囚われの踊り手は闇に舞う

徒然

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13 浴室

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 浴室は、大浴場、私室を問わず、いつでも使えるようにしてある。これもヤヒロのこだわりの一つだった。レイが客を取る今日も、私室の浴室は整えられていた。
 ここだと案内され、そこに足を踏み入れた神崎は絶句する。
「びっくりするよね、ここも」
 レイが苦笑しながら肩を竦めると、神崎は辺りを見回した。
 正面の壁は一面、鏡張りになっている。左手に埋め込まれた浴槽は広く、浴槽内に段差が付いていた。右手の壁には、シャワーやシャンプーなどのほか、滑車や枷が付いている。設えられた棚には、数種類の張形や液体が入った容器まで置いてある。
「私の部屋は全て……調教に使われていたから」
 男娼の手解きと称したヤヒロの調教は苛烈だった。ヤヒロは私室のあらゆる場所でレイを犯し、責め立て、薬を飲ませて快楽漬けにした。

 前座の踊り手から主役級になる為には、一定数の客から支持を得ることが必要だった。それは「身体を売る」ことを望まれるという意味だ。ヤヒロは客の意向を探りながら、踊り手の素質も見極めながら、そろそろだと判断した踊り手に男娼や娼婦となるための教育を始める。それまでの引き立て役の踊りから、一目で客を魅了するための身体の使い方を叩き込まれる。
 教育を受けることになった日、それまでの大部屋を出た踊り手は、私室を与えられる。私室の内装も、ヤヒロが決めている。それはそのまま、踊り手がどういう扱いを受けることになるのかを示していた。

「私は、どんな責め苦にも耐えられるように、に奉仕できるようにと、この部屋を与えられたんだ」
 ふ、と遠い目をしたレイが、浴室を見渡す。
 ここは、後孔を犯されるための準備の場であり、中に出された精液を掻き出すための後始末の場でもあった。ローションを使った奉仕の訓練も、精液の味に慣らされたのもここだ。
 ヤヒロから教育を受ける日に、浴室で安らいだことはない。口も後孔も、常に張形やヤヒロのもので塞がれて、快楽に染まる呻き声を響かせながら、終わらない快楽に涙を流す場所。
「教育の日はずっと、私は休む間もなくあらゆる場所で身体を開かれて、精を放ちながら乱れていたよ」
 眠る時でさえもね、と、懐かしそうな、どこか自嘲めいた声で呟くレイを、神崎はそっと抱き締める。
「そうか。……よく、耐えたな」
 憐れむでもなく、嘲るでもなく。優しい声音で労られ、髪を撫で梳かれて、レイは一筋、涙を流す。
 ――そうか、私は……、辛いと思っても良かったんだ。
 人攫いからヤヒロに買われた身体は、自分の思い通りにできなかった。教育も舞台もない日も部屋から出ることはできなかった。それを当然と思っていたレイは、神崎に顔を覗き込まれ、涙を唇で吸われた。
「今は……ゆっくりしよう。おいで、洗ってあげる」

 神崎に優しく引かれるまま、鏡の正面に立つ。普段目を逸らしていた自分の裸体。中心で反り立つペニスに、レイの眉が顰められた。
 ――浅ましい身体だ……。
 貞操帯を外す客は、あまりいなかった。何度も犯され、客の精液でどろどろになったレイに、射精させてくれと言わせる客は多かったが、それが叶えられることはまずない。
 ――裸を誰かに見られるというのは、こんなに頼りないものなのか。
 この部屋を与えられてから、レイの日常から衣類がなくなった。必要なものは全て、ヤヒロや彼の指示を受けたスタッフが、部屋を入ってすぐの小部屋に置いて行った。きちんとした服を身に纏うのは、店員としてバーに出る時だけだが、その時でさえ両手足と首には、装飾性のある枷が付けられていた。
 ――他の踊り手は、普通に服を着て、ビルの内部を自由に出歩けるとは言うけど。
 レイはこの部屋に軟禁されているようなもの。多分気に入られているんだとは思う、と、レイが遠い目をして考えていたとき、つい、と顎を取られ、神崎の目に見つめられながら唇が重なる。
「レイ、俺を見て」
 はっと意識を切り替えたレイが、神崎に口付けを返す。
 ――そうだ。今日の客はケンだ。
 過去に目を閉じ、今を見る。好きだ、と囁かれ、顔中に愛しげに唇を落とされて、レイは枷のない両手で神崎を抱き締めた。
「ケン、ごめんね……、ありがとう」
 涙混じりに告げた言葉に、神崎が微笑む。その甘さに慣れない心臓が、切なく締め付けられる。今日限りの恋だと、この男に溺れるなよと、レイは懸命に自分に言い聞かせた。

 互いの身体を洗いあって、向かい合わせで浴槽に浸かる。レイを見つめる神崎の目が、蕩けそうなくらい優しい。それに釣られてレイも儚げに微笑み、解放された手首を擦る。
「赤くなってるな。痛むか?」
 気遣わしげに問われ、レイは緩く首を振る。バーに出る時とは違い、客を取る時の首輪と枷は頑丈で、こうして客に外して貰えない限りずっと付けられたままだ。だからこそ、枷の裏には柔らかい生地が当てられていて、いつもの踊りくらいではこんな風にはならない。
「今日の踊りは……激しかったから」
 レイは剣舞が好きだった。演舞の型の解説書を与えられ、読み込むうちに、短い棒を刀の柄に見立てて練習するまでになった。ひたすら基礎の動きを繰り返し練習したレイの踊りは美しく、見蕩れたヤヒロが模擬刀を与えた。それからは踊りに剣舞の動きを混ぜ、鎖を捌き、高く鳴らしながら踊りの一種に昇華した。
「普段は禁じられているんだ。模擬刀とはいえ、武器になるから」
 自害も他害もできる、唯一、レイだけがもつ技能。普段は見せる機会のないもの。
 ふ、と微笑むレイの言葉に、神崎はなるほどと頷いた。
「だから、あんな口上だったんだな」
 神崎の手が、レイの両手を取る。そのまま労わるように枷の跡に口付けを落とし、レイを真っ直ぐに見つめて微笑んだ。
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