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12章…血統の価値
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しおりを挟む「聖良、座って……改めて言うよ、結婚しよう」
「は……?あの、私は和臣さんとはそういったことは出来ませんと」
「でも子供が出来た、産むべきだ」
「いや、ですから」
頭を抱えて説得方法を考えようとすれば、彼は携帯電話を手にボタンを操作する。
「ちょっと待ちなさい、………あぁ、父さん?今良いかな。あのさ、突然だけど浦船さんに子供が出来たんだ」
「ちょっ…」
「…え?もちろん僕の子だよ、……うん、あぁ、大事を取って休ませるさ、……うん、ありがとう、また段取りを決めたら実家に報告に帰るよ、母さんにも伝えておいて……うん、良いよ、お叱りは僕がいくらでも受ける。浦船さんとでなければ嫌なんだ……うん、じゃあまた、………ふー…どうだ、これで逃げられないぞ」
「…っ…なんてことを……あ、電話……伸夫先生…」
「出なさい」
「っ…はい…もしもし……えぇ、お久しぶりでございます…はい…あ、ありがとうございます…えぇ…そうですわね…」
舞い上がった伸夫先生は私にもお祝いコールをくれて、あまりの喜びように「入籍するつもりは無くて」なんて口が裂けても言えなかった。
そして電話先の元上司は息子の不手際を詫びたりと初孫への喜びを讃えたりを繰り返す。
これは後で「あれは嘘です」と撤回できるだろうか、丁寧に明言を避けつつ挨拶をして電話を切った。
「………和臣さん、どうするおつもりですの」
「どうって、だから結婚しようと言っている」
「だから、それは出来ないと」
「契約だろう?じいちゃんに直談判してやろう、いくらで君が買われたのか知らないが契約違反だと言うならその金は僕が肩代わりしよう…それならどうだ?買い主は僕、契約の譲渡だ」
これだから金に苦労したことのないボンボンは…その案は不可能ではないが元の買い主であるご隠居の要望が叶えられないので却下されるだろう。
「いえ、ご隠居さまは名誉を」
「僕が頑張って国会議員になれば良いんだろう?もっとも、その頃じいちゃんが生きてるかどうか分からないがね」
「不謹慎な…」
「こうして曾孫も出来たんだ、どうやってでも了承させるし…どうにでもなるさ」
ご令嬢との子ならともかく私との子だから認められるか分からない、
「血筋を…私のような者を縁続きにしては城廻家の名が汚れてしまいますわ」
と渋い顔で訴えるも和臣さんはケロッとして笑い飛ばした。
「あはは、聖良を挟んで汚れる血なんか大したものじゃないさ」
「世間体ですとか…周りから何と言われるか」
「なら聞くが聖良、名家の女性と縁続きにしたがるのは何故だ?メリットは」
「それは…」
「親の会社とかコネクションとかは抜きだぞ、その血を選ぶのは何故だ」
「そりゃぁ…持って生まれた地頭の良さですとか…代々秀才を生む家系はありますでしょう?親戚筋に変わり者が居らず平均以上の生活水準で生きられる財力と…それに教育ですわ、きちんとした躾ができて勉強を教えたり教養高い女性でなければ…」
和臣さんを支えて家庭を守れる女性でなければいけないだろう。育ちが良くて何なら気品があって学も無ければならないだろう。
「和臣さんにはこんな人でなければ」としどろもどろに架空の女性をプレゼンすること数分。
説明が2週目に入ったところで彼は残っていたコーラをずびずび吸って下品にもゲップをかました。
「げェっぷ」
「~ッ、和臣さん、私は真剣に」
「よく分かったよ、ところで聖良、君が持っている資格・免許は何がある?言ってみろ」
唐突な質問に、私の頭に就職時の履歴書が過る。
「え…?」
「早く」
「えっと、運転免許と…」
「普通だけか?全部教えてくれ」
「…普通と大型、普通二種…こ、小型船舶」
まるで入社面接だ、普段披露することが無いものも一応伝えた。
「船舶?」
「何かお役に立てればと思って…調理師、あと民間の検定ですが秘書一級、アナウンス講師、硬筆毛筆書写は共に師範代です…英語と…漢字も…パソコンは文書処理と表計算と…ベビーシッター、児童教育アドバイザー、幼児食コーディネーター、」
なんだかんだ言いつつも公私共にサポートするつもりだった、彼が結婚すれば奥さまになる方とそこそこ仲良くなって産前産後のケアから託児まで任されようと準備をしていたのだ。
半分は趣味みたいなものだが、自分は設ける予定の無い赤子の世話の勉強だってやってみれば楽しかったし少しだけ憧れみたいなものも湧いた。「そんな権利は無い」と自らねじ伏せてしまったが。
「ほう」
「あと…ヨガインストラクターも取りましたし…あの、それが何か?」
和臣さんは私の話を頷きつつ聞いて何か企んでいるような不敵な笑みを浮かべて、
「聖良、君はそれらの資格を頑張って取得したんだよな?」
と当たり前のことを尋ねる。
「え、はい、勉強致しました」
「自力で」
「専用テキストと、はい、独学と」
「何のためだ?」
「そりゃ…和臣さんの公私にお役立て出来るように…」
「僕のためにそこまで頑張れる、それは大した才能だと思わないか?」
「……いえ、仕事ですから」
「頑張れるのもひとつの才能なんだよ…じゃあ君の周りにそこまで資格を持つ人がいたらどうだ、その人は有能だと思わないか?」
「思いますが…それが何なんですの」
生きるために必要だから努力くらいする、役に立つ女だと思われないとやっていけないからここまでしてきた。
そんな飾りを付けなければ私は空っぽで何も無い人形だったのだから、人の役に立つにはまだまだスキルを身に付けねばならないと思っている。
あとテキストの段階だが保育士と介護士の勉強もしている。
意地でも和臣さん一家に張り付いてやろうと思っていたのだから取っておいて損は無い。
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