魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵

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飛空の章

第二十三話 朝鮮帰りの男たち

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伴天連追放令が未だに発布されている世の中、密かに切支丹となった年。

豊臣では大きな事件が起きていた。
関白・秀次の謀反の嫌疑がかけられたのである。

秀次が住まう聚楽第に石田いしだ三成みつなりら奉行衆が清州城への蟄居ちっきょを促したものの、これを拒み、謀反の意が無い事を記した誓紙を返した。

これが良くなかったのか、今度は秀吉の居城である伏見城への出頭を命じられ、それに赴いたのらしいのだが、何故か城内に入ることが許されないまま剃髪ていはつさせられ、高野山へ流罪とされた。

この問答無用な対応にはいかがなものかと各地で声が上がっていたのだが、高野山へと渡ってから数日も経たぬ内に福島ふくしま正則まさのりら使者が訪れ、秀吉の命のにより賜死ししが下った。

秀次はその日に腹を裂き、供回りの者たちも運命を供にしたという。


本当に秀次殿下に謀反の意があったのか、それについては疑問が残る。
ただ、噂話ではあるが秀吉に反感を抱いている者たちが密かに集っていたというのは聞いていた。
実際、太閤である秀吉は後見の立場であり、関白の秀次が執政を行う役なのである。故に、秀次を旗印に、打倒秀吉を画策する者が現れても不思議ではなかった。


俺にとって最も衝撃的だったのは、秀次殿下の死よりも長年を過ごした聚楽第を、秀吉が焼き潰してしまった事だった。

あの場所は、俺にとって幼い頃の記憶が色濃く残る場所だ。
決していい思い出が残る城ではなかった。鳥籠のようにも思える程、窮屈な屋敷だった。

しかしそれでも、嫌いではなかったと思う。

幼い俺を育ててくれた、そんな場所が、建てた本人である秀吉の命で焼き払われてしまった。
その事に思いの外落胆していると気づき、自分でも驚くほどだった。


近頃の秀吉は、どうにも精彩を欠いているように思えた。
幾度か伏見城に呼ばれる事があるので行くが、留守にしていたり、会っても呼んだ日を忘れているような節があったり、感情の起伏が以前にも増して激しくなっていると思える。

「太閤殿下の眼には、拾丸殿しか見えていない」――そう告げたのは、小姓として連れていた正守まさもりだった。

豊臣の世に翳りが見え始めている。

……そんな話も、民の間では流れているようだ。





「……お、お待ちを! お待ちください!」

どたどたと廊下を騒がしく歩く複数の足音と、何やら女中の慌てる声が近づいてきたかと思うと、勢いよく襖が開き、一人の男が大股で入ってきた。

「よう、三法師。遊びに来てやったぞ」
「忠政。まったく、いつも強引だな」

どかりと目の前に座り、笑みを浮かべる忠政を見て、呆れつつも笑ってしまった。

「名護屋城以来だな。岐阜城に戻ったなら真っ先に金山かねやまに顔を見せればいいものを」
「すまない。統治というものに手間取ってな。結局、行く機会を逸してしまった」
「……つまらん喋り方をするなあ。昔のようにお前、俺、で話せんのか」
「あの頃は”僕”だ」
「それもそうか!」

膝を叩き大笑いする忠政。と、その後ろにこちらを覗く影が見える。

「秀則。会った事はあるか?」
「お! 噂の三法師の弟か!」
「人前で幼名はやめろよ……」
「織田秀則でございます。お初お目にかかります」
「おう、俺は森忠政だ。三……秀信の弟なら、俺の弟も同然だ! 仲良くしてくれよな」
「はい!」

忠政の嵐のような強引さに、秀則は飲まれつつも目を輝かせる。

「それにしてもでかいな。歳はいくつだ?」
「十四になります」
「まだ幼いのに立派だな。武芸はやるのか?」
「岐阜城一を名乗っております」
「ほう……これは生意気だな。あとでやるか?」
「一手お手合わせお願いします!」

「忠政、言っておくが本当にこいつは強いぞ。悪い事は言わないからやめておけ」
「そう言われると俄然やりたくなるがな。無論、秀信、お前とも」
「俺はいいよ。以前よりも腕が落ちている」
「なんだ、つまらんなあ」

そもそもお前の歳はいくつだ、と言いたくなる。いい加減、木剣を振って腕比べなどやめた方がいいというのに。

昔はあれ程忠政との稽古が好きだったのに、今目の前にされると鬱陶しく思えてしまう。そう考えると、俺の「好きなもの」はしっかりとあって、今も変化しているという事だろうか。

「そう言えば、ここに来る道中に面白い一団に出会ったぞ。なんでも、久しぶりの帰郷で、朝鮮帰りだそうだ」
「……そうか、あの時留め置かれた守備隊の者たちか」

美濃衆八千人の内、連れて帰れなかった者たち。彼らがようやく帰ってこれたのだろう。
喉に引っかかっていたものが、ようやく下りそうだ。

「随分と勇ましい若武者が居てな、若いが、そこの秀則のように腕を自慢していたぞ」
「農兵と一緒にしないでください。僕は、かなり強いですよ」
「そこらで止めておけ、秀則。それで忠政、世間話をしに来ただけじゃないんだろう?」
「おう。さっきの朝鮮帰りの者ともつながる話だが……どうにも、みん国との講和が破談となりそうだ」

秀則に去るように手を振ると、頭を下げて下がっていく。

「その話、済州島から出る前に福島殿から少し聞いたよ。どうにも、早く講和を成り立たせるために交渉役同士で計ったとか」
「なんだ、そこまで知っていたのか。それにしても福島殿がお前に……秀次殿下の件もあるし、何かと名前が出てくるようになったな。五大老や五奉行とは別に、新たな派閥の中心人物になっているとか」
「ああ、戦好きの大名たちが酒飲みに集まっているというあれだろう?」

人が集まれば派閥ができる。それも、一国を治める頭領共がうじゃうじゃと豊臣の旗の下に集まっているのだ。一筋縄でいくわけがない。

「それはそれとして、太閤殿下は大層お怒りだ。――また攻め入るぞ、あの地へ」
「そうか……また、動員されるのだろうか」

思い出すだけで辟易してくる。またあのような経験をするのは勘弁して欲しい。

「やっと領内も落ち着いてきたというのに……」
「少し様子を見ながら来たが、思っていたよりも村が荒れてないな」
「今年は米の出来が良かったからな。ようやく民たちも胸を撫でおろしているところだろう」
「あれだけの兵を募ったわりには、上手くやったじゃないか。どんな仕掛けだ?」
「民たちが踏ん張ったお陰さ。俺たちは、彼らに食わせてもらってるんだ」

忠政が少し驚いたような表情を浮かべた。

「会わない間に、老けたなお前」
「俺は老けたろうが、忠政は子供のままだな。大名の風格というものを身に着けたらどうだ?」
「まったく、お前は秀則とはまた違った生意気だな」
「意気地がないよりよっぽどいいだろう?」
「ああ言えばこう言うようになっちまって……」

と、そこで一つの足音が近づいてきた。

「殿、池尻城主・飯沼殿が参られました。殿にご挨拶申し上げたいとの旨です」
「そうか。通してやってくれ。城内の主だった者たちも集めてくれ」
「御意にございます」

伝えに来た左近は頭を下げ、去っていく。

「さっきの朝鮮帰りの者たちだろうな」
「忠政も会っていくか?」
「いいや、俺はいいだろう。お前の下についてるわけでもないしな」
「まだ用はあるか?」
「酒でもと思っていたが、またの機会にしておくよ。これからも来るかならな」
「今度は俺が金山に行くよ」
「おう」

忠政はにやりと笑い、拳を突き出す。それに拳を合わせ、笑みを返した。





池尻いけじり城主を務めることとなりました、飯沼いいぬま長実ながざねにございます」
「うむ、よくぞ海向こうより戻ってまいった。これからよろしく頼むぞ」

飯沼長実は、長政と同じく三十半ば程のようだ。どこか荒んでいるように見えるのは、三年もあの地に留まっていたせいだろうか。
なかなか波乱万丈な人生を送ったそうで、長実の父は信孝叔父に内通して秀吉に処刑されていたり、前田まえだ利家としいえ殿に仕えていたのだが、罪を犯し出奔したとの話も聞いている。

そんな長実だが、秀吉に拾われて美濃に領地を与えられ、そして朝鮮出兵に従軍したそうだ。
残された守備兵をよくまとめて戦い抜いたと、持参した書状には書かれていた。

「飯沼殿、そちらの方は?」

俺の右に控えていた、秀則が問うと、長実の隣に座していた若者が頭を下げた。

「これは倅でございます」
飯沼いいぬま長資ながすけと申します。父共々、よろしくお願いいたします」
「倅めは、木造こづくり殿に鍛えていただこうと連れて参りました。朝鮮の地で実践を重ねておりますので、人並みには使えると思います」
「だそうだ、長政」
「若武者が増える事は大いに結構な事ですな!」

長政が言う通り、飯沼長資はかなり若い…というより、幼い。俺や秀則と変わらない、あどけなさの残る顔立ちをしている。
しかし、面には細かな傷が多く残っており、顔に傷を受けるような場所に居たことが窺い知れた。
醸す雰囲気もどこか武人じみたものがあり、血気盛んな印象を受ける。

「……もしや先刻、森忠政殿と行き会わなかったか?」
「おお! よくご存じで。大層勢いのある御方でした」
「忠政殿から聞いたが、腕自慢をしていたそうだな」
「はっ! お恥ずかしながら」

聞いた秀則は身を乗り出し、俺に対して頭を下げる。

「兄上、私少々長資殿に興味が出てきました。腕試しをしても?」
「秀則……」
「私の腕前で、弟君のお相手が務まりますでしょうか」
「この織田秀則、岐阜一の遣い手と自負しております。ここは一つ、お願いしたい」
「分かった。長資殿、こうも鼻息の荒い弟で済まぬが、剣の腕は確かだ。一手お相手いただけるか?」
「殿の仰せとあらば」

丁寧な言葉遣いを崩さないが、態度は明らかに秀則の挑発に乗っているものだった。どうにも秀則と似ている気がする。
それからも話をそぞろに、外の広場へと連れ立って出ていった。





「では、二本先取でよろしいか」
「はい」

互いに槍を模した長さの棒を構える秀則と長資。
地面すれすれに穂先を向けた秀則と、中段に無造作に構える長資。
どちらかと言えば秀則の方が上手に見えるが、どうだろうか。

「では……始め!」

長政の合図を皮切りに、秀則が穂先を跳ね上げるように突きかかる。
踏み込みの速さと体躯の良さを生かした鋭い一撃だ。恐らく俺では反応できない。

しかし、長資の棒が目まぐるしく動いたかと思うと、秀則の一撃を受け逸らし、棒の尻側で鳩尾を打った。

「飯沼殿……一本!」

秀則は腹を押さえながら数歩退がって頭を下げ、再び構え直す。長資が今度は低く穂先を向けた。先の秀則と同じ構えだ。

「では二本目、始め!」

すると今度は長資が突きかかる。秀則と比べると遅い突きで、秀則は難なく弾くだろう……そう見えた刹那、穂先が揺れ、まるで蛇のように曲がりくねり、伸びた。

秀則の棒が巻かれて弾かれ、そのまま右肩を穿って突き倒した。

「飯沼殿の二本! よって、飯沼殿の勝ちとする!」
長政の判定が下り、互いに立ち上がり一礼する。

「長資殿の槍の腕はよく分かりました……しかし、剣ならば私が上だ!」
余程悔しいのか、秀則は長棒を投げ捨てて剣の長さの棒を二本取る。

「秀則、見苦しいぞ!」
「ですが兄上、今の二本目について、私は愚弄されたと思いまする。私と同じ技を返し、その上小手先で……この屈辱は雪ぎたい!」
「秀則!」
「殿、私は構いません。剣が得手のようでしたら、剣でお相手仕ります」
「長資殿……」

落ち着いた言葉ではあるが、長資の表情は歪んでいた。遊び道具を見つけた童のような、そんな笑みが口の端に漏れている。
この二人……似た者同士か。


互いに木刀を構え、同じように打ち合った。
しかし、秀則の意気も虚しく、先ほどの槍と同じように一本目の打ち込みをいなされ、二本目は同じ技をさらに洗練された動きで返されて二本取られた。

「秀則殿、あなたの腕は相当なものだ。ですが、岐阜一を名乗るのであればこの場にも、私以上の腕前の猛者が数人おられる。まずは、冷静に相手の腕を見極める眼力を持つべきだ」
「長資殿以上の者が……?」
「ええ、私の見る限りでは。もし全員と腕試しをしたことがあるならば、加減をされたのでしょう。ですが、秀則殿も私もまだまだ若い。これから強くなるのは、我々若獅子だ」

座り込んだ秀則に手を差し伸ばす長資。
武芸の腕も、人としての器も、秀則にとって完敗だったろう。

差し出された手を掴んだ秀則は、どこか清々しい表情を浮かべていた。
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