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しおりを挟むそしてそれから2時間半ほど長岡は遥について回り、やはり何も買わずに薄暗い街へ立体駐車場から車を出した。
「んでディナーな、何の店?二人で2万飛ぶってことはフレンチとかか?」
遥がカーナビに入力してくれたのは近隣番地の情報だけ、長岡は音声だけ聞きながら車を走らせる。
「んー、ホテル内の創作フレンチ?的なやつって聞いてる」
「ん?お前も詳しくねぇのかよ…はぁ…そこもリア充で溢れてんのか」
「どうだろ…大人の味だろうね」
「…呑むか?」
しばらく禁止されていた酒を勧められて、助手席の遥は眉尻を下げて
「いいの?」
と聞き返した。
「その…ワインとか付き物だろ…俺は運転するから吞まねぇけど…ほどほどなら呑んでもいいぜ、ほどほどにな」
「うん…ありがと」
「…これを左……これか…ん?…これ…月極じゃねぇの?契約者が来たら面倒だな……わ、」
カーナビの案内通りの番地、個人用と思われる月極駐車場へ着けた長岡は、その隣の建物を見上げて絶句する。
「………『ホテル・プリンスロード』……あれ?」
スマートフォンを確認した遥も、西洋のお城を模したホテルの外観をフロントガラスから同様に見上げて頓珍漢な顔をした。
「……明らかにラブホじゃねぇか…ここでディナーすんの?引くわ、さすがに引く」
「違う、ここで待ち合わせって言われて…あ、」
「は?」
長岡はとりあえず、月極よりはマシかとラブホテルの駐車場へと車を入れる。
「イチから話せ。場合によっては絶交だ」
エンジンを切り冷えつつある車内で、長岡は遥の方も向かずにシートへもたれ掛かる。
「あの…ケルホイのね、彼から連絡が来てね、」
「おっ前…まだ繋がってたのか⁉︎」
「違う、着拒はしてたんだけど知らない番号からだったから出ちゃって…『また会いたい、忘れられない、本当はホテルマンなんだ』って言われてね」
「はぁ」
「私が今日ならいいよって言ったら『ホテル内のレストランでディナーでもしようよ、美味しいところがあるんだ』って話を進められちゃってね」
「はぁ、」
「それで今夜…ここで待ち合わせてたの…すぐそこのグランドホテル、そこが職場なんだけど従業員駐車場はこの番地だからって…マップの画像だけ後で送られてね…」
遥が表示したメールには確かに今のこの地点に印の付いた地図画像が添付されている。
80メートルほど離れた『皇路グランドホテル』にも丸が付いていて、隣接のここラブホテルの建物名は不自然に加工され消されていた。
「はぁ、つまりここで待ち合わせてグランドホテルでディナーってことか?なんで職場で待ち合わせしねぇの?」
「…車で移動するのかな…私の車はさっきの月極に置かせるつもり?」
「……んでさぁ…お前は何なの?俺とケルホイを鉢合わせさせてどうするつもりなの?」
長岡は眩しいスマートフォンの画面を消して取り上げ、ずいと乗り出して遥へ凄む。
おめかしをさせて金を与えて、リア充デートだと煽てていい気にさせて…そこに何の目的があったのか。
「ごめん、あの………バシッと…言って欲しかったの、」
「何を」
「ん…『こいつは俺の女だ、二度と連絡してくるな』って…あの人に…言って欲しかったの…それで溜飲が下がるっていうか…ザマァ見ろって…思えるから…」
「…迷惑料ってそういうことか」
「うん…ごめん…でもあの、やっぱいい…すっぽかすだけでもちょっとはダメージあるだろうし…ごめんなさい…」
嘘をついてヤリ捨てされた、問い詰めて傷を負わされた。最低な男への逆襲のチャンスが訪れて遥はどうやって懲らしめてやろうかと考えに考えたのだ。
そして先日長岡を誘おうと決意して訪問したらデリヘルとブッキング、まさかの現場を目撃することになり計画は折れかける。
しかし彼はそこまで怒らなかったし酒と料理の力も借りて交渉成立、本当の目的は当日のこの時間まで黙っておくことで昼間はそれなりに楽しい時間を過ごせたのだ。
「………ふー………待ち合わせって何時よ」
「18時30分…あの、」
約束の時間まではあと少し、長岡は遥のスマートフォンで時刻を確認してから
「もうちょいか……金は受け取っちまったからよ、付き合ってやるよ…」
と返してやった。
「本当⁉︎ごめん、ありがとぉ…」
「ただな、俺と並んで立ったからってケルホイが悔しがるか?どうせそいつイケメンなんだろ?俺でどうにかなんの?」
「…今日の直樹、カッコいいよ。てか元が悪くないんだから…真っ直ぐ立ってすましてればいいよ…車も…いい感じだし」
「あ、お前それで俺にしたのか、とことん汚ねぇ奴だな!」
普段から冴えないモテないと罵るくせに恋人役に彼を指名したのはそれ…目当ては長岡の車、1年落ちの左ハンドル、つまりは輸入車である。
とは言っても遥は車種やグレードなどは詳しくない。ただ見慣れた国産大衆車とは違うスタイルと派手なエンブレム、そういったものにステータスを感じるのだ。
「ごめん。この車カッコいいし…やっぱ高級外車ってハクがつくから」
「…そこまで高級じゃねぇけどよ…」
10年ローンのマイカーを褒められればそれなりに嬉しかった長岡ははぁとため息を吐き、
「馬鹿だねぇ…」
と重ねて遥を睨んだ。
「ごめん…」
「…違ぇよ、最初から頼んでくれりゃあ喜んでノったのによ」
「え、そう?」
もしゃもしゃと髪を掻いた後で「しまった」と整え直して、長岡は
「調子乗った奴をギャフンと言わせんだろ?楽しいじゃん」
と歯を見せ嗤う。
「性格悪いのね」
「お互いさまね……念のため動かしとくか…」
長岡はいざとなったらすぐ逃げられるようにおそらく従業員用と思われる駐車場へと車を移動させ、斜め向かいに停められた車輌に注目し
「なぁ、アイツさ、車は何乗ってたの?」
と尋ねた。
「え、なんだっけほら…ほら、あんな、………あ、あれケルホイの車!」
遥はその高級ブランドのエンブレムの付いた車輌を指して叫ぶ。
「マジで?」
「ナンバーが合ってる……なんでここに停めてあるんだろ?グランドホテルの従業員用駐車場ってここなのかな?貸してるのかな?」
んなわけねーだろ、長岡は皆まで言わずに車道側の端へと駐車した。境目に立つ電信柱に設置された街灯でほどよく愛車をライトアップ、フロントグリルの上の紋章型のエンブレムが美しく光を反射する。
「連絡が来たらこっちに誘導だな、んで俺と車見せてギャフンで…すぐ乗り込んで帰ろ」
「うん…」
長岡は一旦降りてケルホイの車の周りをくるくる見て回り、「へっ」と笑ってまた運転席へと戻った。
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