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4月

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 金庫室には作業中の陽菜子と金庫番勉強中の愛花が詰めており、松井は仕切りをノックしてから中を覗いた。

「作業中にごめん、いいかな」

「はい、松井さん…どうされました?」

「ヒナコ、アイカ、あのー……歓送迎会な、余興とか…副店長がやれって言ってて…派手なやつ……嫌だよな?」

「地味でも嫌ですけど……それ、聞いて来いって頼まれたんですか?」

陽菜子は元気の無い松井の身の方を心配して眉をしかめる。

「まぁね…みんなの意見次第…というか断るつもりだけど…」

「あんまり言いたくないですけど、ハラスメント紛い…というか抵触してるので、副店長発信のそういうのはしたくないです」

「うん、分かった。上手いこと丸め込んでみるよ」

 松井はホッとしたように笑い、しかしため息混じりに金庫を離れて事務所を出て行った。


「…アイカちゃん…松井さん、大丈夫かな…」

「うん…パワハラとも言い難い…?副店長を通報しちゃえる証拠とかあればいいんだけど……近付きたくないしね…」

「うーん…」

残された2人はかつてなく重い表情の松井の様子に不安を覚える。





 1階の商品管理室はもう無人になっていて、松井はパソコンを堂々と借りて名簿の作成を再開した。

 本店のスタッフは外部委託や派遣も加えれば100人を超える大所帯、メーカー販売員やアルバイトの主婦達は不参加だとしても半数の50人は集まるだろう。

「大体、なんなんだよ…女子が歌って踊る余興って…いやらしいな…」

プリンターの電源を入れて出力し、松井は独り言も躊躇わず通常の声量で口に出す。

「みんな、いっそ不参加なら…なんてね…」


 2枚に分けた全員分の出欠表を持って松井は再び3階へ上がり、事務所の扉へテープで貼り付けてから駐車場へ降りた。





 自宅までの15分程の運転中、松井はやはり歓送迎会の事を考えていた。

 副店長は異様に胸に執着している様子、奈々に関しては馴れ馴れしくも際どいラインの発言をしてきている。

 踊れば奈々の胸は大きく揺れる事受け合い、想像するに容易いしそれを眺める副店長の鼻の下を伸ばした下衆な顔だって簡単に思い浮かぶ。

「チッ…」


 副店長が彼女の名前を口にした時に一気に頭に血が上り、あの弛んだ頬を殴り付けそうになっていた。

 喧嘩などしたことはない松井は、人に対してこんな思いを抱くことに心底驚いていた。
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