かべいちまい

なかあたま

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「お前さ、もう本当にいい加減にしてくれ」

 ベッドで欠伸を繰り返し、俺の服を当然のように着込んだ笹原は朝食を喰みながらこちらを見上げる。
 ため息を漏らし、燃えるゴミをかき集め袋へ放り込んでいる俺をマジマジと見て、彼がケロッと言葉を吐いた。

「伊武が声を抑えられないのが悪いんだろ? それに、こんな壁の薄い賃貸に住む方が悪い」
「そういう問題じゃない。お前、いつまでこの関係性を続けるつもりだ。俺はいつも美沙希ちゃんを見るたびに申し訳ない気持ちでいっぱいになるんだよ。俺の気持ちも、美沙希ちゃんの気持ちも考えろよ」
「えぇ? でも、お前もこの関係は了承済みのはずだろ? 何を今更……」

 彼は暖かいカフェオレを飲み、テレビへ視線を投げた。
 朝のニュースなんて、一ミリも興味がないくせに。
 話を逸らしたいが為に、態とこうやっているのだ。
 ────笹原明也。
 幼少期から高校時代を共に過ごした彼は、俗に言う幼馴染である。
 大学は違うところへ通うものの、今でも交流のある唯一無二の親友だ────そして、セフレと呼ばれる関係性でもある。

「正直、もう俺はやめにしたい。お前も美沙希ちゃんに隠し通すの、疲れるだろ」
「美沙希はちょっと抜けてるから、気づかないよ。現に、今まで勘づかれたことないし」

 笹原には、彼女がいる。大原美沙希。おっとりしていて温厚な女性だ。
 笹原と同じ大学に通っており、其処で知り合ったらしい。
 幼少期から行動を共にし、信頼できる関係性であった俺たちが何故、世間的に「逸脱している関係性」と呼べる枠組みに収まっているのかというと、原因は彼の性癖にある。
 彼曰く、昔から尻に興味があったらしい。
 「それは、揉むと言う意味か?」と聞き返したところ「挿入したいって意味だよ」と返され、驚愕した。
 「同性愛者なのか」と尋ねると彼は「女のそこに興味があるんだ」とやけに大袈裟に笑った。
 しかし、彼女である美沙希はその行為をしようとした途端「そこに触れるなら別れる」と言い出したらしい。
 そこで、彼はこの性癖に対する熱をどう抑え込もうかと悩んでいたそうだ。
 この話を聞いた時、俺は脳の奥がポヤポヤとして、正常な判断ができずにいた。
 何故ならその時、俺たちはこの部屋で買い込んだ酒を飲みながらテレビを見てダラダラ過ごしていたからだ。
 酒にめっぽう弱い俺は、酒豪の彼に馬鹿にされないようにと、次から次へと缶を開けて見栄を張っていた。
 そんな最中に聞いた、彼の性癖の話。
 俺は正直、どうでも良かった。
 そういうのが好きな女性の知り合いは居ないかな、と思考を駆け巡らせたりもしたが、彼女持ちの男にそれを勧めるのは如何なものかと踏みとどまる。(その前に、俺には知り合いの女性など片手で数えられる程しか存在しておらず、その上アブノーマルな性癖を兼ね備えた人物は多分居ないだろう)
 俺は初めて聞いた幼馴染の性癖に関して、あまり深くは聞かなかった。
 彼も酒に思考を乗っ取られて、口が滑っただけだろうと思っていたからだ。
 そんな彼が、俺をマジマジと見てこう言った。「なぁ、前立腺って知ってるか?」と。
 俺は知っているとは言えなかった。
 ただ、口に含んでいた酒をだらりと唇の端から溢し「へ?」と間抜けな反応を返すだけだった。
 男を気持ち良くさせる場所がそういう名前だという知識が脳の片隅にはあるものの、何故その話を出すのだろうと疑問が浮かぶ。
 そんな俺の肩を力強く掴んだ彼は、後ろに置かれていたベッドへ俺を押し付けた。
 その力強さに驚きつつ、彼を見上げる。彼は火照った頬を緩ませ、声を潜めた。
「ちょっと、やってみないか。頼むよ。俺、どうしても尻の感覚を味わってみたいんだ。なぁ」
 彼の熱っぽいその言葉に、俺は流された。
 あの時の俺は酩酊しており、正常な判断ができずにいた。
 笹原の「一生のお願い」という言葉と、顔の前で手を合わせるポーズを見て「しょうがないなぁ」と答えてしまった。
 それに俺は正直、その前立腺とやらに興味があった。
 霞がかかった脳みそが思考を鈍らせ、別に試してみても損はないかな、という答えを導き出す。
 ────本当に、あの時の俺はどうかしていた。
 俺はそのまま、彼に抱かれた。
 結果的に、俺にはそういう才能があったらしい。
 初めてにも関わらず、挿入だけで射精することができたのだ。
 酒に麻痺された脳と、彼に翻弄された体は快感を覚え、あの日からズルズルとこの関係性が続いてきたのだ。
 ────けれど、終わりにせねば。
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