31 / 49
墜天の章
第三十一話 上杉征伐
しおりを挟む
慶長五年五月。
大阪城の家康が、挙兵を宣言した。
目標は会津・上杉家。
理由としては「謀反の嫌疑あり」として申し開きの通告をしたのだが、断った為だ。
加えて、その際に上杉方から送られてきた書状が、家康の逆鱗に触れる内容だったらしい。
上杉としては、どうせ申し開きをした所で身柄を押さえられ、他の者のように蟄居を命じられるか、減封になり僻地に飛ばされるか、という先しか見えない。
それならば、正面から疑いを否定してやろうという魂胆だったのかもしれない。
最早こうなる事が誰の意図なのか知るべくもないが、家康は秀頼に対し正式な形での上申を行い、認可と資金を得た。
つまり、豊臣の意により行われるという事だ。
それに加え、天皇にまで直々に認可を取りに行った。これにより、上杉を逆賊として扱っても良いというお墨付きを得たのである。
六月には陣振れが公とされ、俺達美濃衆も含まれている。
さすがに断るわけにもいかないので、慌ただしく出兵の準備を始めていた。
「随分と急がれてますな、徳川殿は」
「長政か。そうだな、既に大阪を出ている頃だろう」
大枠の指示を終えてひと息吐いていたところに、長政が隣にやってきていた。
「どうだ? 侍衆の方は」
「実践を積ませるには程良いでしょうな。だが、長資が息巻いておって手が付けられんのです」
「朝鮮の噂は本当だったようだな」
父親の飯沼長実の話では、猪武者と化した倅を抑えるのが大変だったという。
「しかし、上杉の征伐など……それも、東国のみならず西国にまで号令をかけて兵を集めるとは」
「見せつけたいのだろうさ。己の威光をな」
実際、これだけの動きができるのは家康を於いて他には居ないだろう。
さながら、海向こうを攻めた時のような大規模な軍を組織しようとしている。
「ともかく、月が変わる前に出られればいい。会津はなかなか距離があるし、我らが着く頃には決着となっているかもしれん」
「それはそれで、兵や兵糧に負担を強いますな」
「民を失うよりはずっといいさ」
「そうですな……いや、殿は殿らしくなりましたな」
「なんだよ、それ」
「これは失礼を」
「いや、言いたいことは分かるよ」
家臣とは言え、俺の事を十四の頃から見てきたのだ。
子供のようなものだろう。
「あと十日で支度は整うか?」
「かなり急ぎますが、間に合わせましょうぞ」
長政は答えて己の胸板を叩く。
なんとか家康の要請には応えられそうだ。考えると、出兵は朝鮮以来となる。
「戦か……」
できれば、無ければ良い。
そう思うのは世に逆らう考えだろうか。
◆
「殿、石田殿より書状が」
正守が持ってきた書状は、確かに石田三成のものだった。
一体、朝鮮以来の大戦を迎えるこの時にどのような用だろうか。
受け取り、読み進める。
「なんと……」
思わず、声に漏らしてしまった。
由々しき事態だ。
「正守、急ぎ評定を行う。城内の……いや、支城も含めた家臣団を集めろ。全員だ、いいな」
「承知仕りました」
こちらの様子を察したのか、正守は小姓衆に声を掛けながらすぐに去っていった。
その背を見送り、再び書状に目を落とす。
「石田殿……」
これを機と見たのか、若しくは仕組んでいたのか、或いはその両方か。
何にしてもこの上杉征伐、一筋縄というわけにはいかないだろう。
◆
その日の夜、ようやく支城主も含めた家臣団が揃った。
「皆よく集まってくれた。戦支度の慌ただしい中呼び立てて何事と思っただろう。だが、すぐに話し合わなければならない事がある」
全員が注目する中、書状を見せる。
「これは石田殿から届いた文だ。そして、明日正式な使者が参るとある」
「兄上、その内容は?」
秀則が尋ねるので、一つ息を吐く。
「……端的に話そう。石田殿は、徳川殿を討つ為に挙兵する」
俺の一言に、静かな夜の広間がざわめく。
「この、上杉征伐のお触れが出ている中でございますか」
「そうだ、元忠。そこで石田殿は、豊臣方につくようにと記してある。返答を明日、使者に伝えるようにと」
斎藤元忠は唸り声を上げて腕を組む。
「上杉軍と呼応して挟撃する……それが、石田殿のお考えでしょうか」
「恐らくな。とは言え、尾張には福島殿と池田殿の居城がある。既に美濃の隣は徳川方だ」
「福島殿も池田殿も会津征伐に軍を出しておられる。城代は置かれているが、攻め入るなら今、という事か」
「東海道、そして信濃から駆け上がり、関東を包囲する。恐らくそのような展望でしょうな」
「おい、誰か地図を持て。それに駒もだ」
綱家が指示すると、左近が日ノ本全体を描いた地図を持ってきた。
「現状わしが把握しておる派閥に色のついた駒を置かせてもらう」
綱家が赤、青、そして白の駒を持ち、思案しながら配置していく。
暫くの時間を置き、綱家の手が止まった。
「赤が豊臣、青が徳川、白は今のところ読めぬ大名ですな」
「これは……」
「ほぼ互角、ですか」
畿内から西国にかけてはやはり赤が多い。しかし、関東を中心とした青の駒も、四国や九州に幾つか置かれている。
「これらで戦となったなら」
「間違いなく、日ノ本を東西で二分する事になりましょう」
そして再びの乱世に。
豊臣が平定した日ノ本が割れて分裂し、以前のような隣国同士で互いを食い合う状態に戻りかねない。
一度瞑目し、頭の中を整理する。
そして、意を決して口を開いた。
「皆に相談だ。石田殿の要請を請けるのであれば、この軍はそのまま徳川方への備え、尾張を攻める軍となろう。要請を断るならば、西から攻めてくる豊臣軍を迎え討つこととなる」
「どちらにせよ、両陣営の先鋒になりかねない、という事ですね」
「そうだ。岐阜という地は日ノ本の臍。どちらにとっても要所である事に変わりない」
「日和見は選べませぬな……どちらにつくかをここで決めなければならない、と」
斎藤徳元の言葉に、黙して頷く。
「書状にあったが、石田殿はこの戦に勝てば美濃と尾張二国を宛がうとあった」
「もう頭領の気分か。褒賞なぞ……」
長政は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「石田殿も必死なのだろう。それだけ、ここは重要視されているんだ。とは言え、もう戦は避けられない。明日の返事でこの二択を決さねばならん。まずは、皆の意見を聞きたいのだ」
広間の全員の顔を見回す。
主要な家臣達は二十余名に及んでいる。
「……私は、豊臣に恩義のある身。ここまで取り立てられたのも、太閤殿下あっての事。故に石田方につくべきと存じます」
まず最初に口火を切ったのは、斎藤徳元だった。
「わしも倅と同じく。そも、どちらの陣営か読めぬ者たちも豊臣の臣だ。いざ戦となれば、旗色を見て決めるでしょうが、それでも石田殿に従う者は多いかと」
父親である元忠も静かに続く。
「勢力図を見る限り、東国と西国でほぼ二分。それに武断派が全て加わっています。戦力で言えば徳川方が優勢に思えますが」
飯沼長実が己の見解を述べる。
「確かに、戦上手が大勢加わっているのは事実。単純な兵数のみで戦が決まらぬのも分かっておる。しかし、京を押さえ天皇陛下の御旗を掲げれば、間違いなく加わる者が多いと思うぞ」
「その京・伏見城を徳川の将が押さえているのではないか? 留守居は確か……」
「鳥居元忠殿、ですな。徳川殿の忠臣として名高い」
「伏見は徳川方と孤立している。一気に攻めれば一日で押し潰せるであろうし、問題になるまい」
場が活発になり、様々な話が話が飛び交う。
「私は石田方につくべきと思います。徳川方につけばまず真っ先にこの岐阜を攻められます。徳川方の主力は今、関東に集結している。救援が望めない状況で孤立するのはあまりにも危険です」
侍大将の武藤助十郎が手を挙げる。
「戦支度を整えてあるとはいえ、手勢で使えるのは精々が六千人程度。各々の支城も含め、三万の軍に囲まれれば陥ちましょう。わしも、石田方に」
竹ヶ鼻城を任せている、杉浦重勝も同意見のようだ。
「……わしは徳川だ。これまでの情勢を見てきたが、間違いなく今は石田よりも徳川に風が吹いている。序盤で勝てたとしても、その後押し切られて最後には徳川が勝つと見た。目先に焦り石田方に与するよりも、当初の予定の通り関東に参じ、そこから共に西進するのがいいと思う。ここは取られるが、後ほど取り返せばよい」
しばらく黙していた長政が反対する。
「岐阜を、美濃を見捨てるというのか。木造殿」
「見捨てるわけではない。所領の安堵を徳川に条件として出して、取り返す。必ずだ」
「その保証がないと言っているのだが」
「ならば石田方について、先鋒として扱われるのはどうなる。結局同じではないか」
徳玄と長政が言い合う。
「どの道、この岐阜の地は戦場になるだろう。城下や村々にも通達をしてはどうか、兄上」
「そうだな、秀則。お前の意見はどうなんだ?」
「僕は……兄上に従うよ。どちらも互角に見えるし、互いの勢力の接点がここなのだから仕方がない。僕は、できればここを守り通したい。それだけだよ」
「そうか。分かった」
秀則には変わらない。鷹揚としていて、頓着しない。それは、今まで俺と共に生きてきたからかもしれない。
「豊臣への恩を忘れたか!」
「それで城と家を失っても?」
「時代は既に変わっている。既に石田殿は落ちる鳥だ」
「それを盛り立てるのが我らの役目であろうが」
議論は既に感情のぶつけ合いになり始めており、青筋を立てて大声を上げる者も出てきていた。
「……鎮まれ! 一度落ち着け、皆の衆」
綱家の鶴の一声で、広間が静まり返る。
「わしは、徳川方につくべきと思う。これまでの情報を受け取ってきたから分かる……既に、豊臣の力は削がれ、奪われている。水と同じく、一度流れを作られてしまえばそちらに流れる。徳川に与する者は時間を置くほどに増えていくだろう。長政が言うようにこの城は諦め、関東の徳川軍と合流すべきと存じます、殿」
綱家がそう発言した事で、筆頭家老の二人が徳川に賛成となった。
それに乗じるように徳川方と答える者も増えていく。
結果的にこの場での意見の数で言えば、徳川方と言った者の方が多かっただろう。
「皆の意見、よく分かった。……今日はもう遅い。皆、城で休んでいってくれ。部屋の支度はしてある」
「殿、それで殿のご決定はどちらに」
「すまないが、まだもう少し悩みたい。しかし、今の時流は徳川というのはよく分かった。明日の石田殿の使者との会見では、皆ここに集まってくれ。どちらを選ぶにせよ、聞いて欲しい」
「……承知仕りました」
綱家が頭を下げたことで、全員が頭を下げる。
それで今日は解散となった。
大阪城の家康が、挙兵を宣言した。
目標は会津・上杉家。
理由としては「謀反の嫌疑あり」として申し開きの通告をしたのだが、断った為だ。
加えて、その際に上杉方から送られてきた書状が、家康の逆鱗に触れる内容だったらしい。
上杉としては、どうせ申し開きをした所で身柄を押さえられ、他の者のように蟄居を命じられるか、減封になり僻地に飛ばされるか、という先しか見えない。
それならば、正面から疑いを否定してやろうという魂胆だったのかもしれない。
最早こうなる事が誰の意図なのか知るべくもないが、家康は秀頼に対し正式な形での上申を行い、認可と資金を得た。
つまり、豊臣の意により行われるという事だ。
それに加え、天皇にまで直々に認可を取りに行った。これにより、上杉を逆賊として扱っても良いというお墨付きを得たのである。
六月には陣振れが公とされ、俺達美濃衆も含まれている。
さすがに断るわけにもいかないので、慌ただしく出兵の準備を始めていた。
「随分と急がれてますな、徳川殿は」
「長政か。そうだな、既に大阪を出ている頃だろう」
大枠の指示を終えてひと息吐いていたところに、長政が隣にやってきていた。
「どうだ? 侍衆の方は」
「実践を積ませるには程良いでしょうな。だが、長資が息巻いておって手が付けられんのです」
「朝鮮の噂は本当だったようだな」
父親の飯沼長実の話では、猪武者と化した倅を抑えるのが大変だったという。
「しかし、上杉の征伐など……それも、東国のみならず西国にまで号令をかけて兵を集めるとは」
「見せつけたいのだろうさ。己の威光をな」
実際、これだけの動きができるのは家康を於いて他には居ないだろう。
さながら、海向こうを攻めた時のような大規模な軍を組織しようとしている。
「ともかく、月が変わる前に出られればいい。会津はなかなか距離があるし、我らが着く頃には決着となっているかもしれん」
「それはそれで、兵や兵糧に負担を強いますな」
「民を失うよりはずっといいさ」
「そうですな……いや、殿は殿らしくなりましたな」
「なんだよ、それ」
「これは失礼を」
「いや、言いたいことは分かるよ」
家臣とは言え、俺の事を十四の頃から見てきたのだ。
子供のようなものだろう。
「あと十日で支度は整うか?」
「かなり急ぎますが、間に合わせましょうぞ」
長政は答えて己の胸板を叩く。
なんとか家康の要請には応えられそうだ。考えると、出兵は朝鮮以来となる。
「戦か……」
できれば、無ければ良い。
そう思うのは世に逆らう考えだろうか。
◆
「殿、石田殿より書状が」
正守が持ってきた書状は、確かに石田三成のものだった。
一体、朝鮮以来の大戦を迎えるこの時にどのような用だろうか。
受け取り、読み進める。
「なんと……」
思わず、声に漏らしてしまった。
由々しき事態だ。
「正守、急ぎ評定を行う。城内の……いや、支城も含めた家臣団を集めろ。全員だ、いいな」
「承知仕りました」
こちらの様子を察したのか、正守は小姓衆に声を掛けながらすぐに去っていった。
その背を見送り、再び書状に目を落とす。
「石田殿……」
これを機と見たのか、若しくは仕組んでいたのか、或いはその両方か。
何にしてもこの上杉征伐、一筋縄というわけにはいかないだろう。
◆
その日の夜、ようやく支城主も含めた家臣団が揃った。
「皆よく集まってくれた。戦支度の慌ただしい中呼び立てて何事と思っただろう。だが、すぐに話し合わなければならない事がある」
全員が注目する中、書状を見せる。
「これは石田殿から届いた文だ。そして、明日正式な使者が参るとある」
「兄上、その内容は?」
秀則が尋ねるので、一つ息を吐く。
「……端的に話そう。石田殿は、徳川殿を討つ為に挙兵する」
俺の一言に、静かな夜の広間がざわめく。
「この、上杉征伐のお触れが出ている中でございますか」
「そうだ、元忠。そこで石田殿は、豊臣方につくようにと記してある。返答を明日、使者に伝えるようにと」
斎藤元忠は唸り声を上げて腕を組む。
「上杉軍と呼応して挟撃する……それが、石田殿のお考えでしょうか」
「恐らくな。とは言え、尾張には福島殿と池田殿の居城がある。既に美濃の隣は徳川方だ」
「福島殿も池田殿も会津征伐に軍を出しておられる。城代は置かれているが、攻め入るなら今、という事か」
「東海道、そして信濃から駆け上がり、関東を包囲する。恐らくそのような展望でしょうな」
「おい、誰か地図を持て。それに駒もだ」
綱家が指示すると、左近が日ノ本全体を描いた地図を持ってきた。
「現状わしが把握しておる派閥に色のついた駒を置かせてもらう」
綱家が赤、青、そして白の駒を持ち、思案しながら配置していく。
暫くの時間を置き、綱家の手が止まった。
「赤が豊臣、青が徳川、白は今のところ読めぬ大名ですな」
「これは……」
「ほぼ互角、ですか」
畿内から西国にかけてはやはり赤が多い。しかし、関東を中心とした青の駒も、四国や九州に幾つか置かれている。
「これらで戦となったなら」
「間違いなく、日ノ本を東西で二分する事になりましょう」
そして再びの乱世に。
豊臣が平定した日ノ本が割れて分裂し、以前のような隣国同士で互いを食い合う状態に戻りかねない。
一度瞑目し、頭の中を整理する。
そして、意を決して口を開いた。
「皆に相談だ。石田殿の要請を請けるのであれば、この軍はそのまま徳川方への備え、尾張を攻める軍となろう。要請を断るならば、西から攻めてくる豊臣軍を迎え討つこととなる」
「どちらにせよ、両陣営の先鋒になりかねない、という事ですね」
「そうだ。岐阜という地は日ノ本の臍。どちらにとっても要所である事に変わりない」
「日和見は選べませぬな……どちらにつくかをここで決めなければならない、と」
斎藤徳元の言葉に、黙して頷く。
「書状にあったが、石田殿はこの戦に勝てば美濃と尾張二国を宛がうとあった」
「もう頭領の気分か。褒賞なぞ……」
長政は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「石田殿も必死なのだろう。それだけ、ここは重要視されているんだ。とは言え、もう戦は避けられない。明日の返事でこの二択を決さねばならん。まずは、皆の意見を聞きたいのだ」
広間の全員の顔を見回す。
主要な家臣達は二十余名に及んでいる。
「……私は、豊臣に恩義のある身。ここまで取り立てられたのも、太閤殿下あっての事。故に石田方につくべきと存じます」
まず最初に口火を切ったのは、斎藤徳元だった。
「わしも倅と同じく。そも、どちらの陣営か読めぬ者たちも豊臣の臣だ。いざ戦となれば、旗色を見て決めるでしょうが、それでも石田殿に従う者は多いかと」
父親である元忠も静かに続く。
「勢力図を見る限り、東国と西国でほぼ二分。それに武断派が全て加わっています。戦力で言えば徳川方が優勢に思えますが」
飯沼長実が己の見解を述べる。
「確かに、戦上手が大勢加わっているのは事実。単純な兵数のみで戦が決まらぬのも分かっておる。しかし、京を押さえ天皇陛下の御旗を掲げれば、間違いなく加わる者が多いと思うぞ」
「その京・伏見城を徳川の将が押さえているのではないか? 留守居は確か……」
「鳥居元忠殿、ですな。徳川殿の忠臣として名高い」
「伏見は徳川方と孤立している。一気に攻めれば一日で押し潰せるであろうし、問題になるまい」
場が活発になり、様々な話が話が飛び交う。
「私は石田方につくべきと思います。徳川方につけばまず真っ先にこの岐阜を攻められます。徳川方の主力は今、関東に集結している。救援が望めない状況で孤立するのはあまりにも危険です」
侍大将の武藤助十郎が手を挙げる。
「戦支度を整えてあるとはいえ、手勢で使えるのは精々が六千人程度。各々の支城も含め、三万の軍に囲まれれば陥ちましょう。わしも、石田方に」
竹ヶ鼻城を任せている、杉浦重勝も同意見のようだ。
「……わしは徳川だ。これまでの情勢を見てきたが、間違いなく今は石田よりも徳川に風が吹いている。序盤で勝てたとしても、その後押し切られて最後には徳川が勝つと見た。目先に焦り石田方に与するよりも、当初の予定の通り関東に参じ、そこから共に西進するのがいいと思う。ここは取られるが、後ほど取り返せばよい」
しばらく黙していた長政が反対する。
「岐阜を、美濃を見捨てるというのか。木造殿」
「見捨てるわけではない。所領の安堵を徳川に条件として出して、取り返す。必ずだ」
「その保証がないと言っているのだが」
「ならば石田方について、先鋒として扱われるのはどうなる。結局同じではないか」
徳玄と長政が言い合う。
「どの道、この岐阜の地は戦場になるだろう。城下や村々にも通達をしてはどうか、兄上」
「そうだな、秀則。お前の意見はどうなんだ?」
「僕は……兄上に従うよ。どちらも互角に見えるし、互いの勢力の接点がここなのだから仕方がない。僕は、できればここを守り通したい。それだけだよ」
「そうか。分かった」
秀則には変わらない。鷹揚としていて、頓着しない。それは、今まで俺と共に生きてきたからかもしれない。
「豊臣への恩を忘れたか!」
「それで城と家を失っても?」
「時代は既に変わっている。既に石田殿は落ちる鳥だ」
「それを盛り立てるのが我らの役目であろうが」
議論は既に感情のぶつけ合いになり始めており、青筋を立てて大声を上げる者も出てきていた。
「……鎮まれ! 一度落ち着け、皆の衆」
綱家の鶴の一声で、広間が静まり返る。
「わしは、徳川方につくべきと思う。これまでの情報を受け取ってきたから分かる……既に、豊臣の力は削がれ、奪われている。水と同じく、一度流れを作られてしまえばそちらに流れる。徳川に与する者は時間を置くほどに増えていくだろう。長政が言うようにこの城は諦め、関東の徳川軍と合流すべきと存じます、殿」
綱家がそう発言した事で、筆頭家老の二人が徳川に賛成となった。
それに乗じるように徳川方と答える者も増えていく。
結果的にこの場での意見の数で言えば、徳川方と言った者の方が多かっただろう。
「皆の意見、よく分かった。……今日はもう遅い。皆、城で休んでいってくれ。部屋の支度はしてある」
「殿、それで殿のご決定はどちらに」
「すまないが、まだもう少し悩みたい。しかし、今の時流は徳川というのはよく分かった。明日の石田殿の使者との会見では、皆ここに集まってくれ。どちらを選ぶにせよ、聞いて欲しい」
「……承知仕りました」
綱家が頭を下げたことで、全員が頭を下げる。
それで今日は解散となった。
0
あなたにおすすめの小説
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
九州のイチモツ 立花宗茂
三井 寿
歴史・時代
豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。
義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。
下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。
大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。
女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。
だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。
その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。
島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。
その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』でも同時掲載しています◇
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる