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しおりを挟むさて翌日、二階堂邸に富野氏から手紙が届いた。
中身は見合いの返事で、結果を伝えていたにも関わらず断りの文章がつらつらと草書体で書かれていた。
それどころか歩夢嬢がさも非礼を働いたかのような文面に、解読しながら渇いた笑いが込み上がる。
「…腑に落ちないわ」
「これはお母さまがお書きになったんでしょうね。達筆でございます。こちらからの手紙は今朝投函しましたので、届くのは明日でしょうか…嫌味のひとつでも書いてあげれば良かったですね」
「…良いわよ、もう」
俺は普段より長居させてもらい、帰宅した社長に見合い結果とことのあらましを粛々と伝えた。
事実を多少オーバーに表現して、歩夢嬢がいかに淑女たる振る舞いができていたか本旨とずれるが過大に褒めておく。
だから断られたって望む所な案件だと言いたかったのだが…社長は「分かった分かった」と穏やかに飲み込んで下さった。
「いや橘くん、実はね、あのレストランから富野さん側へ苦情を入れたそうだよ」
「…それはまたどうして」
「見合いに使った部屋、広いが香水の匂いが酷かったらしいじゃないか。瓶ごと栓を開けたまま、芳香剤みたいに置いてたそうだよ。その匂いが取れず、しばらくその部屋が使えないそうでね。使われたトイレだとか経路、エレベーターなんかも篭って匂うらしいんだ。母親が触ったところ、が特に凄いらしい。予約が数件飛びそうで、何らかの賠償を検討しているそうだよ…懇意にしている店だからオーナーから聞いたんだ」
ざまぁないな、パーティや宴会の営業ができないとなればレストランも大きな痛手だろう。
俺たちの手柄ではないのだが、恥をもって相手をギャフンと言わせられたことに胸の空く思いがした。
「ふふっ」
「歩夢がしでかしたかと思ってヒヤヒヤしたが…いや、歩夢はそんなことしないよね」
「はい、実にその…立派なレディの振る舞いでした」
「ありがとうね、橘くん…次のお見合いに期待しよう」
「…はい」
ここで「もう見合いはやめにしよう」なんて社長から言って下されば、俺は嬉々として「では私が立候補致します」なんて言えるのに。
いや、俺は言わないか。
却下されるのが恐いし、「冗談です」と強がって誤魔化す恥に耐えられない。
当たって砕けろができたらもう少し生きやすいんだろうか、歩夢嬢に惚れるまでは順調で順当な人生だったはずなのだが。
そうか、生活と恋愛は土俵が違うってことなんだな。
あの先輩に溺れている時も確かこんな風に情緒不安定になっていた気がする。
成長過程だからそんなものかと思っていたが、あれが恋の病ってやつだったのだろう。
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