魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵

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墜天の章

第二十六話 指針

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秀吉は、有力大名を「五大老」と称し、彼らに秀頼殿下の後見と、合議制による政務を任せた。
だが、実際は形だけのもの。旧くからの戦友である前田利家殿はともかく、他の大名たちによる反乱の芽を摘むためにこういった方策を執ったのだろうと、今となっては思う。

諸将が治める土地はどこも遠方で、そう簡単に集まれるものではない。

実質的な政務の担当は、石田三成殿ら「五奉行」と呼ばれる秀吉の側近だった大名たちと、五大老の内の数名で、重要な決定が為されるようになっていた。


朝鮮からの撤退もそうである。
結局前回と同じく侵攻の半ばで諦めることになり、十月には撤退を開始していた。

これにより、来年に予定されていた第二軍による侵攻の話も立ち消えとなったのだった。





「兄上、随分と派手なお召し物を……」
「似合わんか? 南蛮の色合いを真似てみたのだが」
「なんというか、慣れぬ者がいきなり傾奇者になろうとして、失敗するのを目の前で見ている気分だよ」
「なんだと?」

小馬鹿にするような秀則の言葉に、肩を突いて反抗する。

「その青い花の柄は、女物じゃないか?」
「おう、色が気に入ったから袴に仕立てた」

浅葱色の着物に、若紫色の袴に青い大きな花の柄が入ったものだった。

「何ともなあ……ここ最近城下に行く事が増えたと思っていたが、そういう事だったか」
「それだけではないけどな。秀則、城下に教会を建てるぞ」
「正気かよ、兄上」
「伴天連追放令も、禁教令も既に無いも同然だ。これからの時代、切支丹の教えは日ノ本に根付くと思っている。俺もお前も、納得しているから洗礼を受けただろう?」
「それはそうだけど……」
「仏の教えも神の教えも、等しく人の心を照らす光だ。それらを押さえつけてしまえば、民は闇しか見なくなる」
「光に目を眩まされているように、僕には思えるがなあ……」

秀則の言う事も尤もであるとは思う。しかし、光を奪う事は生きる意味を奪う事にもなる。
故に俺は、仏教徒も神道衆も切支丹も等しく扱おうと考えていた。
礼拝堂を建てるのは一見、切支丹贔屓に見えるかもしれないが、他の寺社のような立派な拝殿を持たない事の不平等を無くすためだ。
これまでは隠れながら密やかに行われていたものを、表立って祈れるようにするに過ぎない。

「しかし、兄上も秀頼殿下の元へ行かなくてよいのか? 既に有力な大名たちが次々と訪っているという噂を聞くけど」
「政争など捨て置けばいいさ。秀頼殿下はまだ六歳だ。どれほどの大人たちが群がろうと、鬱陶しい事に違いない」
「ああ、兄上には経験があるものなあ……それを聞くと説得力があるよ」
「だろう? だから今はいいのさ」

実際の諸大名は秀頼殿下に顔を憶えてもらうよりは、淀君に会うのが目的だろう。
豊臣の意思は、今はあの方が握っているのだから。

ただ、俺は少しあの方が苦手ではあった。
秀吉に飲まれないだけの芯の強さと、己の野心のようなものを露わにする事があり、鶴松殿と秀頼殿下という二人の実子を意地でも産んだような節がある。
特に秀頼殿下は本当に秀吉の種かも怪しい……そんな噂話が立つほどなのだ。

ともかく、これ以上ごたごたに巻き込まれたくはないし、美濃を豊かにできれば俺はそれでいい。

『本当にそれだけでいいのか?』

陽ざしの当たらぬ廊下の影、そこに、双眸を輝かせる闇が立っていた。

「いいんだよ」
「?」
「いや、独り言だ。さあ、長資ながすけを待たせているんだろう? 行ってこい」
「そうだった! たまには兄上も武芸の稽古をやったらどうだ?」
「俺はそれどころじゃないからいい。お前こそ、勉学を疎かにするなよ」
「分かってるって!」

駆け足で去っていく秀則を見送り、思わずため息が出てしまう。
近頃は武芸一辺倒となってしまっているのは明らかだ。

しかし長資と一緒に居る事で良い影響もあったらしく、これまで腕っぷしの強さで煙たがられていた者たちとも仲良くなれたようだ。長資は長資で、秀則の事を可愛がっているようなので、長政に二人は任せきりとなっていた。

家臣団たちは、仲は悪くないと思う。

綱家や長政、長実ながざねら豊臣に仕えていた者も、斎藤親子をはじめとした美濃衆も、そして代々織田に仕えていた元尾張衆も、今は織田の旗の下に集い、それぞれが上手く距離を測りながら付き合えていると思う。

少々心配なのは、鉈尾山城を任せている佐藤さとう方政かたまさだった。
父親を病で亡くし家督を継いだものの、どうにも俺とは距離があるように思えている。
最初に会った頃の「ただ暗い男」という印象は拭われたものの、あまり積極的にこちらに協力はしたがらず、自城に篭もっている事が多い。
それはそれで城主として間違ってはいないのだが、行事以外の用で参る事がないため、他の支城主たちと比べると影が薄くなっていた。

『平和にうつつを抜かし過ぎておるな、お前は』
「それはそれで良い事だろう。お祖父様は、平和は嫌いか?」
『いつ何時でも戦の備えをしておく。これこそが戦国の世の理だ』
「時代が変わったんだよ。今は太平の世だ」
『腑抜けめ』

気を悪くしたのか、闇は霧散する。

言わんとする事は分かる。秀吉の遺言、そしてお祖父様の遺志。それらは外に戦を求めるものだ。
だが、今の俺にそれだけの力はないし、必要もないと思っている。

領内安泰。

地盤固めも立派な務めだ。
そう言い聞かせ、次の政策を思案するのだった。
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