魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵

文字の大きさ
12 / 49
飛空の章

第十二話 岐阜城主 織田秀信

しおりを挟む
その報せは、急なものだった。

岐阜城主・豊臣秀勝――朝鮮出兵中の折り、病没。


夏の暑さが過ぎた、九月の終わりの頃だ。

俺が岐阜城に入ってから二年目の事で、秀勝から城主としての手ほどきを受けるつもりだったが、それほど経たずに美濃衆八千人と家臣団を率いて、秀勝は朝鮮へと攻め入っていた。

気難しいところのある人だが、かなり切れ者である事、そして何よりも、豊臣を背負う気概を持つ若武者という印象だった。

織田の嫡流であるというだけで気を遣ったり阿ったりする者が多い中、平然と俺を小姓として使い回すもので、こういった類の人はある意味、初めてだったかもしれない。

開口一番、「思い上がるなよ若造」と言ってきて面を喰らったものだ。

出城の際に俺を岐阜城に留め置き、「留守を任せた」と短く言ってくれたのも、颯爽としていて格好良かった。



――その秀勝が、死んだ。


人の減った岐阜城内は慌ただしく、城代も各方面との連絡で手一杯という様相だった。
何よりも城主を失い、主だった家臣や将と領民を含めた八千人が朝鮮へと渡ったままだ。最低限の政務は回っていたが、いつまでもこのままにしておく事はできない。
急ぎ新たなる城主を決めて、海向こうの美濃衆達をまとめる必要があった。

昨年に引き続いての、豊臣とっての悲報。


ーー昨年は、悲惨な事が続いた年だった。

まず、秀吉の駆け出しの頃より支え続けていた実弟・豊臣秀長殿が亡くなった。
以前より病が篤かったという話だったが、俺が岐阜城入りした直後の時期に病没したと報せが回った。

とても温和な御方だった事を、よく覚えている。気分屋で話があちらこちらと飛ぶ秀吉と、それに困惑する家臣達の間をよく取り持っているという印象だった。
秀吉に忌憚なく意義を唱えられるのも、長く支えた実弟だからだろう。気の許せる弟が没したとあり、秀吉も酷く落胆していたらしい。


時を同じくして、実子の鶴松殿も病を発していた。
元より病弱ではあったが、先の秀長殿の事もあり、秀吉も気が気ではなかったようだ。様々な神社仏閣に祈祷を、各地からは名医と呼ばれる人物を探し回った。
それから癒えては罹ってをしばらく繰り返していたのだが、夏の病がひと際重く、秀吉の奔走も虚しく息を引き取った。
齢わずか三歳という幼い命だった。

聚楽第に来ていた時に遊んでいる姿を見かけたが、何も分からない、知らない、屈託のない童だった。
これから豊臣を背負う……その意味では、己と同じ運命を課せられた哀れな子だったとも思える。
俺が織田を継いだのが三歳。その歳までしか生きられなかったか。あの幼子に対しての想いは深くはないが、同情の念は抱いている。


鶴松殿を喪った落胆は酷かったらしく、秀吉の周辺は荒れていたようだ。
それもそうで、本当に待望の実子、しかも男児だったのだ。生まれたばかりの赤子に自身の全てを継がせてしまおうと思う程に、秀吉が待ち焦がれた希望の光だった。

その光が、消えた。

指示は精彩を欠き、突然怒り出したかと思えば泣き喚き、塞ぎ込む日々も続いていたようだ。

しかし、己が進めていた朝鮮出兵への手筈は既に整い、悲しんでばかりもいられない。
甥であり、秀勝の兄である秀次様を後継に指名し、関白職を継承。
自身は太閤を名乗り、準備を進めていた朝鮮出兵の号を発した。その数、十六万にも及ぶ大軍という。

報告の中で聞く限りであるが、かなり善戦しているようで、破竹の勢いで勝ち進んでいた。
都も占領し、朝鮮の王族は這う這うの体で逃げ出したという。

このまま朝鮮半島を完全に制圧しようとしたのだが、大国の明が参戦し、一度陣容を整えるために休戦となった。

秀勝が病を得て亡くなったのは、補給線を整えていたその時だ。

豊臣には病魔の呪いがかかっている。そんな噂が立ち始めていた。





「太閤殿下より書状を持って参った。急ぎ、お読みいただきたい」

秀勝の死を知ってから十日が過ぎた頃、二十名程の供回りを引き連れた男が岐阜城に現れた。
装いは所領を持つ大名のそれではあるが、武骨な印象を与える男で、よく着慣れた山吹色の袴は派手さが全くなく、まさしく叩き上げの武士である事が見ただけでも分かるものだった。

「ご足労でございました。拝見つかまつりまする」

俺はその場で書状を受け取り、広げる。墨の色はまだ新しく、筆致は荒れていた。情動をそのまま紙に流し込んだような文字だった。

――「織田三郎秀信、そなたを以って、岐阜城を任す」

その一行目を読んだだけで、身体に妙な熱が巡った。

俺が、岐阜城主に。

まだまだ先の話だと思い込んでいた。
少なくとも、充分な準備の先にその道があり、俺にその任が下りるのは、秀勝が飛躍したその跡を継ぐものだと。

秀勝亡き今となっても、他に適任の者が来るものだと。

しかし秀吉が選んだのは、俺だった。
秀吉に担がれた、あの日と同じだ。命じられ、託されている。それでいて選択肢は与えられていない。

これは命令ではない――押しつけられた、運命だ。

「……この場で、即答せよとのことでしょうか?」
「あくまで、太閤殿下の意思であります。しかし、それが“命”と等しきものであることは、織田様もよくお分かりかと」
言葉の柔らかさに反して、男の目は一切の冗談を含んでいなかった。

「また、太閤殿下はこの私、百々綱家どどつないえを、以後は三郎様の下に仕える家臣として遣わされております。補佐役として、岐阜政務を支えよとの仰せです」
「……家臣として?」
「左様にございます。これより、織田三郎秀信様を主と仰ぎ、命を賭して仕えまする。……ご返答いかがか」

思わず、百々綱家を見返してしまった。
この男が、家臣に。

百々綱家はどこか、こちらを試すような雰囲気があった。まるで値踏みでもしているかのように、その目は俺を見据えている。


……やらねば、ならぬのか。

一国一城の主。その重荷がどれ程のものか、未だに検討などついていないのに。
その上、倍どころでは利かぬ程に歳の離れた先達を、主と家臣という間柄となって使う。到底、想像などつかない。

忠政は、こんな気持ちだったのかな。
丁度同じ歳の頃だったはずだ。

「畏まりました。これは太閤殿下直筆の書状――ここに、私を正式に岐阜城主として任ずる旨、認められております。以後、岐阜を与かり、美濃の地を守り、豊臣の威を広めること――この織田三郎秀信、不肖の身なれど、その責務承り申し上げる」

喉が震えた。しかし、一言として漏れのないように、肚からの声で返答する。

百々綱家は一瞬口角を上げ、すぐに頭を下げる。

「御返事、確かに受け申した! この綱家、如何様にもお使いくだされい!」
「よろしくお願い……いや、よろしく頼む。綱家」
「ははっ」

手をつき頭を下げた綱家の表情は伺い知れない。だが、やはり侮られてはいるだろう。

だからどうした。俺は、これからだ。これから羽ばたく男だ。
まずはこの男を使いこなす。
そして織田の名を、威風を、高める。
信雄叔父が散々に貶めてしまった、この覇王の家の名を。


遠かった背中が近づいた。
今はその実感だけに、気を酔わせたかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~

佐倉伸哉
歴史・時代
 その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。  父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。  稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。  明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。  ◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』でも同時掲載しています◇

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...