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6月

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 彼は自分から別れを切り出すなんてできないだろう。

 自然消滅か…するならこっちからね、都合良く姐さんぶる奈々はじんわり滲む涙を隠れて拭いて、松井の食べ終わりをソファーで待つ。


「…ごちそうさまでした」

「はーい」

「何か面白そうなものあります?」

「ん?なに?」

「テレビ、もうすぐ深夜帯だから」

「あ、そうね、んー…」

 食器をシンクへ置いた松井は奈々の隣へ座り込み、

「食事して2時間は寝られませんから…こうしてましょう」

と豆鉄砲を喰らったような女の顔をまじまじと見つめた。


「なんですか?帰ると思いました?」

「え、うん…さっきの、実質別れ話かなって…」

「みくびらないで下さい、エッチしたんだから僕はナナさんに責任を持ちたいです」

「いや、そんな堅苦しい…」

 座高は同じくらいだが松井は深く座って奈々の肩をぎうと抱き寄せ、

「あのね、僕はステレオタイプの家庭しか知らないんです。両親がいて子供がいて、っていう…親戚にも離婚した人はいないし、世間知らずで恥ずかしいんですけど自分の家族の価値観ってほんと昔ながらの典型的なやつなんです」

と語り出す。

「うん…?」

「男の子が家を継いで女の子はお嫁に出て、みたいな…僕はひとりであれこれするのが好きだから実家はすぐそこだけどひとり暮らししてて、でもいずれは実家に戻るんだろうなとか考えてたんです」

「そう、」

「社会に出て色んな人に会って…色んな境遇の人に会って…多様性も分かったつもりになってたんです、理解あるつもりで。でもナナさんは中でも一番僕の世界を変えたっていうか…壊すというか掻き回すというか」

「失礼ね…ん♡」

 至近距離で顔を見合わせれば自然と目が閉じる、二人は一旦ここで酸味のある口付けを交わした。

「ん…実感、体感したんです……うーん…なんだろ…僕はナナさんから離れたりしません。ナナさんが僕に飽きたら仕方ないですけど」

「…旭くん」

「事実婚でも内縁でもいいです、気持ちが続く限り、一緒に居たいです」

「……」

「元々僕もひとりで何も残さず死んでいくって覚悟はしてたし…ナナさんと付き合ってから選択肢が増えて夢見ちゃったけど…一緒に台所に立って、仕事して、うん…していけたらいいかな」

 無理な角度で回した腕はぷるぷると震えてきつそう、しかしそこから伝わる振動には彼の不安や覚悟、ちょっぴりまだ虚勢も含まれている気がして…奈々はつい吹き出してしまう。

「ふふっ……あ、ごめんなさい、内縁なんて提示されたの初めてだから…あはは、恋人よりワンランク上な感じするわね」

「はい…てかナナさん、この前は僕に『リードして欲しい』みたいなこと言いませんでした?なのに僕が上から目線になるのが嫌とかどうなの」

「だから、無闇に威張られるのは嫌いなの、絶対的に逆らえないならしょうがないけどォ」

「ふーん…体格はどうにもならないなぁ…腕力も自信無いし…まぁいいや…僕、今夜は帰らないよ」

「……あ…」

 腕を解いて脇腹に回して、

「先を考えずに…考えてるけど…今の関係が楽しくて好きだから…僕はナナさんを離さない」

と同じ目線の高さで伝えれば奈々はまたうるうると涙腺が緩んだ。

「旭くん…」

「どしたの」

「うれしい、のォ…そこまで…考えてくれる人、いながっだ、がらァ…」

 泣き顔は幼気に見えるんだな、はらはら溢れる涙は少し滲んだだけで落ちない化粧とミスマッチでどこか可笑おかしく感じる。

「年齢的なこともあるでしょ、20代ならあんまり老後まで考えないかも。だからやっぱり僕らは今出逢ったのがベストだった」

「うんっ…うんっ…」

「ナナさん、泣き顔が子供っぽくて可愛い」

「やだァ…ふェ…」

「ナナちゃん、もうシャワーも浴びてることだし、寝ようか」

ちゃん付けすれば輪をかけて幼く見える、松井は荷物を拾って奈々の手を引いた。

「ゔ、んっ……旭くん、だ、抱いてェ…」

「いいよ、待ってね、一応持ってきたんだ…勘違いしないでね、何があるか分かんないから持ち歩いてるんだよ、これ目的で来てるわけじゃないからね」

 鞄の底から出したのは真新しいコンドーム、目の下を手で拭いた奈々はキョトンとして

「ゴム?要らないわよ」

と不満げに唇を尖らせる。

 それは避妊の必要が無いから、そして彼女は剥き身の温かさ・感触が単純に好きだったからなのだ。

「んー…ありがたいけど…これは誠意だから…ナナさんを大切にしたいっていう…計画的にしてるっていう…うん、まぁ使い切るまでは着けさせて、」

「うん…ありがとう…」

 欲に塗れた男からは耳にしたことの無かった言葉、大切だから数ミリ離れる、奈々はひと昔前のそんなキャッチコピーを思い出してキュンとなった。
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