ありがたいです」
「自信持ちぃな、チカちゃん…」
そして相変わらずの自己評価と自信の低さ、安定の自虐。
「でも正直、」
「「勿体ぶるようなものじゃないんですけど」」
「って言うんやろ?」
二人の声がハモり、知佳は目を丸くした。
「っ…」
「言うと思たよ、当たりや、やったね」
「悟られてる…すごい」
ちなみにパターンは決まっているので、彼女と親しい者は大概悟っている。
「ひひっ……チカちゃん、俺はあんたに興奮するから。でも待てるし、焦らへんよ。いろいろ…カップルらしいことしていこ」
「はい、ふふっ……あ、エステとか行ったほうがいい?」
「任せるわ……チカちゃんすまん、ちょっとは照れてくれ…」
知佳は振り切れれば性の理解と下ネタへの耐性が強かった。千早としては助かるが、もう少し恥じらってほしいとも感じた。
「すみません…昼間は割と平気で…」
「ほな、その顔見せてえな」
「い~や~」
無理やり剥がした両手を退かせれば露わになった顔は耳まで真っ赤で、
「なんや虚勢かい」
と千早は笑い、知佳の唇に再度唇を這わせるのだった。
・
「大体ね、松井さんにだって選ぶ権利があるって。私みたいのが『何かされるかも…』なんて警戒するのは滑稽ですよ、滑稽滑稽」
二人は並んでベッドへ横たわり、知佳はうつ伏せでスマートフォンをいじり、千早は本棚から拝借した漫画を仰向けで読む。
「烏骨鶏……いや、わからへんやん…ある日突然意識するかもしれんやろ?なんでもなかったのに急に……て」
「なるほど」
それなら分からなくもない、なんせ、知佳が千早への好意を自認したのもいきなりのことだったのだから。
「あ、意識したらあかんよ、急にクるかもわからんし…」
「無いでーす……あん、もう…」
急に背中を叩かれて手元が狂い、知佳はプレイしていたゲームのコマンド選択を間違えてしまった。
「なに、負けた?」
「負けてないけど…あー…なに…くすぐったい」
「チカちゃん、色っぽい声も出せんねんな、もっぺんお願いよ」
千早は知佳の背中をコチョコチョとくすぐり、漏れ出る甘い声にニタニタと下衆く笑う。
「ばか…っふ♡」
「『馬鹿』はあかん、『阿呆』言うて。な、チューしよ、ん、」
関西においては"あほ"は罵倒というよりは親しみの言葉らしい。知佳も住んで長いのでそれくらいは存じているが、積極的に使う事はあまり無かった。
「もう……………あほぉ……言いづらい。ばか」
「傷付くやんか、ほれ、慰めのチューして、彼氏を安心させてぇな…んム」
知佳はうるさい口へちゅっと蓋をして、「あっち向いて、」と千早の体を動かして短くなった髪の上に腕を置く。まるで抱き枕、同じ方向を向いて横になり、男の後ろ頭には肉の塊が惜しげもなく当てられた。
「しばらく黙ってて下さい」
そして枕元のスマートフォンを掴み、千早の頭上でゲームを再開する。
「ひどない?……おっぱい頭に当たってんのにええの?恥じらいはあれへんの?」
「はいはい」
しばらくピコピコとプレイ音が鳴り、どうやら勝ったらしい知佳はセーブをしてスマートフォンから手を離し、千早の頭を撫でる。
「チカちゃん…胸大きいやん…何カップあんの、教えてよ」
「CとかDとか…そのあたり?」
「は?そんな曖昧なん?」
「いや、測ってもらうの恥ずかしいから…適当で…」
人見知りの弊害はここにも、下着売り場には「サイズ測ります」と掲示がしてあるのに知佳は声をかけられず何となくセルフ採寸で下着を選んでいた。
「はぁ、姉さんに今度聞いてみよ、手伝ってくれると思うで?」
「恥ずかしいじゃん…」
「肉が逃げるよ、ちゃんとキープせな…ん♡」
なるほど本来より小さめの下着でがっちり固めているのか、せっかくのおっぱいだというのに柔らかさが足りない気がする。千早はぐりぐりと頭を捩って擦り付けてはそのような感想をもつ。
「しかしなんのサービスやの…チカちゃん…3ヶ月待つ言うてんのに…興奮してまうやんか」
「私も…スキンシップ…したい時はあるんです…ハードル上がるのも困るけど、待ってる間に飽きられても嫌だし…」
「飽きひん…自信持ってよ…」
定期的な餌付け、千早は悔しいがあと2ヶ月それで楽しめるならそれでもいいと思っていた。セックスはゴールではない、将来を見据えた付き合いの通過点のひとつに過ぎないのだ。
「持てないなぁ…いつ振られるかってハラハラしちゃう」
「謙遜もやり過ぎは卑屈やで…先のことは分からへんけどや、今の幸せには自信持ってよ。俺の気持ちまで疑わんとって」
「うん…」
「それか先に結婚する?したら安心する?俺の苗字あげるよ」
なんて素敵なプロポーズ、しかしながら卑屈な知佳には届かない。
「結婚してもいい人か見極めないと…」
「腹立つなぁ、もう」
千早は素早く体を回して顔を胸元に埋め匂いを嗅ぎ、背中のブラホックを服の上から外そうとして頭を叩かれた。
・
その夜。
「チハヤ・チカ。音と韻が被ってて…微妙?」
「ええやん。早よう嫁に来てよ」
千早は調理をする知佳をリビングの炬燵から眺めてはニタニタと微笑む。
夕飯も手作り、メニューは千早のリクエストで肉じゃがである。
「短期間で燃えた恋って、燃え尽きるのも早いって言うよねー」
「こっちが惚れてるからっていい気になりなや、卑屈ばっか言うてたら嫌いになんで」
「しょぼーん」
知佳はジャガイモを切りながら淡々とそう口にし、作業の手を止めなかった。
なのでまさか本気にされたか?と千早の方が慌てて立ち上がり
「う、嘘やん。ならへん、ならへんで」
と宥め…しかし知佳の表情を見れば、ふに落ちない顔でまた腰を下ろす。
「千早さんって、亭主関白系?」
「俺?…分からへん。まともな恋愛はしばらくぶりやし…不器用やから家事は苦手やな。嫁さんに任せると思うわ」
「それは、仕込み甲斐がありますね」
キッチンからは油の跳ねる音がして、炊飯器からも湯気と炊き上がり直前の米の匂いが立ち込めた。
「実家は豚肉で肉じゃがしてて…それも美味しかったなぁ」
「へぇ。今日は牛?」
「うん。千早さんの好みで作るから、味の感想は正直にお願いします」
「そら嬉しいわ」
美味しいと言えば「調味料の力よ」と返すのだろう?千早は知佳の言動を予想して対策を練る。しかしその予定調和も掛け替えのない触れ合いなのである。
「うん、美味い。飯も美味いしイモに味が染みてて美味い。チカちゃん、上手やで」
「農家さんと醤油メーカーさんに感謝ですねぇ……何笑ってるの」
「いや?…予想通り過ぎて。…ひひっ」
その調味料を分量も確かめずに目分量で投入してこの味を出せるのだから充分に実力だろうに…自信を持たせるにはまだ時間がかかりそうだ。
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