魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵

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墜天の章

第四十六話 岐阜城の戦い 終局

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天守の広間に生き残った者達を集めていた。
兵の大多数は既に投降している。

――煙硝蔵の火薬に、引火した。
それによりあの大爆発が起こり、味方諸共、蔵が消し飛ばされた。

長実ら最後まで二ノ門の付近に居た者達は、皆が爆風と破片を受けて死んだか、大火傷を負って死んだ。

程なくして二ノ門が打ち破られ、背後を襲われた綱家らも退いて裏手門も開かれた。



今は天守の扉を全て塞ぎ、籠っている状態だ。
本丸の広場には敵が続々と押し寄せている。

「重勝に、面目が立たんな」

皆が俯いている中、口を開く。

「伏見城で徳川方として堪えた鳥居元忠殿は十三日も耐えたのに、我らが岐阜城はたったの半日で落城か……」

誰も口を開かない。

「大垣城から来たと思われる援軍も、撤退した。俺達は、見捨てられたのだ」

空気が重い。だが、こうして口に出す事で、現実を受け入れていくしかなかった。



「何故、敵方はこの天守に踏み込んでこないのでしょうか」
「降伏を待っているのだろう、恐らくな」
秀則の問いに、長政が答える。

「くそ……いっその事乗り込んでくるならば斬り結んでやるものを!」
「池田殿か、福島殿か。分からぬが押さえているのだ。外の声を聞いてみろ。後続の者達の騒がしさを」

綱家の言う通り、一番乗り、二番乗りとなった福島隊、池田隊の後から来た兵達は何やら騒いでいた。
何故乗り込まないのか、皆殺すべきだとか、火を点ければいいだなど言い募っているのが聞こえる。
それを先着した者達が押さえているのだ。

「どうなさいますか、殿」
綱家の問いに、瞑目する。

気持ちは、決まっていた。

「――……腹を切る」
「兄上」
「殿」
「殿!」

広間が騒然となる。

「この三日の間に、どれだけの兵と将が死んだ。皆、この城を護るために……俺の、我儘に付き合わせて死んだ。その責任は取らねばならぬ」
「ですが殿、少なくとも福島正則と池田照政は、殿のお命を狙ってはいないかと」
「それでも、だ。俺はここで死ななければならない。それが城主の役目であり、領主の務めだ。重勝がそうしたように、俺も」
「……ならば兄上、僕もお供する! 他に、腹を召す者はおるか!」

秀則の呼びかけに、何人もの家臣たちが立ち上がり呼応する。

「よし、支度だ。皆、鎧を」
「待て秀則殿! 皆も落ち着け! ここで死んでどうなる」
「武士の面目を保つ。それ以外にあるか綱家!」

綱家や長政と、そして秀則らが言い合いを始めた。

「……静まれ!」

騒然としていた場が、水を打ったように静まり返った。
皆の視線が俺に注がれる。

「腹を切るのは俺だけでいい。皆は、生きろ」
「兄上!」
「俺の命一つでどこまで聞き入れてくれるかは分からん。だが、この戦の責は俺一人で負うべきだ」
「殿……」

立ち上がり、広間を見回す。
随分と、顔ぶれが減っている。

「すまなかった、綱家、長政。お前たちの言う通り、最初から徳川方に降っていればこうはならなかった」
「いや……我らは、殿の志に胸を打たれたから従ったまで。しかし、殿のお命は、まだ散らせませぬ」

そう言うと綱家と長政が目配らせをして、頷き合う。

「殿、御免!」
数名が動き出し、秀則を、俺を、取り押さえた。





「福島家家臣・山路やまじ種常たねつねと申す」
「織田家家老・百々綱家と木造長政と申します。よくぞ参られた」

綱家と長政は示し合わせていたのか、兵を使って俺達を取り押さえて外に休戦の使者を出した。

福島正則はそれに応じ、この山路種常を交渉役と人質として送り返したのである。

「木造殿、貴殿の勇猛果敢な戦いぶり、我が殿が感服致しておりました」
「貴殿こそ単身で、しかも己を人質に交渉を……その心意気恐れ入る」

種常は長政に笑いかけ、そして頭を下げる。

「殿は、織田方の皆様の戦ぶりを大層気に入られております。そして池田照政様も、皆様の助命を各々の大名に。私もこのまま、命を散らされるのは惜しいと考えておりました。どうか降伏を」
「我らも、そのつもりで使者を出した。我が殿は……腹を切る気であったが」
「もう、その気は無いから安心しろ」

後ろに控える正守らが俺の肩を掴んで放さない。
真っ先に俺を取り押さえたのは何を隠そう、この森正守だったのだ。いつの間にか綱家らと通じていたらしい。

「我が殿が、諸将らを集めて言った言葉をお伝え致します」
そうして山路種常はひと呼吸の時を置き、再び口を開いた。

『織田三郎秀信殿は、今は我らに仇なす敵となれども、信長公の嫡孫なり。諸将らの中にも、信長公に恩のある者も居るはずだ。その恩を忘れたか。わしは織田家に贔屓する間柄ではないが、此度の武功を以て、謹んで徳川内府殿に、秀信殿の助命を懇願する所存である』

言い切ると、種常は表情を柔らかくする。

「我が殿は、織田秀信殿の事を思いの外気に入っておられます。必ずやそのお命を助けると、私の命を以てお約束致しましょう」
「……お心遣い、痛み入ります。私の命は構わない、だが、城の者達……それに共に戦った者達の命も、守っていただきたい」
「お約束致します」

その言葉に、胸を撫でおろす。俺の中で譲れない点は、そこだけだ。

「それが守られるならば……降伏致します」
「重畳でございます。では早速……」
と話を進めようとする種常に掌を向けて制す。

「いや、暫しお時間をいただきたい。最後に、やっておかねばならぬ事があるのです。夕刻まででいい、ひと時の時間を」
「はあ……分かりました。まさか、その間に腹を召すなどないようにお願い致します」
「それは間違いなく。最後まで私の我儘に付き合ってくださりかたじけない。――正守、筆と墨、それに紙をあるだけ持って参れ」
「はっ」

首を傾げる種常に一礼し、居室へと向かう。
それを機に、綱家や長政らと話を始めたようだ。

この城を出てしまえば、出来ぬ事。それを今、やっておきたかった。





八月二十三日、申の刻。

天守が解放され、中に籠っていた者達は全て捕らえられた。

俺達の岐阜城を守る戦いは、「降伏」という形でその全てを終えたのだった。
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