親指姫のアイデンティティ

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
30 / 35
I can be a maiden forever.

30

しおりを挟む

 そこからは一気になごやかムードになって、私も彼女たちから質問を受けたり握手を求められたりと忙しくなる。
「ライムさまの親指姫、私好きでラミネートして飾ってますのよ」
「あ、そんなに…どうも」
「てっきりクールな方だと思ってましたわ、ホワイトロリータなどはお召しになりませんの?」
「あの、私、メインのロリータが似合わなくって…それでこう、アンティークの方に」
「そうなんですの?お顔の系統かしら、でも確かにセピア調のお洋服はどれもお似合いですものね」
「あ、ありがとう…ございます…」
 褒められれば褒められるほど染まる頬、こんなに人様から賞賛されるなんて生まれた時以来じゃないか。

 頭から湯気が上がりそうになった頃に咲也さんが合図をして、ガーデンへ金と銀の風船がたくさん運び込まれた。
「ライムさん、こちらへ」
「は、はい?」
 芝生のガーデンの端にはアーチを組み合わせた小さなドームが建っていて、見上げれば中央には小ぶりな鐘と鳴らすための紐が下がっている。
 階段を2段ほど上がって皆より小高くなったそのステージの真ん中、私の手を離した咲也さんは脱帽してその場に片膝をついた。
「え、あの、」
「ライムさん、結婚して下さい」
 差し出されたのはほんのりピンク色の可愛い指輪とバインダーに挟まれた宣誓書。
 うわぁマジなやつだ、ていうか恥ずかしい、ぐるぐると色んな事が頭をよぎっては口がぱくぱくと金魚のように開閉する。
「ダメかな?ライムさん」
「え、いや、ダメじゃないけど」
 予告されていたし察してもいたけどこんな見世物にされると困ってしまう。
 群衆の中にはカメラを構えた吾妻さんが紛れていて、目元を歪め「止めさせてよ」とアイコンタクトを送るも知らんぷりされた。
「ね、ライムさん♡」
「す、すぐ決めなきゃダメ?」
「うん。淡々としたライムさんの心を乱すにはこれぐらいしなきゃなって思ってたんだ、この状況で断れる?」
「やば」
 見守るファンたち、ここで塩対応を見せれば彼女たちは一斉にアンチに転じてブランドそのものの危機になったりするかしら、背負わなくても良いことを勝手に背負わせる彼が憎い。
 けれど
「君を僕だけのものにしたい」
と笑うその顔は悪そうででも化粧のせいか幻想的で…
「は、い、」
と彼の唇がそう動くものだから誘導されて私も同じ動きになってしまう。
「(は、い、)」
「よし言ったよ、成立だ♡」
 わぁっと上がる歓声、眩しく焚かれるフラッシュ、咲也さんは視界が真っ白になった私の手を引いてゆっくり歩き出し鐘の下へと進んだ。

 この判断は正解?後悔しない?紐を握らされ居た堪れない気持ちで表情が暗くなる私に
「ライムちゃん、いつもの感じでええで!」
と吾妻さんの声が届いた。
「……吾妻さん」
「ええよ、ほらその顔や」
「……ふー…」
 ため息を吐いて脱力する、目線は外していつもの『ライム』を作る。
 けれど
「ライムちゃん、白いチャペルと青空が似合わへんな!」
「呼び出しておいてそれはなくない?…ふふっ」
スタジオでは浴びない自然の太陽光は、私たちには少しちぐはぐだったらしい。

「ライムさん、どう?みんな見てる」
「咲也さん、自己顕示欲すごい」
「ライムさんを見てるんだ、ゾクゾクしないか?注目の的だ」
「…してる」
「濡れない?」
「……濡れちゃう」
 私たちはヒソヒソとそんな話をして鐘を鳴らした。


 そこから咲也さん希望のチャペル撮影、バージンロードの両脇にみっちり白やピンクのロリータちゃんが詰め込まれた様子は圧巻。
 吾妻さんも実に楽しそうにシャッターを切る。
「ステンドグラスの色味がよう合うてる、ええな、古湊くん!これそのまま表紙にできるわ」
「あは、それ良いですね」
 ステンドグラスを通したカラフルな光が私のドレスを染めて、いかにも結婚式と言うようなイメージカットをさくさくと撮影した。
 他のモデルさんも合流し撮影会をして皆と握手をして、ささやかな食事をして。
 時間が来ると大量のロリータちゃんはバスへ乗り駅へと送り出されて行った。



「フラウさん、今日はありがとう」
「いいえ、こちらこそ…幸せをありがとうございます」
 主催の彼女は持ち込んだ装飾品を集めて片付け、心から幸福そうに目尻を下げれば生きてきた年月の証の線が何本かきゅっと濃くなる。
 そこに感じるのは着ている服とのギャップ、年増と言えば可哀想だけどメイデンのメインターゲットではおそらく無い。お姉さんラインの『フラウ』がピッタリ来る世代なのだろう。
「まだまだ頑張って…可愛い服を作るからね」
「はい……正直ね、私ももう歳だしロリータも似合わなくなってくるでしょう、でも新しいお洋服のラインもできたし…それが『フラウ』って私のハンドルネームと一緒、これは運命かって思いましたわ」
「実はちょっと狙ったんだ」
「あら、そうですの?こんな嬉しいことはありませんわ…ライムさま、私は普段は母であり会社員ですの。ですから活動的かつフェミニンなブラウスが発売されて本当に…働くモチベーションというか…テンションが上がりますの、ちょっと鏡とか覗いた時にね。…エミルダさまもモデル復帰された、未来に希望が見えましたの…もっと歳を取っても『ウィズユー』の世代になっても……好きな服とまだ付き合って行ける、私、まだまだ乙女でいられますわ」
 本当は誰に気兼ねすることなく好きな格好で歩くのが良い、けれど必ずしもそれができる環境ばかりではない。自分を貫き通すのも強さ、そして諦めるのもまた強さだ。
 けれど私のこれまでの行動はフラウさんに乙女の道を歩き続けられる可能性をもたらしたようだ。40代、50代になっても好きな服を着られる喜びは彼女にとって何よりの幸福らしい。
「企画発案はライムさんなんだ、エミルダを現場に連れ戻したのもね」
「まぁ、そうだったんですの」
「うん…彼女は救世主みたいな…ブランドにとっても大切な存在になったよ」
「私たちにとっても…大切なお姫様ですわ…ありがとうございます」

 もう私は照れて言葉も出なかった。
 後ろを通り過ぎるエミルダさんがポンと肩を叩いて建物へ戻って行く、その後ろ姿は背筋が伸びていてしたたかで、けれど可憐だった。
 彼女が着ているのはそのオフィス向けの『フラウ』のスカートスーツセット、よく見れば分かるという部分にブランドロゴを入れたり花の刺繍をあしらったりと趣向が凝らしてある。
 まぁパーティーだというのにドレスで来なかったのは彼女なりの意地か副社長としての矜持きょうじなのか。スカートのスリットから伸びる脚はやはり長くて美しかった。

「それでは、私は持ち込み品を回収してから帰りますわ」
 フラウさんへ目線を戻せば会釈して片付けに入るところで、ペコリと頭を下げると疲れか安心したからかじんわり目頭が熱くなってくる。
「ラムさん、お姫様だって」
「…どうせ親指姫でしょう」
「あはは……シンデレラとかもいいよね、今度そういうモチーフのワンピースも作ろうね」
「…嬉しい」
 素直な感想が出たのが珍しいのか咲也さんは一瞬ぽかんと驚いて、私の腰を抱きダンスのように右手を取った。
「今回のこのドレスもね、簡略化したものを売り出そうかと思ってる。オプションで組み替えて…でもオーダーメイド、自分だけのドレス」
「商魂たくましい」
 これと同じ物を他の人も持てるなんて妬いちゃうな、けれどこの幸せを皆にも分けてあげたいのも事実。
 揺れる裾のレースを押さえて玄関口へと足を向けると吾妻さんのカメラがまた私たちを押さえる。
「ええ表情やで」
「たくさん集まってくれてたね、皆オシャレしてくれてた…作り手冥利に尽きるとはこのことだよ、ねぇ吾妻さん」
「ほんまにな、俺らが撮った写真見て『欲しい』て思うてくれんねや、嬉しいことやで」
「…きちんと言ってなかったけど、吾妻さんがラムさんをスカウトしてくれたおかげで僕らは出逢うことができた、ありがとうございます」
「なんや、やめてぇな水臭い…いや、幸せになりや」
 相変わらず怪しい風貌の吾妻さんはひげぼうぼうのあごをポリポリ掻いて、けれど今までで一番優しい笑顔をくれた。
 彼があの日街で私を見つけてくれなかったら今の私は居ないのだ。
 そう考えるとあの時走って逃げたりしなくて良かったなぁとじわじわ思い出して私も笑みが溢れる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

君は恋人、でもまだ家族じゃない

山田森湖
恋愛
あらすじ 同棲して3年。 毎朝コーヒーを淹れて、彼の寝ぼけた声に微笑んで、 一緒に暮らす当たり前の幸せを噛みしめる——そのはずだった。 彼女は彼を愛している。 彼も自分を愛してくれていると信じている。 それでも、胸の奥には消えない不安がある。 「私たちは、このまま“恋人”で止まってしまうの?」 結婚の話になると、彼はいつも曖昧に笑ってごまかす。 最初は理由をつけていたのに、今では何も言わなくなった。 周囲の友人は次々と結婚し、家族を持ち始めている。 幸せそうな写真を見るたび、彼女の心には “言えない言葉”だけが増えていく。 愛している。 でも、それだけでは前に進めない。 同棲という甘い日常の裏で、 少しずつ、確かにズレ始めているふたりの未来。 このまま時間に流されるだけの恋なのか、 それとも、家族へと歩き出せる恋なのか——。 彼の寝息を聞きながら、 彼女は初めて「涙が出そうな夜」を迎えていた。

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

処理中です...