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雛鳥の章
第十一話 岐阜入り
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年が明けた天正十九年、早速秀吉の指示により俺と秀則は岐阜城入りする事となった。
とは言えすぐに城主となるわけではない。そもそも城主としての役目などひとつも分からないわけで、立場としては今と変わらず、城内にてその仕事を学ぶようにと言い渡されていた。
『禿ねずみ如きの言葉に、浮かされおって』
駕籠の中で微睡む中、あの声が聞こえる。
実に二年ぶりに、再び亡霊が現れた。
秀吉と語らったあの晩からだ。
『織田の男が情けない。信雄と同じだ。お前は』
煩い。まだ昼間だというのに、亡霊のくせに出てくるな。
『影さえあれば我は出られる。その程度も分からぬか』
以前出てきたときは、突然現れた秀則との関係に悩み不安定だったから、整理するために己で生み出した影だと思っていた。
結局、解決に向かう時に消えていたし、札や符を剥がしても現れなかった。
なので、大人になった己の影を想像し、自問自答していたのではないか、と落としどころを見つけていたのだ。
それがどうだ。今度は四六時中愚痴を零し纏わりつくようになってしまった。
声を出せば周囲に驚かれる。
心の中で言葉を念じるようにすれば、亡霊に伝わる事が分かり、そのように対処している。
しかし、本当に煩い。煩わしくて仕方ない。いっそ斬り殺せないか試してみたいほどだ。
『ふん、お前程度の腕で我を斬れるか。弟にすら劣る雑魚め』
こんな具合で頭の中に浮かべた事にすら反応する始末で、本当にお手上げの状態だった。
『しかし、美濃か。久しいものだ』
どんな顔をしているかは分からないが、亡霊はどこか満足そうな声色に聞こえる。
それからもぽつりぽつりと、つまらないやり取りを続けながら、目的の岐阜城へと到着した。
これまでも聚楽第から伏見城や淀城へ行ったり、大阪城も見てきているので、良く言えば武骨、悪く言えば田舎の印象を受けてしまう城だった。
だが、住むものの威光を見せつける為に造られた城々とは違い、実践に向けた造りの城はまさしく砦の様相であり、どちらかと言えば俺には岐阜城の方が好ましく思える。
城内に入ると、小者や下女とおぼしき者たちが慌ただしく荷運びをしていたり、検分する者もちらほら見受けられた。
「やあやあ、よう参られた織田殿」
「これは、池田照政様でございますか」
「そうだ、京よりご足労であったな」
屋敷に入る前に、一人の男に声を掛けられた。
逞しい体つきをした若い男で、齢は二十半ばほどだろうか。
「城替えの支度をしておってな。忙しなく申し訳ない」
「私共こそ、このような時期に移ってしまって、お世話をお掛けいたします」
「やあ、気にするな。……しかしまあ、まだ年若いのに立派な振る舞いだな。さすがは信忠様のお子だ。ふむ、少しだけ話さぬか? 奥に参られよ」
「はい」
照政の方こそ、その振る舞いは堂々としたものに感じられる。これが城持ちとなった大名……という事だろうか。
「池田様は、祖父の頃からの将であったとお聞きしております」
「おう、親父と信長公は乳兄弟であったからな。……きっとお主は憶えておらぬだろうが、関白殿下と共にお主を立てたのは俺の親父よ。あの頃はほんに小さかったのにのう!」
「照政様も清州の会議に?」
「はっはっはっ! あの頃は俺も駆け出しの小僧よ。それに兄者もおったからな。御家の行く末を決める会議にはまさか入れん。しかし、まさか親父も兄者も同じ戦場で散るとは思わなんだ」
「そうでしたか……」
次男であるとは知らなかった。勉強不足だ。
「それにしても、お主がこの岐阜城に戻るというのは、関白殿下も粋な計らいをするなあ」
「私の父がかつての城主だったと、聞いています」
「おうよ。信忠様の戦ぶりが俺は好きでな。まさしく勇猛果敢、あれこそ勇将であると思ったものよ」
お祖父様よりも、父上の話が出る人は珍しい。織田と言えば”信長”、それが当たり前のように語られていたから。
父を褒められるのは、こそばゆくも嬉しいものだ。溌剌としたもの言いといい、この池田照政という人が好ましく思えてきた。
「父も、きっとあの世で喜んでいると思います」
「そう畏まるな……と言っても難しいか。だがまあ、俺は嬉しいぞ。この城を与かって五年余、信忠様の倅であるお主に手渡すことができるのだからな」
本当に嬉しそうな笑顔で笑う照政。どことなく、忠政の事を思い出してしまう。
そう言えば歳の頃も、二人は近いのではないだろうか。
「まずは秀勝様の下でしっかりと学び、励みたいと思います」
「おう、そうだな。俺も秀勝殿にどやされんよう、ぬかりなく渡さねばならん!」
「ふふ、そうでございますね」
「お、なんだ笑えるじゃないか。笑顔は年相応だのう」
大きな声で笑い俺の肩を叩く照政と、もっと話したいと思った。
池田照政の後の岐阜城主は、秀吉の甥であり養子である豊臣秀勝が継ぐことになっていた。
照政は既に十三万石を領しているが、先の小田原攻めの武功により加増、城替えで三河の吉田城主となる。
その代わりに甲斐に居た秀勝が、美濃に来る形となっていた。
秀勝も齢は二十歳を過ぎた頃と聞いているので、同年代の若い武将だ。
聚楽第にて天皇陛下の行幸があった際に会う機会があったが、あの頃からまた変わっているだろう。
目の前の照政も、秀勝も、そして忠政も、戦ばかりの日々を駆け抜けてきてる。俺はまだ初陣すら果たせていない。
――遠い。
似た立場にある若武者達の背を見て思うのは、やはり自分が子供だということだった。
ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー
ここまでで『第一章 雛鳥の章』を閉じます。
「三法師」が「秀信」となるまでの人生、そして養育されている期間までとして描きました。
実は岐阜城入りは元服の時期辺りらしいのですが、改変させていただいた事をご了承ください。
そう考えると本当は池田照政に養育され、深い誼を通じていたかもしれませんね。
知っている方は「池田輝政」と書く方がしっくり来る名前でしょうが、「輝政」を名乗ったのは晩年に近い時期のようですので「照政」と表記しています。
次話より『第二章 飛空の章』へ移ります。ここからは秀信が武将・大名としての成長を描きますので、引き続きお楽しみください!
そして、ここまでお読みいただいた皆様、本当にありがとうございます。
是非、お気に入り登録・感想投稿・いいね・エールをよろしくお願いします!
ー古道 庵ー
とは言えすぐに城主となるわけではない。そもそも城主としての役目などひとつも分からないわけで、立場としては今と変わらず、城内にてその仕事を学ぶようにと言い渡されていた。
『禿ねずみ如きの言葉に、浮かされおって』
駕籠の中で微睡む中、あの声が聞こえる。
実に二年ぶりに、再び亡霊が現れた。
秀吉と語らったあの晩からだ。
『織田の男が情けない。信雄と同じだ。お前は』
煩い。まだ昼間だというのに、亡霊のくせに出てくるな。
『影さえあれば我は出られる。その程度も分からぬか』
以前出てきたときは、突然現れた秀則との関係に悩み不安定だったから、整理するために己で生み出した影だと思っていた。
結局、解決に向かう時に消えていたし、札や符を剥がしても現れなかった。
なので、大人になった己の影を想像し、自問自答していたのではないか、と落としどころを見つけていたのだ。
それがどうだ。今度は四六時中愚痴を零し纏わりつくようになってしまった。
声を出せば周囲に驚かれる。
心の中で言葉を念じるようにすれば、亡霊に伝わる事が分かり、そのように対処している。
しかし、本当に煩い。煩わしくて仕方ない。いっそ斬り殺せないか試してみたいほどだ。
『ふん、お前程度の腕で我を斬れるか。弟にすら劣る雑魚め』
こんな具合で頭の中に浮かべた事にすら反応する始末で、本当にお手上げの状態だった。
『しかし、美濃か。久しいものだ』
どんな顔をしているかは分からないが、亡霊はどこか満足そうな声色に聞こえる。
それからもぽつりぽつりと、つまらないやり取りを続けながら、目的の岐阜城へと到着した。
これまでも聚楽第から伏見城や淀城へ行ったり、大阪城も見てきているので、良く言えば武骨、悪く言えば田舎の印象を受けてしまう城だった。
だが、住むものの威光を見せつける為に造られた城々とは違い、実践に向けた造りの城はまさしく砦の様相であり、どちらかと言えば俺には岐阜城の方が好ましく思える。
城内に入ると、小者や下女とおぼしき者たちが慌ただしく荷運びをしていたり、検分する者もちらほら見受けられた。
「やあやあ、よう参られた織田殿」
「これは、池田照政様でございますか」
「そうだ、京よりご足労であったな」
屋敷に入る前に、一人の男に声を掛けられた。
逞しい体つきをした若い男で、齢は二十半ばほどだろうか。
「城替えの支度をしておってな。忙しなく申し訳ない」
「私共こそ、このような時期に移ってしまって、お世話をお掛けいたします」
「やあ、気にするな。……しかしまあ、まだ年若いのに立派な振る舞いだな。さすがは信忠様のお子だ。ふむ、少しだけ話さぬか? 奥に参られよ」
「はい」
照政の方こそ、その振る舞いは堂々としたものに感じられる。これが城持ちとなった大名……という事だろうか。
「池田様は、祖父の頃からの将であったとお聞きしております」
「おう、親父と信長公は乳兄弟であったからな。……きっとお主は憶えておらぬだろうが、関白殿下と共にお主を立てたのは俺の親父よ。あの頃はほんに小さかったのにのう!」
「照政様も清州の会議に?」
「はっはっはっ! あの頃は俺も駆け出しの小僧よ。それに兄者もおったからな。御家の行く末を決める会議にはまさか入れん。しかし、まさか親父も兄者も同じ戦場で散るとは思わなんだ」
「そうでしたか……」
次男であるとは知らなかった。勉強不足だ。
「それにしても、お主がこの岐阜城に戻るというのは、関白殿下も粋な計らいをするなあ」
「私の父がかつての城主だったと、聞いています」
「おうよ。信忠様の戦ぶりが俺は好きでな。まさしく勇猛果敢、あれこそ勇将であると思ったものよ」
お祖父様よりも、父上の話が出る人は珍しい。織田と言えば”信長”、それが当たり前のように語られていたから。
父を褒められるのは、こそばゆくも嬉しいものだ。溌剌としたもの言いといい、この池田照政という人が好ましく思えてきた。
「父も、きっとあの世で喜んでいると思います」
「そう畏まるな……と言っても難しいか。だがまあ、俺は嬉しいぞ。この城を与かって五年余、信忠様の倅であるお主に手渡すことができるのだからな」
本当に嬉しそうな笑顔で笑う照政。どことなく、忠政の事を思い出してしまう。
そう言えば歳の頃も、二人は近いのではないだろうか。
「まずは秀勝様の下でしっかりと学び、励みたいと思います」
「おう、そうだな。俺も秀勝殿にどやされんよう、ぬかりなく渡さねばならん!」
「ふふ、そうでございますね」
「お、なんだ笑えるじゃないか。笑顔は年相応だのう」
大きな声で笑い俺の肩を叩く照政と、もっと話したいと思った。
池田照政の後の岐阜城主は、秀吉の甥であり養子である豊臣秀勝が継ぐことになっていた。
照政は既に十三万石を領しているが、先の小田原攻めの武功により加増、城替えで三河の吉田城主となる。
その代わりに甲斐に居た秀勝が、美濃に来る形となっていた。
秀勝も齢は二十歳を過ぎた頃と聞いているので、同年代の若い武将だ。
聚楽第にて天皇陛下の行幸があった際に会う機会があったが、あの頃からまた変わっているだろう。
目の前の照政も、秀勝も、そして忠政も、戦ばかりの日々を駆け抜けてきてる。俺はまだ初陣すら果たせていない。
――遠い。
似た立場にある若武者達の背を見て思うのは、やはり自分が子供だということだった。
ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー
ここまでで『第一章 雛鳥の章』を閉じます。
「三法師」が「秀信」となるまでの人生、そして養育されている期間までとして描きました。
実は岐阜城入りは元服の時期辺りらしいのですが、改変させていただいた事をご了承ください。
そう考えると本当は池田照政に養育され、深い誼を通じていたかもしれませんね。
知っている方は「池田輝政」と書く方がしっくり来る名前でしょうが、「輝政」を名乗ったのは晩年に近い時期のようですので「照政」と表記しています。
次話より『第二章 飛空の章』へ移ります。ここからは秀信が武将・大名としての成長を描きますので、引き続きお楽しみください!
そして、ここまでお読みいただいた皆様、本当にありがとうございます。
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