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墜天の章
第四十四話 岐阜城の戦い 水手口
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「やはり池田照政殿はこちらか」
甲冑姿の父・元忠が、立ち上がりながら呟く。
「大手道を福島隊に譲って面目を保ち、己は天守への最短の道を行く、なんともあの御仁らしい考え方だ」
息子の徳元は鎧や兜の位置を直しながら、隣に立った。
「含みのある言い方だな。お前は池田殿が嫌いだったか?」
「普段は気のいい御人だと思っているが、戦となった時は嫌いだな。己の功名しか考えない、そういう所がある」
「まあ、それであるからこそ、今や十五万石の大名となったのであろうからな」
「父の恒興様は、信長公と乳兄弟。大恩ある織田に仇なすとは。あの恩知らずめ」
「お前も変わったな」
元忠が堪えきれなかったようで、低い声で笑う。
「信長公の孫とは言え、若造なぞに従えるかと言っていたのにな」
「あの時はあの時だ、父上。秀信様は仕える価値のある男になった」
「まあ、わしからすればまだまだだがのう」
「それもこれから、だ。我らで支えて盛り立てる。そして尾張織田を、美濃斎藤を天下に」
「……野心が芽生えたか」
「いや、気付かされただけだ。父上、ここで勝てれば織田は再び飛躍できる。だから」
「おう、わしも冥土に行く最後の土産として、ここで一花咲かせるつもりだ。守りきるぞ」
そうして元忠が差し示す先には、先頭で駆ける池田照政の姿があった。
「あの首は斎藤家のものだ」
「おう」
既に早朝から柵と楯を並べており、迎え討つ準備は整っていた。
「さあ美濃の兵どもよ! この岐阜、稲葉山を守り通すぞ!」
鞭を掲げると配下の兵達が雄叫びを上げ、鉄砲と弓を持つ者たちが前に出て行く。
◆
水手口は勾配が急なため、寄せ手側には不利であった。
馬の機動力が削がれ、こちらの弓や鉄砲は狙いが付けづらい。
加えて、照政が知る限りも最も攻めにくい場所に陣取られている。
予想はできていたが、さすが岐阜城を知り尽くしている斎藤家の者達だ。
鉄砲と矢を撃ち下ろされ、進軍が止まっていた。
柵に足軽らが取りつかなければ馬も進められない。
「ここで瀬踏みを続けていても仕方ないな。彼奴らに大手道を譲ってこの細道を選んだのだ。最も速く辿り着かねば」
照政は馬を返し、後方から到着した部隊に声を掛ける。
「搦め手を攻めるぞ。俺が先導する」
「そんな、殿がそのような事を」
「俺の他はそうは知らぬ抜け道だ。ここでまごついていれば数の利も活かせん。百騎でいい。踏み潰すぞ」
「御意に!」
騎馬隊を率いつつ、登り来る味方を掻き分け山を下っていった。
◆
まだ防衛戦は破られそうになく、鉄砲の応酬が続いてた。
こちらにも損害は出ているが、敵ほどではない。
「しかし、こちらは六百しか居ないというのに敵は……」
武藤助十郎は固唾を飲みながらつぶやいた。
見下ろす限り敵兵で道が充満しており、寒気すら覚える。あれら全てを相手どらなければいけないのか。
「なに、一日保たせればいい。この上にも三段備えてきただろう。ゆっくりと退きつつ戦えばそうは破られぬさ」
恐れを隠せない助十郎に比べ、斎藤徳元は鷹揚としたものだ。しかし、助十郎からすれば理解できない。
水手道は天守へ直接繋がる道であるものの、砦などの防衛拠点が無い。道が狭く急峻なので造れなかったのだ。
地形を利用して守る他なかった。
「ぼやいていても仕方がないさ、助十郎。そろそろ柵が引き倒され始めたな、上に退くぞ。一刻と半は耐えた。これを繰り返せば……」
とその時、上が俄かに騒がしくなってきた。
「……まさか」
ここまで落ち着いていた徳元の表情から、余裕の色が消えた。
「伝令です! 敵の騎兵が細道を駆け上がり、後方から攻撃を!」
「ちっ、そこも守りを置いていたはずだが、防げなかったか。敵の数は?」
「およそ百騎ほどです……が、精強で後方がかき乱されております」
「徳元殿……」
「槍衾を組みながら押し上げろ! 下はこのまま踏ん張らせる! まずは上をどうにかするぞ!」
「私は下を防ぎます! 徳元殿は上を!」
「かたじけない、死ぬなよ!」
百ほどを率いて戻っていく徳元を見送り、助十郎は手勢と共に下っていく。
しかし、既に柵は倒され味方は瓦解し始めている。
「生きて戻るのは無理だな……」
呟いて、助十郎は敵の真中に突っ込んだ。
甲冑姿の父・元忠が、立ち上がりながら呟く。
「大手道を福島隊に譲って面目を保ち、己は天守への最短の道を行く、なんともあの御仁らしい考え方だ」
息子の徳元は鎧や兜の位置を直しながら、隣に立った。
「含みのある言い方だな。お前は池田殿が嫌いだったか?」
「普段は気のいい御人だと思っているが、戦となった時は嫌いだな。己の功名しか考えない、そういう所がある」
「まあ、それであるからこそ、今や十五万石の大名となったのであろうからな」
「父の恒興様は、信長公と乳兄弟。大恩ある織田に仇なすとは。あの恩知らずめ」
「お前も変わったな」
元忠が堪えきれなかったようで、低い声で笑う。
「信長公の孫とは言え、若造なぞに従えるかと言っていたのにな」
「あの時はあの時だ、父上。秀信様は仕える価値のある男になった」
「まあ、わしからすればまだまだだがのう」
「それもこれから、だ。我らで支えて盛り立てる。そして尾張織田を、美濃斎藤を天下に」
「……野心が芽生えたか」
「いや、気付かされただけだ。父上、ここで勝てれば織田は再び飛躍できる。だから」
「おう、わしも冥土に行く最後の土産として、ここで一花咲かせるつもりだ。守りきるぞ」
そうして元忠が差し示す先には、先頭で駆ける池田照政の姿があった。
「あの首は斎藤家のものだ」
「おう」
既に早朝から柵と楯を並べており、迎え討つ準備は整っていた。
「さあ美濃の兵どもよ! この岐阜、稲葉山を守り通すぞ!」
鞭を掲げると配下の兵達が雄叫びを上げ、鉄砲と弓を持つ者たちが前に出て行く。
◆
水手口は勾配が急なため、寄せ手側には不利であった。
馬の機動力が削がれ、こちらの弓や鉄砲は狙いが付けづらい。
加えて、照政が知る限りも最も攻めにくい場所に陣取られている。
予想はできていたが、さすが岐阜城を知り尽くしている斎藤家の者達だ。
鉄砲と矢を撃ち下ろされ、進軍が止まっていた。
柵に足軽らが取りつかなければ馬も進められない。
「ここで瀬踏みを続けていても仕方ないな。彼奴らに大手道を譲ってこの細道を選んだのだ。最も速く辿り着かねば」
照政は馬を返し、後方から到着した部隊に声を掛ける。
「搦め手を攻めるぞ。俺が先導する」
「そんな、殿がそのような事を」
「俺の他はそうは知らぬ抜け道だ。ここでまごついていれば数の利も活かせん。百騎でいい。踏み潰すぞ」
「御意に!」
騎馬隊を率いつつ、登り来る味方を掻き分け山を下っていった。
◆
まだ防衛戦は破られそうになく、鉄砲の応酬が続いてた。
こちらにも損害は出ているが、敵ほどではない。
「しかし、こちらは六百しか居ないというのに敵は……」
武藤助十郎は固唾を飲みながらつぶやいた。
見下ろす限り敵兵で道が充満しており、寒気すら覚える。あれら全てを相手どらなければいけないのか。
「なに、一日保たせればいい。この上にも三段備えてきただろう。ゆっくりと退きつつ戦えばそうは破られぬさ」
恐れを隠せない助十郎に比べ、斎藤徳元は鷹揚としたものだ。しかし、助十郎からすれば理解できない。
水手道は天守へ直接繋がる道であるものの、砦などの防衛拠点が無い。道が狭く急峻なので造れなかったのだ。
地形を利用して守る他なかった。
「ぼやいていても仕方がないさ、助十郎。そろそろ柵が引き倒され始めたな、上に退くぞ。一刻と半は耐えた。これを繰り返せば……」
とその時、上が俄かに騒がしくなってきた。
「……まさか」
ここまで落ち着いていた徳元の表情から、余裕の色が消えた。
「伝令です! 敵の騎兵が細道を駆け上がり、後方から攻撃を!」
「ちっ、そこも守りを置いていたはずだが、防げなかったか。敵の数は?」
「およそ百騎ほどです……が、精強で後方がかき乱されております」
「徳元殿……」
「槍衾を組みながら押し上げろ! 下はこのまま踏ん張らせる! まずは上をどうにかするぞ!」
「私は下を防ぎます! 徳元殿は上を!」
「かたじけない、死ぬなよ!」
百ほどを率いて戻っていく徳元を見送り、助十郎は手勢と共に下っていく。
しかし、既に柵は倒され味方は瓦解し始めている。
「生きて戻るのは無理だな……」
呟いて、助十郎は敵の真中に突っ込んだ。
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