かべいちまい

なかあたま

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 衛藤は、最近このアパートに引っ越してきた男性だ。
 第一印象は、好青年。その言葉がピッタリであった。
 俺より頭ひとつ分くらい身長が高く、黒く艶やかな髪は短く切り揃えられている。程よく筋肉の付いた体は、きっとスポーツに勤しんでいた賜物だろう。
 均整の取れた体つきと、如何にも真面目そうな雰囲気を孕む彼は、このボロアパートに相応しくないオーラを放っていた。
 そもそも、このアパートにはほぼ住人が居ない。
 理由は言わずもがな、古いからだ。
 隙間風は酷いし、湯の出は悪い。日当たりも期待できず、床を歩けば軋む。それに、立地も最悪だ。
 そんなアパートに、彼は不釣り合いだった。
 ────もっと良い場所へ引っ越せば良いものを。
 俺と同様、金が無いのだろう。同じ境遇の貧乏学生に、同情したかった。
 だが、突如現れた隣人に俺は若干の恨みを持っていた。
 一階と二階、それぞれ五部屋ずつあるこのアパートに、住居者は六人程度だ。
 俺が住んでいる二階は三名が住んでおり、一番奥に老夫婦が居住。
 二部屋空けて俺が住んでいる部屋がある。そして、その隣が空室だった。
 俺にとって、このアパートは古くて最悪の部屋だったが、安いし両隣は空室という、良くも悪くもある居場所だった。
 しかし、隣人が出来た今、そうも言っていられない。
 生活音もそうだが、一番は夜の営みだ。
 喘ぎ声を同い歳であろう好青年に聞かれるのは、男としてのプライドがへし折られてしまう。
 ────いっそのこと俺の喘ぎ声に嫌気が差し、彼が引っ越すまで粘るか?
 などという姑息な手段を思いつき、しかし、あまりの陰険さにその考えを脳みそから消し去った。



「これで良いのかな」

 綺麗に梱包された菓子を手に、アパートの階段を上がる。
 ギシギシと軋むそれは、いつ底が抜けてもおかしくない。
 俺は毎度、恐怖心を孕ませながらこの階段を登るのが日課になっている。
 重い足取りで隣室の前へ行き、大きく深呼吸をする。
 詫びの品が菓子で済むのだろうかと不安を抱えつつ、チャイムを鳴らした。
 対面したくないという気持ちと、素直に謝って気持ちをスッキリさせたいという気持ちが入り混じり、呼吸が乱れる。
 「ハイ」という声が聞こえ、ゆっくりとドアが開いた。

「あれ? 伊武さん。どうかしましたか?」

 眼鏡をかけた彼が、柔らかい春のそよ風のような声色で俺を迎えた。
 そんな彼の雰囲気に気圧され、俺は一瞬、何と返して良いか分からなくなり、頭が真っ白になる。
 「あ、その、えっ」。吃った言葉が惨めすぎて、俺は耳まで赤くなる。
 そんな俺の様子を見た彼が、キョトンと首を傾げる。

「あのぉ……もしかして俺、ゴミの日を間違えてたりしました?」
「ちっ、ちが! 違います。えっと、その。昨日は、あっ、えっと。その。あー……」

 昨日は喘ぎ声がうるさくてすみませんでした、なんて言い辛くて、俺は菓子を彼の前にズイと差し出し「昨日はすみませんでした」と消え掛かった声で謝罪する。
 押し付けられた菓子を受け取った衛藤は「あぁ」と納得したように笑った。

「全然、気にしてないですよ。これ、すごく美味しそうなお菓子ですね。そうだ、どうぞあがってください。伊武さんも一緒に食べましょう」

 彼は俺の性事情など、然程気にしていないと言いたげに俺を部屋に招き入れる。
 彼の穏やかな雰囲気に、俺は徐々に自分を取り戻しつつあった。
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