魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵

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飛空の章

第二十四話 予兆

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秀則は犬のように、飯沼いいぬま長資ながすけに懐くようになっていた。

長資の歳は俺の一つ下で秀則の一つ上。丁度間に挟まれていた。
まるで二人目の兄のように慕い、日課のように鍛錬での打ち合いに勤しんでいる様子だ。

長政曰く、侍衆として育てている四人の中で抜きんでた実力があるようだ。それもまだ途上であり、この後もどんどん強くなるだろうと。
しかし、内側にある傲慢さが不安だとも言っていた。

朝鮮に居た時も随分と目立っていたらしい。攻め手の時には一番槍を買って出たがり、血に飢えた獣のような危うさがあると、父親の長実ながざねが言っていた。
手に負えなかったのもあって、半ば長政に押し付けたのもありそうだ。

『弟が別の者を兄と慕うようになって、つまらなくなったか』
「そんなわけあるか。あいつが武芸に長じ始めた頃から、感じていたさ」

俺に対する尊敬の念は変わっていないが、それでも秀則は己の腕を存分に試せる相手を求めていたと思う。
十を過ぎた頃から既に俺を負かすようになり、どこか不満足そうにしているのを見ていた。だから、圧倒的に自分よりも強い相手を見つけた今は、それに没頭してしまうのも理解できる。

「お祖父様、俺は上手くやれてるだろうか」
『知らぬわ。そんなもの、後世の論者が勝手に断じる事。今を生きる者どもにとっては明日の米だけあればよい』
「それもそうか」

祖父・信長の亡霊は、すっかり俺の相談役となっていた。
困った時や迷った時などに呼び出すと、つらつらとこちらを揶揄しながらも道を示してくれる。

幾度か助けられているのもあり、すっかり頼ってしまっているのが実情だ。

俺の目から見ても、美濃の地は豊かであると思う。
これと言った反乱や難も起きていないし、朝鮮出兵に伴った国力低下も徐々に取り戻しつつある。

商いや宗教に関して寛容に対しているのも、功を奏しているだろう。美濃に流れてくる者が増えてきているらしく、戸籍の整理が忙しいと斉藤さいとう元忠もとただがぼやいていた。

どこか、上手く行き過ぎているのが恐ろしくも思え、この平穏な時がどこまで続くのかと不安の影が常に付き纏っているようだ。





文禄五年七月、西国と京を中心に、大地震が立て続けに起き、都は大混乱となっていた。
津波で沈んだ島もあったらしく、震源となった地でも復興に忙しくなっている。

丁度一年前に関白・秀次殿下を自刃に追いやり、妾や子女らも処していたせいか、秀次殿下の祟りではないかとも噂された。

建てたばかりの方広寺も、真新しい伏見城も倒壊する被害があり、秀吉は肝を冷やしたと思う。
何せ玉の子と可愛がる拾丸ひろいまる殿と淀君の居る城だ。慌てて別の屋敷に移したという。

これらの天災に伴い、天皇に上奏し元号を改める事となった。


そして、みん国との講和が完全に決裂となった。これにより二度目の朝鮮征伐、及び明征伐を掲げて軍を組織する事が決定された。
まだ陣容の達しは来ていないので分からないが、今回は西国の大名たちが中心となるという噂だ。

つまりは、以前のように数年掛けて陣容を整えるのではなく、早々に征伐軍を組織し乗り込む腹積もりなのだろう。

秀吉は今も、真の天下取りを諦めていない。





「殿、禁教令が発布されたとの由、真でしょうか」

橋本はしもと太兵衛たひょうえが息を切らせて駆け寄ってきた。

文禄五年を慶長元年と改めた十二月、寒さが身に迫り始めた頃だ。

「ああ、早速京で宣教師数人と信徒が捕らえられたと話を聞いている」
「何故そのような事を……」
「どうにも、夏に土佐に漂着した南蛮船から端を発しているらしい。どのような経緯があったかは分からないが、今回の禁教令はこれまでのように、切支丹を黙認してくれるものではなさそうだ。太兵衛も、家族ともども気をつけた方がよいだろう」
「太閤殿下はご乱心召されたか……」
「今の言葉は聞かなかったことにする、だから何も言うな。他の者達にも、俺から話しておく。とにかく、切支丹である事は隠せ。家族全員だ。いいな」
「はい……」

太兵衛の狼狽え方はかなりのもので、それについては俺も頷けた。

俺や秀則は表立っては切支丹である事を公表していない。なのでそこまで心配していなかったが、太兵衛は家族も一族も切支丹だ。
もし禁教令の取締役が現れた場合、誰が捕らえられてもおかしくはないだろう。



京で捕らえられた宣教師三名、修道士三名、そして日本人の信徒たち二十名は長崎に送られ、処刑された。
これまでは宣教師を拒む程度の施策であり、彼らの渡航はある程度黙認されていた。
日本人の信徒については全く咎める事もなく、秀吉自身も南蛮人や宣教師と親しくしている程なのだ。

それが、宣教師はおろか日本人までもが死罪とされるなど、初めてのことだった。
本格的な切支丹への弾圧が始まるのだろうと、誰もが思っただろう。


そして年が明けた慶長二年。

二度目の朝鮮征伐の為、出兵が開始された。
総勢十四万にも及び、前回よりも兵数は少なくなったが、規模はそれほど変わらないものだった。

九州・四国・中国の西国勢を中心に編成され、俺たち美濃衆については、今後の後詰めの部隊に入るようにとの命が下った。
しかし一年後との事で、すぐに出立を迫られるものではなく、猶予のあるものだった。


自分の力ではどうしようもないうねりに、飲み込まれているような気がしてならない。

豊臣は本当にこのまま朝鮮を制圧し、明を陥とすつもりなのだろうか。
この日ノ本だけでは、足りないのだろうか。

俺からすれば美濃一国も統治するに余りある。
秀吉は既にこの全国を手中に収めているというのに、それでも狭いのか。海向こうまで取らねばならぬほど、この国は貧しいのか。

「あるいは、それほどの強欲を持たねば天下人になどなれぬのか……」

呟いた言葉は、闇に溶けて消える。

既に秀吉は齢六十を越えている。
明らかに、老いている。それでも野望は尽きていない。むしろ、それだけは以前よりも増しているとさえ思えた。

『あの禿げねずみに、何を想う?』

闇から、言葉が聞こえる。

「あの人は……俺にとっては、運命を狂わせた張本人だ。あの男が居なければ俺は母と引き裂かれなかった。幼子当主として担がれなかった。織田の名を貶められる事もなかった。あの男さえ居なければ、きっと信孝のぶたか叔父が織田として天下を取っただろう」
『ふ……織田の天下、か。信孝には重過ぎるだろう。彼奴では精々、勢力を維持するので手一杯だったろうな』

暗闇がぬるりと滑り出し、人の形を得る。
髪を結いあげた袴姿の影が、灯火に映し出された。

「では、信雄のぶかつ叔父は?」
『論外だ。面白いところはあるが、それだけだ。藤吉郎がおらずとも早々に他の大名に屈しておっただろう。我にとっては信忠のぶただのみが、共に駆ける事が出来る倅であった』
「父上だけが、か……」

その意味では、明智光秀は抜かりなく下剋上を成功させたと思える。
父上が生きていたなら、もしかしたら違った未来があったのかもしれない。

「俺はその信孝叔父よりも、ずっと下だな。一国だけでも手一杯だ」
『であろうな。不出来にも程がある』
「優しくない爺だ、本当に」

『しかしまあ、藤吉郎もそう永くはあるまい。あれは狂気で身の内を焼かれている。ここまでよく生き延びた方だ』
「秀吉の死期が近い、と?」
『我には見えておる。彼奴が亡者の群れに引きずり込まれんと、最後の足掻きをしているのがな』

俺には分からないが、信長には見えるものがあるらしい。もしかしたら、己の死に際もそうして見えていたのではないだろうか。

とにかく今は、所領をしっかりと固め、岐阜城を、美濃を守り抜く。

それだけに専念するべきと、己に釘を刺した。
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