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3月

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 ある程度落ち着いて、残りの食料とグラスを持って二人はリビングの方へ移り、ソファーにひとり分の間隔を開けて並んで腰掛けた。

 正面のテレビにはバラエティ番組が流れ、特にリアクションするでもなく画面を見つめたまま会話を再開する。


「センチメンタルになっちゃったんですね、まだこれからじゃないですか…恋愛もできますよ、」

「私はいいのよ、松井くんはどうなの?新しい出会いとかないの?」

「ない、ですね…」

こっちに回ってきたか…ヘビーな経験談の後に薄っぺらい恋愛感の話などできるわけがない。

 そもそも松井はそれらしい恋愛をしてきていないのだ。

「出世欲も無いし…老後とか考えないの?」

「んー…生涯販売員で…何も遺さず死んで行きますよ」

「ええ……向上心とかないの?」

決して無気力なのではない、松井はできもしない希望野望を語って達成できないことを恐れている。

「ありますよ、貯金はしたい…痩せたい…売り上げ1位をキープしたい…うん…でも僕…媚びへつらうとかできないから、上にゴマすったりできないんですよ」

「私だってしてないわよ…」

「1回昇進話を蹴ったら、僕の代わりにゴマすり上手な奴がコーナー長に就任しました。上司はソイツばっかり可愛がるし指名客は盗られるし…でも実力不足だったのか期待に応えられず系列店に飛ばされましたよ。使い捨てされるなんて御免です」

酔いに任せて松井は昔の話をゆっくりと聴かせた。

「今から…『教えてください!』って姿勢で物事を吸収していく気力が無いんですよ…プライドが高いんです…恋愛だってそうですよ、『さしすせそ』が言えないんだから…もっと…若いうちに…当たって砕けたりしとけばよかった…」

「え、もしかしてチェリーなの?」

返事を聞く前から、確信している奈々は目をまん丸にして驚く。

「……そうですよ、ええ…」

「へぇ…意外…でもないか、失敗したくないんだもんね、機会を逃しちゃったまま年取っちゃったのね」

「そう…です…よ…」

こういう反応を取られるからどんどん機会を逃していくのだ、年齢を重ねる毎に言い出しにくくなっている。

「んー……風俗とかは?」

「恥ずかしいから無理です」

「それを乗り越えるんじゃない…一時の恥を躊躇ためらってどうすんのよ」

「笑われたくないんです」

 哀れに思われたくない、施されるような性行為ならむしろしたくない。

 守ってきた童貞と共に朽ちる所存…は言い過ぎだが、今さらヘラヘラと女性を買う自分の姿を想像するだけでも羞恥で耐えられないのだ。

「笑わないわよ、お客さんなんだから…」

「いっそ、機械とかロボットが相手ならすぐできるのに…」

「松井くん、それはエッチじゃなくてオナニーよ」

確かに夢の機械かもね、奈々は疲れた大人の妄想にツッコミを入れつつどんなものか想像まではしてあげる。

 人型か、アームの先がオナホールになった無機質な金属の塊か…いずれにしてもそれで童貞を卒業したことになるのかは甚だ疑問である。


「はぁ………もっと若い時に酔った勢いとかで…どうにか…なったり…すれば良かった…」

「互いに同意じゃなきゃダメよ…よしよし、話だけならいくらでも聞いてあげるからね、」

「フロア長…優しい……ふー…」

松井はいよいよ酔いが回ってコテンと横に…ソファーの背もたれを伝って奈々の肩へ頭をつけた。

「わ、大丈夫…?おーい…あ、寝てる…?」
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