23 / 49
飛空の章
第二十三話 朝鮮帰りの男たち
しおりを挟む
伴天連追放令が未だに発布されている世の中、密かに切支丹となった年。
豊臣では大きな事件が起きていた。
関白・秀次の謀反の嫌疑がかけられたのである。
秀次が住まう聚楽第に石田三成ら奉行衆が清州城への蟄居を促したものの、これを拒み、謀反の意が無い事を記した誓紙を返した。
これが良くなかったのか、今度は秀吉の居城である伏見城への出頭を命じられ、それに赴いたのらしいのだが、何故か城内に入ることが許されないまま剃髪させられ、高野山へ流罪とされた。
この問答無用な対応にはいかがなものかと各地で声が上がっていたのだが、高野山へと渡ってから数日も経たぬ内に福島正則ら使者が訪れ、秀吉の命のにより賜死が下った。
秀次はその日に腹を裂き、供回りの者たちも運命を供にしたという。
本当に秀次殿下に謀反の意があったのか、それについては疑問が残る。
ただ、噂話ではあるが秀吉に反感を抱いている者たちが密かに集っていたというのは聞いていた。
実際、太閤である秀吉は後見の立場であり、関白の秀次が執政を行う役なのである。故に、秀次を旗印に、打倒秀吉を画策する者が現れても不思議ではなかった。
俺にとって最も衝撃的だったのは、秀次殿下の死よりも長年を過ごした聚楽第を、秀吉が焼き潰してしまった事だった。
あの場所は、俺にとって幼い頃の記憶が色濃く残る場所だ。
決していい思い出が残る城ではなかった。鳥籠のようにも思える程、窮屈な屋敷だった。
しかしそれでも、嫌いではなかったと思う。
幼い俺を育ててくれた、そんな場所が、建てた本人である秀吉の命で焼き払われてしまった。
その事に思いの外落胆していると気づき、自分でも驚くほどだった。
近頃の秀吉は、どうにも精彩を欠いているように思えた。
幾度か伏見城に呼ばれる事があるので行くが、留守にしていたり、会っても呼んだ日を忘れているような節があったり、感情の起伏が以前にも増して激しくなっていると思える。
「太閤殿下の眼には、拾丸殿しか見えていない」――そう告げたのは、小姓として連れていた正守だった。
豊臣の世に翳りが見え始めている。
……そんな話も、民の間では流れているようだ。
◆
「……お、お待ちを! お待ちください!」
どたどたと廊下を騒がしく歩く複数の足音と、何やら女中の慌てる声が近づいてきたかと思うと、勢いよく襖が開き、一人の男が大股で入ってきた。
「よう、三法師。遊びに来てやったぞ」
「忠政。まったく、いつも強引だな」
どかりと目の前に座り、笑みを浮かべる忠政を見て、呆れつつも笑ってしまった。
「名護屋城以来だな。岐阜城に戻ったなら真っ先に金山に顔を見せればいいものを」
「すまない。統治というものに手間取ってな。結局、行く機会を逸してしまった」
「……つまらん喋り方をするなあ。昔のようにお前、俺、で話せんのか」
「あの頃は”僕”だ」
「それもそうか!」
膝を叩き大笑いする忠政。と、その後ろにこちらを覗く影が見える。
「秀則。会った事はあるか?」
「お! 噂の三法師の弟か!」
「人前で幼名はやめろよ……」
「織田秀則でございます。お初お目にかかります」
「おう、俺は森忠政だ。三……秀信の弟なら、俺の弟も同然だ! 仲良くしてくれよな」
「はい!」
忠政の嵐のような強引さに、秀則は飲まれつつも目を輝かせる。
「それにしてもでかいな。歳はいくつだ?」
「十四になります」
「まだ幼いのに立派だな。武芸はやるのか?」
「岐阜城一を名乗っております」
「ほう……これは生意気だな。あとでやるか?」
「一手お手合わせお願いします!」
「忠政、言っておくが本当にこいつは強いぞ。悪い事は言わないからやめておけ」
「そう言われると俄然やりたくなるがな。無論、秀信、お前とも」
「俺はいいよ。以前よりも腕が落ちている」
「なんだ、つまらんなあ」
そもそもお前の歳はいくつだ、と言いたくなる。いい加減、木剣を振って腕比べなどやめた方がいいというのに。
昔はあれ程忠政との稽古が好きだったのに、今目の前にされると鬱陶しく思えてしまう。そう考えると、俺の「好きなもの」はしっかりとあって、今も変化しているという事だろうか。
「そう言えば、ここに来る道中に面白い一団に出会ったぞ。なんでも、久しぶりの帰郷で、朝鮮帰りだそうだ」
「……そうか、あの時留め置かれた守備隊の者たちか」
美濃衆八千人の内、連れて帰れなかった者たち。彼らがようやく帰ってこれたのだろう。
喉に引っかかっていたものが、ようやく下りそうだ。
「随分と勇ましい若武者が居てな、若いが、そこの秀則のように腕を自慢していたぞ」
「農兵と一緒にしないでください。僕は、かなり強いですよ」
「そこらで止めておけ、秀則。それで忠政、世間話をしに来ただけじゃないんだろう?」
「おう。さっきの朝鮮帰りの者ともつながる話だが……どうにも、明国との講和が破談となりそうだ」
秀則に去るように手を振ると、頭を下げて下がっていく。
「その話、済州島から出る前に福島殿から少し聞いたよ。どうにも、早く講和を成り立たせるために交渉役同士で計ったとか」
「なんだ、そこまで知っていたのか。それにしても福島殿がお前に……秀次殿下の件もあるし、何かと名前が出てくるようになったな。五大老や五奉行とは別に、新たな派閥の中心人物になっているとか」
「ああ、戦好きの大名たちが酒飲みに集まっているというあれだろう?」
人が集まれば派閥ができる。それも、一国を治める頭領共がうじゃうじゃと豊臣の旗の下に集まっているのだ。一筋縄でいくわけがない。
「それはそれとして、太閤殿下は大層お怒りだ。――また攻め入るぞ、あの地へ」
「そうか……また、動員されるのだろうか」
思い出すだけで辟易してくる。またあのような経験をするのは勘弁して欲しい。
「やっと領内も落ち着いてきたというのに……」
「少し様子を見ながら来たが、思っていたよりも村が荒れてないな」
「今年は米の出来が良かったからな。ようやく民たちも胸を撫でおろしているところだろう」
「あれだけの兵を募ったわりには、上手くやったじゃないか。どんな仕掛けだ?」
「民たちが踏ん張ったお陰さ。俺たちは、彼らに食わせてもらってるんだ」
忠政が少し驚いたような表情を浮かべた。
「会わない間に、老けたなお前」
「俺は老けたろうが、忠政は子供のままだな。大名の風格というものを身に着けたらどうだ?」
「まったく、お前は秀則とはまた違った生意気だな」
「意気地がないよりよっぽどいいだろう?」
「ああ言えばこう言うようになっちまって……」
と、そこで一つの足音が近づいてきた。
「殿、池尻城主・飯沼殿が参られました。殿にご挨拶申し上げたいとの旨です」
「そうか。通してやってくれ。城内の主だった者たちも集めてくれ」
「御意にございます」
伝えに来た左近は頭を下げ、去っていく。
「さっきの朝鮮帰りの者たちだろうな」
「忠政も会っていくか?」
「いいや、俺はいいだろう。お前の下についてるわけでもないしな」
「まだ用はあるか?」
「酒でもと思っていたが、またの機会にしておくよ。これからも来るかならな」
「今度は俺が金山に行くよ」
「おう」
忠政はにやりと笑い、拳を突き出す。それに拳を合わせ、笑みを返した。
◆
「池尻城主を務めることとなりました、飯沼長実にございます」
「うむ、よくぞ海向こうより戻ってまいった。これからよろしく頼むぞ」
飯沼長実は、長政と同じく三十半ば程のようだ。どこか荒んでいるように見えるのは、三年もあの地に留まっていたせいだろうか。
なかなか波乱万丈な人生を送ったそうで、長実の父は信孝叔父に内通して秀吉に処刑されていたり、前田利家殿に仕えていたのだが、罪を犯し出奔したとの話も聞いている。
そんな長実だが、秀吉に拾われて美濃に領地を与えられ、そして朝鮮出兵に従軍したそうだ。
残された守備兵をよくまとめて戦い抜いたと、持参した書状には書かれていた。
「飯沼殿、そちらの方は?」
俺の右に控えていた、秀則が問うと、長実の隣に座していた若者が頭を下げた。
「これは倅でございます」
「飯沼長資と申します。父共々、よろしくお願いいたします」
「倅めは、木造殿に鍛えていただこうと連れて参りました。朝鮮の地で実践を重ねておりますので、人並みには使えると思います」
「だそうだ、長政」
「若武者が増える事は大いに結構な事ですな!」
長政が言う通り、飯沼長資はかなり若い…というより、幼い。俺や秀則と変わらない、あどけなさの残る顔立ちをしている。
しかし、面には細かな傷が多く残っており、顔に傷を受けるような場所に居たことが窺い知れた。
醸す雰囲気もどこか武人じみたものがあり、血気盛んな印象を受ける。
「……もしや先刻、森忠政殿と行き会わなかったか?」
「おお! よくご存じで。大層勢いのある御方でした」
「忠政殿から聞いたが、腕自慢をしていたそうだな」
「はっ! お恥ずかしながら」
聞いた秀則は身を乗り出し、俺に対して頭を下げる。
「兄上、私少々長資殿に興味が出てきました。腕試しをしても?」
「秀則……」
「私の腕前で、弟君のお相手が務まりますでしょうか」
「この織田秀則、岐阜一の遣い手と自負しております。ここは一つ、お願いしたい」
「分かった。長資殿、こうも鼻息の荒い弟で済まぬが、剣の腕は確かだ。一手お相手いただけるか?」
「殿の仰せとあらば」
丁寧な言葉遣いを崩さないが、態度は明らかに秀則の挑発に乗っているものだった。どうにも秀則と似ている気がする。
それからも話をそぞろに、外の広場へと連れ立って出ていった。
◆
「では、二本先取でよろしいか」
「はい」
互いに槍を模した長さの棒を構える秀則と長資。
地面すれすれに穂先を向けた秀則と、中段に無造作に構える長資。
どちらかと言えば秀則の方が上手に見えるが、どうだろうか。
「では……始め!」
長政の合図を皮切りに、秀則が穂先を跳ね上げるように突きかかる。
踏み込みの速さと体躯の良さを生かした鋭い一撃だ。恐らく俺では反応できない。
しかし、長資の棒が目まぐるしく動いたかと思うと、秀則の一撃を受け逸らし、棒の尻側で鳩尾を打った。
「飯沼殿……一本!」
秀則は腹を押さえながら数歩退がって頭を下げ、再び構え直す。長資が今度は低く穂先を向けた。先の秀則と同じ構えだ。
「では二本目、始め!」
すると今度は長資が突きかかる。秀則と比べると遅い突きで、秀則は難なく弾くだろう……そう見えた刹那、穂先が揺れ、まるで蛇のように曲がりくねり、伸びた。
秀則の棒が巻かれて弾かれ、そのまま右肩を穿って突き倒した。
「飯沼殿の二本! よって、飯沼殿の勝ちとする!」
長政の判定が下り、互いに立ち上がり一礼する。
「長資殿の槍の腕はよく分かりました……しかし、剣ならば私が上だ!」
余程悔しいのか、秀則は長棒を投げ捨てて剣の長さの棒を二本取る。
「秀則、見苦しいぞ!」
「ですが兄上、今の二本目について、私は愚弄されたと思いまする。私と同じ技を返し、その上小手先で……この屈辱は雪ぎたい!」
「秀則!」
「殿、私は構いません。剣が得手のようでしたら、剣でお相手仕ります」
「長資殿……」
落ち着いた言葉ではあるが、長資の表情は歪んでいた。遊び道具を見つけた童のような、そんな笑みが口の端に漏れている。
この二人……似た者同士か。
互いに木刀を構え、同じように打ち合った。
しかし、秀則の意気も虚しく、先ほどの槍と同じように一本目の打ち込みをいなされ、二本目は同じ技をさらに洗練された動きで返されて二本取られた。
「秀則殿、あなたの腕は相当なものだ。ですが、岐阜一を名乗るのであればこの場にも、私以上の腕前の猛者が数人おられる。まずは、冷静に相手の腕を見極める眼力を持つべきだ」
「長資殿以上の者が……?」
「ええ、私の見る限りでは。もし全員と腕試しをしたことがあるならば、加減をされたのでしょう。ですが、秀則殿も私もまだまだ若い。これから強くなるのは、我々若獅子だ」
座り込んだ秀則に手を差し伸ばす長資。
武芸の腕も、人としての器も、秀則にとって完敗だったろう。
差し出された手を掴んだ秀則は、どこか清々しい表情を浮かべていた。
豊臣では大きな事件が起きていた。
関白・秀次の謀反の嫌疑がかけられたのである。
秀次が住まう聚楽第に石田三成ら奉行衆が清州城への蟄居を促したものの、これを拒み、謀反の意が無い事を記した誓紙を返した。
これが良くなかったのか、今度は秀吉の居城である伏見城への出頭を命じられ、それに赴いたのらしいのだが、何故か城内に入ることが許されないまま剃髪させられ、高野山へ流罪とされた。
この問答無用な対応にはいかがなものかと各地で声が上がっていたのだが、高野山へと渡ってから数日も経たぬ内に福島正則ら使者が訪れ、秀吉の命のにより賜死が下った。
秀次はその日に腹を裂き、供回りの者たちも運命を供にしたという。
本当に秀次殿下に謀反の意があったのか、それについては疑問が残る。
ただ、噂話ではあるが秀吉に反感を抱いている者たちが密かに集っていたというのは聞いていた。
実際、太閤である秀吉は後見の立場であり、関白の秀次が執政を行う役なのである。故に、秀次を旗印に、打倒秀吉を画策する者が現れても不思議ではなかった。
俺にとって最も衝撃的だったのは、秀次殿下の死よりも長年を過ごした聚楽第を、秀吉が焼き潰してしまった事だった。
あの場所は、俺にとって幼い頃の記憶が色濃く残る場所だ。
決していい思い出が残る城ではなかった。鳥籠のようにも思える程、窮屈な屋敷だった。
しかしそれでも、嫌いではなかったと思う。
幼い俺を育ててくれた、そんな場所が、建てた本人である秀吉の命で焼き払われてしまった。
その事に思いの外落胆していると気づき、自分でも驚くほどだった。
近頃の秀吉は、どうにも精彩を欠いているように思えた。
幾度か伏見城に呼ばれる事があるので行くが、留守にしていたり、会っても呼んだ日を忘れているような節があったり、感情の起伏が以前にも増して激しくなっていると思える。
「太閤殿下の眼には、拾丸殿しか見えていない」――そう告げたのは、小姓として連れていた正守だった。
豊臣の世に翳りが見え始めている。
……そんな話も、民の間では流れているようだ。
◆
「……お、お待ちを! お待ちください!」
どたどたと廊下を騒がしく歩く複数の足音と、何やら女中の慌てる声が近づいてきたかと思うと、勢いよく襖が開き、一人の男が大股で入ってきた。
「よう、三法師。遊びに来てやったぞ」
「忠政。まったく、いつも強引だな」
どかりと目の前に座り、笑みを浮かべる忠政を見て、呆れつつも笑ってしまった。
「名護屋城以来だな。岐阜城に戻ったなら真っ先に金山に顔を見せればいいものを」
「すまない。統治というものに手間取ってな。結局、行く機会を逸してしまった」
「……つまらん喋り方をするなあ。昔のようにお前、俺、で話せんのか」
「あの頃は”僕”だ」
「それもそうか!」
膝を叩き大笑いする忠政。と、その後ろにこちらを覗く影が見える。
「秀則。会った事はあるか?」
「お! 噂の三法師の弟か!」
「人前で幼名はやめろよ……」
「織田秀則でございます。お初お目にかかります」
「おう、俺は森忠政だ。三……秀信の弟なら、俺の弟も同然だ! 仲良くしてくれよな」
「はい!」
忠政の嵐のような強引さに、秀則は飲まれつつも目を輝かせる。
「それにしてもでかいな。歳はいくつだ?」
「十四になります」
「まだ幼いのに立派だな。武芸はやるのか?」
「岐阜城一を名乗っております」
「ほう……これは生意気だな。あとでやるか?」
「一手お手合わせお願いします!」
「忠政、言っておくが本当にこいつは強いぞ。悪い事は言わないからやめておけ」
「そう言われると俄然やりたくなるがな。無論、秀信、お前とも」
「俺はいいよ。以前よりも腕が落ちている」
「なんだ、つまらんなあ」
そもそもお前の歳はいくつだ、と言いたくなる。いい加減、木剣を振って腕比べなどやめた方がいいというのに。
昔はあれ程忠政との稽古が好きだったのに、今目の前にされると鬱陶しく思えてしまう。そう考えると、俺の「好きなもの」はしっかりとあって、今も変化しているという事だろうか。
「そう言えば、ここに来る道中に面白い一団に出会ったぞ。なんでも、久しぶりの帰郷で、朝鮮帰りだそうだ」
「……そうか、あの時留め置かれた守備隊の者たちか」
美濃衆八千人の内、連れて帰れなかった者たち。彼らがようやく帰ってこれたのだろう。
喉に引っかかっていたものが、ようやく下りそうだ。
「随分と勇ましい若武者が居てな、若いが、そこの秀則のように腕を自慢していたぞ」
「農兵と一緒にしないでください。僕は、かなり強いですよ」
「そこらで止めておけ、秀則。それで忠政、世間話をしに来ただけじゃないんだろう?」
「おう。さっきの朝鮮帰りの者ともつながる話だが……どうにも、明国との講和が破談となりそうだ」
秀則に去るように手を振ると、頭を下げて下がっていく。
「その話、済州島から出る前に福島殿から少し聞いたよ。どうにも、早く講和を成り立たせるために交渉役同士で計ったとか」
「なんだ、そこまで知っていたのか。それにしても福島殿がお前に……秀次殿下の件もあるし、何かと名前が出てくるようになったな。五大老や五奉行とは別に、新たな派閥の中心人物になっているとか」
「ああ、戦好きの大名たちが酒飲みに集まっているというあれだろう?」
人が集まれば派閥ができる。それも、一国を治める頭領共がうじゃうじゃと豊臣の旗の下に集まっているのだ。一筋縄でいくわけがない。
「それはそれとして、太閤殿下は大層お怒りだ。――また攻め入るぞ、あの地へ」
「そうか……また、動員されるのだろうか」
思い出すだけで辟易してくる。またあのような経験をするのは勘弁して欲しい。
「やっと領内も落ち着いてきたというのに……」
「少し様子を見ながら来たが、思っていたよりも村が荒れてないな」
「今年は米の出来が良かったからな。ようやく民たちも胸を撫でおろしているところだろう」
「あれだけの兵を募ったわりには、上手くやったじゃないか。どんな仕掛けだ?」
「民たちが踏ん張ったお陰さ。俺たちは、彼らに食わせてもらってるんだ」
忠政が少し驚いたような表情を浮かべた。
「会わない間に、老けたなお前」
「俺は老けたろうが、忠政は子供のままだな。大名の風格というものを身に着けたらどうだ?」
「まったく、お前は秀則とはまた違った生意気だな」
「意気地がないよりよっぽどいいだろう?」
「ああ言えばこう言うようになっちまって……」
と、そこで一つの足音が近づいてきた。
「殿、池尻城主・飯沼殿が参られました。殿にご挨拶申し上げたいとの旨です」
「そうか。通してやってくれ。城内の主だった者たちも集めてくれ」
「御意にございます」
伝えに来た左近は頭を下げ、去っていく。
「さっきの朝鮮帰りの者たちだろうな」
「忠政も会っていくか?」
「いいや、俺はいいだろう。お前の下についてるわけでもないしな」
「まだ用はあるか?」
「酒でもと思っていたが、またの機会にしておくよ。これからも来るかならな」
「今度は俺が金山に行くよ」
「おう」
忠政はにやりと笑い、拳を突き出す。それに拳を合わせ、笑みを返した。
◆
「池尻城主を務めることとなりました、飯沼長実にございます」
「うむ、よくぞ海向こうより戻ってまいった。これからよろしく頼むぞ」
飯沼長実は、長政と同じく三十半ば程のようだ。どこか荒んでいるように見えるのは、三年もあの地に留まっていたせいだろうか。
なかなか波乱万丈な人生を送ったそうで、長実の父は信孝叔父に内通して秀吉に処刑されていたり、前田利家殿に仕えていたのだが、罪を犯し出奔したとの話も聞いている。
そんな長実だが、秀吉に拾われて美濃に領地を与えられ、そして朝鮮出兵に従軍したそうだ。
残された守備兵をよくまとめて戦い抜いたと、持参した書状には書かれていた。
「飯沼殿、そちらの方は?」
俺の右に控えていた、秀則が問うと、長実の隣に座していた若者が頭を下げた。
「これは倅でございます」
「飯沼長資と申します。父共々、よろしくお願いいたします」
「倅めは、木造殿に鍛えていただこうと連れて参りました。朝鮮の地で実践を重ねておりますので、人並みには使えると思います」
「だそうだ、長政」
「若武者が増える事は大いに結構な事ですな!」
長政が言う通り、飯沼長資はかなり若い…というより、幼い。俺や秀則と変わらない、あどけなさの残る顔立ちをしている。
しかし、面には細かな傷が多く残っており、顔に傷を受けるような場所に居たことが窺い知れた。
醸す雰囲気もどこか武人じみたものがあり、血気盛んな印象を受ける。
「……もしや先刻、森忠政殿と行き会わなかったか?」
「おお! よくご存じで。大層勢いのある御方でした」
「忠政殿から聞いたが、腕自慢をしていたそうだな」
「はっ! お恥ずかしながら」
聞いた秀則は身を乗り出し、俺に対して頭を下げる。
「兄上、私少々長資殿に興味が出てきました。腕試しをしても?」
「秀則……」
「私の腕前で、弟君のお相手が務まりますでしょうか」
「この織田秀則、岐阜一の遣い手と自負しております。ここは一つ、お願いしたい」
「分かった。長資殿、こうも鼻息の荒い弟で済まぬが、剣の腕は確かだ。一手お相手いただけるか?」
「殿の仰せとあらば」
丁寧な言葉遣いを崩さないが、態度は明らかに秀則の挑発に乗っているものだった。どうにも秀則と似ている気がする。
それからも話をそぞろに、外の広場へと連れ立って出ていった。
◆
「では、二本先取でよろしいか」
「はい」
互いに槍を模した長さの棒を構える秀則と長資。
地面すれすれに穂先を向けた秀則と、中段に無造作に構える長資。
どちらかと言えば秀則の方が上手に見えるが、どうだろうか。
「では……始め!」
長政の合図を皮切りに、秀則が穂先を跳ね上げるように突きかかる。
踏み込みの速さと体躯の良さを生かした鋭い一撃だ。恐らく俺では反応できない。
しかし、長資の棒が目まぐるしく動いたかと思うと、秀則の一撃を受け逸らし、棒の尻側で鳩尾を打った。
「飯沼殿……一本!」
秀則は腹を押さえながら数歩退がって頭を下げ、再び構え直す。長資が今度は低く穂先を向けた。先の秀則と同じ構えだ。
「では二本目、始め!」
すると今度は長資が突きかかる。秀則と比べると遅い突きで、秀則は難なく弾くだろう……そう見えた刹那、穂先が揺れ、まるで蛇のように曲がりくねり、伸びた。
秀則の棒が巻かれて弾かれ、そのまま右肩を穿って突き倒した。
「飯沼殿の二本! よって、飯沼殿の勝ちとする!」
長政の判定が下り、互いに立ち上がり一礼する。
「長資殿の槍の腕はよく分かりました……しかし、剣ならば私が上だ!」
余程悔しいのか、秀則は長棒を投げ捨てて剣の長さの棒を二本取る。
「秀則、見苦しいぞ!」
「ですが兄上、今の二本目について、私は愚弄されたと思いまする。私と同じ技を返し、その上小手先で……この屈辱は雪ぎたい!」
「秀則!」
「殿、私は構いません。剣が得手のようでしたら、剣でお相手仕ります」
「長資殿……」
落ち着いた言葉ではあるが、長資の表情は歪んでいた。遊び道具を見つけた童のような、そんな笑みが口の端に漏れている。
この二人……似た者同士か。
互いに木刀を構え、同じように打ち合った。
しかし、秀則の意気も虚しく、先ほどの槍と同じように一本目の打ち込みをいなされ、二本目は同じ技をさらに洗練された動きで返されて二本取られた。
「秀則殿、あなたの腕は相当なものだ。ですが、岐阜一を名乗るのであればこの場にも、私以上の腕前の猛者が数人おられる。まずは、冷静に相手の腕を見極める眼力を持つべきだ」
「長資殿以上の者が……?」
「ええ、私の見る限りでは。もし全員と腕試しをしたことがあるならば、加減をされたのでしょう。ですが、秀則殿も私もまだまだ若い。これから強くなるのは、我々若獅子だ」
座り込んだ秀則に手を差し伸ばす長資。
武芸の腕も、人としての器も、秀則にとって完敗だったろう。
差し出された手を掴んだ秀則は、どこか清々しい表情を浮かべていた。
1
あなたにおすすめの小説
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
九州のイチモツ 立花宗茂
三井 寿
歴史・時代
豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。
義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。
下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。
大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。
女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。
だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。
その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。
島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。
その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』でも同時掲載しています◇
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる