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9…いっぱい食べる子が好き
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しおりを挟むさて宇陀川事変から約5ヶ月。
年度末の棚卸も終わって落ち着いた5月のある日…私は初めて栄さんこと雅樹さんとまともなデートをすることになった。
彼はこの度めでたくオーサキの副店長に就任することとなり、その研修やら合宿やら棚卸しやらでかなりバタついてしまったのだ。
これまでは週末の仕事終わりにパン屋さんで食事をするだけでそれでも楽しくはあったのだが、なんとか業務をものにして心にも余裕が出来てきて、ようやく丸1日使ってのお出掛けに誘われた。
待ち合わせはオーサキの駐車場、車を置かせてもらい雅樹さんの車に乗せていただくことにしている。
行き先は人気のホテルビュッフェで、これは私の希望ではなく彼の提案であった。
彼は人の食事姿を見るのが好きだから願ったり叶ったりなのだろう。
本人は少食だというのに同じ金額を払ってまで行こうと言うのだから余程の熱意を感じる。
「(変じゃないかな…)」
長袖では少し暑さを感じるくらいの陽気。
本日は食べてもお腹のぽっこりが目立たないようにふんわりとしたチュニックブラウスとスキニージーンズを合わせて来た。
体の凹凸が目立たずシンプルかつフェミニン、長めのワンピースだと子供っぽくなってしまったのでこれくらいの大人っぽさが感じられる方が良い。
待つこと数分、敷地内に大きなセダンが入って端の私の車の横に着けた。
「おはよう、乗って」
「おはようございます!……お邪魔しまーす…広ぉ」
フレグランスはシンプルなグリーン系の爽やかな香り、助手席は限度いっぱいまで後ろに下げられていたので足元がやけに広々として持て余す。
「掃除したから下げてるだけ。前に寄せようか」
「あ、大丈夫です」
「ん、じゃあ行こう」
車は裏道から国道へ、流れる音楽は耳にしたことがあるJ-ROCKだった。
「…このバンド、好きなんですか?」
「うん、青春だよ…聴いたことない?」
「ありますよ、リアルタイムで聴いてはなかったですが」
「あー、世代差を感じるねぇ」
5つしか違わないのに大袈裟な、ちょいとしたマウンティングを感じつつも彼の学生時代を想像しては顔がニヤける。
詰襟かな、ブレザーかな、きっとカッコよかったんだろうな。
質問責めにしても良いけれど小出しにしたい感もある。
これまでの交際の間で出身地などは聞いたけど話題の中心はやはり仕事のことばかりで、あれが安いだとかこれが凄いだとか意見交換会に近いデートだった。
パンを食べている時の顔をじぃっと見つめてくるから恥ずかし紛れに口をついたのが家電のことだった、ついついそれが癖になってしまったのが敗因だろうか。
せっかくの私服でのデートだ、本日は思い切ってキス以上のこともできたら良いなぁ、なんて…思っていたりもする。
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