魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵

文字の大きさ
20 / 49
飛空の章

第二十話 黒雲

しおりを挟む
朝鮮から帰ってきた頃、豊臣には新たな光が誕生していた。

拾丸ひろいまる殿の誕生である。

母はやはり淀君よどきみであり、秀吉の血を受けた二人目を産んだ事になる。
どうにも今回は何やら、きな臭い噂話が多く流れているらしいが、聚楽第を出ている今となっては関わるつもりも無かった。

前年に関白職を秀次様に移しており、正式な後継と定めていたものと思ったが、拾丸殿の誕生により秀吉の気持ちは大きく実子に傾いたらしい。
まだ生まれたばかりだというのに、秀次様の娘子との婚姻を決定。

秀次様の義理の息子となったわけで、それだけで秀吉が秀次様ではなく拾丸殿を後継として選んだ事が分かる。

おまけに、京に新たな城建てるという話まで出す始末。
既に聚楽第や淀城、それに大阪城と豪奢な城の数々を建てたのに、それでも飽き足らないらしい。

話では、拾丸殿の為の城……そういう話だ。


こうなると既に後継として職務に就いている、秀次様の立場が無くなってしまうのではという声も出ている。
全ては太閤・豊臣秀吉の意の儘であり、関わる者は全てが駒。

秀吉が主権を握ったまま、死ぬまで離さないのは誰の目にも明らか。
秀吉への不満を持っている者たちが秀次様の下に集っている、という噂も立ち始めていた。

豊臣の世は、未だ不穏な雲行きであった。





一年半もの間、八千人もの男手を失っていた美濃の地では、今年の米の収穫量が非常に心配なものになっていた。
兵糧として持ち出したものが多くあり、備蓄もあまり無かったのだ。

「今年の年貢については少なくするべきかな」
「そうですな。城下は比較的潤っているように見えているでしょうが、近くの村々では飢えている者も多い。ようやく夫や倅らが戻ってきたので安心しておるでしょうが、荒れた田畑を耕すことからまた始めねばならない」
「少しでも良いから、兵役に就いた者は何か俸禄を出せたら良いのだが……」
「殿はお優し過ぎますな。そんな事をすれば岐阜城は空になりましょう。この地で生きる以上、民の生き方として耐えてもらう時が必要です」

そう、斎藤さいとう元忠もとただに返され言葉に詰まる。

既に稲の刈り入れに入っている時期で、年貢率についての話を家老の綱家、長政、そして代官の元忠、徳元とくげん親子と話し合っていた。

「検地による石高の見直しも進めておりますが、如何せんこちらも反発が多い。なかなかに厳しいところではありますな」
「あまり年貢を少なくし過ぎると、蓄えに回せる分も無くなります。そうなると兵の維持などは厳しくなるでしょう」
「かと言って締め付け過ぎると一揆が起きかねんぞ」
「そこは、結託せぬよう分断しましょう。村同士を反目するようにすれば」
「徳元殿、そういった手を頼みにするのはいかがなものと思うぞ」

秀吉が号を発した大規模な検地の命令。これにより、豊臣直轄の所領では改めて測量・検地が行われ、田畑の権利や区分けも見直されていた。
利する者は良いが損する者も多く、特に各地の地侍や郷士からは反感を買っている。
美濃でも進めており、度々衝突していると聞く。

「この一年は厳しくなる……という事か」
「いえ、向こう三年程は荒れるやもしれませぬ。それも、日照りや洪水、戦などの害が無ければ、ですな」

斎藤元忠はそう締めくくり、瞑目する。

「今年の年貢率については、大きく引き下げる事とする。細かな部分については徳元殿、頼む」
「承知仕りました」

皆が頷くのを確認し、次の話へと移っていく。





「亡霊、居るか?」
『お前から呼ぶとはな。いつもは無視しておるというのに』

虫の音が涼しく響く夜。
人に聞かれぬよう小さな声で問うと、部屋の隅にひと際濃い影が浮かび上がる。

「率直に聞きたい。どうすればいい」
『どう、か。好きにすればよかろう』

影は明かりが届かぬ場所を道とし、ゆっくりと動き出す。

『お前が当主、お前が領主なのだろう? なら、思う侭を尽くせばよかろう』
「俺には……それが分からないんだ」
『であろうな』

いつか、忠政に言われた事がある。「自分が無い」と。
三歳の頃から、与えられた役割の為に生きてきた。その為に己の意思というものを殺して生きてきた。
それであるが故に、己の思いや願いというものが、よく分からなくなってしまっている。

「俺は、自分の意思で何かを決められた事がない。いつも、誰かの意図や思惑に逆らえずに流されてきた。その中で、俺がやれた事は。――亡霊……いや、お祖父様。あなたの導きで成した事しかない」
『ほう、我がお前の爺だとな。これは滑稽なり』
そう言って高笑いを始める亡霊。

「違うのか?」
『我を亡霊と名付けたのはお前だろう。だから、それだけだ』
「亡霊にも元となる人物がいる。俺にまとわりつくのは、血縁だからじゃないのか? 織田の行く末を憂いて……」
『それならお前の父もおるだろう。何故、祖父の方なのか』
「父とは違うと思った」

――父なら、もっと優しいはずだ。と。

『くだらぬ。だがまあ、お前がそう思うのならそうなのだろう。……そう、我は”織田上総介三郎信長おだかずさのすけさぶろうのぶなが”。うぬと同じ三郎の名を持つ者よ』
「……なんだ、やはりそうだったんじゃないか」

考えれば分かる事だ。織田家に詳しい事、美濃を懐かしんでいた事、そしてなにかと俺に指図をしていた事。全てこの亡霊が信長公であれば、説明がつく話だ。俺にまとわりつくのは、自らが押し上げた織田家の今後を見る為。
俺は結局、ここでも傀儡だったのだ。

「再び織田の世を取り戻す為に、お祖父様、知恵をお貸しいただけませんか?」
『そのような方便で我が喜ぶとでも? ――だがまあ、死者の暇つぶしとしてはそれもまた一興、か』
「どうか、お願いいたします」

そう言って手をつき、頭を下げる。

『織田の男が情けない。お前のそれは、安過ぎる。我からすれば欠片の価値も感じられんぞ。孫であるという一点に免じて許すが、今後そのような態度を我の前で見せるな。不愉快だ』
「分かり……分かった」
『我は我のやり方しか知らん。故に逐一細かな話はせん。あとはお前でどうにかしろ』
「分かった」

何故かその後、信長の霊は嗤い始める。

重苦しい声が、より重く、そして影は一層深く、濃くなったような気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~

佐倉伸哉
歴史・時代
 その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。  父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。  稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。  明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。  ◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』でも同時掲載しています◇

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...