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前編
しおりを挟む宵闇の中、勇者の意識を取り戻す。気絶の延長線上にある睡眠を経た目覚め。快眠とは言い難い。その証拠に身体は重く気怠さに支配されている。こうして腕を持ち上げるのも一苦労だ。以前と比べて随分と壊れやすくになってしまった身体。しかし
——大丈夫、まだ、動く。
勇者は無感動な瞳で持ち上げた腕のその先、自らの指先を見つめた。
◆
宵闇の中、聖女は目覚める。この世界の闇を照らす聖月が魔物に喰われてから永い時が過ぎた。昼時を照らす聖陽が夕暮れと共に顔を背け神聖な陽光が失せて仕舞えば、夕刻から明け方は完全なる闇で覆われる。人間たちが最も厭うその時間は、闇を好む魔物達にとって待ちに待った狩りの時でもある。
この時代、土地や食料などを巡り人と魔物の争いが激化していた。戦う術を持たぬ者の多い人間に比べ、戦闘能力に秀でている魔物達。戦局が明らかであるのは言うまでもない。しかし人間たちもただ手をこまねていたわけではない。彼らが魔物に対抗できる手段のうちの一つが、勇者と聖女による魔物討伐であった。
——今日の討伐も容易く終わるといい。
のんびりとあくびを一つ。聖女は起き上がった。
討伐準備を終えた聖女が向かうのは、転移陣のある部屋だった。魔物被害によって生じる犠牲を最小限に留めるには早急な対応が求められる。先人によって築かれた魔法陣は国の各地へと繋がっている。この転移陣を使い、無駄な時間をかけずに該当する地に転移するのだ。
部屋に入ると既にパートナーである勇者が到着していた。待たせてしまったか。眉を下げた聖女が謝罪しようと口を開き、
「すまない、助かった」
それより先に口火を切ったのは勇者であった。出会い頭の唐突な謝罪と礼に聖女は首を傾げた。謝罪の意を汲み取れなかったためである。頭上にハテナを浮かべ、
——「あぁ、」
それから間をおかずに彼女の頭は答えを導き出した。
「昨日の。左手、かなりイカレちゃってましたもんね」
話は昨夜まで遡る。昨夜の討伐は少々手こずったようで、なんとか勇者側の勝利に終わったものの、彼は満身創痍の状態だった。全身を泥と汗と血で染めた勇者は、歩くのもやっとの状態。おまけに彼の左手は千切れかかっていた。
そこで聖女の出番である。聖女の役割は戦闘前の加護付与や戦闘中の回復。……だけではなく、戦闘後のフォローも含まれる。禊と称されるその行為は、ただの回復ではなかった。
禊。戦闘を終えた勇者の身体を浄化する行為。魔物との戦闘で勇者の身体に蓄積された傷や瘴気を、聖女の聖力でもって癒し浄化するのだ。聖女の身体を用いて行う禊は、文字通り二人の身体を重ねて行うそれである。恋人や夫婦間で行われる性交渉と何ら変わらない行為。勿論彼らの間には愛などない。よって禊自体は使命を果たすための一つの手段でしかなかった。
「手首や指の動きはどうです?痛みは?」
「問題ない」
「なら良かったです」
恥ずかしげもなく言葉を交わしあう二人は、今日も討伐に向かうため足を進めた。
陽の光を嫌う魔物達の動きが活発化する今宵。前日雨が降った今夜は魔物討伐にはもってこいの日だ。ぬかるんだ泥は魔物の足跡を示してくれるし、雨上がりの澄んだ空気のおかげで魔物の臭いが捕捉しやすくなる。こうして二人の、薄汚れた一日が始まった。
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