馬鹿でミーハーな女の添い寝フレンドになってしまった俺の話。

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
28 / 56
7

28

しおりを挟む

 しばらく車内で待っているとホテル裏口の戸が開き、男性スタッフが大きなポリ袋を抱えて出て来て敷地内のゴミ用のプレハブ小屋をガチャガチャと開ける。
「…ラブホテルってあんなにゴミが出んだな」
「本当…すごい量だね…勝手に停めて怒られ…………あ⁉︎」
「なに、」
「あの人、ケルホイ‼︎」
遥はもはや渾名あだなのその名を小さく叫んで、運転席の長岡も腰を屈めてそちらを窺う。
 ホテルの制服だろうかベストを着た男は2つ3つとポリ袋をゴミ置き場へと投げ入れて鍵をかけた。
「…やっぱラブホテルスタッフだったってことか?」
「……ホテルマンに違いないけど…また嘘つかれてた…」
「んー…」
裏口扉へと戻って行く後ろ姿を目で追って、長岡はポリポリと頬を掻く。
 そして時刻を再度確認して
「…外出て待つか、」
とドアロックを解除した。

 車外に出ると、長岡は街灯のある助手席側へ移動して遥の隣へ立つ。
「…ハルカ、ラブラブな空気、出した方がいいの?」
「え、んー……肩、抱いてくれたらいいな。『俺のです』感出して」
「うん…安心しろ、賃金分の働きはしてやるよ…」
『♪~♪~』
「あ、電話、掛かってきた!」
「うし…」
 ケルホイはさっきの裏口の扉から出て来て遥を探すのだろう。長岡は先んじて彼女の腰に手を回してグッと引き寄せた。
 そして
「ハルカ、電話出ろよ。もう待ってますって…言ってみな、慌てるだろうな」
と女性らしく突き出た骨盤に指を添わしてむにむにと肉にうずめる。
 お前もケルホイも困ればいい…本日最後の仕事を前に、長岡は心で舌舐めずりをしていた。

「はい、もしもし…」
『あ、ハルカちゃん、場所分かる?今どの辺り?』
まさか職場の駐車場で待ってるとは思わないケルホイは制服から背広姿に替わって、スマートフォンを耳に当てたまま再びホテルの裏口から出て来る。
「あの、月極は停め辛かったから…隣にあるホテル?に停めましたぁ」
『そ、そうなんだ…グランドホテルから向かうからもう少……』
「居るじゃないですかぁ」
 明らかに慌てて徒歩で公道に出ようとするケルホイは、長岡の大きな車の前を通り過ぎる瞬間に街灯に照らされた遥と目が合った。
 遥は電話を切り、
「お疲れ様ですぅ、夜勤の方と交代されたんですね」
と小首を傾げて問い掛ける。
「あ、いや、用事があってこっちに来てたんだ」
「裏口から出て来たじゃないですかぁ…グランドホテルってラブホテルも経営してたんですかぁ?」
「違う、その…てか誰、」
ちくちくと刺す遥の隣にずんとそびえる長岡へ、ケルホイは目を細めて尋ねた。
「はじめまして。ハルカの新彼ですわ……あのさ、一回ヤッたくらいでコイツの男ヅラすんのやめてくれるか?アンタ経歴とか詐称しまくりだろ、いつか痛い目見るよ」
「な、何を」
「もう連絡してくんな…ハルカは俺のだから…なぁ」
たじろぐケルホイからは目を離さず、長岡はゆっくりと顔を下げて遥の額へ口付ける。
「きゃ」
「そういうわけだから…悪かったな、ハルカを抱けなくて…あとアンタ、車もフェイクって恥ずかしくねぇの?」
「フェイク?なに、直樹?」
「あれ、本体は10年落ちの別の車種。エンブレムだけ付け替えて…まぁ車にうとい女子なら騙せるんだろうけど…ダセぇことしてんね」
「え⁉︎そうなの⁉︎」
 国内メーカーの大衆車に高級ブランドのエンブレムを付け替える、ギャグとして楽しむ者もいたりはするがケルホイはこれで女を釣ってもいたのだから悪質な部類に入るのかもしれない。
 車に関わる仕事をしていても車輌自体にはさほど興味が無いので仕方ないか、「高級ブランド」の名にのせられた遥を心の底では指差して笑いながら長岡は優しく見つめる。
「ハルカ、先に乗ってろ」
「う、うん」
 そして助手席のドアを開けてエスコートしてやればケルホイにもこれが外車だと分かったのか、スッと一歩引いて電柱へと寄り掛かった。
 長身ひょろひょろの長岡だが夜の暗さと街灯の明るさだけではその素性はおろか気性さえもよく悟れはしない。話し振りは理知的だが今にも危険物で攻撃してきそうなサイコな怖さを纏っている。
「んじゃ…ケルホイさん、本名は知らねぇけど…サヨナラだな………あ、最後に教えてよ」
「な、なに、」
 殴りかかられる危険に怯えるケルホイへつかつか近付いた長岡は、
「なぁ、コイツのま◯こってそんなによかったの?リピートしたいくらい」
と囁いて見下ろした。
「は、」
「アンタ、ケルホイの社員だって騙った後に街コンでもコイツに声かけたろ、顔がタイプなのか?同一人物だって気付かなかったみたいだけど…んでまた思い出して電話してきたんだろ?そんなにハルカってトコ上手なのか?それとも獲物が居ないときの暇つぶし?」
「え、その、」
「教えてよ」
「あの、き、気持ち良かった、です、」
「へぇ…ハルカもアンタのエッチはよかったって言ってたよ、騙されたって分かった後も言ってたよ…お前さぁ、馬鹿な女を騙すのは好きにすりゃいいけどさ、こうやって反撃されることも覚悟してんだろうな、俺がヤベェ奴だったらこんな話し合いじゃ済んでねぇぞ?」
「は、い、」
「…なんか拍子抜けだな…まぁいいや…ハルカの電話番号は消しとけよ、二度と俺らの前に現れんな…あ、あと勘違いすんなよ、お前がどこ勤務だろうがいいんだよ。嘘ついてたことが問題なわけで……じゃあな」
詐欺をするくらいだから相当に狡猾こうかつで口撃の上手い奴だと思って内心ビビっていたがそうでもなかった。
 所詮しょせんは立場の弱い人間にしか強く出られない小さな男か…長岡は運転席まで回って乗り込み、わざと大袈裟にエンジンをふかす。
 静かな道路と駐車場にアメ車の重厚な振動音が響き、ケルホイはまたビクンとおののいた。

「…あんな男だったぞ、最後なんか話すか?」
「いい…顔も見たくない」
「ん、出そう」
話したいと言えばそちら側の窓を開けてやろうと思ったが完全に吹っ切れたようだ、長岡はケルホイを巻き込まないように大きく旋回して車道へと出る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...