世にも甘い自白調書

端本 やこ

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東京編

橙子の休日(中)

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 パンパカパーン! と橙子は買い込んだ品々を並べてみせた。ひとつ包みを開けるたびに徹の皴が深く刻まれていく。が、知ったことか。

「ふふっ。着せ替え徹ちゃん♡」

 こめかみを解す徹に満面の笑みを向ける。これとこれ、こっちはこれ、これでもいい! などと組み合わせを宛がっては自分の見立てに自画自賛をする。
 買い物同様、楽しくてしかたがない。

「手出して」
「は? 、、、いや、やめとく」

 されるがままだった(実際には下手に動かず沈黙を守り続けていた)徹が不穏を察したのか難色を示す。
 橙子はお構いなしで徹の左手をとってブレスレットを巻き付けた。

「んだこれ?」
「アクセ。んーやっぱこれも似合うぅ♪」

 迷った末に購入して良かった。徹はといえば「要らない」と顔に書いている。外そうとしないが興味も示していない。強いて言えば諦めが滲み出ている。
 それでも橙子は大満足だった。

「冬服でるの楽しみ」
「もうじゅうぶんだろ」
「え? 寒いでしょ」
「バカ。冬物の買い物はついてく」
「ほんと⁉」

 やった! と徹の首に飛びついた。はいはい、と背中をタップする徹が盛大に溜息を吐いた。
 橙子は彼の溜息は気にしないことにしている。意味を求めて突っ込んでもはぐらかされるに決まっている。

「そうだ! 部屋着お揃いにしたの~」

 シンプルなTシャツと短パンのセットを出すと、徹がピキッと音を立てて固まった。漫画にありがちな反応に橙子が洟を鳴らす。全力拒否も想定内だ。

「無理」
「別にいいじゃん。これ着て外出するわけでもなし」

 橙子は年中徹のワイシャツで過ごすわけにもいかず、自分用の部屋着を探した副産物にすぎない。ペア購入のほうがお得であっただけのことだ。
 徹が着なければ二着とも自分で使えばいい。

「ね。それよりスーツ着てみて」
「んなもん、朝でいいだろ」
「いいから!」

 徹を引っ張り立たせ着替えを促した。
 明日さっそく着ていくというならとネイビーの上下を選んで渡す。

「うっひょ」

 似合うってもんじゃない! と、橙子の目が文字通り徹の姿に釘づけにされた。瞬きをするのさえもったいないと感じるほどだ。
 季節やTPOに合わせられるように、他にも黒とグレーも仕立てた。

「おっ。いいな、これ」

 肩で着慣らす徹も気に入ったようだ。セミオーダーで体に合うからか、動きも滑らかに見える。

「は、半端ない。鼻血もんじゃん」
「あぁ?」
「もうヨレヨレでよくない? 刑事さんが色気撒き散らして仕事になんのかって話よ」

 徹は橙子を一瞥してジャケットを肩から滑らせた。無造作に脱ぎ捨てられた上下をハンガーに戻しているうちに、徹は嫌がっていた部屋着に着替えを終える。橙子はあえて何も言わなかった。手近にあったという理由だけでいい。なんとなく、徹が言葉の扱いに苦手意識を抱いていると察している。であれば言葉以外で表現するのがまた徹だと理解している。
 真新しいスーツの束を物置部屋へ移動させる徹の背中を目で追う。
 そもそも徹本人が思っているほどモテないわけじゃないはずだ、と橙子はひどく後悔した。

「いつまで落ち込んでんだ」
「マジ笑えない」
「笑ってない」
「そうじゃないでしょ! 私が居ない間、浮気し放題じゃん。心配すぎて禿げそうなんだけど」
「色々正したいんだが、とりあえずお前が居ない間ってなんだ?」

 橙子は話が前後してしまったことにハッとした。が、流れとして切り出しやすくなった。
 転勤の打診があったと正直に話す。
 希望はしないと会社にはっきり伝えたものの、辞令が下されれば動かざるを得ないのが会社員というものだ。

「行き先は?」
「福岡」

 徹が露骨に眉間を寄せた。瞬発的に感情を露にしたのが意外で、橙子はいささか事務的に説明を始めた。
 福岡支社の取引先に古賀総合物産がある。福岡でいの一番に上がる大手商社だ。以前、橙子は出張ついでに古賀物産との商談を手伝った。かの案件以外にも、他社から山藤へ乗り換えの話が持ち上がっている。
 新規開拓が厳しい土地柄で、営業不振気味な福岡支社にとって、是が非でもというやつだ。現地営業部が天変地異の大騒動な上に、これを機に九州の流通基盤を見直し再整備する動きまである。
 新規プロジェクトとあらば声がかかるのが本社特別チームだ。

「課長職になった話はしたでしょ? 今の部署は細谷課長じゃなきゃ回らないし、人事も私の扱いに困ってるんだと思う」

 橙子に白羽の矢が立ったのは、ある意味自然な判断ともいえる。

「今現在私が担当している仕事の引継ぎもままならない状況だから、この先半年は行ったり来たりかなーって。転勤というより、長期出張扱いになりそうな雰囲気なんだよね」

 橙子は弱弱しく息を吐いた。徹の顔を見れたものではなく、意識して視線を外す。
 少しの間を置いて、ソファの背もたれに乗っていた腕が動いた。そっと橙子の頭に無骨な手が添えられる。撫でるでもなく、手慰みをするでもない。ただ温かいだけなのに、橙子の目の奥がツンとする。

「まだ確定したわけじゃないんだな?」
「うん」
「しかも転勤じゃなくて出張なんだろ」
「でも……半年も無理。三ヵ月で終わらせてくる」
「そうやって片付けるから都合よく使われるんだ」

 鼻で笑う徹の手がようやく橙子の髪の上を滑った。どこか余裕を漂わせるゆったりとした動きが橙子に落ち着きを与える。安心感を覚えるとともに、寂しいの私だけかと、橙子の不貞腐れた心が勘繰る。

「徹さんがのびのーび暮らしてるのに、私はあっちで偽物と戦ってなきゃいけないなんて地獄じゃん」

 転勤も長期出張も同じことだ。今回は打診があっただけ親切だったともいえる。それだけ仕事内容が厳しいということでもある。
 徹に会えない環境でがむしゃらに自分を追い込めば、あるいは業務効率は上がるかもしれない。やれる! と言い切れないのは、やはり福岡だからだ。どうしても古賀物産だけは話が違ってくる。
 徹にそっくりな誠を前に平静を保っていられるだろうか。それほど橙子の中の徹の存在は大きく、絶対的なものなのだ。

 離れたくない。
 離れられない。

 異動の打診を受け、橙子は自分自身で再認識した。

「……やっぱりあいつが絡んでんだな?」
「どっちかと言うと、絡むのはこれから。古賀物産に久我島課長ありって言われてるぐらい超辣腕家なんだよ! 福岡の営業じゃ太刀打ちできないから担当しろって言われてるんだけど、私だって不安しかないよ」

 舌打ちとともに、橙子を撫でていた手がくしゃりと髪を乱した。 
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