それはダメだよ秋斗くん!

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 翌日、天気は気が滅入るほど良かった。昼から夕方に移り変わる時間であるにも関わらず、日差しは強く目を眩ませる。
 木下家の前で秋斗の準備が終わるのを待ちながら、日陰で涼む。今日はどうやら朝から夕方まで部活動があったらしい。こんなに熱いのに偉いなぁと、空を見上げながら額に滲んだ汗を拭う。
 ふと、自分の衣服へ視線を投げる。無地のTシャツに、七分丈のパンツとサンダル。見るからにラフな格好である。
 ────もう少し、おしゃれした方が良かったかな。
 そんなことを考えていると、玄関が開いた。焦った様子の秋斗が小走りで僕の元へ来る。彼はワックスで髪を整えているらしく、いつもと違う雰囲気がした。つけ慣れていないのか、指先で毛先を弄っている。
 ────可愛いな。
 背伸びをした秋斗に、母性のようなものが擽られる。頬を緩ませた僕を、覗き込むように彼が見つめた。

「ごめん、待った?」
「う、ううん。部活動、お疲れ様……」

 秋斗が肩を掴む。不意に頬に唇を押し付けられ、咄嗟に後ろへ体を退けた。両者の家の前なのに、誰かに見られたらどうするんだと言いたくなったけど、彼の下がった眉を見て何も返せなかった。

「……浴衣じゃないんだね」
「えっ」

 ちょっと期待してたんだけどな。低い声が耳朶を撫でる。スッと離れた彼を見上げた。傾いてきた日差しが頬を染めている。

「見たかったな」

 残念そうにしている秋斗が可愛くて胸が疼く。耳に髪の毛をかけながら、ごめんねと謝った。僕の浴衣姿が見たいだなんて、変な子だなと小さく笑う。
 秋斗が手を差し出した。ん、と促され、目を見開く。

「えっ」
「代わりに、手を繋いで」

 唇を尖らせた秋斗に何も言い返せないまま固まる。分厚い手のひらと彼の顔を交互に見て、唾液を嚥下した。
 我が儘を突き通そうとする子供のように、もう一度手が差し出される。

「お願い」
「誰かに見られたら、どうするの!」

 ダメだよ、と制するが、しかし。秋斗は差し出した手を下げることなく、僕を見つめていた。その目は縋るようでもあったが、けれど、否応無しに従わせようとしていた。

「お願い」

 もう一度、彼の声が鼓膜を弾く。甘えるような声に耐えきれなくなり、目を伏せた。途端にぎゅうと手を握られる。秋斗は花が咲いたように笑い、そのまま引きずるように歩みを進めた。

「あ、ちょ、秋斗くん!」

 楽しげな背中に声をかける。汗ばんだ手のひらは強く握り込まれていて、ちょっとやそっとじゃ解けず、僕はため息を漏らした。



神社に近づくにつれ、人が増え始めた。この辺りでは見ないような人だかりが、普段静かな境内に集まっている。参道の両脇には様々な露店が並び、光を放っていた。
 周りの目を気にする僕を察したのか、秋斗はすんなりと手を離した。手を繋いでくれてありがとうな、と微笑む彼に、小さく頷く。

「……そういえば、秋斗くんは友達とかとこういう所に来なくていいの?」
「え? なんで?」
「だって、普通、年頃の子は友達と来た方が楽しいでしょ」

 周りには学生と思しき子供たちの姿が見える。群れになった女の子たちが浴衣を身に纏い、ころころと笑いながら横を通り過ぎた。

「……俺は八雲くんと一緒にいる方が楽しいから」

 俯き加減の彼が恥ずかしそうにそう言った。地面の小石を蹴飛ばしながら、八雲くんは楽しくないの? と返す。

「え? 僕は楽しいけど……」
「なら、いいじゃん」

 もう一度手を握られそうになり、それを寸前で躱した。秋斗に睨まれたが、ここは譲れない。秋斗の同級生がこの場にいたら、彼はいい年にもなって大学生の男と手を繋いでいる子扱いされるのだ。図体の大きさも相まって、余計に変な光景として受け入れられるに違いない。
 ────まぁ、彼がいじめられる可能性はほぼないとは思うけど……。

「あ、そうだ。りんご飴、買ってあげようか?」

 秋斗がまだ僕より小さかった頃の記憶が脳裏に蘇る。甚平を着た彼が口の周りをベタベタにさせながらりんご飴を頬張る姿を思い出し、口角が緩んだ。

「え、なんでりんご飴……?」

 キョトンとする彼の数歩先を歩む。振り返り、手招きをした。早くおいでと促すと、秋斗は納得いっていないような表情を浮かべ、待ってよと後を追った。
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