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2019…茶色い弁当
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しおりを挟む翌々日。
忙しい週末だが嫁エネルギーを充填したので元気100倍、早番で出勤し仕事に精を出した。
ちなみに美晴は子供に合わせて土日は休みにしており、俺を見送ってから今日は自宅でゆるゆる過ごすらしい。
「津久井フロア長、お元気そうですね」
「ん?宮前くん…どういう意味?」
バタつく中でのひと時の癒し、昼休憩にまた年下店長・宮前と事務所でバッティングした。
宮前は自身の頬に触れ
「そのままの意味ですよ。肌ツヤが良い」
と意味深に笑う。
「…まぁね。休みの前日は気が大きくなっちゃうよね」
「それはそれは」
「店長のところは?」
「うちは週明けですかね、土日を乗り越えなきゃ気分が乗らなくて」
主語も目的語も曖昧な会話だが2人には何のことだかは明確で、共に妻を愛する者同士の密かな会談はその後もぽつりぽつりと交わされた。
「年取ると、どうです?実際」
「んー…昔ほどにはならんね。体力低下がやっぱ厳しい」
「そうですか…サプリとかに頼る日が来るんですかね」
「そうかもねぇ」
俺たちは管理職になって最初の懇親会の席でお互い愛妻家であることを察し、以来年齢は違えどもちょいちょい家庭の円満度をアテに食事をしたりしている。
生々しい話こそしないものの軽い愚痴や相談などを共有し、しかし両者とも妻が同店舗で働いているものだから決して口外せずささやかな交流にとどめている。
「お疲れ様でーす」
「…!」
昼からのシフト組が事務所へ入って来ると、バイト鐸木の声を聴き取った俺はガチと表情が厳しくなった。
よくもうちの嫁を虐めやがって、本当はそう問い詰めてやりたかったが証拠も無いしハラスメントの冤罪を恐れて下手に動けない。
しかして何らかの仕返しはしてやらねば嫁の無念が晴らせないのだ。
美晴がモヤモヤと悩んだ半日分のツケは好きではないカップラーメンによる胃もたれという形で何故か俺に還元されたのだし。
「(お前が虐めなきゃ、俺は体に合わねぇカップ麺なんか食わずに済んだんだよ…)」
「津久井フロア長?どうしました?」
「ん、んー……そうだ、宮前店長、こんな奴、どう思う?」
俺は鐸木が自分の後ろを通過するタイミングで、唐突に宮前へ質問を繰り出す。
「なんでしょう?」
「よその家庭の弁当を覗き見てね、勝手に批評する奴」
鐸木の耳にも必ず届いたはずだ。
直接言われてるでないにしてもギクリとくらいはしただろう。
宮前は俺の目線に何か感じつつ
「…それは、品の無い行動ですね」
と答えた。
「だろ?色味がどうとかセンスがどうとかね。しかも卑怯なことに会話に見せかけて遠回しに貶すっていうことをする奴がいるんだよ…作ってもらった人は不満なんか持たずに食ってるっていうのにね」
この辺りで鐸木は更衣室に入り姿は見えなくなって、けれどロッカーを並べた高さ180センチほどの仕切りだけで空間は繋がっているので声は充分に聞こえているはずだ。
追う相手が居なくなったので俺は弁当へ目線を戻して、
「何の目的か知らねぇけど…人ん家の食文化にケチ付けねぇで欲しいもんだわ」
と言い捨てわざとらしく音を立ててフタをした。
「…津久井フロア長、僕案件?」
「いいえ?まぁ…本人が嫌がらせだと感じりゃあそうなんだけどね…言われた当人が大ごとにしたくねぇってんだから…そいつも助かるだろうねー」
「そう…何かあれば必ず僕に。働き易い職場じゃないと困りますから」
「うん」
鐸木には宮前の言葉だって届いていただろう。
それどころか2人のやり取りは管理職デスクの側に掛けていたスタッフにも聞こえていたはずだ。
少し顔色を変える者もいたし明らかにこちらを窺う者もいた。
気難しそうな俺が吐いた不満はきっと第三者にはもっと大きく捉えられているだろうか。
しばらくして鐸木はアルバイトの制服であるエプロンを着けて俺の背後を抜けるが、覗き込むような視線どころかこちらを視界にも入れずに足早に出口へと走って行く。
「……」
幼稚なイジメはこれっきりにして欲しいものだ。
「ごちそうさんでした」と両手を揃えて自宅の美晴へと想いを馳せた。
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