魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵

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墜天の章

第四十七話 処遇

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降伏した俺達は、それぞれの軍勢に囲まれる形で岐阜城を出て、散り散りになった。
頭領である俺は殊更厳しく、正守ら小姓十四名と秀則のみを伴って、岐阜城下の寺に入った。

そこで俺は剃髪し、大名としての地位を失い仏門に入る事となる。

正守と秀則も共にしようとしたが止め、俺が髪を落とすのを涙ながらに見ていた。


俺達を護衛してくれたのは、池田隊だった。
最後の機会と思ったのか照政が話しかけてきた。

「秀信殿、すまぬ。もっと我らが早くに到達できていれば、あの惨事は起きなかったはずだが」
「照政殿、これも宿命だと思っています。徳川に弓引いたあの瞬間から、こうなる定めだったと」
「……お主、本当に石田三成に臣従していたのか? それとも、豊臣への恩義か? わしには、そのような理由で石田方についたとは思えぬのだ」

じっと、静かな視線を俺に送る照政。真偽の程を量っているようだ。
俺は真っすぐに見返し、笑みを作る。

「私には、秀吉様への恩義以外に動く理由はありませんでした。全てを読み違えただけの愚将に過ぎませぬ」
「……話す気が無いなら、いい。これからが我らにとっての本当の戦だ。お主にばかり構ってはおられぬ」
「ご武運を」
「……ふん」

つまらなそうに鼻を鳴らすと、照政は離れていく。
その背を見送って、大きなため息を吐いた。

俺の抱いた野心はいとも容易く潰えた。それだけのものだ。
空を見上げ、流れる雲を目で追う。

何故か、今は清々しい気持ちになっていた。

「秀信殿、行きましょう」
「はい」

護送役の兵に呼ばれ、腰を上げる。
これから送られるのは、尾張のようだ。織田に所縁のある生駒家に世話になるらしい。
そこで徳川家康からの下知を待つようにと、指示されていた。





「秀則、これを渡しておく」
「これは……」

共に歩く秀則に、一枚の手紙を渡した。

「お前の分だけあの場で書き損じてしまってな。改めて、書かせてもらった」
紙を開いて読む秀則は、嗚咽を漏らして泣き始めてしまった。

「おいおい、男が泣くなよ」
「兄上……この感状を、皆に?」
「ああ、あの場でなければ渡せないと思った。せめて、皆の今後に役立てばいいと思ってな」

降伏を受諾したのは正午頃、それから夕刻までの間に、生き残った家臣ら全てに感状を記した。
敗北した大名に従った者達だ。命は残されても、もう元の生活には戻れない。
だから武勲や功績を思いつく限り記した感状を、ひとりひとりに渡した。再士官をする上で、少しでも助けになればと。

「僕は、最後まで兄上に付いていきたい」
「俺は坊主だぞ。配下なんて持てないさ。それに……恐らく、行先は高野山こうやさんだろう。大名の出家先としては、秀吉の頃からお決まりのものだ」
「高野山……」
「だから、誰もついてこなくていい。俺だけでいいんだ」
「兄上」
「泣くな、秀則。お前も、どこかに仕官して剣を振るえ。その方がお前に似合っている」

肩を叩くと、秀則は俯き再び泣いているようだった。
大の男が……と苦笑いして離れる。

そう言えば、俺はいつから涙を流していなかっただろうか。

且つて、泣かない事を己に誓っていた気がする。
あれはいつの事だろうか……

「泣き方を、忘れてしまったな」

小さく呟き、丸めた頭を撫でる。
剃ったばかりの頭は、夏の残り香のような陽射しが痛く刺さる。





石田方と徳川方の大合戦となった……後に「関ヶ原の戦い」と言われる戦は、たったの一日で決してしまった。

九月十五日、石田軍約八万と徳川軍約十万の軍勢が激突した。
そのような大兵力での戦となれば、数日……いや、数か月の時間を要する長期戦になってもおかしくはない。

互いに陣を敷いての野戦。朝鮮征伐以来の大軍勢同士の戦。
日ノ本の全ての民が、この戦の趨勢を気にしていただろう。

……結果は、呆気のないものだった。

石田軍に、徳川方へ寝返る者が続出した。
細かな戦の動きを見れば、様々な要因が見受けられる。しかし、一言でまとめるならば……徳川家康の調略が全てだった。

元々石田三成の人望は厚くない。豊臣に従う諸将らをまとめていただけだ。
だから、突け入る隙が多く生まれていた。

諸将による離反に次ぐ離反。それにより石田軍は崩壊し、呆気なく潰走し、天下を決する大戦は徳川方の圧勝という形で終えられた。

決着が着いた事もあり、俺の処遇もようやく下りてきた。
使者が告げた俺への処遇、それは。

「領地を全て没収し、高野山へ出家されたし」

予想通りのものだった。

「兄上、やはり僕たちも……」
「いや、秀則、正守。お前たちとはここでお別れだ」
「しかし殿! あの地は」
「分かっている。且つてお祖父様が苛烈な程に攻め上げた地だ。きっと、信長の孫など快く思わないだろう。お前達まで巻き込まれる必要はない。処分も、俺に出されたものだ」
「兄上、僕は……」
「皆、達者で暮らせ。いつか名を上げて、俺の耳に届くように」

ここまで付き従ってくれた者達。
ともすれば、家族のように思っていた。
だからこそ、苦しむのは俺一人でいいと思っていた。

「我らの主君は生涯、織田三郎秀信様ただ一人でございます。殿、どうかご健勝であられますように」

正守がそう告げると、皆が頭を下げた。

「俺も、お前達と駆けた日々を忘れる事はないだろう。今生の別れだ。さらば」



この日を最後に、俺は単身、紀伊国・高野山へと向かい秀則らと別れたのだった。
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